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見えない世界

とある名も無き街の郊外の一角…多を寄せ付けない印象の城がある。

そこは聖戦の以前からあったらしく、外装の所々が欠け落ち当時の凄惨さを物語る。


ならず者すら寄り付かないその城に…出入りしている集団が居る。


彼等のことを知るものは居ない。


だが付近の住人の誰もがその存在だけは知っている…触れてはならない者として…。


その城には様々な噂が飛び交った。


とある麻薬売りの組織が根城にしている…。


地下にある一室が異界への入り口になっている…。


数え上げたらきりが無い。


真実を確かめようとその城を訪れて行った人間は多いが…戻ってきた人間は居ない。


そして今やその城にはまるで怪物の鳴き声の様な…あるいはただの隙間風の様な…何とも判断しにくい音だけが響いていた…。




薄暗い室内…日の光すら届かない、この世かどうかすら疑わしい風の満ちた空間に大勢の人間が居た。

彼等は何をしているのか?

そもそも立っているのか座っているのか…はたまた生きているのか死んでいるのかさえ解からない。

彼等からは騒々しい罵声も聴こえなければ、何かを祝うような朗らかな声も聴こえない。

辺りを支配するのは周囲同様『闇』だけだった。



その闇の中でも拭えない存在感を放つ人間が数人居る…。

服装も顔立ちも異なる一貫性の無い集団…だが見れば誰もが思うだろう…彼等こそが触れてはならぬ存在なのだと。


彼等は一つの長いテーブルを囲んでいる。

別に食事をしている訳ではない…彼等の目に留まっているのは一つの水晶、そしてそこに映る光景。


レックス…正確には赤髪の剣士と剣を交えているレックスの映像。

その戦い振りを見て、口元を満足そうに歪める少女も居れば、やや失望したような表情を見せる男も居る。


裏世界最大・最強の組織、断罪クロス十字ヴァニッシュ

最近そこに新たに名を連ねた屈強な剣士が居るとの情報を聞き、彼等は行動を起こした。

レックスの初任務の内容、目的地を探り当て適当な『餌』を放ってみた。

案の定レックスたちは『餌』に喰い付き、充分な資料を残してくれた…。


今彼等が見ている物体はとある希少生物の眼球に特殊な術を加え、映像を記録出来る様に加工ものだ。

これは劣化も早く、使い捨てに近い代物だが映像を録画出来る唯一無二の道具として重宝されている。


「皆の見解を聞こう…」


優美な装飾のされた大きな椅子に座っている男が自慢の腹心達に意見を求めた。

端正な顔立ち、怪しく輝く銀髪、金色の目…場所が場所なら若き一国の主として通用しそうな容姿だが、全身から立ち込める威圧感は隠せない…。



「この子…なかなか面白いね」


周りに比べて少し背が低い少女が時折笑みを混ぜながら話す。

長く淡い栗色の髪、真珠のような瞳、黒を基調にしたレース付きのドレス。

見目麗しく、愛らしい声をしているが、何故か聴く者の心を掻き乱すかのような響きがある…。



「くだらん…奴を退けたと言うから期待してみればたかだがこの程度とは…」


短く切り揃えられた黒髪、掘りの深い顔立ち、全身に無骨な鎧を纏った巨漢の剣士が顔を顰める。

椅子に座っているとはいえその身長は軽く見積もっても3メートルは超えるだろう…。

彼の横には彼の体躯以上に太く、長大な剣が見える。圧倒的な重厚感。この剣を使えば乗馬した騎士を馬ごと真っ二つにすることなど朝飯前だろう…。


「餌が悪いだけ…もっと良い餌をあげればそれに見合ったものが見れる…」


この城の主が自慢の懐刀…最後の一人は感情の起伏が感じられない少年だった。

見るからに細い体格、ぼさぼさの髪は整理されておらず前髪が目元まで伸びているのにも興味が無いらしい。

いや…興味のあるものなど存在しないのだろうか…?



