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仲間の定義

断罪クロス十字ヴァニッシュ本部…その広大な面積を誇る敷地内の一角に一つの訓練施設がある。

青々と茂る植物、野生動物の狩場テリトリー等、全て自然界と差し障りが無い深い森林。

そこではより実戦に近い形での訓練ができる様になっていた。


そしてその中にレックスは居た。

今日も彼の大剣の存在感は目を見張るものがある。

木漏れ日を反射して鈍く光るそれは正しく獲物を狙う巨大な牙だった。


「……」


両目を閉じて気配を探るレックス。


(解かる…)


以前よりもさらに魔術の腕を上げた彼の力は今や、只の攻撃手段に留まらない。


自分の『風』を周囲に展開…


森の木々や岩等の位置を把握…


それらによって形成される風の流れを感じ取り…


「!」


それを乱す『標的』を認識する。


レックスの左後方から何かが急速に接近する。

気流の乱れ具合から対象の大きさや速度を確認…これは弓矢!


即座に風の障壁を展開。

矢はその軌道を風に翻弄され、有らぬ方角へ飛んでいく。


そして…


ガキィィン!!


「甘い!!」


ほぼ同時に逆方向から切り掛かってきた人間に大剣を振るう。

狙い違わず二振りの手斧が宙を舞う。


刹那後方に向けて投げナイフを投擲、やがて年頃の少女らしい悲鳴と何かが弾き落とされるような音がした。


「チェック・メイトだ」

「あちゃ〜俺らの負けかよ?」


武器を失った影が肩を竦める。

影の正体はカイルだった。


「こんな短期間でここまで魔力を制御するなんて…信じられません」


先程の悲鳴の主も姿を現す。

こちらはアイリスだ。


「これで文句は無いだろ?」


レックスはずっと木の上で眺めていた男に声をかける。


男は10メートル程ある木から飛び降り、体勢を崩すことなく着地した。


「ふん…まぁ良いだろう」


断罪クロス十字ヴァニッシュが誇る最強の剣士シリウス…その端正な顔立ちはあらゆる異性を虜にし、その鋭い眼光は立ちはだかる敵に恐怖を植え付ける。


「最終試験合格だ…これで貴様も正式にセイバーに身を置く立場となる。

 精々俺を失望させるなよ…レックス」

「はっ!そっちこそ精々下克上に気を付けなされシリウス卿?」


お互いに友情とも敵意とも取れる視線と言葉を交わすレックスとシリウス。

この二人には何か通じるものがあるらしい。



「やったな大将!」

「おめでとうございますレックスさん!」


最終試験での対戦者を任された二人がレックスに賞賛の言葉を送る。


レックスはあれから三週間、様々な特訓に打ち込んでいた。

兵法、戦術、模擬戦、潜入工作等の課題を順調に消化して行き最後の締めくくりが今回の『より実戦に近い形式で戦斧アクス二人を相手に勝利する』という試験だった。


「なぁに…風が味方してくれたのさ」


照れくさそうに微笑むレックス。


『風』…この強大な力を最早レックスは自在のものとすることに成功した。

自身の動きを加速させ、敵の攻撃を逸らし、辺り一帯の気配を全て的確に把握することも出来る。

その力は正しく英雄王がセイバー足るに相応しかった。


「労いはそこまでで十分だろう…さっさと仕度しろレックス」

「仕度…何の?」


シリウスは小さくため息を吐くと言葉を続けた。


セイバーを名乗るからには組織のために働いて貰わねばならん。

 早速任務に就いてもらう」

「おっ!やっとそれらしい仕事させて貰えるのか?そりゃ嬉しいね」

「ふん…せいぜい組織に貢献するがいい…」


シリウスはそう言って背を向け、本部への通路に足を運ぶ。

レックスは嬉々としてその後を追った。


その様子をカイルとアイリスが見送っていた。


「はぁ〜また突き放されちまった…」


カイルは少し物悲しそうにため息を吐いた。

どんどん高みに昇っていくレックスと、未だフランツという壁を越えられない自分を比べてどうにもやり切れない気分になるカイル。


「カイルさん…」

「はぁ…」


アイリスが心配そうに声を掛けるがカイルは自分の世界に入ってしまっていて聴こえていない。


「カイルさん…!」

「畜生…」


アイリスが肩を叩くが全く反応しないカイル。


やがて何かを決心したアイリスは思い切り息を吸って…カイルの耳元に向かって叫んだ。


「カイルさぁ〜ん!!!」

「うわっ!?」


突然耳元で叫ばれ度肝を抜かれたカイル。

そしてその原因となった少女は…


「えへへ…元気でました?」


何とも可愛げに笑っている…何故に?


「いやショック死しそうになった」

「そうですかそれは良かったです」

「何故に!?」


俺に恨みでもあるのかといった表情のカイルに満面の笑みで答えるアイリス。


「何物にも興味が持てないよりはショック死するくらい驚けるほうがよっぽど良いと思うからです」


……何その理屈?


カイルはバツが悪そうに頭を掻きながら苦笑いする。


「やれやれ…まいったねこりゃ」

「ふふ…」

「はは…」


二人はその場で天を仰いで笑い合った。



一方……


「これと…あとこれも大事だな…」


レックスは出撃の準備をしていた。

大剣を初めとした武器の点検、携帯食と応急処置用の薬品その他…。

初陣の任務はとある希少生物の保護と本部までの護送。

有事の際に備えて武装は欠かせない。


無論任務には危険が付き物だがレックスは一種の興奮を感じずにはいられなかった。

組織の一員として責務を果たす…。

新たな居場所、そして新たな仲間を守るために自分に出来ることが在る…。


このことはレックスにとって生きていることを何よりも実感させてくれる。


(しくじる訳にはいかない…ここが今の俺の…)

