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大義の影~虚か真か

断罪クロス十字ヴァニッシュ本部・隊員寮の中の一室にて――――――――


淡い月光が窓から差し込む静かな部屋。

窓際に輝きを放つ『タチアオイ』の花よりも、麗しくたたずむ女性が居た。


短く切り揃えられながらも絹の如く輝く青髪。

女性としては若干高めの背、されどその体は彼女が成熟した女性であることを確かに主張している。

街に繰り出したらば十人中十人の男が視線で追い、そして彼女の視線を前に怯えるように目線を逸らすだろう。


その瞳は何者にも屈すまいと強く輝く。まるで彼女の心をそのまま物語るかのように。

彼女の姿からは想像も出来ないだろう…この令嬢と見紛う程に美しい女性が『炎帝』と呼ばれていることなど。



そう、彼女こそが断罪クロス十字ヴァニッシュが誇る最強の三戦士、聖騎士ロイヤルガードが一角、セシリア。

全てを焼き滅ぼす紅蓮の神、『炎魔神イグニス・ファクタス』の契約者にして、巫女を守る最後にして最強の守護者だ。


しかし今宵、彼女の瞳には幾許かの迷いが見え隠れていた。


脳裏を過ぎり、尚も繰り返されるは本部襲撃の際に見た光景。

何度も何度も彼女の心に『迷い』の影を落とし続ける光景だった。






強敵に止めを刺さんとするセシリアに語りかけて来た存在。

それは少年を庇うように現れた血の集合体だった。


そしてその存在はセシリアの頭の中に直接語りかけた。

悲しみと挫折、あらゆる存在への諦めの混じった悲しい響きを帯びた声で…。



それ…否、『彼』はこう言ったのだ。





『もうこれ以上この子を傷つけないでくれ…貴女のソレは私達が望むすくいでは無い…』


「な…!?」


余りにも予想外だった。

本部を襲撃し!隊員達を切り刻んで!それ以前に会い見えた全ての命を狩り殺してきた悪魔が何をほざくと言うのだ!?

セシリアは激昂した。そして叫んだ。


「ふざけないで!!!

 傷つけないでくれですって?

 戦場で?敵に向かって!?あろうことか何を望んでいるの!?」


セシリアにとって『彼』の発言は侮辱以外の何物でも無かった。

命乞いでも無ければ、罵倒でも無い…彼が口にしたのは『非難』だ。


理不尽を嘆き、現実に涙し、後悔に身を焼くことなど誰だってある。

不平不満を訴えたくなることだってあるだろう。

だがそれを、あろうことか戦場で喚き散らすなど冗談にもならない!!


この世の『秩序』と言う名のシステムを維持するために実在する『不条理』、『必然悪』こそが戦場だ。

理想のためと謳いながら鮮血にその身を浸し、正義を叫びながらにくを断つ。それが戦場においての必然。

それをあろうことか非難する。何と愚かな行為か?


間違っている?それがどうした?

事実としてこの世に国と言う『勢力』が、人類と言う『種族』が存在する限り争いは消えない!戦場も無くなりはしない。

そんなこと誰だって解かる筈だ。少なくともその身を存命の危機に曝された人間は。


「悲劇の王子様にでもなったつもり?嘲笑わらわせないで!

 誰だってそうよ!皆苦しんでるのよ?何をそんな文句を言うの!?」




愛する人が居る?

帰りたい場所がある?

そんなもの誰だって持っている。


誰しもが持ち得ながら、誰しもが奪い合う。

この世は全ての人間の欲求を満たすには…否、人間の欲求は余りにも大きすぎる。世界は、資源は無限では無いのだ。


可能性は無限大?

生きとし生ける命全てに自由がある?


確かに可能性は無限だ。自由だってある。

だが『世界』は有限だ。


『無限』なのは形無い物だけで、実在するものは全て『有限』の物質だけだ。

『思想』で腹が満たせるか?

『理念』で命が守れるものか…!


それを直視し続けて来た人間に、セシリアにとって彼が言った言葉は世迷い事に他ならない。



不条理と唾吐くならば、世界を変えて見せろ―――――

間違いだと言うなら、正義を提示してみせろ―――――



それが出来ないならばこの汚濁げんじつを飲み下せ!

例え臓腑が腐れ落ちようと、理想もうそうよりは足しになる!!!


それさえも出来ないならば戦場ここに来るな!!!