「ふむ…私も概ね君たちと同じような見解だ。問題は…」

「こちらに引き込めるか…だね…」


主が告げる前に少年が口を挟む。

だが彼はその程度で気を損なう程の小物でもない…。


「そうだ…その一点こそが重要なのだよ。彼が我らが同士足るに相応しいか否か…」


彼等には計画がある…それも今の世界を覆し、飲み込むほどの計画が…。

彼等は再び会話を再会する…ここでの決定一つで何万という命が消えるか否かが決まる。


厳正なる裁きを下す聖なる十字架を断ち切らんと企む…血に濡れた凶刃が闇に蠢いていた…。








「やれやれ…セイバーは書類整理の量も多いなぁ…」


レックスは本部の廊下を歩いていた。その手には書類の山が抱かれている。



レックスが初めての任務を無事終え、数日が経った…。

あれからレックスもセイバーとしての実務を順調にこなしている。


だが全てが上手くいっている訳では無い。

例えば…今まさに後ろから轟く獣の足音と…


「どいてどいて〜!!!」

「ガゥガゥ!」

「うわっ!?」


間一髪で衝突を避ける。


声の主はエレン、そして彼女に「ロウエン」と名付けられた聖狼ケルビムだ。


本部に連れ帰った聖狼ケルビムは今、エレンが世話を見ている。

彼女が手当てをしたからか聖狼ケルビムはエレンに良く懐いている。組織では戦闘員と霊獣がタッグを組んで任務に当たることも珍しくない。

ジガードも任務での功を労う意味を込めてこれを承諾、こうしてエレンは晴れて聖狼ケルビムを相棒として手に入れたわけだが…



「廊下で暴走するな!たった三日で隊員が何人そいつに轢かれたと思っている!?」

「1人?」

「13人だ!!!」

「13捨14入すれば怪我人ゼロだよ?」

「よし死ね」


バキッ!


「あだっ!?」


とりあえず一発殴っておく。


「何すだよ〜!?」

「お前の理論だと一発は換算しないんだろ?つまりお前は殴られていない」

「私は別だよ!!!」

「何処のガキ大将だ貴様!?」

「子供扱いするな!ロウエン、噛んじゃえ!!」

「ガゥ!」


ガブッ…


「痛てぇ!?この恩知らず!誰が助けたと思ってるんだ!?」

「へっへ〜ん!一番助けたのは私だもんね〜!」

「チッ!ニーナに保護させるんだった!」

「ガゥ?」


こんなやり取りを何回繰り返しただろう?

元々騒がしいエレンは相棒を得てから更に厄介な存在になっている。


何とか一人と一匹を退けるがレックスの頭痛の種はもう一つある…それに比べればエレンなんて可愛いもんだ。

その頭痛の種は…


ひゅん!


細身の刀身が風を切る音…。


スカッ!


首を僅かに傾けてよけるレックス…そして…


「死ねぇレックス〜!!お前が死ねば万事治まる!!!」

「いい加減にしろこのフランク・フルトが!!!」

「フランツ・ゲルトだ!!!」


もう何度聞いたかわからない「雷帝」の魂の叫びが響いた…。





数分後…とある一室で、頭に大きなコブを作った「雷帝」とそれを冷たい目で見るレックスの姿があった。


「こうして命を狙われるのは何回目だったかな?」

「知らんな」

「23回だ」

「23捨24入すればフォ!!?」

「ふざけるな!!!!」


内容・回数ともにエレンより遥かに性質が悪い犯人がこのフランクフルト改めフランツ・ゲルト。

戦斧アクスの中でもかなりの実力者で「最もセイバーに近い男」だった男だ。

それが何を取り違えたか、最近ではレックスに突発的な襲撃を繰り返すようになってしまっているのか。


「五月蠅い!それもこれもレックス!お前のせいだ!!」

「何故に!?」


するとフランツは肩を震わせながらぼそぼそと語り始めた…。





レックスとの決闘が行われる前日…。


(あっ!フランツ先輩!)


廊下を通りがかると新米の隊員達が集まって来た。

隊員数の多い戦斧アクスの中でも最強と噂される自分の周りには何時も人の山が群がる。

これも強者の苦痛というものか…。


(聞きましたよ!明日とうとうセイバーに昇格なさるって!)