「緊張してるみたいですね?」

「!!」


自己に意識を集中していたため反応が遅れた。

とっさに相手との距離を離そうとすると…


「久しぶりレックス!」

「ソフィール!?」


いつもと同じようにレックスに飛び切りの笑顔と疲労感を与えてくれる少女…ソフィール…。

相手が彼女だと確認したレックスは警戒を解いて微笑を浮かべた。


「全く…何だってそうお前は俺の不意を突いてくるかな?」

「その方が面白くありません?」


悪びれも無くソフィールは微笑む。

釣られてレックスの口元もほころんでしまう…。


そういえば…彼女と会うのも久しぶりだ。

フランツに勝利した夜以来レックスは特訓に励んでいて、ソフィールと会う時間が取れないでいた。

そう思えばこの奇妙なやり取りも至福の時に感じられる…。


「全く困った奴だなお前は…」

「むっ…それって私のことを…」

「違う。度々脱走するお姫様を守る立場の苦労を垣間見ただけだ」

「うぅ…御免なさい…」


しょんぼりとするソフィール。

このままだとしばらく悲しそうな空気を散乱させそうだ。


「ソフィール」

「えっ…?」

「困ってる顔も可愛いぜ」

「なっ!?」


顔が一気に紅く染まる。

自分がからかわれていたことに気付いたらしい。


「わっ私をからかったの!?」

「素直な意見を述べただけだぜ?」

「それをからかうと言うのです!!」

「あっ…!」

「今度は何ですか!?」


ソフィールは唇を尖らせてこちらを見つめてくる。

その視線を真っ向から見据えて言い返す。


「怒った顔も魅力的だな」

「!!?」


そう言うとソフィールは何を言っていいのか解からず真っ赤な顔で口をパクパクさせて困惑している。


そんなソフィールを見て思わず吹き出してしまう。


「もぅ…怒りますよ?」

「悪い悪い…なんか嬉しくってさ」


屈託の無い笑顔を見せるレックス。

悪意が無い相手を糾弾する気にもなれないソフィール。


「じゃあ…お詫びにこの後お茶にでもしませんか?

 勿論あなたの奢りで…」

「おっいい考えだな。早速……って!!!?」


ソフィールの提案に乗ろうと答えようとした瞬間、レックスは背筋が凍るような感覚を覚えた。


「?」


キョトンとしているソフィールを尻目に震え始めるレックス…。


「しまった…忘れてた…!」


そう、レックスは先程まで出陣の準備をしていた…!

そしてレックスを待っている上司は…!!


「やばいやばいやばい!!!ソフィール済まない!また今度!必ず!!!」


人の限界を超えた速度で荷物を纏め上げ、瞬時に部屋から消える…。

後に残されたのは……


「……今度っていつになるのかしら…?」


不満に頬を膨らませたお姫様だけだった。






所変わって……今は長閑のどかな道中……


荒ぶる上司シリウスを何とか説得やりすごしたレックスは同僚数名を引き連れて目的地まで馬に乗って向かっていた。


作戦は基本隠密行動。

組織の存在と「力」については決して表の舞台に出してはならない。

レックスの居た街を襲った怪異もそういった事情から事実は隠蔽された…。


出発前にシリウスに言われた言葉が脳裏に浮かぶ…。


(我々は組織の…大義のためにのみ尽力する…。そのことを忘れるな…)