生き抜き、変革させる力も無いならば!

嘆きの涙と共に耐え忍ぶ覚悟さえ持てないならば……!!!



「誰だって足掻き!闘って生きている!

 それが世界!それこそが自然!貴方に否定される云われなんて無いわ!!!

 生き延びる覚悟も無いならここで死になさい!!!」




激昂に昂るセシリアを引き戻したのは…少年と彼が同時に口にした一言。

















「じゃあ何故僕はここに居るの?」

『じゃあ何故私はここに居ると言うのだ?』


















彼らは続けて言った。










「僕は父さんの顔も知らない」

『私は自分の故郷を知らない』




最初から一人だったから――――――――――――――――――――――





「僕は母さんの声も知らない」

『私には同胞がいない』







隣に誰か居てくれたことなんて無いから―――――――――――――








「僕には名前さえ無い」

『私には名前さえ無い』






自分は生きてなんていない―――――――――――――――








『「だって」』






















誰も『自分』を見つけてくれなかったのだから――――――――――――――――
































何も言えなかった。

何一つ、セシリアは彼らに言えなかった。


そのまま去って行った小さな背中を追いかけることも、否、追いかけようともせず打ちのめされていた。



自分の生い立ちを嘆いたことなら誰だってあるだろう。

自分の境遇に涙することならば誰だって経験するだろう。


だが彼らはそれさえ無かった。



生きて来た記憶が無い(唐突に堕とされたから)

生きていた証が無い(何一つ持ってないから)

生きて行く権利さえ無い(初めから居なかったから)



喪失ですら無い。最初から何一つ与えられていない。

まさに『前提』すら無いのだ…!


痛みだけを刻みつけて(一方的にぶつけられて)

枯れることの無いあめに打たれて(なみだは止まなくて)


一体何処へ行けばいい?(自分は何を望んでいる?)





虚無。

まさしく彼は虚無そのものだったのだ。



あの時自分が伸ばした手、触れる前に制止された手。

だが制止など無くとも自分は彼に触れることなど出来なかっただろう。


闇夜に浮かぶ月に手を伸ばしたところで、虚空しか掴めないように――――――――――――――





血鬼けっきと呼ばれ恐れられていた、事実自分も畏怖を抱いていた存在との邂逅。

それによってセシリアの中には今まで存在していなかった思考が生まれていた。


それは『迷い』。

ずっと信じて疑わなかった、組織への不信感。


敵勢力、鮮血ブラッド騎士団マリアンの情報はそう多くは無い。

特に最上級幹部である三鬼将の情報となればほんの一握りのものだ。

だが、その数少ない情報から得られた『血鬼けっき』の情報と、実際に合い見えたそれとは余りにもかけ離れていた。


殺戮を至上と嗤う殺人鬼……それがジガードの言う血鬼けっきの姿。

生きるために必要な前提さえ持てず、ひたすらにすくいを求め彷徨う……それがセシリアの見た血鬼けっきの真実。


力量の推量、危険性などの戦闘に直接関与する情報は、確かに相応のものだった。

だが本人の在り方――――『志向性』については最早真逆と言ってもおかしくないレベルだ。


まるで『正義の味方』に立ち向かう『悪の手先』と言わんばかりに………





『正義』?


セシリアは驚愕に身体を強張らせた。


何故自分は血鬼けっきのことを『正義に立ち向かう悪』などと比喩したのだろうか?

まるでこれでは…自分達が正義で、血鬼達が悪だと言っている様なものではないか。


確かに自分達の組織には掲げる『大義』がある。

聖戦の過ちを繰り返さないようにと、人知を超えた力を監視し、必要ならば管理下に治めることで世界の秩序を守るという大義が。

自分達には明確な『主』が居る。仕えるに値する主…聖戦を治めた『英雄』ジガードだ。

彼の元に集まった同志達は彼の手となり足となり、彼のために尽くす。

そのこと自体に疑わしいものなど存在しない。




だがここに鮮血ブラッド騎士団マリアンを加えればどうなる?


英雄ジガードを裏切り、最重要機密であった『邪神』を強奪した……離反者アーサーに率いられた組織。

邪神復活のために多くの霊獣、神器、そして幾体かの神をも手中に収め、力を増して行く『危険』な組織。

自分達とは決して相容れない存在。

なれば戦うしかない。


自分達の大義を守るために………!?