(私…先輩の指揮下で共に戦えることを願っています…)


全く気の早いものだ…。

まだ決闘前夜だというのにこの騒ぎでは明日の祝勝会が恐ろしいことになりそうだ…。


正にこの世の春。

多くの隊員たちの賞賛の視線を当然の如く噛み締めながらフランツは口元を緩めていた…ところが。



決闘後…。


目が覚めると療養室の内の一室…いつも自分を囲んでいた人の山が見当たらない。

視線に気付き振り向くと昨日の新米隊員の一人が見えた。


…冷たい目だった。

無言で「信じてたのに…」とか「見損ないました…」みたいな空気が漂ってくる…。

声を掛けようとすると走って逃げられた。


…泣いてなんか…無い…!



翌日…。


虫の居所が悪いまま朝食の席に向かうと忌々しいレックスとそれと楽しそうに騒いでいるカイルとラッセルの姿があった。

しかもそのスグ傍にレックスに熱い視線を送っている年若い女性隊員の姿が見える。


…面白くない。


異様に腹が立ったのでちょっかいを出した。上から目線は忘れない。

ゲルト家の人間は代々挑発に長けた人材を生んできた。

我ながら完璧な精神攻撃…人の神経を逆なでさせたら世界一それがゲルト家…。

これで奴等の微笑ましい時間も終焉を迎え…


(なぁ…これ美味いぜ。お前も食わないかフランク・フルト先輩?)


ブツッ!!!


上には上が居た。



さらに後日…。


廊下を歩いているとこちらを見てクスクスと笑っている隊員たちを見つける。

こちらが目を向けると視線を外す…だが笑いは止まらない。


全くなんて軽薄な連中だ。こんな奴等が組織に…?


集団の中に数日前まで自分に尊敬の眼差しを向けてきた隊員たちが居た。



もう何も信じるものか。




そして現在…。


呆れかえって開いた口が塞がらないレックスにさらに愚痴るフランツ。


「お陰で今では最帝(最低)、帝辺(低辺)、帝能(低能)と三大「帝(低)」の汚名まで着せられている…!」

「…ここまで来りゃ大したもんだ」


それしか言えない。


「全部貴様のせいだレックス〜!!!」


とうとう逆上して細剣レイピアを振りかざすフランツ…だが。


「とりあえず…」


気流で刀身をずらし…


「落ち着け!」


がら空きの腹に拳を放つ。


「ぐはっ!」


まさかの四行の描写で倒されてしまう「雷帝」。

決して彼の実力が劣っているわけではないのだが……


「やれやれ…面倒だな」


レックスは己の境遇を呪った。





レックスはとりあえず、処理し終えた書類をジガードに届けることにした。

書類は前回の任務にかかった飲食・宿代や戦闘に関しての知りうる限りの情報が盛り込まれている。

そのことでレックスには気がかりなことがあった…。


あの時戦った連中は霊獣の存在を知っていた…でなければ獣一匹を殺さずに鹵獲しようとしていた説明がつかないからだ。

毛皮を売る目的では狼一匹にあんな大勢を当てていたのでは利率に合わないし、狼を飼おうなんて輩はいないだろう。第一それなら組織の人間を殺す意図も必要性も見受けられない…。


そして何より連中も多少の「力」を備えていたこと…これが決定的だ。

奴らはあの狼を聖浪ケルビムと知ってあの場所に来ていたのだ。

ならその目的は…?何処でその情報を仕入れた…?誰かの差し金なのか…?


小規模の戦闘…主格を含め敵対勢力のほとんどは戦死…聖浪ケルビムは無事確保。

これだけの観点から見れば危惧する必要は何一つ無い筈なのにレックスは一抹の不安を拭えなかった。



「おい…」


語尾に明らかな怒りを込め、語りかける。

その相手は先程からずっとレックスの後を付けて来る…


「フランツ…俺だってセイバーだ…」

「……」


フランツは柱の影からじっとこちらを見つめてくる。

尾行のつもりだとしたら彼にその才能は皆無だ。


セイバーは仕事量も多い。今だって仕事の最中なんだ…」

「……」


流石に頭にくる…。


「お前に割いてる時間など無い…!」

「……知るか。貴様のせいで僕はこんな目に遭ってるんだ。責任取れ」


ブツッ!!