裏世界最大の組織…断罪クロス十字ヴァニッシュ

その成り立ちや経緯はまだレックスには知らされていない…。

ただ目的と理念のみを言い渡された。


人知を超えた「力」が人々に知れ渡り悪用されないよう「管理」する世界の秩序を守る組織…。

所謂いわゆる正義の味方だ。


最初は正気なのかと疑ったが、訓練を通じてその重要性が自覚できた。


表の世界での戦いでは剣や槍、弓などが主力だ。

大きな城などには大砲という大掛かりな兵器もあるが数も少なく撃つまでに時間が掛かる。

やはり大半は騎士や兵士が戦う原始的な戦いだ。


だが組織の「力」はそれを遥かに上回る。

体格に左右されない膂力、迅速で絶大な火力、人知を超えた力による豊富な戦略と圧倒的な破壊力。

こんなものが表の世界に流れ出たらたちまち大戦争が起きる。

それこそ地上から文明を一掃する程の……


「何考え込んでんのよ似合わないわねえ…」


隣を走るニーナが話し掛けてきた。

初任務とはいえレックスはセイバーに属する身だ。

組織でも上級幹部に匹敵する権限を持つ身分の存在が単独で任務に就くことも変ということでジガードが同行を命じたのは……


「おいおい仲良くやろうぜ……今は任務中なんだから」


同じラッセルのお気に入りで組織でも最も親しい付き合いのカイル。


「やれやれだねぇ〜ホントにも〜」


つい先日の模擬戦けんかで知り合ったエレン。


そして……やたらと突っかかってくるニーナ。


以上の三名。


いずれも戦斧アクスに身を置く実力派、本来ならただの任務には在り得ないほどの戦力だ。

だがそれもその筈、セイバー以上の戦闘員が配備される任務は通常のそれに比べて重要性も死亡率もダントツに高い。

特に聖騎士ロイヤルガードの任務だとその規模は最早もはや戦争といっても過言ではない。


とはいえ…


「カイルは兎も角何でお前等まで来るんだ?」


流石に気まずいレックスはぼやいた。


「仕方ないでしょ?総司令直々に命令されたんだから!」


なぜか顔を真っ赤にして怒鳴るニーナ。


「総司令に言われた…そうしれい…なんちゃって!!」


全然面白くないギャグで一人爆笑しているエレン…。


「やれやれ…罪な男だねえ大将…」


何故か面白くなさそうにしているカイル……。


実力面では問題ないがそれ以外で問題の山盛りのような気がする。

レックスは確かに、一抹の不安を覚えた。





日も暮れたところで目的地に最も近い村に着き、宿を取る事にした。

夜間では目標を捉えるどころか目視することすら難しいため、に今のうちにしっかり休んでおこうということだ。


四人で一つのテーブルを囲み食事を取る。

人里離れた山の麓とはいえ土地が肥えているからだろう、食卓には四季折々の味覚が所狭しと並んでいる。

長い道中で皆腹を空かしている。これから命がけの任務に掛かるのだからせめて今だけでもゆっくりと寛いでもらいたい…とレックスが思っていたが…


「何故なんだ…!?」


気が付けば宴会になっていた。


おとこ一匹カイル!歌イマ〜ス!!!」

「やれやれ〜!!」


カイルは村の男達とすっかり打ち解け、この地方の酒や女を褒める歌を大合唱中……


「だ〜か〜ら〜!わらしは16歳だって言ってるじゃん!何だよ八歳児って!?」

「俺はそんなこと一度も言ってない!!」

「いいもんいいもん!これから良い女になって見返してやるんだから!!!」

「会話になってない!つーか8歳でも16歳でも酒呑んじゃ駄目だろ!!?」


エレンは酔っ払ってそこらの客に絡んでいる…そして……


「ニーナ…一ついいか?」

「何よ……?」

「何故…そんなに体をくっ付けてくるんだ?」


ニーナは最初エレンをなだめていたが一瞬の隙を狙ってエレンに酒を呑まされた。

その結果顔を昼間以上に紅くして何故か介抱していたレックスにしな垂れかかってきた。



「お前酔ってるだろ…」

「酔ってないわよ…」

「いや、酔ってるだろ…!」

「酔ってないわよ…!」  


(駄目だこいつ……早くなんとかしないと……)


レックスはさり気無くニーナを退かそうとした…がニーナがそれを拒んだ。

むしろ先程よりも強く寄り掛かってくる。

お陰で普段は意識しないことについ矛先がちらほらと……


ニーナの顔立ちは元より美しく整っている。ソフィールとはまた異なった魅力だ。

それが酒に当たって紅く色付いている…見る者を虜にする魔性の如き美しさを醸し出している。

一見ただ短く切られただけに見えた髪が、サラサラとした清らかな肌触りと心地よい香りでその存在を主張する…。

組織で鍛えられているからか、しなやかで力強く、健康的な体は普段の強気の口調とは打って変わって女性らしさを感じさせ……


(イカンイカンイカン!!!!)


必死に邪念を打ち払う。

自分達は明日の早朝から命がけの作戦を実行するのだ…こんな所で騒いでいる場合ではない!!


「こっこら!止めないか!!」


なんとかニーナを振り払い、先にカイル達を止めに行く。


「カイル!!」

「あ〜?」

「うわ……!」


カイルの居るテーブルには多数の酒の空き瓶が並べられ、つまみが散乱している。

真っ赤に酔った男達の巣窟と化していた。


「俺達の目的を忘れたのか!?さっさと寝ろ!!」

「良いじゃねえか〜良い酒だぜ〜」


(こいつも駄目だ……早く何とかしないと…)


説得は無理と判断したレックスは強攻策に出た。


「カイル…今は俺の指揮下だったよな…」

「ん?あぁ〜アンタが隊長だぜ〜だぜ〜」


それを確認すると、レックスは容赦無く拳を握りしめ……


「隊長権限!!!」

「ぐぽぁっ!!!」


隙だらけの鳩尾に見事なフックを叩き込んだ。

ガードどころか把握すら出来なかったカイルは一発で気絶した。


瞬時に簀巻きにして部屋に放り込む。

次はエレンだ。


「エレン!」

「ほぇ?」


やはりかなり酔っている…予想通りだが…


「隊長権限2(ツー)!!!」

「はぅ!!」


流石に強打する気になれないので首筋に手刀を打ち込み気絶させる。

同じように簀巻きにして女性用に借りた部屋に放り込む。


さて問題は……


「ニーナ…」

「何よ〜」


なにやら不機嫌なニーナが残った。

先程までの二人と違って隊長権限を使える空気ではない…!


(仕方ない…)


ここは正攻法で行こう。

有無を言わさずニーナを抱き抱え、寝室に運び込む。


「あっコラ!離しなさいよ!?」

「もう寝る時間だ!」


暴れて文句を言われるが毅然とした態度で受け流す。


「何処へ連れてくのよ!?」

「寝室に決まってるだろう!」

「しっ…寝室…!!そんな早すぎる」

「今はとっくに夜だ!!」


何やら微妙に噛み合っていない気がするが気にしてられない。


「どうしても…?」

「どうしてもだ!」


何故かニーナの顔が真紅に染まっているが気にしてられない。


「優しく…しなさいよね…」

「何だ…可愛らしいところも有るんだな?」


何を優しくして欲しいのか知らないが兄弟達の相手をしていたのでこういうことの勝手は解かる。


寝室のベットにニーナをそっと寝かせそして…


頭を撫で始めた。


「えっ?」


困惑しているニーナにさも当たり前のようにレックスが答える。


「お前も女の子だからな…一人じゃ不安な夜も有るだろ?

