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第一の亀裂~無力故に

カイルの術、『百腕巨人ヘカトンケイル』に死角は無かった。

強固な防御力、無限に近い再生力、変幻自在の攻撃。

制限時間五分間。

これがその力が維持できる限界時間。

だが、それ以外に果たして欠点が有ったか?

それ以前に…たった五分間、鈍色の巨人から生き延びることが出来る者など居るだろうか?


存在する筈が…『無かった』。


カイルはその思考に至らなかった。言うなればそれこそが唯一無二の死角だっただろう。


「神にも勝てる」


術が完成した時、感極まったカイルはアイリスにそう話した。

アイリスもそう思っただろう…こんな力を打破する方法など『想像出来なかった』。


そう…カイル達、戦斧アクス隊員は『知らなかった』のだ。


本当に神が存在することを…。


そして、その力がどれほどのものかを…。





迫り来る金色の破壊光。

それを遮るべく左腕を突き出し、巨大な盾を展開させた所までは覚えている。


その後が想い出せない。

それ以前に何も解からない。


全ての感覚が麻痺しているようだ。


俺の体はどうなっている?


俺は今何処に居る?


いや…それ以前に…『俺』は誰だ?







(…イ…さ…!)



何もかもが虚ろな中、一つだけ鮮明な『何か』が飛び込んで来た。


誰かが…『俺』を呼んでいる?


(カ……ん…!)


必死な声。


有らん限りの感情を籠めて紡がれた声。


この声を…俺は知っている。


いや、知っているなんて…そんな軽いもんじゃ無い。


(カイ…さん!…)


一生懸命で、優しくて、照れ屋で、でも芯が強い…可憐な少女。


知れば知るほどに愛おしく、見つめれば見つめるほどに胸が高鳴った。


隣で微笑んでくれるだけで俺の全てが満たされた。


『カイルさん!!!』



そして誓った。


カイルが…アイリスを守る…と。




「カイルさん!目を開けて!!カイルさん!!!」


目に一杯の涙をためながらも声を張り上げるアイリス。

何時からこの状況が続いているのか…彼女には解からなかった。





目覚めると周囲には生々しい破壊痕が刻まれていた。

大地は裂け、木々も砕かれ、周囲の建築物も原形を殆ど残していない。


次にアイリスが気付いたのは近くで倒れていた仲間達だった。

意識を失い、すぐ傍で倒れていたニーナ。

外傷は無いところから…ショックで気絶しただけらしい。


起きあがって後ろを見るとレックスとフランツが折り重なるように倒れている。

慌てて腹部を上向けにして寝かせると凄惨な傷口が見えた。

辛うじて内臓までは届いてないようだが相当深い刀傷だ…並の人間ならとっくに死んでいてもおかしくない。


レックス達の更に後ろ、つい先刻まで倉庫があった場所。

その建物もまた大部分を失い、唯一残っていた壁には一人の隊員がめり込んでいた。

ラッセルだ。

こちらはレックス達以上に酷い状態だった。

全身の裂傷だけでは無い。

斧槍ハルバードを握ったままの右腕が不自然な方向に曲がっている。


そして…最後に気がかりになっていたことを確かめる。

周囲がこれだけ壮絶な傷跡を残しているのに何故自分達は生きていられたのか?


そこでアイリスは自分達の前の空間を眺めた。

そこには不自然な『何か』が自分達を守るように立っていた。


木でも無い。

建物でも無い。

どうやら誰かの後ろ姿のようだ。


自分よりも頭二つ分ほど高い背丈。

逞しい背中。

不自然に短い右腕。


次の瞬間に気付いた。

刹那、その背中に走り寄った。

正面に回り込んで、彼の顔を眺めた。


そこには…変わり果てた姿の最愛の人…カイルが居た。


全身に酷い火傷を負い、所々が炭化している。

顔も半分近くが焼け爛れ、無傷で残る口元と右目付近が異質に見えるほどだ。


何度も何度も叫び続ける。


だが呼べども呼べどもカイルは目を覚まさない。


最悪の可能性が…頭を過ぎった。


「嫌…嫌よ…こんな……嫌ぁああああああああああ!!!」


震える両手で視界を覆い、失意の末に膝を付く。

余りにも多大な負荷が一気に彼女の精神を襲ったのだ。無理も無い。


だからこそ…舞い散る粉塵の中から突き出された一本の腕がその首に向かって伸びていたことにも気付かなくて当然だっただろう。



「!?」


振り向きざまに首を絞められ、そのまま持ち上げられる。

腕の太さはアイリスと大差なく、一見女のそれと見紛う程のほっそりとした腕。

だがその腕の持ち主は紛れも無く…



「まさか…我が全霊の剣を凌ぐとはな」


そう、先程までの状況と照らし合わせれば簡単なことだった。

この場で唯一自在に動き回れる存在は一人しかいない。


アーサーだ。

セイバーの精鋭三人と、カイルに只一人で対峙し、圧倒的な力で蹂躙した男。

あれだけ激しい戦闘をこなしたというのに呼吸は落ち着き、汗の一滴も流していない。


「う…く……!」


アイリスは必死にもがいた。

だが只でさえ戦闘力の低い彼女が、『剣帝』と謳われる最強の敵相手に抗える筈も無い。


「どうした?私が憎くないのか?殺したいと思わないのか?