「いい加減にしろこのヒステリック・ナルシストがぁ!!!」


怒りの臨界点を越えたことにより普段よりも一際強い風が吹く。


「吹っ飛べぇ!!!」


拳の周りに小規模な竜巻を展開させ、距離を瞬時に詰めて叩き込んだ。


ドゴンッ!!!


「グハァ!!!」


フランツは、かなり洒落にならない音を立てて吹っ飛び、壁にめり込んだ。


「しまった!」


慌ててフランツを壁から救出し、その破壊痕を手でなぞる。


「壁壊しちまったよ…またシリウスに小言言われるかも…」


レックスはフランツの屍には目もやらずにジガードの部屋に向かって歩を進めた。





いつ見ても異様な部屋だ。

人を寄せ付けない冷たい扉、その奥に広がる静かな自然、そしてそこに佇む英雄王…。


ジガード…断罪クロス十字ヴァニッシュの創始者にして百年以上前の聖戦を集結させた英雄王。


本当にジガード本人なのか…?


何故百年以上生きている人間が若い姿のままなのか…?


聖戦とは一体難何なのか…?


全てが謎に包まれている…いや、知れば知るほど多くの謎が生まれる。


だが今は彼を信じるしかない。

事実この世界は何かがおかしい…まるで本来在るべき姿から無理やり改変されたかのような違和感を感じる。

あの日、レックスの全てを打ち砕いた『現実』…。

自分達が知る由も無かった…だが確かに存在していた世界のもう一つの姿、真実…。

その真実に辿り着く為にはどうしても『ジガード』の存在が必要だ。


部屋の隅で立ち止まっているレックスに部屋の主が気付く。


「どうした…何やら神妙な顔をしているね…」


話し掛けるのを拒んでいると、向こうから先に話し掛けてきた。

躊躇っている時ではないとみて、レックスは歩を進める。


ジガードは前回と同じように巨大な玉座に腰を下ろし、静かな微笑を湛えている。

万人をもひれ伏させかねない圧倒的な存在感と触れることを拒ませるかのような儚さ…。

相反する筈の感覚が、確かに目の前の男から伝わってくる。

気を強く持たなければ自分の全てを捧げてしまいそうになる…。


「…以前の任務に関する書類をまとめたので報告を…」


そういってレックスは処理し終えたばかりの書類をジガードに手渡す。

ジガードはそれに静かに目を通し始めた。


「ふむ…ご苦労…」

「組織の一員として当然のことをしたまでです…」


どうも口調が他人行儀になってしまう。

まるでジガードを意図的に避けようとしているかのような物腰だ…。

レックスの心境を知ってか知らずかジガードが微笑する。


「そんなに気を張らなくとも構わないよ…タメ口で良いんだがね」

「いえ…そんな…」

「まるでシリウスが移ったようだね」

「!…冗談じゃない!あんな堅物扱いされるほど廃れちゃいないぜ」


先程までの志向とは打って変わって口調が元通りになるレックス。

どうやらシリウスと同じように感じられたのが癪に障ったらしい…。


「はは…そんな感じで構わないよ。私は君を高く評価しているのでね」

「俺を…?」


ジガードが自分を高く買っていると聞いて嬉しいようなもどかしい様な感覚に陥る。


「そうさ…君は君の思っている以上に有能だよ。

 身体能力は言うに及ばず、精神力、魔力、全てにおいて郡を抜いている。

 この任務でもそれが証明されている」

「…?」


ジガードはレックスの提出した書類に目を通しながら淀みなく答える。


「常に冷静に状況を判断し、手中の戦力を最大限に生かして任務に当たっている。

 これは並大抵の人材に出来ることではない…シリウスやラッセルの目に適ったのも納得がいく」

「それは…シリウスやラッセルの組んだ訓練が…」

「それに一切の弱音も吐かずに付いて行ける人間がこの組織にどれだけ居るだろうな…」


何を…と言おうとして事の深層に気付く。

組織には戦闘員、情報工作員、運営その他に関わる人間が優に二千人以上は居る。


その中で戦闘員が全体で千人程とすると、七割以上が短剣ダガーに所属する。

階級が低いのは彼等の人間としての器が小さいからではない。

ここで一度説明しておこう。


短剣ダガーに所属すると言っても、彼等が『表』の舞台に立つなら腕の立つ騎士として名を馳せる事は十分可能だ。


元々組織に居る人間は多かれ少なかれ『振るい』にかけられている。

そうして構成員として認められた人間に『小物』、『雑兵』に分類される人種は居ない。


ならば何故彼等の階級が低いのか…?


