背く者・後編
見知らぬ同世代の少年に腕を引っ張られ、狭い路地裏に連れてこられた直後に言われた言葉…。
「お前…ムカつくな」
「は?」
最初に僕達が交えた言葉は…とても友好的なものとは程遠いものだった。
実際、その後僕は生まれて初めて殴り合いの喧嘩をした。
お互い顔をぼこぼこに腫れあがらせて、そして……笑い合った。
身分も何もかも違う…奇妙な友人関係。
埃臭い路地裏で…僕達は始まった。
「支配者の烙印…?」
フランツのこぼした言葉に機敏に反応するレックス。
自分にはチンプンカンプンな言葉だが、どうやらフランツにはそれが何なのか理解しているらしい。
本来なら速急に事の真相を聞き出すところだが…そうはいかなかった。
フランツは…泣いていた。
まるで眼に映る全てを否定するかのように…視界を涙で埋めようと…。
まるで…無慈悲な世界を呪うかのように…虚空に向かってつぶやいていた…。
「嘘だ…嘘だ…嘘だ…」
「フランツさん!?」
「おい!?どうしたんだよフランツ!?」
カイルが正面に立って、両肩を掴んで揺り動かす。
何度も何度も強く、名前を呼ぶ。
「何故だ…何故お前がこんな…!」
「フランツ!!しっかりしやがれ!何だってんだよ!?」
でもフランツは応えない。
あまりのショックで自分に関わる全てを否定しようとするかのように…何も応えてくれない。
「どけ…カイル」
「レックス?何を…」
バキッ!!!
「がっ……!?」
「レックス!?」
レックスはカイルを押しのけ、そしてフランツの横っ面に拳を叩きこんだ。
端正な顔立ちが苦痛に歪む。
「あ…あ…」
「選べ!フランツ・ゲルト!!!」
「かつての友に引導を渡すか?友の幻影と朽ち果てるか?後者を選べば貴様を殺す!!!」
「なっ!?」
「レックスさん?」
「……」
フランツは俯いたまま黙り込んだ。
レックスはそれを否定せず言葉を続ける。
「その様子を見ればわかる。さっき話した友が…俺たちの敵なんだろう?」
「何だって!?」
「そんな…ひどい…」
あまりにも過酷な選択だった。
唯一の友を斬るか、全てを投げ出すか…その二択。
どちらを選んでも苦痛は残る。
友を斬れば…その罪から。
投げ出すなら…命は無い。
フランツは後者を選ぼうと思った。
自分には友を斬ることは出来ない。このままでは任務に支障が出る。
ならば、必要な情報をレックスに伝え、あとは彼らに任せれば…
「委ねるな!フランツ!!!」
「!?」
レックスはフランツに掴みかかり、叫んだ。
「全て委ねれば全てを失う!
友の思いも!自分の誇りも!何もかも全てだ!!!
俺はお前の友を知らない!顔も素性も名前も何も!!!
俺はそいつを斬ることは出来る!
だが、ケリをつけられるのはお前だけなんだぞ!フランツ!!!」
「ケリを…?」
うっすらと開かれた目がレックスを見つめる。
まるで答えに至る道を見つけたかのように……。
「友を思うならその行く末を見届け!
互いに高みを目指し、鼓舞し合い!道を外したらばなんとしても救い出せ!
友を見限るな!友を見捨てるな!!お前はそれが出来る男だろうが!!!」
「レックス…」
そうだ…最初から解っていたことだろうに…。
この街の現状を見る限り、犯人はとても歪んだ思考を持っていることになる。
更生させるのは…おそらく不可能。
ならば自分が、フランツ・ゲルトが取るべき選択は一つだ。
レオンを…かつての友を斬る…!
そしてこの苦痛を抱いて生きていこう。
いつの日か…その思いが救われることを信じて…!
「あああああああああああぁ!!!」
バシイィィン!!