どういうことだろうか。

まるでこれでは……自分達のために用意された敵そのものではないか?


何故だろうか?

今の今まで自分は…戦場の理を、世界の残酷さを知っている筈の自分が、組織じぶんたちこそを正義と信じて疑わなかったのだ。


「なんで…なんで私は……?」


セシリアは軽い眩暈を覚え、震えた。

思考を蝕むは負の感情ばかりだ。


『疑念』何故ジガードは自分を誘導するような情報を自分に与えたのか?


『困惑』ジガードは自分達に言えない『何か』を隠しているのではないのか?


『焦燥』違う!そんなことが在って堪るものか!



せめぎ合う思考、互いが互いに怯え、惑い、否定し合う。

疑惑に傷を穿たれ、困惑が傷口を広げ、焦燥はその身を焼き焦がして行くかのようにセシリアを苦しめる。


「私は……私達は……!」

「その辺にしておけ」


負の感情の渦の直中へと堕ちそうになったセシリアの肩に、そっと添えられた手が在った。

彼女のそれよりも二回り以上大きな、武骨さの中にどこか人間としての温かみを含んでいる大きな手。


その手の持ち主は自分の妹であるニーナを除けば、恐らく最も身近で信頼している人物だった。


「全く、お前さんは昔から何かと一人で抱え込もうとする悪い癖が在るな」

「……昔からとか言わないで。そんな歳じゃないわ」


聖騎士ロイヤルガードが一角、貪喰龍ウロボロスの契約者・クリフ。

彼も自分と同じように、聖戦の以前からジガードに仕えて来た家系に身を置く者だ。

同じ境遇、同等の力、加えて長く生きて来た経験から頼り甲斐のある、自分にとって数少ない理解者。


「で?何をそんなに思い悩んどった?ワシで良ければ聞いてやろうか?」


どうにも彼相手に誤魔化しは出来なそうだ。

口調では拒否しても良いぞと言っているが、目はどうあっても聞きだすと言わんばかりに光っている。

そんなに自分は感情を掻き乱していたのかと後悔しながら、ゆっくりと自分が思っていたことを話しだした。







「なるほど…確かにおかしな話じゃな。お前さんが疑問に思うのも当然じゃ」


セシリアから事情を聞き終えたクリフの第一声。

それは彼女にとって聊か予想外だった。


「…意外ね。てっきり考え過ぎだと笑われるかと思ってたのに」


つい先日、隊員達に向かって大演説を振るっていた彼が、まさか組織に疑問を持っているという自分の話を肯定するとは思わなかった。

どういうことかとセシリアが尋ねる前に、クリフは告げた。


「何せ、ワシ自身ジガードを…否、総帥を勘繰っておった故な」

「な!?」


驚愕に言葉を失うセシリア。

それもそうだろう。シリウス程では無いにしろ、セシリアから見たクリフは忠誠心の厚い、模範的な聖騎士ロイヤルガードだったのだ。

それがあろうことかジガードを疑っていたなどと言われて驚かない方がおかしい。


「ワシが総帥を疑い始めたのはお前さんほど理知的な理由では無い。

 ただの…一個人としての勘じゃ。それ以外のものは何一つ無かった」

「勘?一体何を…」

「違いすぎたんじゃよ」

「え?」




「ジガード戦記を書き記した本人…本の中から訴えかけてくる『ジガード』と総帥『ジガード』の在り様が余りにも違ってたんじゃ」



『ジガード戦記』。

それは聖戦を治めた英雄、ジガードが書き記したと言われる書物。

数はそう多くないが聖戦の詳細を知るための重要な手掛かりとして『表』の世界にも流通している本だ。


自分も何回か見たことがあるが…若干の当時の大陸像を把握出来た位で、それ以外はほとんど作り物めいた内容だったが……



「世間一般に知られているそれは偽物じゃぞ?」

「な!?」


何を当たり前な事を?と言わんばかりにしれっと言うクリフ。

ではこの世の人間は真実を知ったつもりでその実、贋作に踊らされていただけだったと言うのか!?


「考えてもみろ?ジガードは聖戦を終結させた後、すぐに治安維持のためにこの組織を作り上げたのだぞ?

