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影~その辿る先に

更新遅くなりました。

時折戦闘描写が書きたくて仕方ない気分になりますが、もう少しの辛抱と言い聞かせて執筆していました(汗)


生物には皆、生存のための本能を持つ。

生物を捕食し、強大な敵からは逃げて生き延びる。それが生物にとっての全てだ。

しかし人間は違う。

生存のための本能以上に理念・感情といった、本能からは掛け離れた価値観に左右されて生きている。

ある者は他を生かすために自らを盾とする。

またある者は自身を不利にする汚名を被ってでも目的を達成する。

皆が皆理念や感情に従って行動するにも関わらず、皆が皆を理解出来る筈もない。


それもある意味当然だろう。

赤の他人に、自分を理解してくれなどと口にする者は居ないのだから。


そしてこの世界において……真に理解者と呼べる存在を持てる者は余りに少ないのだから。







―――【断罪クロス十字ヴァニッシュ】本部~後宮にて


もうどれだけの間部屋に引き篭って泣き続けたのだろうか?

時間の感覚も麻痺する程の期間……ソフィールはずっと自室に篭って泣いていた。


食事も整容も何もしたくなかった。

そもそもソフィールにとってそれらは本来の意味を為さない。

食事など取らずとも飢えて死ぬことはないし、湯浴みをしなくても体が汚れることもない。

普段していたのはそれこそ気晴らし、暇潰しのためだ。それさえ見込めない今の心境では何もしようとしないのも当然だろう。



【巫女】……その本質は二対四極が内『生』を司る神……守護神アテナの存在を内包して産まれた少女だ。


元々は小さな村の一角で慎ましく暮らしていた彼女の身辺は、それを告げられた時に一変した。

小さくて狭かった、それでも家族との思い出が染み込んでいた家を離れた―――物語に出てくるような後宮は自分が住むには広過ぎた。

必死に硬い革を縫って作った服を着替えた―――鏡に映った自分の姿に何処か違和感を覚えた。



ソフィール以外に巫女が務まらないのも当然…神の代役など存在しない。


その日から少女は心のうちに大きな闇を抱いた。

家族を怨んだ……組織の者の説明と共に渡された大量の金貨を喜色満面で受け入れた家族を。

組織を怨んだ……平凡ながらも自由だった暮らしを奪った、大義名分と使命を背負う組織を。


そして何より神などという得体の知れない存在を内包した自分の身を怨んだ。


それでも当初は幸せだと感じていた。

反対する家族の意向を押し切って付いてきてくれた姉……フィオーラが居てくれたからだ。

一人では不安で眠れない夜も、姉と抱き合えば眠れた。

見知らぬ大勢の人達の前に立っても、信頼する姉が傍に居てくれれば不安は和らいだ。

最初は憎いと思っていた組織の人間も姉と一緒に話し合うことで同じ人間なんだと歩み寄ることが出来た。


やがてソフィールは組織に馴染むことが出来た。

総帥であるジガードは勿論。短剣ダガー隊員のような末端から、大らかな人格で頼もしいラッセルや他を寄せ付けなかったシリウスといった聖騎士ロイヤルガードまで、ソフィールは笑顔で接することが出来るようになった。


