3 ドリームキャッスル
ドリームキャッスルの入口を抜けると、奥へ続く廊下がずっと続いていた。
通路の両側には窓があった。
しかし窓の外は暗く、向こうに何があるのかは分からなかった。そもそも屋内になぜ窓があるのだろう。
奥へと進む。
その先に階段があった。
地下へと続く螺旋階段。
危険であると、引き返せと、天海の本能が叫んでいた。
しかし天海は先に進んだ。
螺旋階段を一段一段、踏みしめるように降りて行った。
階段はどこまでも続くのではないかと思われたが、やがて終わりがきた。階段を降り切ると再び扉。
手をかけて力を入れると、扉は簡単に開いた。
中は真っ暗だった。
天海はそこで初めて、恐怖が好奇心を上回った。
もう帰ろう。
そう思った時だった。
天海は誰かに背中を押された。
最初は祐樹だと思った。
しかし祐樹がそんなことをするわけは無かったし、事実、祐樹は私に引っ張られて一緒に真っ暗闇に放り出されることになった。
背後で扉が閉まり、私と祐樹は完全な暗闇に閉じ込めらた。
私は祐樹の手を放してしまった。
真っ暗闇の中で天海は弟を手探りで探した。
名前を何度も呼んだ。
しかし祐樹は答えなかった。
天海は無我夢中で祐樹の事を探し続けた。
そのうちに、テーブルのようなものを見つけた。
上には何も載っていないようだったが、なんだかぬるついていた。
何の液体であるかは分からなかった。
ああそうだ、と天海は思った。
どこかに照明を付けるためのスイッチがあるはずだった。
ここはドリームキャッスルというアトラクションではあったが、当然の事ながら、部屋である以上は照明が設置されているはずであり、設置してあるのならばどこか、手の届くところにスイッチがあるはずだった。
天海はテーブルを離れ、両手を前に突き出したまま歩いた。
壁はすぐに見つかった。
壁伝いに進むと、まもなくスイッチと思われる突起に手が触れた。天海は必死の思いでスイッチに力を込めた。
闇に慣れつつあった目に、照明の人工的な光は強烈だった。
思わず両手で目を覆った。
しばらくは、そのまま動けなかった。
やがて天海は、自分の両手が真っ赤に濡れていることに気が付いた。
血だった。
部屋の中央にあったテーブルを見る。
テーブルだと思っていたそれは、ベッドだった。
照明の光を受けて冷たく光る鉄のベッド。
鉄のベッドは血まみれだった。
天海は叫んだ。部屋の中に彼女の声が響いた。半狂乱になった天海は背後に迫った気配に気が付かなかった。
天海が背後の気配に気が付いたとき、既にそれは真後ろにいた。驚いて振り返った彼女はそこに、兎の着ぐるみが立っているのを見た。
兎の着ぐるみの中には当然、人が入っているはずだった。
しかしなんだか奇妙だった。
まるで中には誰も入っていないように感じられた。中は伽藍洞なのではないか、と彼女は思った。
「どうしたんだい?」
兎の着ぐるみがしゃべった。平坦な声だった。
天海は驚きのあまり声を出すことができなかった。
早く祐樹を見つけて逃げなくてはならない。
そう思った。
「こんなところに人が来るなんて久しぶりだなあ。君はどっち?」
「……どっち?」
「ああ、ごめんね。つまりね、拷問をされるのと見るの、どっちが好き?」
何を言っているのかわからなかった。兎の着ぐるみは当然の事ながら表情を変えたりはしない。
「ここはドリームキャッスル。ゲストは拷問を楽しめる。されるのと見るのは自由。ああでも、拷問をすることはできないよ。拷問には技術がいるからね。けっこう難しいんだよね。殺さないように苦痛を最大限引き出すって。ねえ、君はどっち?」
答えることはできなかった。どちらも嫌だった。
「私は、弟を探しているんです」
「弟? ああ、さっき捕まえた男の子の事かな。あの子にも拷問を楽しんでほしいなあ。さあ、君はどっち?」
「……もう帰ります」
「帰りたいならアトラクションを体験しないといけないよ。ここではそういう決まりなんだ。そうしないと君は一生ここに閉じ込められたまま。さあ、どっちなんだい? そろそろ答えてくれないと。僕はあまり気が長いわけじゃないからね」
天海はしばらくのあいだ、黙っていた。
兎の着ぐるみは身じろぎもしないまま、天海の事を見ていた。実際はほとんど経っていないはずだったが、彼女にしてみれば無限とも思える時間が過ぎた。やっとの思いで天海は「拷問を、見ます」と答えた。
拷問されるのは嫌だった。当然、見るのも嫌だったが、どちらかを体験しないことには外に出ることができないのであれば、選択肢は無かった。
「良かった、ようやく決めてくれた。あと一〇秒黙っていたら、僕は君の事を殴り殺していたところだよ。良かった良かった。さて、君が拷問を見る方なんだから、弟は拷問を受ける側だね」
兎の着ぐるみが言った。相変わらず平坦な声だったが、どこか嬉しそうだった。