 組織の資料室には詳細まで書き込まれておる。

 その中には一切『総帥が本を出版した』などと報告されて無かった。大体そんな暇が合って堪るか馬鹿馬鹿しい」


言葉のナイフがぐさぐさとセシリアに刺さって行くがクリフはこう言う時だけ非常に鈍感だ。

全身を蝕む苦痛に耐えながらも彼女は必死に反論した。


「でも貴方は今、ジガード戦記を根拠に上げたじゃないですか?

 それが贋作と解かっているなら何故………『贋作』?」



贋作…つまり偽物。

その言葉が表すのは『真実の物を真似て、或いは似せて造られた物』。ということは……?


「その通りじゃよセシリア。ワシは『本物のジガード戦記』を知っておる。

 だからこそ『総帥』としてでは無く、『ジガード』として疑問に思っておるのだ…」


疑念を確信へと昇華させた戦士は、不敵な笑みを浮かべていた。



















(憎い…)


それがレックスが眼前の『敵』に抱いた感情だった。




(憎い……!)



それ以外何も考えられなかった。

否、正確に言えば考えた先から塗り消されて行っただけなのだが…。






何故ここに居る?『関係無い』


こいつは組織と関係があるのか?『どうでも良い』



こいつは何なんだ?『こいつはかたきだ!!!』




認識した途端、意識を塗りつぶすかのように『憎悪』が体中を満たして行く。

それは余りにも苦しくて、抗えなくて、狂おしくて!それ以外の思考の存在を許してなどくれなかった!!!!



「殺す!!!!!」


レックスの体は即座に悪魔へと飛び掛かった。余りの力に踏み込んだ床が砕ける。

以前自分を蹂躙した恐ろしい化物だという情報は認識していた。

だが、それはレックスの体を、戦意を、そして憎しみを止める要因には成り得なかった。


もう自分はあの時とは違う。


魔力の存在を知った。魔術を行使するだけに値するだけの魔力も持った。

己が非力を知った。鍛え続けられた体は最早、全身が既に凶器となった。

数々の実戦を知った。この手に握られし大剣は最早、レックス自身の一部と言っても過言ではない。


そして知った…憎しみを!!!蹂躙することを心から望む存在を!!!!!



「殺ぉおおおおおおおす!!!!!!!」


狂乱する様に叫びながらも、その太刀筋に狂いなど無い。

大上段からの斬り降ろし、しかも突進力のオマケ付きだ。回避しようにも速過ぎ、防ごうにも重すぎる。人間にとっては。


ガキン!!!


悪魔はレックスの大剣を、交差した腕で受け止めて見せた。

何と強固な外殻だろうか?レックスの大剣の切れ味は魔力付加エンチャント無しでも鉄の鎧ごと斬り裂く威力がある。

それが表面に亀裂が少し入った程度で止められた……常人ならば絶望するだろう。


だがレックスは何ら不快になど思っていなかった。

寧ろ逆だ。


敵に亀裂が入った…以前は斬れなかった外殻に亀裂を入れた

剣は無傷だ…以前の剣は圧し折れた


敵はまだ生きている……たっぷりと切り刻めるということだ!!!



荒ぶる精神を隠すこと無く、矛先だけを敵へと向け、渇望するままに魔力を練り込む。

それによって呼び起こされた風の色は…普段のレックスのそれとは余りにもかけ離れたものだった。


魔術、そして魔力によって引き起こされる現象は自然のそれとは幾つかの異なる性質を持つ。


例えば方向性――――――――――魔術によって生み出された炎は上に燃え上がらない。術者の望む先へと燃え進む。

例えば破壊力――――――――――自然界に存在する風は、物を切り裂くと言うことは出来ない。

例えば調整力――――――――――雷撃を己が力に変換させるなど自然のそれでやろうものなら即死だ。



例えば――――――色


レックスが普段呼び起こす風は蒼穹を表すかの如く蒼い色を持っている。

これは彼の魔力、そして性質を受け継いだが故の現象だ。

自然界の風には色など無い。時折色を持つように見えるそれは風に巻き上げられた他の物質の色だ。


だが、今のレックスが呼び起こした風は………紅かった。

何処までも深く、何処までも強い『紅』。


赤と言う色には少なからず、人にいくつかの言葉を連想させる。


例えば情熱

例えれば愛



例えるなら――――――――――怒り


そう、レックスの風は今、怒りを表す真紅を帯びている。

全身を紅い風に包まれながら、剣を握っているレックスの姿は…まるで触れ得る大気すら斬り殺す、悪魔の様に禍禍しかった。


「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚……」


傍から見ればただ風を纏わせた程度にしか見えないだろうが、レックスの行動は抜け目が無かった。

大剣に魔力付加エンチャントを施して攻撃力を上昇させ、脚部に『飛脚』を掛けて機動力を向上させる。

そして周囲に風の探知網を張り巡らせ、奇襲にも警戒する。



「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚…!」


何故心身ともに怒りに身を浸しているレックスにこんな冷静な判断が出来るのか?