フランツは雄叫びを上げるとレックスに殴りかかった。
レックスはその拳を受け止めて訪ねた。
「決めたんだな?」
「あぁ…」
それ以上は問答はいらなかった。
「着いてこい…あいつのことなら俺が一番よく知ってる」
「頼むぜ…」
フランツの足取りは小揺るぎもしない。
その眼は揺るがぬ意志で燃えている。
その背中には一片の隙もない。
「間違うなよ…お前は」
その背中に、レックスはそっと囁き…そして黙り込んだ。
フランツは仲間たちを率いて、街で一番古い時計塔に来た。
「この内部には水車があって、昔はこの街の重要な役割を果たしていたんだ。
だが数年前に海を越えて「蒸気機関」という新しい動力源を得てここは使われなくなった。
レオンの…俺の友の父はここの所持者だったんだ。
もっとも蒸気機関が使われるようになってからは街から見放され、破産したがな」
「それで…ここに来た意味はなんだ?
レオンってやつとこことどうゆう関係が?」
「ここは…僕とレオンだけの秘密基地なのさ」
そう言いながらフランツは過去を振り返っていた。
殴り合いを二時間ほど続けた後、フランツはレオンにここに連れてこられた。
何でも「殴り合って分かった。お前はイイやつだ」だそうだ。
それで仲直りの印として自分だけの秘密の場所へ招待してくれたというわけだ。
赤紫色の髪をなびかせ、階段を駆け上る長身の少年。
優美な顔立ちと違って、来ているのはボロボロの布の服と古ぼけた革靴。
何故、彼は自分に喧嘩を売ってきたのか、フランツはまだ分からなかった。
やがて、塔の最上階に付く、誇りが高く積みあがった広く暗い室内。
レオンは一直線に窓に駆け寄り、その大きな窓を開け放った。
室内に満ちて来る夕日の明るさが眩しい。潮風が鼻をくすぐるのが心地いい。
そしてその場所からは町が一望できた。
その光景は…この街の何処よりも美しく映った。
「ここはもう誰も来ない…皆新しい動力に魅せられちまってここは見捨てられちまった。
だからここは俺の所有物ってわけさ。
父さんももうここに未練は無いって言ってたけどな、俺はここが好きなんだ」
そう言って笑うレオンを見て、フランツはようやくわかった。
街に蒸気機関を持ち込んだのは…ゲルト家だった。
さぞレオンは自分が憎かっただろう。
自分の家を破産させて成り上がった家の次男…自分が彼なら同じように殴りかかっただろう。
ふと気付くとレオンが自分を振り返ってきている。
「お前…俺がお前の家柄を憎んで喧嘩売ったと思ってるだろ?」
「な!?」
心を読まれた!?
そう思っているとレオンは胸を張って説教してきた。
「俺が気に食わなかったのは、お前がどうでもよさそうに生きてたように見えたからさ」
「!?」
確かにそうだった。
自分はゲルト家の…領家の次男だ。
時期領主には自分の兄がなる。そう初めから決まっていた。
だからフランツは…不自由も自由もない自堕落な日々を過ごすしかなかった。
「俺はな…この街の領主になるのが夢なんだ」
「…そんなの無理だろう…お前は領家の息子でもないんだぞ?」
「それがどうした?」
「え?」
「夢を語って何が悪い?夢に向かって足掻いて何が悪いってんだ?
そんな簡単に諦められるのは夢なんて言わねえ!!
俺はこの街が好きなんだ!いつか絶対にこの街の領主になるって決めたんだ!」
なんて奇麗な目をしているんだろう?