簡単な話…他の階級に属する人間が人外なだけだ。


例えば戦斧アクスに属するカイルやニーナ。

彼等が表世界に現れたなら立ち待ち英雄として後世まで語り継がれるだろう。


只一人で重装備の一個小隊を相手に戦い、無論負けることなど無い人間などそうはいない。


更にはセイバーに所属するレックスやラッセルになると最早『軍神』、『鬼神』の如き力を振るう。


この違いは何か…?


簡潔に言うと先天的な力の差…つまり魔力の絶対量の差になる。


短剣ダガーに所属する人間の持つ魔力は微細なもので魔力付加エンチェントもままならない。

だが戦斧アクスに所属する人間になればその量は一気に何十倍にもなる。

ニーナの様に強大な召霊術を使役する魔術師タイプには戦斧アクス以上の階級で無いと不可能なのだ。


そしてセイバークラスのレックスやラッセルはそれをも凌ぐ強大な魔力を保有する。

短剣ダガーの人間を千人束ねてもレックス一人の魔力には届かない…。


技量や体裁きなどは訓練や模擬戦で磨けるが、魔力の絶対量は通常では向上出来ない。


階級が上位に行くに従ってこういった先天的な振るいにもかけられると言う事だ。




「…あんまり褒められてる気分がしないな」


先天的な力など本人の意思とは関係が無い…まるで無力な人間を嘲笑うかのようではないかとレックスは考えている。


ただ偶然そこに在った物を拾って…そこに何の意味がある?

自らが欲し、足掻き、掴み取ることに意味がある…それが出来ない輩は負け犬だとレックスは信じている。

それが彼の生き様であり、存在其の物だからだ。


「そぅ言わないでくれたまえ…そのことが君の価値を一層高めていると思ってくれないか?

 考えてみてくれたまえ…」


「?」


ジガードは両腕を大きく広げ、天井を仰いだ。


「最初から全てを自らの意志で動かせる人間などは居ない…。

 誰もが初めから在った世界の『流れ』に導かれるところから始まる…。

 その過程を否定することは人間には出来ない…誰にもね…。

 私に力が在ったのも…ある種の偶然の産物とも言える……」


「オイオイ…そりゃ無いぜ。

 『偶然』力が在って、『偶然』聖戦を止めて、それまた『偶然』英雄になったってのかい?」


レックスが苦笑しながら言葉を告げる。

考えてみればそんなに『偶然』が続くほうが有り得なくは無いだろうか?


「ふふ…それは違うよ…。

 こう考えてくれ…人には抗えない『流れ』、何者かの『意志』が在る。

 例え『英雄王』と呼ばれた男であろうとその流れには逆らえなかった…と…」


「随分と謙虚なんだな…伝説に謳われる英雄王すら所詮は一人の人間ってことか?」


レックスの悪態に微笑しながら答えるジガード。


「はは…そう受け取ってくれて構わんよ。

 私もようやく君とまともな会話が出来て気分が良いのでね…」


「おいおい……?」

「?どうしたんだいレックス…?」


ふと首を傾げるレックス…。ジガードが不審に思って聞くと…








「なぁ…俺達…前にもこうやって話したことあったっけ?」

「!?」


一瞬、ジガードの表情が凍る。

レックスはそれに気付かず、会話を進める。


「なんか…あんたと話してると懐かしい気分になったんだ…。

 組織に来る前…家族以外は皆敵だったのに…何故かあんたを知っていた気がする…」

「だとしたら今日、こうして話が出来たのは随分素敵な事ではないか?」

「解からない…只…」

「只…?」


ジガードが気付くとレックスは涙を流していた。


「なんか…少し悲しくてな…」

「!?」


事の真相が理解できず困惑するジガード…。


「こうして会えたことは嬉しくて…でも、それと同じくらい…悲しい。

 どうしたんだろ…俺…?」


レックス自身、何故涙しているのか…何故悲しいのかが解からなかった。

ただ、理屈では無い…心の奥底から湧き上がるような止めどない感情がそうさせている。


「ごめん…疲れてるのかな?