 最愛の男を目の前で殺した憎い敵に命を握られる気分はどうだ?」


アーサーは静かに、緩やかに、そして残酷な口調でアイリスに語りかけた。

その感情を逆撫でする様に…無力を諭すかのように…。



「出来ないだろうなぁ…君には無理だ…」


アーサーの目が変わった。

彼の奥底に潜んでいた惨忍な本質が湧きあがったかのように。


「何故出来ないか教えてやろう…」


力無き者を…嘲笑うように。


「弱いからだよ…君が!仲間が!!私より弱いからだ!!!

 どれだけ正義を謳おうと、そこに力が伴わなければ只の世迷い事に成り下がる!!

 見ろ!この現実を!!私に敗れ無様に這い蹲る愚かな者達を!!」


「う…うぅ…!!!」


アイリスの目に涙が浮かぶ。

恐怖でも、悲哀でも無い…怒りから来る涙。

だが自分にはこの怒りを鎮める方法がどうしても見つからない。


どれだけ憎んでも、どれだけ策を施そうとも、絶対的な『力』の差は覆らない。

勝てない…!


苦悶に歪む表情を恍惚の表情で眺めるアーサー。

この瞬間こそが彼にとっての最高の瞬間だ。


無力な負け犬の哀れな表情。

実力など言うに及ばず、出来るのは『神に祈るのみ』という滑稽さ。

ある者は泣いて命を請うだろう。

またある者は自らの無力と非情な現実に震え、嘆くだろう。


踏み躙る快感。

喰らい付き、気のままに引き裂く喜び。

王にのみ許された特権。


堪らない…!!


アイリスの首を絞める手に力を加える。

余りの力にアイリスの表情から怒りが消え、全身で苦痛を表している。

元々戦闘には向かない華奢な体付き…このまま力を込めればすぐ死ぬだろう。

アーサーはそっとアイリスの耳元に口を近付け、囁いた。


「怨むなら自らの無力を怨め…!」


刹那…アーサーの体に一本の刃が突き刺さった。


「な…!?」


口元から血を滴らせながら目を見開くアーサー。

左の脇腹から侵入し、反対側へと突き穿つ鈍色の細い刃と…その刃の伸びてきた方角を見る。

何の変哲もない地表から、生えてきたかのような刃。

地中に存在する鉱石を変質させ、死角から穿つ一撃。



「まさ…か…?」


アーサーが振り向くと、そこには…


「俺の女に…気安く触れるな…!」


瀕死の重傷を負っているにも関わらず、四肢もほとんど用を為さないにも関わらず、最愛の女性を守るためだけに牙を剥く戦士が居た。



「がぁ…!?」


アーサーの口から大量の血が吐き出される。

どうやら無傷に見える外面と違い、内部には今までの戦闘によるダメージが蓄積していたようだ。

それでもすぐにアイリスを投げ捨て、左に握る剣で自らを貫いていた刃を切断し、即座に間合いを取る。


「う…」


アイリスは背中から地面に落ち、そのまま気を失って倒れた。

その様子を見守り、ほっと胸を降ろすカイル。

そしてアーサーに向き合い、問いかけた。


「どんな気分だ…?」

「何を…!?」


震えながら…息も絶え絶えながらも紡ぎだされたカイルの言葉。

アーサーはいぶかしむ様に眉を潜める。


「散々偉そうにほざいていたくせに…『敗北』した気分はどうだ…って言ってるのさ」

「な!?」


アーサーは耳を疑った。

この男は今何と言った!?


『敗北』…それは弱者に訪れるもの。強者が敵対者に与えるものだ。

私は常に勝ち続けてきた。

積み上げた屍の数など数える気すら起きない程、まさに星の数ほどの『勝ち』を手にしてきた。

私は天に選ばれた存在なのだ。

昔も今も、そしてこれからも勝ち続けて行くと確信している。


私に斬れないものなど何もない。

私の手に入らないものなど何もない。

私が知り得ないものが在るとすれば…それはただ一つ、『敗北』のみだ。


にも拘らず、この瀕死の男は何と言った?



「馬鹿か貴様!?自分の置かれてる状況すら解からないと見えるな。

 駆けつけたセイバーは皆倒れ伏し、貴様自身既に満身創痍!

 この状況で勝ったのは他の何者でも無い!この…」


「その満身…創痍の男に……お前はまんまと一撃を貰った…!」

「!!!」


確かに…完全に不意を突かれた。

だが私は生きて…


「もし……俺の意識があとほんのちょっとでも…正常だったら…?」

「貴様…何を…」


手が震えているのが解かる。

この男にこれ以上喋らせてはいけないと…体の芯が叫んでいる。

なのに…


「あとほんのちょっとで…アンタの心臓に風穴を開けられたんだ…俺は…」

「それがどうした…私は現に生きている!

 私は貴様を実力で捻じ伏せ、こうして立っているのだ!!!その私が…」


「運が良かったな…アーサー王?」

「な…!?」


何故だ…何故私の体は動かない?