自分はとうに諦めた夢を…自分よりも弱い立場の人間が抱き続けているなんて…信じられなかった。
「…やっぱ無理だって…」
「何だと!?もっかいやるか!?」
フランツはくすりと笑うと言った。
「僕が領主になって…お前が副監督ってとこだろ」
「!」
「その方が現実的だ。勝ち目のない勝負なんて御免だね」
「言ってくれるじゃんかこの野郎!」
そういって掴みかかってくるレオン。でもその顔は明るく笑っている。
フランツもまた、掴み返しながら笑っていた。
そして誓い合った。
二人のうちのどちらかが領主になろうと……。
「だが…僕たちのどちらも領主にはなれなかった。
レオンは父親が酒と賭けに溺れてその後病死。母親も過労死した。
そして僕も…両親と兄さんを説得できなかった。
以後は…申し訳なくてレオンに会いに行けなかったんだ…」
「そんなことがあったのか…」
「フランツさん…」
「だが…この場所だってことだけは確信できる。
あいつが拠点に選ぶのはここ以外にないからな」
「覚悟はいいんだな?」
レックスが念を押す。
この場所に踏みいれば、何時どんなタイミングでレオンと出会うか分からない。
出会った時は戦う時だ。
「あぁ、大丈夫だ。レオンは俺に任せてくれ」
迷いは見えない…これなら安心して任せられるだろう。
「よし、行くぞ!準備はいいな!?」
その呼びかけに応えるかのように、それぞれが武器を構える。
突入しようとすると…
「おいおい…こんなに大勢呼んだ覚えはないよ?」
頭上から誰かの声が響いた。
瞬時に見上げると、空から人のような影が二つほど落ちてくる。
「避けろ!!!」
レックスが叫ぶと同時に四人はそれぞれ飛んでその場を離れた。
ほぼ同時に、今までレックス達の居た場所に二匹の見慣れ無い獣が着地した。
一見すると二足で直立した狼のようだ。
だががっちりと盛り上がった肩の筋肉や膝の骨格などは人間と同じように見える。
人狼…招霊術によって生み出された魔物だ。
「奴等…こんなものまで作ってやがったのか!?」
アイリスに斬りかかる爪を斧で防ぎながらカイルが叫ぶ。
援護しようとしたレックスにももう一匹の人狼が襲い掛かる。
目にも止まらない爪の応酬。
時折フェイントも織り交ぜた凄まじい攻撃。
狼の素早さと、狡猾な性格…レックスといえど後退を余儀なくされる。
「皆…!?」
仲間の援護に向かおうとしたフランツの目が…時計塔の針に止まった。
誰かが立っている。
鮮やかな赤紫色の髪を靡かせ、全身を真っ黒のマントで包んでいる青年。
「レオン…やっぱりお前だったんだな」
その青年を見つめて、フランツが重い言葉を漏らす。
レオンもまた、フランツを見返しながら微笑み返す。
「久しぶりだなフランツ…会えて嬉しいよ。
だが邪魔者が多すぎる…俺の僕に掃除させてやろう」
そういって指を示すと周りからあの不死身の騎士達が現れた。
支配者の烙印によって操られる死者の姿…。
「もうやめてくれレオン!
こんなことを何時まで続けるつもりだ!?その果てに何を掴む気だ!!!」
必死に叫ぶフランツ。無駄だと分かってはいただろうに叫ばずにはいられないのだろう。
再会を果たした友と…戦わなければならないのだから…。
「決まっているだろうーーー王になるまでさ」
「王!?」
領主では無いのか?フランツはそう言いたかったのだろう。
それを予期してレオンは応えた。
「フランツ!俺達は変わった!
他の者には無い力を手に入れたんだぞ!?最早この街の領主に収まりきる器では無い!!
俺達はこの世界の王にこそ相応しい!そう思わないか!?」
レオンの目は狂気を宿していた。
力に魅せられ、今まで自分を虐げて来たもの全てを砕き、それでも飽き足らず全てを支配しようとしていた。
最早…かつてのレオンの面影はない。
「……それがお前の答えか?レオン」
「ん?どうしたんだ?早く俺と一緒に来いよフランツ。二人なら…」
「断る!!!」
フランツは細剣を抜き放ち、レオンにその切っ先を向けた。
周囲の天候が荒れ始め、雷雲が立ち上る。
「降りて来いレオン!僕がお前に引導を渡してやる!!!」
「…フランツお前までもが俺を邪魔するのか?