 お前が寝付くまでこうしててやるよ」


そう言って兄のように優しく微笑む。

そんな顔をされては先程までの赤っ恥の責任を糾弾することなど出来そうに無い。


「馬鹿…っ」

「何だって?」

「別に…何でもないわよ…」


一言だけ文句を言ったニーナは大人しくレックスの手に甘えることにした。

レックスも口ではぶっきら棒だが手は相変わらず繊細に、そして優しく動いている。

薄暗い小さな屋根の下で…二人の瞳はとても穏やかな光を帯びていた。



翌朝、早朝に宿を出た四人だったがその顔色は見事なまでに揃っていない。


鳩尾を抑えて苦しそうなカイル。首を痛めたらしく呻いているエレン。

何故かレックスから顔を背けるニーナ。


何だか居心地が悪いレックス。


とても命懸けの任務に赴くメンバーとは思えない……。




今回の隊長であるレックスが話を切り出した。


「今回の任務はこの地方に生息する霊獣・聖狼ケルビムの保護…だったな」


霊獣…それは聖霊と獣の融合体。


自然界に存在する現象の多くは精霊たちが起こしている。

大雨は水の精霊が、地震は大地の精霊が、それぞれ起こすものなのだ。

が、精霊の個々の力はそれ程高くない。

一匹だけでは一滴の雨を降らせることぐらい、蟻を一匹転ばせるくらいの力しかない。


だが稀に大量の精霊の力を一つの肉体に宿した存在が現れる。

それが霊獣だ。

単体で強大な力を持ち、中には神と呼ばれる程の存在もある。


聖狼ケルビムもそのうちの一匹である。

彼らはその名の通り神々しい気をまとった狼の姿をしている。

背丈はそれほど大きくないが俊敏な動きと強大な魔力を兼ね揃えた高い戦闘能力の持ち主。


組織では霊獣の保護も担っており、その力に応じて階級分けが有る。

今回の対象の階級は人間でいえば戦斧アクスの上層部に相当する程の力の持ち主だ。


聖狼ケルビムかぁ……俺も実物を見たことはないんだよな。楽しみだぜ」

「もし可愛かったらペットにしちゃおうかな〜?」

「エレン自重しなさい」


三者三様に反応が返ってくる。


「無駄口は任務が終わってからにしろ…行くぞ」


レックスは先頭を切って歩き出した。

ニーナ達も文句一つ言わずそれに続く。


保護対象がいるのは昼間もあまり日が差さない深い森の中。

馬では入れないためレックス達は最寄りの村に馬を預け徒歩で進むことにしたのだ。


霊獣は本来なら温厚で気高い生物だが何が起きるか分からないのでレックス達は武装を欠かさない。


それに…ジガードがこれだけの戦力を出したということは…「何らかの集団」との戦闘を予期していたと考えるべきだろう。


そして…その考えは間違っていなかった。





森に入ったレックス達は組織の先行者を探していた。

対象の動向を探り、後続の部隊に速やかに繋げる…華やかさはないが組織の重要な隊員達。

だが…


「何だよ…これ…」


カイルが思わず目を背けるのも無理はない。

それほどまでに目の前の光景は凄惨なものだった。


「酷い…!」

「……」


エレンは涙ぐみ、ニーナが黙ってその小さな肩を抱く。


腸を飛び散らせて息絶えた年若い男。

世界を呪うかのような悲惨な顔で生を終えた女。

来ている服装から辛うじて彼らが組織の人間だとわかった。


「これは…聖狼ケルビムの仕業じゃない…!」


明らかに殺し方に悪意がある。

生物同士の戦いではここまで相手を踏み躙ったりはしない。

こんなことが…こんな殺し方が出来るのは…


「俺達以外にも…この森に入った奴が居る…!」


そしてこんな所業を成す人間が真っ当なことを仕出かすとは思えない。

それぞれ復帰した面々は顔を合せ、即座に行動を起こした。


「予定変更だ!第一目標を捜索しつつ敵を殲滅する!

 この場所に来たということは連中の目的も聖狼ケルビムである可能性が高い!」


レックスの言葉に頼もしくうなずく三人の仲間。

これが彼らの本来の姿…有事の際、一片の迷いもなく戦いに身を投じられる絶対の信頼。


「二手に分かれる!

 この中で最も索的に秀でているのは俺だ…俺とニーナで目標の捜索に全力を挙げる」


「了解よ」


風の力によって目視以上の広範囲を探知できるレックスと魔導に精通しているニーナ。

この二人ならどんな事態に遭遇しても最善の選択をとれる。


「カイル!エレン!二人は身軽さを生かして敵の捜索を!」

「おっけー!!」

「鼻っ柱へし折ってやる!」


そして機動力に長けるエレンと、能力のお陰で装備が最も身軽なカイル。

奇襲にはうってつけの逸材だ。


「対象を補足次第信号弾を打て…散開!!」

「「「サー!」」」


即座に二手に別れ、飛ぶ。

レックス達は木々の合間を縫って、カイル達は枝伝いに飛ぶような速度で移動する。


戦いはもう始まっている…。



レックスは一際大きな木の上から敵を探していた。

現状では聖狼ケルビムを確保できても敵が残っている限り安全は保障されない。

ならば先に敵の喉笛を噛み切るまで。


(…地形認識完了…)


これは訓練ではない。


(…木々の間隔……把握…)


失敗は即、仲間の死に…そして自分の死に繋がる。


(気流……感知完了…!)


焦るな…頭の芯は常に冷たく凍らせろ…!


(風の流れを乱すのは……)


敵は……


(…見えた!!)



左舷前方の大木の影…一つの存在を囲むように複数の人間が展開している。


「ニーナ!!」

「了解!」


レックスの指示を的確に汲み取り、ニーナが信号弾を上げる。

すかさずレックスは右に飛んだ。





大勢の黒衣の人間たちの中に一際目立つ人物が三つ有った。


一人は爬虫類のような眼をした猫背の男。

手足は細く、その割にコートの幅が広くなっている。


一人は胸元が大きく露出している妖艶な服装の女。

何やらたくさんの指輪をじゃらつかせている。


そして最後の一人は赤い髪をなびかせた剣士風の男。

背負った鞘は柄に比べるとかなり幅広くできている。


彼らは追い詰めた獲物を前に残酷な笑みを浮かべていた。


相手は希少価値の高い霊獣だ。

コレを組織に届ければ多額の報酬が得られる。


男たちは凶暴なお尋ね者だった。

放火・強盗・強姦・殺人…何でもやった。

だが拠り所も後ろ盾もない無法者では長くは栄えない。


そこに奴等が現れた。

強大な力を持つ組織…その支配者であろう男の眼は狂気を宿していた…。


「おいおい…ルーカス!何辛気臭い面してんだよ?」


赤髪の剣士に爬虫類のような男が声をかける。

見た目同様卑屈そうな男だ。


「ギース…少し黙っていろ」


ルーカスと呼ばれた男が眉をひそめる。

ギースのようにただ刹那的な快楽だけを求めて生きることはできない。


今回の仕事だってそうだ…あまりにも手際が良すぎる。

奴等は信用できない。

何か得体の知れない何かを孕んでいるような……


「そんなのどうだっていいわ〜」


女がうっとおしそうに話しだす。

彼女からはいくつもの香水の香りが漂ってくる。

一つ一つは上品な香りがするが、正直そんなにつけたらウザったいだけだ。


「アネット…お前まで…」


ルーカスは呆れながらぼやく。

そんなことは歯牙にもかけずアネットは聖狼ケルビムに近づく。


「この子…なかなか愛らしいじゃない〜?