 今日はもう、帰って休ませてもらう…済まないジガード…」

「…気にするな…またいつでも来るといい…」

「あぁ…またな…」


レックスは歪む視界を必死に探って歩き始めた。

その背中は……声をかけても擦り抜けてしまうような空虚さと、どうあっても拭いきれない悲しみを湛えていた。








「主よ…」


レックスの去った後、ジガードの懐刀であるシリウスが音も無く近付いてきた。


「何だ…」

「いえ…奴が主に対してあまりにも無礼な口を叩くので…宜しければ私に…」

「黙れ」

「!?」


普段とは打って変わって冷徹な声色の反応に困惑するシリウス。


「主よ…私は貴方様の気に触れるようなことを…?」

「……興が削がれた。

 下がれシリウス。暫らく誰も近づけるな……」


そう言い放つとジガードは玉座に深く腰を下ろし、瞼を閉じた…。


「……仰せのままに」


シリウスは再び地に膝を付き、忠誠を誓うと自らも主の部屋を離れた。








(……まさか既に『目覚めている』のか……?)


先程までのレックスに対して思考を張り巡らせるジガード。


(いや…それはまだ在り得ない。ならば何故、ここまで感情を掻き乱される…?)


他に誰も居なくなった広大な一室は…まるで主の心境を模したようだった。

美しく、荘厳に他を圧倒する存在…だが、その存在は決して他と交わり合うことは叶わなかった…。






レックスは一人、本部の長い廊下を黙々と歩いていた。


(気分が悪い…食欲も失せる。一体何だって言うん……!?)


急に頭痛が酷くなり、思わず壁に背を預けて倒れ掛けた。

必死に感情を押さえつけ、表情だけでも冷静さを取り繕う。だが、相変わらず顔色は悪い。


「レックス!?」

「!…どうしたんだレックス!?顔が真っ青だぜ!?」


声のした方角を見ると、ラッセルとソフィールの二人が駆け寄ってきた。


「二人とも…何で此処に…?」

「喋るな!…なんて熱だ!?お前一体何してたんだよ?」


ラッセルが症状を確認する。

常人なら立っているのも困難なほどの衰弱と高熱…只の疲労ではない。


「負ぶされレックス!すぐ医務室に連れてってやるからな!」

「悪い…いっつも…アンタに…は……」


急に気を失うレックス。ソフィールは涙目になった。


「レックス!しっかりして!!」

「っ!……急ぐぞ!一刻も速く医務室へ!!」


二人は全速力で医務室まで走り出した。














夢を見ていた。

それは一人の男の物語…誰よりも強く、気高く、それ故に苦しんだ一人の男。


彼には他には無い力が在った。

指一本で川の流れを変えることが出来た。

望めば猛暑の厳しい季節でも何時だって雨を降らせることが出来た。

誰もが絶望した戦局…明日も見えない絶望的な状況においても、彼と彼の戦友は無敵の力を誇った。


だが…




何もかもが空虚な光景の中に、二つの影が見えた。

そのうちの一人は顔立ちも、髪型も見えずただ声だけが聞こえる。


そしてもう一人は絹のように白く長い髪、優美で…それでいて激戦を繰り返したことが見える防具を纏った剣士…見覚えがある。

ジガードだ…相変わらず他を凌駕する圧倒的な存在感は健在だ。


(……どうあっても闘うのか!?もう止めてくれ……!!)


ジガードが目の前の影に向かって必死に叫んでいる。

どうやら二人は倒さねばならない敵であり、同時に掛け替えの無い存在らしい。


(無駄だ…ジガード…世界は私を否定した!所詮、異端者は癒されない!救われない!満たされない!)


