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赤い森  作者: 鈴代なずな
二章
14/46

2-8

「な……!?」

 隊長に淡々と言われ、リヴィッドは驚愕した。

 それによって、外で見た光景の意味も理解できた。屋台の修理を行っていたのだろう。

 ただ同時に、彼は嫌な予感を抱いた。先ほど小太りの商人に囁かれた時と同じだ。今は半ば確信と化しているが――それでも、聞かないわけにはいかなかった。

「まさか、俺の……」

「無関係なはずもないだろう。彼らはお前という大義名分を手に入れた。しかし今となってはお前にそれを言ったところで無意味だし、彼らの何人かは当然として逮捕されたので、これも無意味だな。いずれにせよ重要なことは現状と今後だ」

 あくまでも平然とした様子で告げてくる。その時になってようやく隊長は、ちらりと視線で外を示した。もちろん幌に隠れて見えないが、

「停泊期間は変わらないが、馬車の方もそれに伴って毎夜解体することになった。まさか再発することはないだろうが、用心のためと――アピールのためだな」

「……どういうことだ?」

「これによって、我々が被害者であることを強調する」

 リヴィッドはその言葉に、不愉快な胸中のざわめきを覚えた。ぞわりと総毛立ち、頭から血の気が引いたような気さえした。そこに浮かんだのは当然、チーニャの姿だ。

 隊長はそうした感情を察しているのか否か、しばしの間を空けてきた。そうしてから改めるように、聞いてくる。

「呼び出したのはそうした現状の確認と――お前の認識の確認だ。お前は、自分が気絶させられるまでになった事態の原因を把握しているか?」

「俺は何もしてねえよ!」

 声を荒げると、隊長は意外なほどあっさりと「だろうな」と頷いてきた。ただし繰り返すように言ってくる。

「しかし問題は事実よりも、その事実が歪んだ原因だ。それを認識しているか?」

「……運が悪いことに、悪趣味な連中に目を付けられただけだ」

「不運であることは間違いない」

 隊長は小さく吐息した。肩でもすくめるように。

「この町にはそういった者が多く住んでいる。赤い森の影響で数を減らしながら、窮屈さへの憤懣と、幸福への憎悪を共有し、鬱屈した協同性を持つようになった者がな。お前の非をあえて挙げるなら、それを見抜けなかった点だ」

「なんだよ、それ……」

 半ば唖然と呻く。そんな町の性質など、リヴィッドは考えたこともなかった。そしてそれを知らされた今、呆れ果てた幻滅の感情に襲われる。狂っているとしか思えなかった。

 加えて不信感を抱いたのは、今度は町にではなく、隊長に対してだ。

「ンなもん、あんたなら見抜けたっていうのか?」

「見抜けなければ、商人なんぞやっていられん」

「……今回は、どうして俺に教えなかったんだ」

「おかげで二度と忘れなくなっただろう」

 大した感情も込めず淡々と言ってくるのが、リヴィッドにはなおさら意地悪く思えた。しかし隊長はそうした意図がないことを示すかのように、「ただし今回に関しては我々の監督責任でもある」と付け足してきた。

「見抜けなかったことといえば、隊にまで飛び火するほど騒ぎを大きくするとは思わなかった、という点だ。今回は明確な犯罪行為があったおかげで、信用は差し引きでゼロといったところだが、これは俺の責任に違いないし、ラルゥも同様だな。処分内容は追々決定するが、お前にはほとんど科せられないだろうから、安心しておけ」

「…………」

 それを告げたのは優しさだったのか、あるいは皮肉なのか。どちらにしても、リヴィッドは言葉通りの安堵と、しかし見下されているという憤りが湧き上がっていた――監督責任? つまり右も左もわからない子供だっていうのか?

 ただ、実際に自分が引き起こしたことには違いなく、反抗することもできず、それもまた憤懣として心底に溜まっていった。

 隊長は、これで話が終わりだというように身体を少し後ろへ倒した。

「さっきも言ったように、お前を呼んだのは現状と認識の確認のためだ。後は戻って休め。身体が動くようなら、明日からでも作業に復帰してもらう」

「……今からだってできる」

「贖罪のつもりなら、なおさら休め。怪我をするのは罪だが、それを押して完治を遅らせるのも同様の罪だ」

 それで完全に話を打ち切られてしまったため、リヴィッドはやむなく踵を返した。強がりはできても痛みは消えない身体を動かし、馬車を出ると――

「終わったみたいだね。お疲れ様」

 横から、フレデリカが顔を出した。どうやら外で待っていたらしい。

 リヴィッドが驚き、顔を赤くしていると、戻ろうという意味で先を指差し、歩き出した。ゆっくりとした歩調に、リヴィッドも続く。

「怪我は大丈夫? 包帯、少しきつく巻いちゃったけど……動きにくかったりは?」

「い、いや、別に……ひょっとして、フレデリカが?」

「これでもあたしは救護班なんだから、当然だよ。むしろ久しぶりの怪我人だから、他のふたりと取り合いになったくらいさ。ここの連中は無闇に頑丈だからね」

 通り過ぎる、作業中の隊員たちを横目に、冗談めかして笑う。リヴィッドもそれに釣られるように、苦笑めいていたが笑みの声を漏らした――フレデリカと一緒にいる時だけは、そうすることができた。ほんの一瞬前まで、言いようもない憤りを感じていても、だ。

 しかしフレデリカはそうした心中を察しているように、ふと声のトーンを変えた。静かな夜に似つかわしく落ち着いた、穏和に語りかけるような声だ。

「事情はだいたい聞いてるよ。災難だったね」

「……俺は、何も悪いことをしてないはずなんだ」

 また、フレデリカと一緒にいてもなお、ぐつぐつと煮えたぎり始めるような感覚が湧いてくる。弁明に叫びそうなのを堪えられたのは、彼女の前だからだろうが。

 フレデリカは、俯いたリヴィッドとは反対に、遠くを見つめるように夜空を見上げたらしい。「わかってるよ」と優しく頷く声が聞こえた。

「理不尽なもんさ。そんなこともある、なんて簡単に割り切れるものでもなし、結局は自分が溜め込まなくちゃいけなくなるんだからね」

 それはどちらかといえば、独り言のようだった。リヴィッドを通して、何か別のものを見るような――自嘲するような雰囲気があったのだ。

 彼女がふと立ち止まったのは、目当ての馬車に辿り着いたためだった。カーテンを開けると、そこにはまだリヴィッドの寝ていたシーツが敷いてある。フレデリカはそれを確認しながら背中越しにだが、今度は明確に、沈痛な面持ちでいる少年に対して語りかけてきた。

「けどそういう時はさ、あたしに話してくれればいいよ。聞くくらいしかできないけど、怒鳴り散らせば少しはマシになるってもんさ」

「けど……」

 躊躇すると、フレデリカは馬車の荷台に飛び乗った。そうしてから振り返り、手を差し伸べてくる。躊躇うリヴィッドを導くように、快活そうな微笑を湛えて。

「あたしは救護班なんだよ。心だって、救護できなきゃ嘘ってもんさ」

「…………」

 リヴィッドは何も答えられなかったが、上気する顔を隠して俯きながら、手を取った。

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