ラッセルとフィオーラが恋仲になったときは自分のことのように目を輝かせて笑顔を振り撒いていた。

最初は事務的な対応しかしなかったシリウスとも他愛の無い雑談や相談まで話せるようになった。

何時しか【断罪クロス十字ヴァニッシュ】はソフィールにとって第二の故郷とも呼べる場所になっていた。


しかし……またも世界は彼女から幸福を奪っていった。


数年経った今でもなお、目蓋に焼き付いているあの光景。

実の姉を目の前で殺された地獄絵図―――



その日からソフィールは己を偽った。

天真爛漫てんしんらんまんに見える笑顔も、突拍子も無い行動も全ては己を偽るためだった。


そうでもしなければ笑い方すら忘れてしまいそうで―――

そうともしなければ心が張り裂けそうで―――


その行動は確かに周囲を欺くことは出来た。

だが最も心を許していた…最も欺きたかった相手には通用しなかった。


それは最愛の相手を失ったラッセルであり、最も真剣に付き合ってくれたシリウスだった。

ラッセルは怨敵であるアーサーを執拗に探し求める復讐者となり、シリウスは力に甘んじていた己を恥じて感情の多くを切り捨てた。


それでも、これ以上は傷つくことなどないと思っていた。

家族を失って、最愛の姉を失って、ラッセルとシリウスとの絆も以前に比べて確実に薄くなってしまった。

もうこれ以上失って怖いものなどないと確信していた。


それなのに……出逢ってしまった。

心の底から笑い合える相手を、感情のままに付き合いたい相手を……誰よりも愛おしいと想える相手を、ソフィールは見つけてしまった。





「レックス……」


彼は何も知らなかった。

【巫女】という立場の意味も、自身が抱えている重荷も何も知らなかった。


だからこそだろうか?

巫女としてではなく、ソフィールとして……同じ一人の人間として接してくれた彼だからこそ惹かれたのだろうか。


「レックス……ぅ」


明確な理由など分からない。

ただ分かるのは、自分がどうしようもなく彼に惹かれているということ。



「会いたい……」




そして……彼が自分ではなくニーナを選んだということ。



「会いたいよ……レックス……っ」



今自分が独りきりだということだけだった。

















かつてこの大陸には多くの都市国家が存在していた。

その中でも最も栄えていた国が二つあった。

片や【魔導大国】と名高きアトランティス。魔法と精霊の加護に満ちた【神々の創りし理想郷】と謳われた国。

そして対を為すもう一つはウォールズ。【軍事大国】という名に相応しい質実剛健な騎士達によって統治された【人々の造りし聖域】と謳われた国。



彼は……ウォールズを愛していた。

父が仲間と共に一から築き上げたこの国を。


『我らは人である以上、全てをこの手で為すべきだ』という前国王の考えは一部からは時代遅れと後ろ指さされていた。

だが彼はその考えは間違っていないと信じていた。


この国にはアトランティスの様な華やかさは無い。

だがそれを補って余り有る……人間本来の輝き、美しさというものがあった。


鍛え上げた己の肉体と、鍛冶屋達が丹精込めて打ちだした武具、高潔な精神を表す純白の鎧を頼りにどんな危険な場所にも駆け付ける騎士達の美しさ。

魔法を否定するわけではない、確かにあの技術は多くの人々を救うことができる素晴らしい力だ。

だが全ての人間が魔法に頼る必要はない。

自分達で出来ることは自分達の力だけで為せばいい。


彼はこの国を愛していた。

だからこそ前国王……父親から王の証である【宝剣】を受け継いだ時に誓ったのだ。


―――この美しい国を今度は自分が守り続けようと


―――――後世まで父の信念を伝える為に、良き王で在ろうと








だが……その誓いは彼が王を継いだ僅か数日後に破られることになる。


アトランティス上空を突如覆った黒い雲。

霧のように何処からともなく湧き出た異形の怪物たち。


彼が急遽アトランティスに救援部隊を整えた時には、魔導大国は既に滅ぼされてしまった。

そしてその驚異は直ぐに彼の国にまで襲いかかった。



王は自ら最前線に立って闘い続けた。

【宝剣】を振るい、部下達を鼓舞し、戦う術を持たない民達を逃がした。


だが如何に歴戦の騎士達が剣を振るおうと……その切っ先は国の全てに届かなかった。






力がある自分達に魔法など必要ない―――


前王の言葉は確かに正しかっただろう。

事実彼の部下は異形の怪物達相手に一歩も引かずに戦い続けられた。


だが、力の無い者達にとってその言葉は正しかったのだろうか?