視覚からは何も解からない。

だが…その悲痛な叫びは聴く者の心を激しく揺さぶった。


(ならば…全てを壊すまで!どうあっても満たされぬなら!それ以外にこの苦しみは癒せない!!!)

(止めろ!!もう止めてくれ…!俺は…俺では…お前を苦しみから解放出来ないのか!!?)


ジガードは涙を流しながらも張り裂けんばかりの声で相手に語りかけた…だが…


(解放…?ふざけるな!私の過去には…命には…苦しみしか無い…憎しみしか無い!!

 お前も…私を消そうと言うのか…自らの罪から目を背け!その醜さを隠すために私を…!!!)


(違う!聴いてくれカ…ッ…!!)


(もういい…!目障りだジガード!!!所詮、私には友など…必要としてくれる者など居ない!!)







彼には力が在った。

望めば何もかもが彼の思うとおりに実現した。




ただ…一度だけを除いては。









「!」


あまりにも強い感情の奔流に呑まれそうになり、レックスは目を覚ました。

目が覚めればそこはいつもの医務室…以前にもここで目を覚ましたことがある。


「今のは…夢…?」


それにしてはあまりにもリアルだった。

迸る怒り、悲痛な声、届かぬ願い…鮮明に、それこそまるで実際にその場に居合わせたかのように感じた。


「あの影は…それにジガード?」


さっき話したジガードとは口調も、雰囲気も違うが…はっきりと解かる。

あの影に向かって叫んでいたのは…


「レックス!?」

「!?」


急に接近する何かに振り向くと…


バフッ!!


「うわっ!?」


その「何か」は真っ直ぐにレックスに向かって突っ込み、抱きついてきた。

温かくて、柔らかい、何やらほのかに甘い香りがする。



「よかった…よかったよ…!」

「ソフィール…」


レックスは顔を赤らめながらも突っ込んできた何かの存在を確認することに成功した。

とりあえず、涙ぐんでいる彼女の背中をさすって、落ち着かせようと試みる…。


「悪い…心配させたか…?」

「馬鹿!当たり前でしょ!?」


無神経な発言が更に彼女の涙を促した。


「急に倒れて…!熱も凄くて…!症状が解からないから薬も使えないし…!

 術は…体力や傷は治せてもそれ以上のことは気休めにもならないし…!!!」


「ソフィール…」

「しかもずっとうなされてたんだよ…ごめん…ごめんって!!!」


「えっ!?」


ソフィールの「うなされていた」という一言がさっきの夢を更に確証付けた。

やはり…ただの夢ではないようだ。


(まさか…俺の…記憶…?)


そう思い至って自分のことを思い出そうとした。

家族のこと…子分の子供達…敵…住んでいた街のこと…。


だが…それ以上が続かない。

今までは「忘れちまった」で済ませられたが、考えれば考えるほど自分のことが解からない…!

実の家族は…?兄弟は…?生まれ故郷は…?


そして…あの「夢」…本当に…「夢」なのか…?



「俺は……誰なんだ…?」


他の誰でもなく、自分自身に問いかける。

だが…返事をしたのは…





「レックス!!!」

「はいっ!!?」


またもソフィールだった…。


「寝ながら謝るくらい反省してるなら…ちゃんと起きて謝ってよ!!!」

「悪かった!本当に悪かったから!!その花瓶は下ろせ!本当に死ぬぞ!?」









「…………寂しくなんか…無い…」


ちなみにレックスのベットとはカーテン一枚を境界にしている隣のベットでフランツが横になっている。

彼はつい先程、懲りずに本部内を疾走していたエレン(とロウエン)に轢かれ、その時、ようやく犯人に存在を確認されてここまで運ばれてきた。

今では全身包帯塗れの典型的なミイラ男みたいな何かと化している…。


ちなみに犯人二人組(正確には一人と一匹だが)はフランツを医務室に放り込んだ後はそのままどこかへと行方を眩ませた。


カーテン一枚しか境界は無いはずなのに…フランツにはそれが無限に匹敵する距離に思えてならなかった。



ちなみにソフィールが頻繁に登場するのは警護の目を盗んで逃げ出しているからです。大抵ラッセルが最初に見つけるため、最早彼がソフィール保護者のような立ち位置になっています。

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