 私のペットにしていいでしょ〜?」


聖狼ケルビムは既に全身傷だらけだった。

ルーカス達は組織に関わる前から既に力を持っていた。

さらには組織から兵力を補充していたためさすがの聖狼ケルビムも一匹では勝てる筈無かった。


ロクに動けない霊獣を見下しながら近づくアネット…。


「止めろ…奴等を敵に回す気か?」


組織の命令はこの霊獣を連れて戻ること。

それを無視すればただでは済まない事は明白だった。

が…


「いいじゃな〜い?私たちの力ならあんな奴ら恐れる必要はないわ〜」


アネットは命令を無視して獲物に手を伸ばし……


「!」


突然上空に炎が舞った。


「信号弾!?」


まさかさっき斬った連中の仲間か!?

ルーカスは手下たちに即座に命令を…下せなかった。


突如風と供に現れた大剣の男が乱入してきたからだ。





「ハアアァァ!!!!」


レックスは敵のど真ん中に特大の風を纏って突っ込んだ。

その衝撃は凄まじく、一気に敵全体の四割程を吹き飛ばし、切り刻んだ。


血風けっぷう吹き荒れる中心に居ながらレックスの体には一片の血肉も付着していない。

その様は戦場の死神を思わせる風格だった。



「ひゃはははは!面白えじゃねえか!?」


やたらキョロキョロ動く眼をした男が狂ったように笑いだした。

目の前で仲間を殺されたにも関わらず心の底から笑っているようだ。


「外道が…耳障りなんだよ!!」


大剣に風を纏わせ剣圧と供に解き放つ。


衝羽しょうはぁ!!」


特大の鎌居達かまいたちが男に迫る…が


「ひゃは!」


突如、騎士が使うような大形の盾が現れ、衝撃波を受け止める。


「何っ!?一体何処から…?」


突如起きた怪現象に呆然とするレックス…そこへ


「シャァァァァァ!!」

「!?」


突如、レックスの身の丈ほどある大蛇が牙を剥く。

とっさに回避するが蛇の数はどんどん増え続ける…。


「先程の連中の仲間…気をつけろ!そいつも魔術師だ!」


リーダーらしき男が的確な指揮をとり包囲網を形成する。


「手際の良いことで…少々見くびったな…」

「ひゃは!な〜にほざいてやがる!?」

「うふふ…死になさい坊や」

「いくら貴様が異能者だろうとこの陣形は崩せまい…投降しろ」


こちらも三者三様に迫ってくる…が…


レックスの表情が打って変って悦に歪む。


「まだまだ甘いな…!」

「何!?」


次の瞬間、陣形の上空に炎の翼が舞った。


「吼えろ!凰炎フレイバード!!!」


荒々しくも美しく舞い踊るニーナと凰炎フレイバードの一撃。

その圧倒的な火力によって敵は一気に追い詰められてゆく。


さぁ戦争の始まりだ。





「くっ…!既に仲間が合流していたのか…!」


ルーカスは自分の失態を恥じた。

あの大剣の男ほどの実力者が勢いに任せて突っ込む筈がない。

あれはこちらの目を奴自身に集中させ、一気に殲滅させるための布陣だったのだ…!


事実、炎の鳥を操る女だけでなく、常人離れした速度で戦場を駆け回る少女騎士と両の手斧で次々と手下どもの首を刈ってゆく戦士まで現れていて味方は既に壊滅寸前だ。

まともに戦えるのは自分とギース、アネットぐらいだろう。


「ハッ!こいつら数だけは一丁前だな!」


またも一人の手下を切り捨てた手斧の男が威勢良く吼える。

随分と舐められたものだ…。


「おいおいどうすんだよ?このままトンズラ!?尻まくって逃げろってか!?」

「おいギース…」


まさか…


「冗談じゃねー!!俺は嫌だね!!!絶対拒否るね!!ふざけんじゃねっての!!!」


やはり…またこいつの悪い癖が出た…。

こいつの辞書に「耐える」、「堪える」といった類の言葉はない。


激情に任せて手斧の男に突っ込んでいった…。


「あの馬鹿が!」


今更愚痴を言っても始まらない…今はギースにあの男の相手をさせて俺とアネットで……と、即座に次の指示を飛ばそうとした直前に敵の指揮官であろう大剣の男が仲間に指示を出す。