焼け落ちた家屋の中から覗く黒く固まった小さな手が―――

我が子の盾にならんと抱き寄せたまま子供ごと貫かれた親の顔が―――彼の…王の心を締め付けた。



守ろうとした民の骸を抱いて、王は泣き叫ぶ。

天を呪うより、邪神を憎むより……王の責務を全うできなかった己を恥じ、無能な己のために命を奪われた民を想って泣いた。



【軍事大国】ウォールズは……新王・アーサーの着任の僅か十日後に滅びた。


その後、ジガードの元に兵を連れて合流したアーサーの姿が目撃される。

純白だった鎧は返り血によって赤黒く染まっていた。


嘗ての王は血涙を流しながらこう言った。



――――恥辱と敗北にまみれた今や、我らに祖国の名を口にする資格など無い。

  この身には汚泥と穢れた血の洗礼が相応しい。

  我ら今宵より【鮮血ブラッド騎士団マリアン】。祖国復興を果たすその日まで我らは血の池の中で悶え苦しみ続けよう―――














――――【鮮血ブラッド騎士団マリアン】本部~~~王座の間にて



薄暗い城の回廊を【三鬼将】が一角エキドナが行く。

行動を渋る主の元へ進言するためだ。


アーサーは部下達に待機を命じたまま黙していた。

神との契約に向かうジガードの部下達に対して行動を起こさないなど、今までにはなかったことだ。

その真意を問うべくエキドナはアーサーの元へ急いだ。


(邪神を目覚めさせるに金獅子レグルスを生贄にすると言っていたにも拘らず、何故ここまで慎重になる必要がある?)


エキドナにとっても今回の事態はチャンスだった。

ラッセルとの誓いを果たすためには何としても【邪神】の力が必要だ。

休眠している今の状態では餌を与えることは出来ても力を引き出すことなど出来ない。

にも拘らずアーサーは動かない……そのことに若干の苛立ちを感じていたのも事実だった。




「主様、少しお尋ねしたいことが―――」



目の前に現れた光景に、エキドナさえも一瞬我を忘れた。

長年アーサーの元に仕えていた自分すら見たことがなかった光景がそこにあったからだ。


エキドナはそっと気配を絶ち、アーサーが気付かないうちにと空間の裂け目にその身を投じた。

他に何物の存在も感じない暗闇の中で彼女は先程見た光景に思いを馳せていた。



平時の如く玉座に身を預けるアーサーの両目は静かに閉じられており、その頬に一筋の滴が軌跡を描いていた。


エキドナは知っていた。

アーサーがジガードの元から離反した際、何があったのか。

魂の底から訴えてくるような慟哭は……今も彼女の記憶の中で鮮明に映し出される。





『―――何故だジガード!?あの時の言葉は嘘だったのか!?

 祖国を想う気持ちに国境は無いと、私と部下に説いたあの精神は出任せだったというのか!?』


憤るアーサーに対して何処までも冷静に、ジガードは答えた。


『是も非もない。これは決定事項だ……ウォールズもアトランティスも再建はしない。

 前時代の失敗を繰り返させないためにも国の再建は飽くまで民達の手でのみ為すべきだ』


絶対君主の口から紡がれた言葉は……アーサーにとって死刑宣告にも等しかった。


『魔術を使えば国の再建等二月も掛からないんだぞ!?

 荒れ果てた農地も瓦礫の山も!戦乱で衰弱した民達の手には余りうるだろう!?

 国の跡地では捨て去られた財宝を目当てに野盗すら湧いて出ている!騎士団も魔導士も居ない今、民を守る者はいない!!!

 今この時にも飢えと寒さで苦しみ、理不尽に死んでいく……救われない者達に何故手を貸さない!?』


二人の王の差異は……たった一つ。

アーサーは国を想い、ジガードは世界を想った。


『大局を見極めろアーサー。

 私情を優先していては、今度こそ何もかも失う―――それが何故分からない?』


どちらが正しいか等、誰にも判断出来なかっただろう。

だがアーサーは……


『民を見殺しにして何が王だ!誓いも果たせずして何が大義だ!!!

 貴様を頼った私が愚かだった……。

 共に祖国を滅ぼされた王、願う先は一つだと……信じていた……っ!』






その後アーサーはフィオーラに致命傷を与え、彼女を想って駆けつけたラッセルをも打ち破り、邪神を奪ってジガードの元を去った。

彼の行動は【断罪クロス十字ヴァニッシュ】にとって下劣極まる裏切り行為だった。


だがジガードとアーサーのやり取りを聞いていたエキドナからすれば、彼を悪と罵ることなど出来なかった。



ふとエキドナは思う。

自分はラッセルの愛情を利用し、アーサーの大願を利用し、ニーナの想いを利用して己の悲願を達成しようとしている。


だが……これで本当にいいのだろうか?