簡単な話だ。

レックスは今、目の前の敵を殺すことを何よりも望んでいる。

怒り狂った人間というのは自らの感情をコントロールし切れない。だからこそ隙が出来るのだ。


だがレックスは違う。

怒りは最高の原動力として、枯れること無く敵を殺すための力を体中に送り続ける。

積み重ねて来た経験が、その力を最も効率よく使うために魔術を行使する。


元来、生物が敵と対峙する際に『怒る』のはこのためだ。




「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼!!!!!!!!」



ただ敵を殺すために、最も都合が良いからだ。




眼前の敵が完全に戦闘態勢になったことを確認し、悪魔も動き出した。

最初の一撃で傷ついた外殻に血管が浮き出て、僅かばかりの傷もすぐに完治させた。

全身に力が巡るかのように、体中にも血管が浮き出て禍禍しさが更に増す。


背中で沈黙を守っていた羽がバサッと広がり、見る者を威圧させた後に大きく羽ばたき出す。


最後に今までずっと閉じられていた口が大きく開かれる。

敵を食い千切らんと濡れる牙、待ちきれないと言わんばかりに暴れる紅い舌。そして……




『シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!!!!!!!』


開戦を示すかの如く悪魔が吠えた。

いつでも飛び掛かれる体制にあったレックスは躊躇うことなく敵へと飛び掛かる。


『飛脚』によって強化された踏みこみと、自らの風を加速力に変換させての薙ぎ払い。

並大抵の腕では…否、一流と呼ばれる腕を持つ者でも瞬時に絶命させるだけの威力を込めた一撃だ。

余りの威力に大気が斬られる歪な音さえする。


だがその苛烈な一撃も、宙を舞う悪魔には届かなかった。

無論最初から浮いていた訳ではない。

レックスが斬りかかったのを見てから、自分に剣が届くまでのほんの一瞬の間に悪魔は宙に逃げていたのだ。


『アアアアアアアア!!!!!』


今度はこちらの番だと言わんばかりに、悪魔は口から火炎弾を雨霰と撃ち込む。

一発一発に込められた熱量は軽く人を焼死させるだけの威力がある。にも拘らずそれを凄まじい速度で連射する。それも空中からだ。

これだけでほとんどの敵は悪魔に立ち向かったことを後悔するだろう。だが……



「嗚嗚嗚嗚嗚嗚嗚嗚嗚嗚!!!!」


レックスが左手を鋭く振り上げ、自身を取り巻く風に命令する。

それまでは敵の奇襲に全方向から警戒すべく展開されていた風は、術者の意思を受けその用途を変更させた。

即ち…降り注ぐ火炎弾を全て受け流し、防ぎきる防御膜へと!!!


それは凄惨な光景だった。

宙を舞う悪魔は絶えず火炎弾を撃ち続け、それを受けた地面と壁が破壊、炎上する。

地上にて猛々しく吼える剣士は、炎の雨を自身の風で防ぎ切り、破壊の規模を拡張させて行く。

そしてそんな地獄の様な戦場で…双方全くの無傷!

そう、どちらも未だ全力を出し切ってなど居ない。これはほんの準備運動程度のものなのだ。


それを証明する様にレックスが動く。

風の防御膜を展開させつつも宙の悪魔を見据え、その周囲の大気へと指令を下す。


まがれ』――――――――――と。


『!!!!?』


突如、悪魔の羽の一方が急に捻子曲がった。

レックスが羽の周囲の気圧を変化させたのだ。その変化に対応できなかった羽は容易く捩じ切られた。

当然そのままでは宙に浮き続けることなど叶わず、悪魔は地面に落ちていく。レックスはこの好機を見逃しはしない!


「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼!!!!!!!!」


瞬時に悪魔の落下地点へと追いつき、大剣を上に突き上げる。

悪魔もこれはまずいと判断したのか体勢を捻るが…交わし切れない!!!