かつて誓い合った親友に剣を向けるなんてひどいな」
フランツの中の何かが…切れる音がした。
「その誓いを汚したのは…貴様だろうがあああぁぁ!!!」
雷鳴が響き、フランツに落雷が落ちる。
『雷帝』…フランツの誇る最強の肉体強化術。
瞬時に騎士達のただ中に飛び込み、次々と額に細剣を突き立ててゆく。
「ほう…流石だなフランツ」
支配者の烙印によって操られた死者たち。
その呪縛を解くには額の紋章に傷をつけること。
一部でも傷つけられた場合、紋章は力を失い、死者は物言わぬ亡きがらに還る。
「ザアアアアァァ!!!」
騎士達を片付けると、そのまま渾身の雷撃をレオンに向けて放った。
普段を凌駕する圧倒的なまでの雷撃…術者の心を映す鏡であるかのように強く激しい一撃…。
あまりの力に『雷帝』が解除され、フランツの意識が戻る。
だがレオンに届く寸前…雷撃は急にその角度を変えた。
「!?」
驚愕するフランツに対して、レオンはほくそ笑みながら手に持った戦斧を見せた。
美しい装飾のなされた片刃の斧…だがそれだけではない。
刀身になにやらの紋章が刻まれている。
「雷神の斧…俺が手に入れたもう一つの力さ!」
「!?神器だと…まさかそんなものまで手に入れていたなんて…!」
この世界に存在する力ある存在…精霊や霊獣。
それらの力を内包した魔道具の中で最上位に位置するのが神器だ。
まるで物語に謳われる神が宿ったかのような圧倒的なまでの力を内包した武具。
それ一つで戦局をも左右しかねない強大な力の結晶…。
「まさかフランツ…お前も雷を操るなんてねぇ…。
つくづく俺達は気が合うんだなぁ。嬉しいよ。
でもお前は俺に勝てない…」
「ふざけるな!!!」
もう一度落雷をその身に落とそうとした…が
「!?馬鹿な…雷雲が応えない!?」
頭上の雷雲は…何の反応も示さなかった。
まるで支配権を奪われたかのように……!?
「そうさ!雷神の斧は雷系最強の支配力を持つ神器!
あらゆる雷雲は俺の支配下にある!!!
当然!貴様が呼び出した雷雲であろうとなぁ!!!」
「な!?」
まさに最悪の相性だった。
こちらの能力は完全に封じ、敵の戦力を増強させてしまった。
もう先程の雷撃で…フランツに雷の力は残っていない…!
「せめて俺の手で葬ってやるよフランツ…かつての親友の手でなぁ!!!」
レオンは時計塔の針から飛び降りた。
時折、壁を蹴って余計な勢いを殺し、そのままフランツに斬りかかった。
ガキイィィイン!!!
武器だけでなく、レオン本人も相当な使い手でその威力は獣鬼を遙かに凌ぐ。
なんとか細剣で防ぐが、刀身が軋み始める。
「く…!」
「あっはっはっはっは!!」
ただでさえ相性の悪い敵、そしてかつての親友…。
この二つがフランツの細剣を重く、鈍らせる。
そして…
ピイィィン!!!!
やけに甲高い音が響いた。
カイルはアイリスを守りながら必死に戦っていた。
人狼は狡猾な性格で、まともに戦えないアイリスを執拗に狙い続けた。
傷つけさせるわけにはいかない…!
その決意がカイルの斧を、闘志を支えていた。
だが、このままでは敵を倒せないことをカイルは知っていた。
硬質結晶化…カイルの能力の神髄はまだ誰にも見せていない。
だが、そのためには多少の時間が居る。
そうなれば必ず、敵はアイリスを貫くだろう…そんなことは許せない。
しかし…カイルの背中に思わぬ声が聞こえた。
「時間を…稼ぎます」
「!?馬鹿なことはやめろ!」
両手に握る手斧のうちの一本を投げつけ、敵をけん制する。
瞬時に周囲の鉄製品を分解し、斧の形に再構成する。
そして敵から視線を外さないままアイリスに怒鳴った。
その体は全身の至る所から血を流していた。
「俺だってこんな有様なんだぜ!?
