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赤い森  作者: 鈴代なずな
二章
13/46

2-7

 我知らず閉じていた目を開けた時、そこは見慣れた風景だった。

 薄汚れた白い幌――いや、正確に言えばそれはあまり見慣れていなかったかもしれない。寝転がる時も、真っ直ぐに上を向いていることはなかった。

 自分がそうやって、仰向けに寝かされていると気付く。起き上がろうとすると全身に酷い激痛が走ったものの、なんとか上半身だけは起こすことができた。

 やはり隊商の馬車である。いくらかの、商材ではない荷箱が積まれた荷台だ。そこに申し訳程度のシーツが敷かれ、その上に寝かされていたらしい。服は着ていない。上半身にはほとんど包帯が巻かれ、下半身にもやはり包帯と、ズボン代わりに布が巻かれている。

 幌を通ってくる陽光はなく、吊り下げられたランプの明かりだけだった。つまり夜のようだが……気を失っていたらしいことを考えれば、それがいつの夜かはわからない。

 周囲には誰もいなかった。まだブリンクノアの街中だからか、虫も、夜鷹の声も聞こえない。風も吹いていないらしい。リヴィッドはシーツの上で呆然と、漠然とした恐怖や不安を感じていたのだが、そうした静寂がそれを煽り立てていたのかもしれない。

 また静かであればあるほど、ほんの一瞬前――だと思えるが、実際は違うのだろう――の光景を思い出してしまう。哀れにも自分が殴り倒され、五人の男たちが徹底的に蹴り、踏み付けてくるのを見上げているという悪夢のような光景だ。その後に気を失ったのだろう。記憶の中の光景は途中でぷっつりと切れていた。

「クソ、あいつら……」

 忌まわしく呻く。ロッグスや、嘘の証言をした名も知らぬ連中、そして一種の裏切りを働いたチーニャに向けて。

 そしてなんらかの手段で復讐はできないものか、リヴィッドは考え始めた――のだが。

 その時、足音が聞こえてきた。それは真っ直ぐにこちらへとやって来る。そしてカーテンが開けられ、実際に入ってきたのは、自分を手当てした救護班――かと思ったが、違った。小太りの商人、アジェバーノである。

 彼はどうやら工具を取りに来たようだが、リヴィッドが起きていることに気付くと、隠すこともなく顔を歪めた。そして、その理由を察せられず訝る少年を無視して奥へ進むと、荷箱を漁り始めながら……やがてぽつりと、背中越しに囁いてくる。

「ひでえことをしてくれたな」

「……は?」

 聞きとがめて、リヴィッドは唖然と声を返した。アジェバーノが口にしたのは間違いなく、されてしまったなという同情ではなく、リヴィッドに対する叱責と憤懣だった。

 そして彼は聞き返す声に応えることなく用を済ませて踵を返すと、荷台から降りる直前、また背中越しにぽつりと言ってきた。

「起きたなら、隊長が呼んでる。さっさと行け」

 彼は結局、最後まで一度も目を合わせてこなかった。

「なんだってんだ……?」

 疑問と憤りに呻き、しかしリヴィッドは渋々と、軋む身体を完全に立ち上がらせた。包帯のせいもあって間接は不自由だが、動かせないこともないらしい。少なくとも、近くにあった自分の服を着込むことはできた。

 リヴィッドはそうして、やはりブリンクノアの大通りに停泊したままだった隊の、先頭馬車にいるはずの隊長、マクファデンのもとへ向かった。

 外へ出た時、静寂とした大通りの様子、ほとんど消えている民家の明かりなどをざっと見回し、深夜近いのだと知れる。

 それと同時に、隊商が扱う組み立て式の屋台がなくなっていること、馬車も露店の状態ではなくなっていることを見て取り、リヴィッドの胸中にぞわりとした不安が再び、今度はかなり明確な形で湧き上がってくるのを感じた。

 他の馬車にはまだ明かりが点いており、あるいは外でなんらかの作業を行っている整備班の姿もある。夜間のためか騒ぎ立てることはないようだが、それでも僅かな光源の下で、慌しくしているのがわかった。

 やがて先頭の馬車に辿り着くと、ロッグスたちに取り囲まれていた時とは違う恐怖を抱きながら、カーテンの前で名乗り、隊長に呼びかける。

 すると中から商人が数名と、副隊長が現れた。人払いをしたということだろう。しかし現れた誰しも、リヴィッドの姿を認めて様々な感情の顔を見せながら、目を合わせることはしなかった。

 彼らが全て外に出るとリヴィッドが呼ばれ、入れ替わるように中へ入る。そこには先ほどまでいた荷台と同じような内装の中で、鋭い目を向ける隊長が座っていた。その威圧感は日常的なものではあるが、今はいっそう、恐怖を感じさせるものでもあった。

 座れと言われ、素直に従う。すると彼はすぐに言ってきた。

「自分に何が起きたのかは、わかっているな?」

「……気絶するまでは」

「近くの通りに放り捨てられていたのを、ミックが発見した。今はそれから丸一日だ」

 隊長は恐ろしい石像のように、鋭い表情を崩さなかった。ただ瞬きよりはほんの少し長い時間だけ目を閉じて、開く。そこになんの感情があるのか、リヴィッドは読み取ろうとしたが、答えが出る前に隊長は続けた。

「ひとまず隊の現状を伝えておく。屋台が破壊された。お前の『客』と同じ連中だ」

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