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赤い森  作者: 鈴代なずな
二章
15/46

2-9

 隊長の言った通り、町民からの信用は総合的に見れば変化していないようだった。

 この小さな町で、隊商という娯楽を失いたくない者もいたのだろう。結果として向けられる目や、かけられる言葉は多少変わったものの、予定通りの売り上げを守ったまま、停泊期間を終えることはできた。

 屋台の修復も完了し、リヴィッドも増えた作業を少しずつ手伝い、半ばリハビリとして仕事に復帰していった。隊員たちから嫌な目を向けられることは、ないわけでもなかったが、そんな時はフレデリカのもとを訪れるようになっていた。

 彼女はリヴィッドの話を熱心に聞き、慰め、時には(決して実行はしないながらも)痛快な仕返しの方法や、隊員の失敗談を話すことで、気を紛らわせてくれたのだ。

 ラルゥや隊長に処罰が与えられたことを気に病んだ時も、「元々ほとんどない休暇だとか給料だとかが多少減っただけさ。リヴィッドみたいに早朝から働かされるって方がよっぽど懲罰だよ」と言って励ますように笑っていた。

 加えて肉体的な怪我も彼女の適切な処置があり、停泊期間を終えてブリンクノアの町を発った二日後には、包帯を取ることができるほどになっていた。

 野営中、概ねの作業を終えた夜にその診断がなされたため、リヴィッドは怪我人のリストから外れることになったが、精神的な面でも以前より遥かに健康だと言える。

 フレデリカはそう診立てた後、医療具をしまって安心したような笑みを作った。そして明日からの仕事振りに期待することと、それでも今日は早く寝るようにと忠告して、馬車を後にした。同乗し、その一部始終を面白おかしく眺めていた商人たちからは、労働力は大して変わらないと茶化すような言葉も受けたが、精神的な健康を得たリヴィッドは構わなかった。

 そしてフレデリカの言葉に従い、すぐに眠りに就こうとして――しかしその時、足元に包帯が一巻、転がっているのを発見した。

 医療具を片付けている時に落としたか、回収を忘れたのだろう。間違いなくフレデリカの物であり、リヴィッドがそれを拾い上げ、今引き上げたばかりなのだから届けてやろうと考えても、なんら問題はないはずだった。

 ただ……実際のところそれは大きな問題というか、不運な行動ではあった。

 馬車を降り、フレデリカの乗る別の馬車――リヴィッドは五番車で、フレデリカは最後尾の六番車だ――に向かった時だ。

 その日は雲もなく、南西へ向かう街道の一方にある、かなり間近な森の黒々とした姿が、星によって浮かび上がらされていた。風が吹くたびに揺れるそうした木々のざわめきを聞きながら――リヴィッドは六番車の前で別の音、というより声を聞いたのだ。

 それは馬車の中から、フレデリカと副隊長――サドナのものだ。

 リヴィッドは思わずその場で静かに、音を立てないよう足を止めたのだが、それは他でもなく、その副隊長が発していた言葉のせいだった。

「これでようやく、あの子供から解放されるってわけか」

 ぞくりと、嫌な予感に背筋が震えるのがわかった。子供というのが誰のことか、なんのことを示しているのか、リヴィッドにわからないはずもない……戦慄していると、会話が続く。

「思ったより早かったのは幸運だったな。こんなことに長々と縛り付けられて、たまったものじゃないだろう」

「救護班が救護するのを、呪縛なんて言わないよ」

「似たようなものだろう」

 サドナは嘲るように笑ったらしかった。

「しかし随分と入れ込んでいるようだったな。お前、そっちの気があるのか?」

「まさか」

 今度はフレデリカが笑ったらしい。嘲りではないが、やれやれと肩をすくめるように。

「あれはただの懐柔だよ。子供はちょっとくらい、ああやっていい目も見せておかなきゃ、そこらの馬鹿と同じになっちまうだろ? そうなったら隊長の『目論見』も水の泡だよ」

「餌付けってわけか」

「面倒だけど、まあこれも隊商のためさ」

「…………」

 それ以上の会話は、リヴィッドの耳には入ってこなかった。

 立ち尽くす。全身がぴりぴりと痛むような寒気が走っていた。総毛立ち、背中が粟立つのを止められない。頭の中にはしばし、なんの言葉も浮かばなかった。

 立ち尽くす……そうする他にない。

 ほんの一瞬のうち、感情の類も全て消え去ってしまったかのようだった。

 少年は呆然と見上げた。赤い森が近い。夜空が赤く、月までも赤く見える。

(森は一時眠っただけで、誰かが森の奥へと潜り、破滅を願えば動き出す――そいつの破滅と引き換えに……)

 ようやく頭に浮かんできたのは、いつか聞いた御伽噺だった。

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