お前じゃ二秒も持たない!ここは俺に任せて…」
「嫌です!!!」
「!?」
「私はいつもカイルさんに守ってもらってばかりで…いつも見ているだけで…!
もうこれ以上、何もできないままの自分なんて嫌なんです!!!」
「アイリス…」
「守らせてくださいよ…私だって…あなたの背中を守らせてくださいよ…!」
アイリスがこんなに声を荒げたのは初めてだった。
そのことにカイルは一瞬呆然とし…そして
「二十秒でいい…頼むぞ」
「!」
「それだけ大口叩いたんだ…それくらいのわがまま聞いてくれよな?」
「……はい!」
二人は同時に左右に別れて飛んだ。
カイルは精神を統一させて何かを呼び集めている。
そしてアイリスは自動弓を構えて、人狼に対峙した。
人狼は残酷な笑みを浮かべると、アイリスに飛びかかった。
アイリスはありったけの矢を撃ち放った。
まさに弾幕…どうやら普段隠れてそうとうな練習をしていたらしい。
だが人狼はそれらをすべて回避した。
恐るべき動体視力と反射神経…そして運動機能だ。
たちまちアイリスとの距離を詰められる。
万事休すか…と誰もが思っただろう。
アイリスは自動弓を捨てて、腰に差していた何かを抜き放ち、人狼に突き立てた。
ただの短剣では無い。
その証拠に突き刺さった短剣からたちまち強大な炎の鳥が立ち上り、人狼に襲いかかった。
皇炎の力を込めておいた短剣…ニーナがアイリスにもしものためにと渡しておいた奥の手。
全身を紅蓮の炎に捲かれ、身悶える人狼。
そしてそこに…
四方八方から長大な石の鎖が襲い掛かった。
それは敵の体を締め付けるとその場に固定させた。
みるとあたりの民家の外壁が変質して鎖になっている。
カイルが硬質結晶化の能力で壁石を変質させたのだ。
そして…周囲から大量の鉄分をかき集めて作られた巨大な戦斧を肩に担いだカイルがゆっくりと歩いてくる。
「流石だなアイリス…あとは任せろ」
「…はい!」
人狼は必死にもがいた。
だが十分な時間をかけて練成された鎖はそうそう簡単に切れない。
カイルは斧を構えたまま突っ込み、途中で一回転し、斧に遠心力を加えた。
突進力と遠心力…人体の持つ最高の力を込め、そのまま敵に叩きこむ!!!
「剛斬衝!!!」
ズシャァァァ…!
登頂から股間までを真っ二つに切り裂かれ、絶命する人狼。
カイルとアイリスは互いに手を上にあげ、ハイタッチして互いの健闘を祝った。
街中に大剣と爪とが合い打つ音が響く。
レックスの剣劇が敵を掠めると、敵の爪のまたレックスを刻もうと肉薄する。
一見すると互角の打ち合いに見えるだろうが…人狼は今のレックスにとって天敵だった。
レックスの持つ大剣は射程が長い分懐に潜られると脆い。
生半可な敵ならレックスの技量の前に切り捨てられるだろうが、人狼のスピードはそれをかい潜った。
そうなれば魔術を使うしかないのだが…レックスの力は風。
接近戦で使えばレックス自身も切り裂きかねない…!
投げナイフで牽制しようとも思ったが…その隙に敵の爪に貫かれるだろう。
(くそっ…!このままじゃ手詰まりだ!!!)
焦りが剣を狂わせ、敵が懐に潜り込むのを手助けしてしまう…!