―――【魔導大国】アトランティス跡地



嘗て大陸中に名を轟かせた大国の威信も……長い時が経てば風化する。

レックス達がたどり着いたその場所の状態は凄惨の一言だった。


未だに撤去されることのない瓦礫の山。

枯れ果てた井戸と農地に命を養う事は出来ず、この地に根付く人々は未だ居ない。

考えてみれば当然のことだった。


ジガードは表の世界から全ての魔術の痕跡を取り払った。

それはつまり、魔術によって栄えていたこの国に止めを刺したようなものだった。


魔術によって深い地脈から水を引き上げた井戸、精霊の加護によって肥えた土、土木作業も石の切り出しも魔術によって行われていた。

魔導大国は魔術無くして有り得ない。

果たしてジガードが取った政策は正しかったのだろうかと、一部の兵達は不安に駆られる。


そんな中でも尚、契約者本人であるレックスと聖騎士ロイヤルガードシリウスを筆頭に探索が行われる。

聖杯の導きは確かにこの場所を示していたが、詳細な場所などは知る術が無い。

【聖域】か【憑代】を見つけることが出来るのは神に選ばれた人間のみ。

そこで隊員達は怪しい場所や物がないか探し回り、レックスとシリウスの二人がそれを確かめるという作業を繰り返し行なった。



「……これも違う。只の装飾品だ」

「価値は有りそうだが……お宝目当てに来たわけじゃ無いからな」


既に作業を開始してから半日程経過しているが、未だに成果はゼロ。

出てくるのは金銀宝石の類か、風化した芸術品の成れの果てばかりだ。

やはり自分達の足で探すしか無いと決断し、隊員を休憩班と警護班に分けてからレックスとシリウスは分かれた。


レックスはほぼ原型を留めていない廃墟の中を探していた。

広い敷地と僅かに残った壁の装飾から当時は相当な豪邸だったのだろうと想像できた。

だがいくら探しても手掛かりらしき物は見当たらない。

いい加減周囲一帯を風で吹き飛ばそうかとも考えたが、この地に置き去りにされた人々の骸も残っていると思えばそのような暴挙は取れなかった。


「此処まで厄介だとは思わなかったな……」


レックスは額を伝う汗を拭いながらぼやく。

道中に妨害がなかったとはいえ、いつ【鮮血ブラッド騎士団マリアン】からの襲撃があるとも分からない。

一刻も早く金獅子レグルスとの契約を始めなければと、焦りが募っていく。


小休止を取ろうと、手近かにあった瓦礫を押しのけて比較的綺麗な丸石の上に座り込む。


「せめてどっかにそれらしい場所は無いのか?

 例えばどっかの屋敷の地下室とか……」


そんな都合のいい話が有る訳ないだろと苦笑していたレックスの耳に、何かが嵌り込んだような鈍い音が聞こえた。

音のする方を振り向くと地面の一部が僅かに割れ、そこから風が流れ込んでいるのが見えた。




「………思った通りだな」


明らかに事実とは異なる感想を口に出してレックスは腰を上げる。

そして入口を塞いでいた邪魔な瓦礫を押し退けると地下への階段へと進んでいった。







一方、同時刻……シリウスもまた搜索を続けていた。

多くの廃屋を探し歩いたが聖域の手掛かりさえ掴めない。

成果の上がらない搜索に、シリウスの中の神……死天使タナトスも気だるそうに声を上げる。


『こんな単調な作業ではつまらないわ。

 どうせならあの坊やを血祭りに挙げるほうがよほど面白そうなのに―――』


(黙れ死天使タナトス、今は任務の最中だ。無駄口を慎め)



人目が無いとはいえ口に出すのもはばかられたシリウスは胸の内で己の神を嗜める。

だが死天使タナトスは彼の心情を逆撫でするように語り続ける。


『私にとってはジガードの命令なんか興味がないわ。

 私は飽くまで貴方と契約しただけ、服従した覚えは無いの。

 それに実際この間まで貴方も迷っていたじゃない?

 自分が【信じていたい主】の為に、邪魔な存在を抹消しようと―――』


「黙れ!」


激情の余りシリウスは遂に口を開く。

アイリーンと話し合って一時は落ち着いたものの、先送りになっているままの疑念はシリウスの心を蝕み続けている。

それが分かっているからこそ死天使タナトスは言う。


『考えてもみなさい―――あの坊やが仮に金獅子レグルスと契約出来たとしても、力の制御には時間が掛かる筈よ。

 その間に組織を守り支える最強の剣は他ならぬ私達。その私達がいつまでも小娘の妄言に唆されていてどうするの?