「エレン!聖狼ケルビムを確保して戦線を離脱しろ!こちらが片付き次第信号弾を打つ!」

「おっけー!」


やはり連中の目的も聖狼ケルビムだったのか…。

男の言葉は俺に一つの情報を与え、そして…


「何ですって〜!!」


アネットの堪忍袋の緒を切った。


「ふざけないで!そのこは私のモノよ!横取りなんて許すもんですか!!」


心の中で舌打ちする。

アネットは独占欲が強い。せっかくの獲物を横取りされるなど許す筈がない。


俺の命令を無視して少女に襲い掛かろうとするが…


「あんたの相手は私よ!」


その鼻先を投げナイフが掠める。

アネットのやたら白い顔に一本の赤い筋が奔る。


「余所見なんて無粋ですわよオ・バ・サ・マ」

「…この小娘がぁ!!!八つ裂きにしてくれるわ!」


まんまと敵の挑発に乗って少女と聖狼ケルビムを逃している。

これではこちらの思惑は総崩れだ。


「チッ!使えない奴等ばかりだ!」


毎度毎度そうだ…いくら自分が緻密な作戦を考案しても無能な部下どもが全て無駄にする。

他に使える駒が無いからこそ組んではいるがいずれ奴等のような無能な部下達は切り捨てて……


「!」


突如接近する殺気を感じて右に飛んだ。

そのすぐ後を鈍色の刃が唸りを上げて通過する。


「やっぱ不意打ち下手だな俺…」


刃の主が大剣を見ながらぼやく。

だが正直間一髪だった…あの巨大な剣であれほどまでの一閃が放てるとは…


「道化を装うつもりなら無駄だ」

「あらら…やっぱりかい?」


こちらも剣を抜きながら答える。


聖狼ケルビムは俺達が保護させてもらうぜ」

「たかだか獣一匹程度でよくそこまで必死になれるな…」


あの連中と言いこいつらと言い…力が有るとはいえたかだが狼一匹に何故ここまで真剣になれる?


「あんな犬っころ如きにご苦労なことだ」


すると男は皮肉めいた笑みで言葉を告げた。


「ならあんたは何のためになら命を賭けられる?」


何のため…?決まっているではないか…。


「自分のためさ。

 自分ための金、酒、女…それ以外に何が有る?」


「…………プッ」

「!?」


何だ?何が言いたい?

そう思っていると男は突然…


「あっはははははははは!!」


腹を抱えて笑いだした。

その様が何やら凄く頭に来る…。


「何が可笑しい!?」


すると男は急に笑うのをやめて鋭い眼光でこちらを見据えながら言った。


「くだらねえ…!」

「あぁ!?」



「底が知れるぜ…あんたら」

「貴様…!」


俺を嘗める奴は許さない。今までだってそうだった…そしてこれからも。


気の乗らない仕事だがこれで少しはやりがいが出来た。


「ズタズタに引き裂いてやる…!あの世で泣いて後悔しやがれ!!」


その澄ました面…絶望と苦痛で染め上げてやる!


二人は互いの敵に向かって同時に剣を振り上げた。




カイルは狂ったように笑いながら突っ込んできた男と交戦していた。


「死ね!死ね!ヒャハハハァ!!」


涎を垂らしながら剣を振ってくる姿は気の弱い人間ならそれだけで黙らせられる迫力だ…が、生憎カイルは気が弱い人間ではない。


「うっせー…な!」


タイミングを見計らって手斧を一閃させる。

狙い違わず男の剣は主を失い宙を舞った。


これで相手は無刃…!


一気に間合いを詰め、止めを刺そうとするが…


「!?」


突如眼前に戦斧が出現した。

男はさも当たり前のようにそれを掴むとカイルに向かって振り回してきた。


「ビビってんじゃね〜よ!ヒャハハハ!!」

「くっ…!」


先刻からこの調子だ。

この男の武器を何度弾き飛ばしたか覚えていない。

辺りには男の使っていた幾つもの武器が散乱している…一体何処に隠している!?


「ヒャハハハハ!不思議か!?不気味か!?おっかねえか!?」


こちらの思考を読んだかのような発言だが不気味というよりは……


「…ウゼぇ」

「ヒャハ!?」





カイルから少し離れた場所でニーナが戦っていた。

相手はやたら化粧臭い女だ。

おそらく年齢を誤魔化そうとしているのだろうが……


「今私のことを年増扱いしたわね!?」


まるでこちらの思考を読んだかのように激昂してナイフで襲ってくる…が…


「あんたこそ自覚してるんなら自重しなさいよ!」

「うるさい!少し若いからって調子に乗ってんじゃないわよ!」


女はさらに怒り狂って自分の指輪を擦り合せる。

するとただの指輪だと思っていたものが強く輝き始めた。


魔具オーパーツ…!」

「おいで私の可愛いペット達!!」


すると空間の一部に影が生じ、中から無数の大蛇が現れた。


召喚師サマナー!?」


召喚師サマナーは自らと契約を執り行った存在を自在に使役する厄介な力を持った術師だ。

どうやら彼女は蛇と契約を成し、その力で大蛇達を呼び寄せたらしい。


「そのうっとおしい口から引き裂いてあげるわ!!」


一斉に大蛇達が牙を剥く。

当たればごっそりと肉を持っていかれそうだが…


「こんなもの!」


ニーナは機敏な身のこなしで全て回避する。

回避するだけでなく時折投げナイフで着実に敵の数を減らしている。


「チッ!小賢しい!」


どうやら相当苛立っているらしい…これなら…


「これが若さ故の強みってやつね!」


さらに挑発を繰り出す。

自分の考えが正しければ……


「小娘がぁ〜!!」


予想通りさらに激昂して蛇達を出現させる。


(フフ…それでいいわよ)


冷静さを欠いた術師程容易い相手はいない。

もう自分の置かれている立場すら把握してはいまい…。


ニーナは攻撃を回避しながら事前に身繕っていたある場所に敵を誘き寄せた。

一見するとただの森林の一角にしか見えないが…


「ここまでよ小娘!わざわざこんな障害物の無い場所を選ぶなんて…よっぽど死にたいらしいわね!?」


女は凶暴な笑みを浮かべてにじり寄ってくる…完全に自分の勝利を確信した目…。

その確信を…打ち砕く!