「しまっ…!?」
人狼の爪がレックスの眼球に吸い込まれる刹那、どこからか高速で飛んできた何かが敵の脇腹を突き穿つ。
「ニーナ!?」
「本当に私が居ないと駄目ね貴方は!」
見ると、すぐそこのわき道から息を荒立てたニーナが立っている。
どうやらレックスの姿を見つけて全速力で走って来たらしい。
自分に深手を負わせた憎い相手を蹂躙しようと疾走する人狼…だが今度はレックスの大剣がそれを防ぐ。
「そっちこそ!俺が居なくて死にかけてたんじゃないだろうな!?」
「そんなことある訳ないでしょ!?」
憎まれ口を叩き合いながらも、息はぴったり合っている。
ニーナが投げナイフで牽制し、その隙をレックスが攻める。
次第に人狼の肉体に傷が増えていく。
「終わらせるぞ!」
「当然!」
二人は同時に魔力を収束させる。
人狼は即座に逃げようとしたが…
「吼えろ!皇炎!!!」
ニーナの詠唱が終わるのが先だった。
意思を持ち合わせる強大な炎の鳥がその全身を包み込み、肉が焼ける嫌な匂いがあたりに広がる。
もがき苦しむ人狼に止めを刺すべくレックスが突っ込む。
真空破を刀身に纏った大剣による回転切りの三連段。
「蒼爪!!!」
全身に致命打となる斬撃を受け、人狼は絶命した。
後には真っ黒に焼かれた灰塵しか残っていない…。
「助かったぜニーナ!」
「ふふ…当然よ」
互いの健闘を喜ぶのも束の間、レックスはフランツのことが心配になった。
「ニーナ!ラッセル達は!?」
「不死身みたいに突っ込んでくる騎士達の相手を…でもラッセル隊長が居るから負けはないわ。
私はあんた達を援護するように言われてきたの」
「なら頼む!フランツが危ないかもしれないんだ!一緒に来てくれ!」
「フランツが…?分かったわ!案内して!」
二人は時計塔に向かって走り出した。
目標とするその場所には…激しい落雷が続いていた…。
ピィィィン!!!
それはフランツの細剣が折られた音だった。
雷神の斧の攻撃力は絶大で、もともと強度面で劣る細剣で凌げるものでは無かったのだ。
「しまった…!」
即座に距離を取るフランツ。
状況は最悪だ。
武器は壊れ、魔術は使えない…まさに絶体絶命だ。
「がっかりだよフランツ…」
にじり寄りながらさも残念そうに眉をひそめながら、レオンが言う。
「お前と二人なら出来ないことなんてなかった…。
俺達は二人で無敵だったんだよ…?なのにお前は俺の下から離れてしまった…。
甘ちゃんの組織はそんなに居心地が良かったか?」
歯を食いしばりながら…フランツは静かに言葉を吐いた。
「なら…お前こそどうなんだ?」
「何がだ…?」
「街の外に居た獣鬼に、支配者の烙印…。
こんなもの所持してるのは世界に一つしかない…。
鮮血の騎士団に魂を売ったんだろう!?」
「あぁ…それがどうした?」
ことも無さそうに答えるレオンに、フランツは叫んだ。
「聖戦での過ちを認めず!力を振りかざし!
あげく立ち直りかけているこの世界を破滅に導く連中の力を借りたのか!?
僕達が夢に見た玉座は…そんなに汚らわしいものだったか!?
そんな血に濡れた玉座に座って一体何を統べる!?何を守る!?
そんな世界をお前は愛せるか!?守ろうと思えるか!?
お前の愛した街の姿はもう何所にもないだろうがあぁ!!!」
「!?」
レオンは急に胸をさすり、黙り込んだ。
分かっていたのだろう…連中に手を貸すということがどうゆうことなのか…。
「お前に何がわかる…!
救われない者の痛みがわかるか!?
叶わない夢を追い続けることの残酷さがわかるかあああぁぁ!!!!!」
魂の慟哭に応えるように落雷が立て続けにフランツを襲う。
それだけではない。
落雷は民家を、倉庫を、そして…時計塔の一部を砕いた。
「!?」
そのことに動揺したのは他ならぬレオンだった。
自分の信じているものを自分自身で砕いた瞬間…今までの罪が一気に膨れ上がってきた。
邪魔する者はみんな殺した。
楯突くものをすべて踏みにじり、その先に自分たちの目指した玉座が有ると信じていた。
だが今…薄汚れ、ちっぽけな…二人だけの玉座を…自分の手で砕いてしまった…。
「ああ…あっ…あああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
雷神の斧の力を暴走させる。
もう何を信じていいか分からない。
今まで何を望んでいたのかも忘れてしまった。
全て壊れてしまえ…!