グジャッ…!


レックスの大剣は悪魔の脇腹を深く抉り取り、血肉を撒き散らした。

多少の傷ならば瞬時に再生させられる悪魔だが内臓にまで受けたダメージはすぐには治せない。

だがそれで大人しく白旗を上げるような弱者はこの場に居ない。



『アアアアアアアアアアアアアア!!!!!』


悪魔は即座にレックスへと反撃に移った。

鮮血を撒き散らしながらも即座に地に降り立ち、翼を畳みながら体勢を低くし、牙を剥いて飛び掛かる。

狙いは喉笛!!!


ガブッ…!!


悪魔の牙は深々と…レックスの左腕に突き刺さった。

とっさにレックスは急所を庇うべく片腕を盾にしたのだ。

だがその代償は決して小さくない。


ブチブチブチ…!!!


悪魔は当初の目的を達成できなかったと知るや否や、そのまま腕を噛み千切る作業に移った。

レックスはとっさに腕を放させようと振りかぶるが、完全には外せない。

レックスの左腕は肘から先の太さが半分ほど削られてしまった。


悪魔はふっと己が有利を知った。

いくら強かろうと所詮は人間。痛みに対する抵抗は自身の三分の一も無いだろう。

加えて片腕は最早潰れたも同然。自分の様に傷を即座に再生させることなど人間には出来ない。


勝った――――――――――――そう思っても無理は無かっただろう。相手が本当に『人間』だったのなら。







左腕の一部を食い千切られたにも関わらず、レックスが考えていたのはただ一つだった。



『自分の剣の届く範囲に敵の首が在る』


よってとり得る行動も又一つ。





右腕に渾身の力が籠められ、大剣が今まで以上の速度と威力を伴って牙を剥いた。


ガゴンッ!!!!!



最早その威力は剣の範疇には収まらなかった。

左腕が使えなかったために当初の狙いからは大きく外れ、軌跡は悪魔の腹部に向かった。

そこには悪魔が自身をいつでも庇えるようにと特に強固な外殻で守られた腕が二本とも存在していた。

にも拘らず、レックスの大剣はその両腕ごと敵の腹部を断ち切ったのだ。




『!!!!!!!!?』


回転しながら宙を舞う悪魔の上半身。

放って置いても直に死ぬであろうが、レックスはそれを許しはしない。


更に大剣を縦横無尽に振り続け、悪魔の体を肉片へと変えるべく踊りかかる。





先程まで新鮮な肉と血の味を噛み締めていた筈の悪魔が次に味わうことになったのは…




凄惨な笑みを浮かべたレックスによる、返り血を浴びて不気味に光る大剣による……『洗礼』の味だった。















思考が暗闇に堕ちる寸前、レックスが覚えている光景。


それは湯気の昇る新鮮な血肉を『両手』で掴んで貪り食らう自分の姿という第三者風の視点。

そしてそれを心から『美味い』と喜んで喰らい続ける『本能』からくる快楽だった。








『深層の間』の天井に、一匹のコウモリが止まっている。

無論生物では無い。これはジガード自身があらかじめ放っておいた監視用の使い魔だ。

使い魔の目を通して、レックスの戦闘とその後に行われた光景を見てジガードは笑みを浮かべていた。


「そうだレックス…それでいい」


同じ光景を見たものが居れば間違ってもそんな言葉は吐けないだろう。

出来ることなど壮絶な戦闘に恐れを抱き、凄惨な『食事』に吐き気を抑えきれずに胃の中身をぶちまけることだけだ。


だが『ジガード』はその光景をまるで至高の絵画を評する様に、極上の美酒を味わうかのように恍惚とした声でそれでいいと言った。


何故ならばこれこそが自身の大望を叶えるための最後にして最重要の『力』だからだ。


「これで後は…レックスと金獅子レグルスを契約させるだけで良い。

 それだけで…たったそれだけで……」



誰も応える者の居ない部屋の中で、ジガードは嗤い続けた。


え~断っておきますが作者は別にカニバリズムとか破壊主義とかそういった物は一切同意しませんし、理解しようとも思いません。


ただ自分の作品を突き詰めて言ったらこのように凄惨な描写が出て来た訳であって他意はありません。怖がらせたいとか思ったことも有りません。

これはきっと公明の罠に違いない(

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