5 拷問の終わりは天海朝子の死と共に
天海先輩の話は長かった。
爪剥ぎミギーという名の小男が、天海先輩の弟を拷問する様子を、彼女はあくまで淡々と語った。
話はそれだけでは終わらない。
爪剥ぎミギーの次に現れたのは一人の若い女。
彼女は肉削ぎカレンと呼ばれていた。
彼女は電動の研磨機を使い、天海先輩の弟の肉を削ぎ始めたそうだ。
皮膚が裂けて剥け、薄い脂肪層が削ぎ取られていく。そして露出した筋肉が研磨機によって削られ、ついには骨が露出する。
そのような事態になってなお、天海先輩の弟は死ななかった。
涙と血と、それ以外のありとあらゆる体液を流しながら、それでも天海先輩の弟は生き続けた。
僕は気分が悪くなってきていた。
その話が事実かどうかなんて知らない。しかし天海先輩の話はとても生々しく、たとえ作り話であったとしても、これ以上は苦痛だった。
肉削ぎカレンの次には、一人の大男が登場する。
呼び名は骨砕きのジョン。
その大男が登場した辺りで、僕は天海先輩の話を遮った。
「もうやめてください」
天海先輩は僕の顔を見ると、ため息を吐いた
「そうね、できるだけ詳細を話しておこうとしたのだけれど、たしかに他人に聞かせるような話ではなかったかもね」
他人に、という表現に少しだけ傷ついたが、彼女は僕に対して何の感情も抱いていないのだから仕方がなかった。
「昨日の夜、私の部屋に兎の着ぐるみが現れたの。裏野ドリームランドのあの兎。その兎の着ぐるみが言ったのよ。今夜、私を殺しに来るって」
「天海先輩は、大人しく殺されるつもりなんですか?」
「そうよ。私は殺される。そしてルール通り、弟は拷問から解放される。殺されるって意味だけど」
そう、これは解放なのよ。天海先輩は言う。
「私はあの一件以来、ずっと苦しかった。こうやって私がのうのうと生きている間にも、弟は拷問を受けている。拷問を受けてはその傷を治されている。死ぬよりもつらい拷問を、もう何年も受け続けているの。私は本を読んでいる間だけ、それを忘れていられるの。だから私は本を読んでいる。読んでいるといったって、内容をしっかり理解しているわけじゃない。ただ、文字を追っているだけ。できるだけ文の意味を理解しようとせずに。そうしている間は、何も考えずにいられた。でもそれもお終い」
天海先輩の言葉は続く。
「今日私は殺される。でもそれは私にとって解放を意味する。このどうしようもない現実からの解放。弟と一緒に私は死ぬ。でもそれは私にとって、苦痛から逃れるための唯一の希望なの。この世界は、私にとっては地獄だった。でも今、私の目の前には大きな希望があるの。ここは希望に満ちた地獄なのよ。私に言わせればね。だから私はとても幸せなの」
そこまで言うと天海先輩は立ち上がった。
「帰るわ。もう二度と、あなたと顔を合わせることは無いけれど。文芸部は、あなたの好きにすればいいわ。他の部活に入るも良し、新たな部員を探すのも楽しいかもね」
天海先輩が帰った後もしばらく、僕は部室にいた。
夕日が窓から差し込み、まぶしかった。