過去も!今も!己自身も…!!!
だがそんな中…一人仁王立ちする存在が有った。
その全身は雷光を纏い…目が眩むばかりの輝きを放っている。
「フランツ…!?」
「精神に乱れが生じたなレオン。
俺の能力は『雷帝』…その字、伊達では無いぞ」
「まさか…俺の雷撃を…!?」
そう…いかに『雷帝』といえど『雷神』と正面から渡り合っては支配を奪われる。
だが、術者の精神が崩れ、隙が出来たなら…
「全ての雷雲がお前の支配下にあろうが関係ない…!
要はたった一撃でいい…雷を支配できればなぁ!!!」
先程まで以上の速さで、フランツが肉薄する。
素手とは言え『雷帝』で強化された肉体は鋼の鎧も貫く武器だ。
「うわああああああああああああああああああああ!!!」
狂気せんばかりの絶叫を上げながら雷撃を連射するレオン。
だがその全てがフランツに支配され、逆にフランツを強化していく…!
そして…!
ザクッ…!!!
「かっは……!?」
フランツの手刀が…レオンを貫いた。
フランツは静かに手を抜きさると、レオンの肩を支えた。
もう直…レオンの心臓は止まる。
腹部に巨大な風穴をあけられ、そこから血が滝のように流れてくる。
「最後に…見たい景色はあるか?」
フランツの声に…レオンはふっと微笑みながら答えた。
「街が…見たい…いつもの…場所で…」
「あぁ…任せろ」
フランツはレオンを抱き上げたまま地を蹴った。
時計塔の壁を垂直に蹴り続け、開け放たれた窓から一気に最上階に入る。
『雷帝』で強化された身体だからこそできる技だ。
そこは一部破壊されたとはいえ…昔のままだった。
ガラクタの山、領主になるための計画を練った紙、二人だけの紋章…。
「ほら…見えるか?俺たちの街だ」
レオンは残る力を振り絞って必死に目をあける。
そして…
雷雲が晴れ、いつものように穏やかな夕日と雄大な海が見える。
今は人々が見えないが、きっとすぐいつもの活気を取り戻すはずだ。
「美し…いな…」
「あぁ…世界で最も美しい景色だ。
僕達はそれをずっと独占してたんだぜ?
それこそ世界の王でもないと許されない特権だ…!」
フランツは泣いていた。
死にゆく友にもうかける言葉が見当たらない…!
もっと話したいことが有ったのに…何も言えない…言えなくなる…!
それでも…レオンは笑って言った。
「そうだな…俺達は…世界の…王だったんだな…」
「…すまない!レオン!!!」
冷たくなる友の体を抱きしめ叫ぶ。
もう少しでいい…もっと話をさせてくれ…!
いくら願っても誰も答えてはくれない。世界とはそうゆう風に出来ているから…。
レオンはフランツの頬にそっと手を伸ばし、優しい声で言った。
「フランツ……あり…が…と……う…」
「レオン!?」
そう言って…レオンの鼓動は止まった。
「レオオオオオォォン!!!!!!!!!!!」
その叫びは…天に木魂し聞くもの全てに涙を浮かべさせた。
レックス達が着いたころにはもう全てが終わっていた。
敵の頭目はフランツが打ち取り、街の残党もラッセルがすべて排除した。
生き残っていた住人にもう終わったと告げると…街中に歓声が響いた。
後は組織の事後処理班が到着して、全てを終わらせるだろう。
レックス達はフランツを探したが、フランツの残して行った書置きを見て、そっとしておくことにした。
そこには一言…こう書かれていた。
「世界の王を…弔って来る」と…。
もうじき執筆一周年ですね。
振り返ればあっというまです。
この作品はまだまだ描き続けるのでどうか安心してご愛読してください。
よろしくお願いします