 白黒はっきり付けておいたほうが何かと好都合なのよ。

 別に金獅子レグルスが居なくたって現状が続くだけ、向こうにも私達を倒せる手駒は居ない』

「黙れと言っている!

 そんなことは百も承知、それでは打開出来ないからこそのこの任務だろう!

 レックスを殺した所で事態は好転しない!その上で尚殺せというのか?一体何のメリットが…」


『少なくとも、それで貴方はいつも通りに戻れるわ』


死天使タナトスの言葉はそれまでの言葉とは全く訳が違った。

組織のことでも無い。

ジガードのことでも無い。

契約者であるシリウスにとって、それだけを推した言葉だった。


『あの娘も言っていたでしょう?何が起きようと貴方の味方で居るって。

 それは私も同じよ。ジガードに従おうと刃向かおうと関係ない。私は契約者である貴方さえ良ければそれでいい。

 だから聞いてるのよ……貴方は何がしたいの?何を信じるの?そして何を行動に移すの?』

「俺は……」



シリウスの脳内を過ぎる数多の記憶。

ごみ溜めのような世界の中で出逢ったアイリーンとの記憶。

愛する者を失った直後に齎された神による奇跡。

放浪の果てに見た世界の真実。


そしてジガードと出会い、彼の語った世界に夢を託した。



「俺は………」



シリウスが選んだ答えは――――――













レックスは最初に洋燈ランプを取りに戻ろうかと思ったが、階段の脇の壁に発光体が備えられていたため問題なく降りることが出来た。

これも魔術を利用したものらしいが、流石に数十年近く放置されていたためか所々点滅している。

それでも視界の確保には十分だ……と歩を進めていると開けた場所に出た。


元は会談場所として使われていたのだろうか、その場所には大きなテーブルと複数の椅子が並べられていた。

しかしそれらが無造作に倒されていた様子から何やら一悶着あったのだろう。


此処も外れか……そう思ってレックスが周囲を見渡すと一つの物体が目についた。

それは広間の丁度真ん中辺に突き刺さっていた剣だった。


所々にひび割れが生じたボロボロな剣……しかし損傷の割には原型をしっかりと留めていたことを不思議に思い、レックスはその剣を手に取った。

乾いた音と共に引き抜き、端から端までを見回した後、軽く振ってみる。


(何だ……妙に馴染むな…?)


まるで長年己の手にあったかのように、しっくりと馴染む見慣れぬ剣。

その刀身を見つめるとレックスの脳裏に突然幾つもの光景が浮かび上がった。


何処か懐かしい、しかし見たこともない美しい街並み。

魂に訴えかける、見たことのない少年と少女の笑顔。

息が詰まるような凄惨な戦場―――


そして次の瞬間、誰も居ないはずの空間にレックス以外の声が響き渡った。











『―――――――何者だ?』





「!?」


レックスが周囲を見渡すと、いつの間にか景色が変貌していた。

そこは視界に映る全てが白く、何も存在しない空間だった。


声の主を探すレックスに、またも先程の声が何処からともなく聞こえてくる。


『此処は我が主が息を引き取った聖地……貴様墓荒らしの類か?』

「誰だ……何処に居る!?」


その者はレックスに対して嘲りに満ちた声を返す。


『我の姿が見えぬか―――無理もない。

 所詮下衆の節穴に【真実】を見抜く眼光など備わっている筈もない。

 失せろ人間―――この地を荒らすというならばその身を微塵に切り刻むぞ―――』

「巫山戯るな!この訳の分からない空間……此処に居るんだろ!?

 金獅子レグルスに合わせろ!此処に来たのは墓を荒らすためじゃない!契約を成すために遠路遥々ここまで来たんだ!」


声高らかに叫ぶレックスに、一瞬息を呑む音が聞こえた。

しかしその直後に声は再び嘲りとなってレックスに浴びせられた。


『これは傑作だ!我と契約するだと?我が身も見えぬ盲目の分際でか?