ニーナは口元に堪え切れない微笑みを浮かべ、指を鳴らす。


「食事の時間よ!!」

「!?」


上空から何かが近づく音に気づき、思わず上を見上げる女。

すると蒼穹を穿つように滑空してくる巨大な影が襲って来た。


「何っ!?」


影は女を横切り、大蛇達に喰らい付く。

たちまち彼女ご自慢の蛇達は僅かな肉片を残して食い散らかされてしまった。


その影は異形の姿をしていた。

鷲の頭と翼、がっしりとした体躯、強靭な爪…。


飛獣グリフォン!?いきなり何故…ハッ!」


女はようやく自分の愚かさに気付いた。

この森に生息している霊獣は何も聖狼ケルビムだけではない。

この見晴らしの良い地形は彼ら空の霊獣の狩場テリトリーにもってこいだった。


慌てて新たな僕を呼ぼうとするがもう遅い。


召喚師サマナーの強みは兵力を自在に補強できる点にある。

 けど…今のあなたは怒りの余り出せる駒を全て出し尽くしてしまった…」


事実、彼女の指輪は光を失い沈黙している。

今の彼女の力量ではこれ以上僕を呼ぶことは出来ない…そして…


「あ…あぁ…!」


彼女自身知っているのだ。

僕を呼べない召喚師サマナーの末路を…


「吼えろ…凰炎フレイバード…」


最後に視界に映ったのは命を喰らう紅蓮の洗礼だった…。





「ヒャハハハハァ!!」


ギースは眼前の敵に懐から新たに取り出した自動弓ボウガンを乱射していた。

いくら相手が武器を弾き飛ばそうが無駄だった。

自分には他の人間には無い力がある。


ギースの能力は「物体収縮化」。その名の通り物体を何十分の一まで小さくして持ち運べる力。

この力を使えば大砲だって一人で持ち運べる。

男の武器が底を着かないのはコートの内側にミニチュア並に圧縮させた武具を仕込んでいるからだ。


矢の雨を潜り抜け、なんとか間合いを詰めようとしている男…。

確かに強い…今まで何人もの敵と戦ってきたが目の前の男に匹敵する敵など居なかった。

だが、同時に確信する。


こちらと同じ「力」の無い人間相手に自分が負ける道理は無いと…。


自動弓ボウガンの矢がついには男の手から武器を奪う。

これで相手は素手…対する自分にはコートの中にまだまだ多くの武器が残っている…。

勝った!……そう確信した刹那、不可解な現象に気付いた。


「何故…奴がまだ斧を持ってやがる!?」


錯覚ではない。

確かに自分は奴から武器を奪った…なのに奴の両手には確かに手斧が握られている…?

男の外見から察するに自分のように武器を隠し持つことは不可能の筈…!


見ると男は笑っている。

まるでこちらの思考を読んだかのように…圧倒的な優位を確信した目で…。


「笑ってんじゃねぇ!!!」


怒りに任せて矢を放つが男には掠りもしない。

自動弓ボウガンの矢が切れたのを確認し、ストックを装填しようとした瞬間…


「!」


自分の足元に騎士の使うような槍が突き刺さった。


「何っ!!?」


自分の出した武器ではない…ならば奴が!?一体何処から!?

次々と混乱する思考を必死に振り払い、敵との距離を離す。


だが次に視界を奴へと戻した時…そこには誰もいなかった…。


「何処だ!?何処に居やがる!?」


叫び散らして男を探すが辺りからは風の音しか聞こえない…!


(馬鹿な!?俺が追い詰められているというのか!?)


ギースは錯乱していた。

自分には他人には無い力が有る…つまり自分は選ばれた人間なんだと…勝手に認識していたのだ。

その愚かさに気づくことも無く…終焉が近づく…。


所詮しょせん子供騙しなんだよお前の力なんざ」

「!」


ギースは男の声に振り向き、そして……


ズパッ…!


右腕を切り飛ばされた。


「ぎゃああああああ!!!?」


馬鹿な…?

何もかもが理解出来ない…!


地に突っ伏すギースにカイルが近づく。

その肩には身の丈ほどもある巨大な戦斧が寄りかかっている。

それを見てまたも混乱するギース…。


カイルの能力は「硬質結晶化」…地中に存在する鉱石を自在に操る能力。

この力を使えば素手の状態からでも武器を精製出来る。初めから持ち歩いておく必要さえ無い。


能力の格、潜った死線の数、戦いにおける覚悟。

元よりギースがカイルに勝っていた点など皆無だったのだ。


「あんたの武器がコートの中なら…」


カイルは斧を振り上げながらギースに言った。


「俺の武器は地中に眠る鉱石全てだ」


ギースにはその生涯を終えても尚…何一つ理解出来なかった。






枝葉の上で、または地上で、何度も高い音と火花が散る。


レックスとルーカスだ。

二人は互いに剣士…その戦闘は最も単純でそれ故に高度なもの。

『強い方が勝つ』、ただそれだけだ。

そしてその優劣を決めるのは一つではない。

体格、膂力、俊敏さ、経験…そして剣の質…。


ルーカスは剣の質に勝負を見る剣士だった。

彼の持つ剣はまるで魚の背骨をそのまま刀身に仕上げたような形状をしていた。


フィッシュ背骨剣スパインソードという物を知っているだろうか?

それは相手を殺すためではなく相手を傷つけ戦意を喪失させることを主眼に置いた剣のことを指す。

その刀身に体の一部でも触れればその部位を徹底的に痛めつける。

そしてこの剣で切られた傷はニ度と元には戻れない…残酷な剣だ。

勿論痛めつけるのは相手の肉体だけでは無い。

均等な感覚で並んだ刃の間に相手の剣を挟み込み、へし折ることで砕けるのがこの剣のもう一つの強みだ。


ルーカスは何度も何度も斬り付けた。

回避されなければいい…自分が斬られなければいい…。

そうすれば自分より先に相手か相手の武器が壊れる。

そうやって今まで勝ってきた…。


だが今回の相手はそう上手くいかなかった。


何度攻撃を回避しても…

いくらフィッシュ背骨剣スパインソードを振っても…一歩も退かない。怯まない。


何故だ…?

何故怯えない?何故そこまで戦える?命が惜しくないのか?