 人間、貴様の尋ね者は此処に居る―――我こそ貴様の探す神……金獅子レグルスぞ』

「なっ!?」


レックスは周囲を必死に見渡す。

だが金獅子レグルスの姿など微塵も見えない。

その様子がよほど可笑しかったのか、声の主……金獅子レグルスは一頻り笑い続けた後こう言った。


『貴様には資格が無いのだろう。

 我が姿も見えずに金獅子レグルスは何処だ、と?勘違いも甚だしいぞ』

「違う!確かに俺は選ばれた!!

 だから俺は此処に来た……もう二度と無力に嘆かないために、此処に来たんだ……っ!」


その言葉に僅かばかり興味を抱いたのか、金獅子レグルスは少しの貯めの後に言葉を続けた。


『愚か者に幾ら説いた所で無駄か……なら機会チャンスをくれてやろう』


突如、レックスの目の前に眩い輝きを放つ球体が現れる。

凄まじい魔力を放つその球体に目を見張るレックスに、金獅子レグルスは言った。


『それは我が力、我が根源其のものだ。

 それを見事掌中に収められるならば―――貴様を我が主と認め、契約を交わそう。

 ただし―――』

「そんなことか?直ぐに―――」


金獅子レグルスの言葉を遮るようにレックスはその球体に右手を伸ばす。

だが指先が一瞬球体に触れた途端、レックスの右手の爪が全て剥がれた。

唐突に、一瞬で剥がれ落ちた爪を目視した瞬間レックスに激痛が襲い掛かる。


「なっ……あぁああああああああああああ!!!!?」


右手を懐に抱え入れ、激痛に藻掻くレックスを嘲笑うように金獅子レグルスは言う。


『話は最後まで聞け。

 それは我が根源其のものだと言っただろう?神を受け入れるのだぞ?

 当然代償は存在する。貴様の器が我を受け入れるに値しないならばその身が砕ける―――巨石を投じられた硝子の杯のようにな』


姿は見えないが分かる……今、金獅子レグルスは苦痛にのたうつレックスを見下している。

それこそゴミクズでも見るような目で、無駄だと嘲笑っている……。


『指先で触れただけでその有様だぞ?身の程は十分染みたはずだ。

 失せろ人間。今なら特別に見逃して―――』













「ここで……引き返してどうなる?」














金獅子レグルスの忠告を遮り、再びレックスは立ち上がる。

血の滲む右手を握り締め、全身を震わせながら言葉を紡ぐ。


身を震わせるは痛みではない。

脳裏に過ぎるのは仲間を守り抜いて散った戦友カイルの姿……満身創痍になっても最後まで闘い抜いた仲間の姿だ。





「ここでノコノコ引き下がって……アイツに何て詫びられる?」





そしてレックスは再び球体に手を伸ばした。

最初からその存在を鷲掴みにするように思い切り、次の瞬間には右手に大きな裂傷が走り先程とは比べ物にならない激痛が全身を貫く。

それでも尚、レックスは己の覚悟を叫び続けた。


「もう沢山だ!俺が弱かったせいで守れなかった!!

 レベッカも!カイルも!!誰一人守れやしなかった!!!

 もう沢山なんだよ……これ以上目の前で仲間が死んでいくなんて耐えられるかぁ!!」


この程度の痛みが何だ?

カイルはもっと苦しかった筈だ、レベッカの痛みはこんなもんじゃ無かった筈だ。

そして大切な人の命が消えていく様を見る痛みはこの程度じゃ無かった。


裂傷はどんどん広がり、終にはレックスの肩を、首筋までも浸食していく。

流れ出る鮮血の量は増す一方。神経が焼き切れるような感覚さえ覚える。

それでもその手は金獅子レグルスに向かって進み続けた。



『馬鹿な―――人間がこの苦痛に耐えられる筈が―――』

「―――ぁぁああああああああああ!!!」



遂に球体を完全に掴んだことを確認した刹那、レックスの右の視界が黒く染まる。

傷の浸食が右目にまで到達したからだ。

許容量を遥かに超える激痛に意識を失う寸前、レックスは残る視界に確かに見た。


雄大な翼を折り畳み、眩い輝きを放つ銀の鎧を四肢に纏って鎮座する―――金色の獣王の姿を。




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