「何故だ…!?何故…!?」


渾身の力を込めた上段からの一撃…にも拘らず奴は真っ向から突っ込んでくる。

剣が振り下ろされる前に間合いを詰め、一気に振りぬく。

堪らず距離を離しなんとか回避に成功する。


息も絶え絶えな自分を見て敵が笑う。


「何が可笑しい!?」


こちらは真剣だというのに何故奴はあんなに軽々しく笑ってられる…?


「お前…それで真剣にやってるつもりか?」

「何っ!?」


逆にこちらに問うてくるだと…!?

ふざけているのはどっちだ!?


「貴様こそ…!」

「お前の剣には…勝とうという意思が見えない」


こちらの言葉を押し切って告げられた言葉…一体何を言っている?


「傷つくことを恐れ…勝負から逃げる貴様如きにこいつを握る資格は無い!!!」


まさしく一括だった…。

有無を言わせぬ強い意志、強い力。

気づけばルーカスは震えていた。


(何故だ?何故俺が怯えなければならない!?)


「そのザマでは剣を交える前から勝負は決まったも同然だな!剣士気取りの臆病者が!」


奴は完全に俺を見下している。

対等な「敵」ではなく単なる「道化」として見ている目…。


見るな…!


「そんな目で俺を見るなぁ!!!」


ルーカスは自分の力を解放する。

元々出し惜しみできる相手ではない…自分の全てを持って奴を斬る!



ルーカスが左腕を掲げると辺りの水脈から水が集まってきた。

やがてそれは彼自身を覆い、一つの明確な形状を示した。


「水の鎧…」


レックスは少し興味深そうに目を細めてルーカスを見る。


蒼流凱ブリューナク…決して斬れない水流の鎧だ!まだ俺を雑魚呼ばわり出来るか!?」

「鉄壁の鎧ねぇ…臆病者にはピッタリだな」

「貴様ぁ!!」


無敵の鎧を身に纏ったことで強気になったルーカスは一気に距離を詰める。

防御を必要としないが故の特攻…レックスはそれを全て回避し、反撃するが…


「!?」


剣が水流の鎧に触れた途端にあらぬ方向へ弾かれる。


「無駄だ!どんな剣もこの鎧には無力!」

「成程…斬れない鎧ねぇ」


そう確認するとレックスはほくそ笑んだ。


「でもお前なら幾らでも斬れるだろ…?」


ルーカスは信じられなかった。

優位なのはこちらの筈なのに…!何故俺は焦っている?

この鎧の前に敵はいない。

どんな攻撃も受け流し疲弊したところを確実に仕留める。

自分の必勝パターンだ…なのに何故一向に追いつめられない!?



「強がっても無駄だ!貴様の剣は俺には届かない!」

「だからお前は雑魚なんだよ…」


突然、レックスの周囲に風が吹き始める。

彼の力の一片…風を操る力。

ルーカスは少なからず戦慄し…それでもなお自分の優位は揺るがないと確信した。


「貴様は風を操るのか…だがそんなか弱い力でこの鎧は砕けんぞ!」

「これを見てもそう言えるか!?」


レックスが右手で標的を指し、風がそれを忠実に実行する。

ルーカスの周囲に風を展開し、捉える。


「無駄だと言って…?」


その先を告げることは出来なかった。

自慢の鎧が気流に乗ってどんどん剥がれてゆく…!

レックスの目的は敵を切り裂くことではなく鎧を引き剥がすことだったのだ。


蒼流凱ブリューナクが…!?馬鹿な!?」


絶対の自信を持っていた無敵の鎧をいとも簡単に攻略され終に呆然とするルーカス。


そしてその背中は隙だらけだった。

時間にしてほんの数秒…だがそれで充分だった。


ザクッ!


「ガハァ…!!」


背中越しに大剣を突き立てられ血の泡を吹くルーカスに最後の言葉を告げる。


「切り裂けないなら巻き上げるだけ…さ!」


最後に剣を捻る。

傷口を深く抉られてルーカスは絶命した。


指揮官を失った集団は実質戦場に存在しえないも同然。


こうしてレックスの最初の戦場は彼に軍杯を捧げた。






カイル達と合流したレックスは聖狼ケルビムを保護して戦線を離脱していたエレンと合流するために信号弾を打ち上げた。

すぐ後にエレンからも信号弾が上げられる。

三人はすぐに合流地点へと急いだ。



「お疲れ!どうやら心配要らなかったみたいだね」


エレンも聖狼ケルビムも無事だったらしい。

傷だらけだった体には不器用ながらもエレンが手当てした形跡が見える。

敵対組織の排除と護衛対象の保護…任務はほぼ完了だ。


「大将〜口元弛んでるぜ〜」

「だらしない顔してんじゃないわよ」

「えっ?」


口元に手を伸ばすと確かに頬が緩んでいる。

何だかんだ言って一番緊張していたのはこの俺自身だったのだろう…。


「カイル、ニーナ、それとエレン…」

「何か私はついでっぽく言ってる?」


エレンが悪態を吐いてきているが気にせず、ゆっくりと息を吸いそして同じくゆっくり丁寧に言葉を続けた。


「有り難う…初めての任務を無事こなせたのは皆のお陰だ」


素直な気持ちで誰かにお礼を言うのなんて何年ぶりだろうか?

でも…悪い気分では無い。


「まっ私が付いてるんだからこれくらい当然よね!」


若干顔を赤くしながら答えるニーナ。


「あんまし手伝ってないけどね〜」


照れ隠しにチャラけて答えるエレン。


「これからも頼むぜ大将!」


肩を叩いて鼓舞してくれるカイル。


そう…これからも…。

今日だけではなくまた明日も彼等と会える。

会って、話して、笑って、時には喧嘩して…。それでもまた笑いあえる。


レックスはやっと組織の仲間になれた気がした。

勝利を祝するかのように…今日は優しい風が吹いていた。


先月住んでる地域に雷が落ち、その影響で更新が遅れてしまいました。

大変ご迷惑をおかけしました。


今後はこのような事が無いよう気をつけていきますのでどうかご愛読お願いします。

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