確かに疲労とダメージの蓄積は否めない。だがそれだけだ。私はまだ幾らでも戦える!

なのに何故…?


「アンタは…満身創痍の…!死に損ないの…!たかが戦斧アクスのこの俺に…」

「止めろ!!!」


アーサーが左手に力を込める。

その手に握られている剣は全てを威圧するかのように眩い輝きを放っている。

例えどんなに屈強な人間でも一撃で断ち切る無敵の刃。

だが…動けない。


カイルは言い放った。



「危うく負けるところだったのさ…」

「……!」


そう…アーサー自身、カイルからの攻撃を受けた瞬間に思ってしまったのだ。

もう少しで心臓を射抜かれていた…『助かった』と。

それはすなわち…勝敗の境目を天に委ねたという事実に他ならない。


「負けて…いた…?」


アーサーは自分に問うように呟いた。


積み上げてきた闘いと勝利。

勝利の上に更に勝利を積み上げ、その上にこそ『覇王』は君臨する。

法も秩序も無い混沌の世界の中で尚、自分は勝ち続け、奪い続け、君臨し続けてきた。

当然だ。


真の強者とは、勝利せんがために必要な全てをその掌中に収める。

そこには自らの実力以外、一切が無意味と成り下がる。


それこそが自分の信じる秩序、真理、正義!

決して揺らぐことのない自らの『答え』。

なのに……


『運がよかったな…』


違う…。


『危うく負けるところだったのさ…』


そんなことは…!




揺らぎつつあるアーサーに、カイルはさらに告げた。



「安心したよ…やっと」

「黙れ…」


カイルの体はもうボロボロだ。

歩いていることすら…否、立ち続けていることすら不思議なほどに傷ついている。

なのに……


「組織には…俺なんかじゃ手が届かないくらい強い奴等が居る…。

 そんな奴らが…高々『俺如きに追い詰められた』お前に負ける筈が無いからな…!」

「黙れ……!」


その瞳には…一切の曇りが無かった。

無様な敗者の瞳じゃない…まるでこれは…


「お前は決して…特別なんかじゃないのさ…。

 今まで…勝てない勝負から…逃げ続けただけだろう…?なぁ…?」


カイルが一歩、歩み寄った。

ただそれだけだ…なのに。



何故こうも…恐ろしい!?


「どうした…?そんな怯えた顔で?まるで…」

「黙れぇええええええええええええええ!!!」



ザクッ…!!!









突き出された剣は…吸い込まれる様にカイルの胸に突き刺さり、背中へと突き抜けた。

カイルは自らを貫く剣を眺めた後、その柄を握る男の顔を見た。

そして一言だけ言った。


「負け犬の目だな…下らねぇ……」


そして…ゆっくりと後ろに倒れた。

崩れ落ちるカイルの姿を見て…アーサーは尚、震え続けていた。


「何だ……この屈辱は!?」


その身を震わす思い。

今までに感じたことのない苦痛。


もし別の人間がそれを体感したらば、間違いなくこう形容するだろう。

『敗北感』と…。







揺らぐ意識を懸命に奮い立たせながらレックスが目を開けた瞬間、飛び込んだ光景。


それは戦友が胸を剣で貫かれ、倒れた瞬間だった。


一瞬、その光景の意味が解からなかった。


ふと浮かぶ、自分と彼との今までの記憶。

初対面でいきなり明るい笑顔を向けてくれた優しい姿。

三対一の劣勢に駆けつけ、微笑みかけてくれた頼もしい姿。

任務の前夜に飲んだ暮れて、隊長権限てっけんせいさいを叩きこまれて悶絶した間抜けな姿。


いつも振り向けば傍にいて…俺を支えてくれた大切な仲間。温かな記憶。


鮮明な『色』を持つ記憶に…亀裂が入り、刹那に砕けた。



カイルが倒れる様子が、血をひく刃が、迸る血の一滴一滴が…やけにゆっくりと見えた。

違う。ゆっくりと見えているんじゃない。

何かが重なって見えているんだ。


これは…まるで…


『喪失感』


レベッカを…失った時と…


『罪悪感』


同じ……


『既視感』



(ドクンッ…!)


レックスの中に、何かが湧き上がって来た。

ずっと前から自分の中に在った『激情』と『破壊衝動』。


(ドクンッ…!!)


もう二度と思い返すことは無いと思っていた。

ソフィールや組織の仲間たちと出会ったことで、そして何よりも自身が強くなったことで克服した筈だった。


(ドクンッ…!!!)


なのに…何故だろうか?

この胸の高鳴りは、この怒りは…まるであの頃と変わっていない。


『既視感』


また壊れた。


『既視感』


また失った。


『既死感』


マタマモレナカッタ。


『キシカン』


ニクイ。


『ニクメ』


ニクイ。


『コワセ』


ニクイ…!


『コロセ』


憎い…!!


『殺せ』


殺す…!!!


『殺せ!!!』


殺す!殺す!!殺す!!!



不可思議なことが二つ起きた。

まず一つ目はレックスの腹部にまざまざと刻まれていた裂傷が跡形も無く治癒したこと。

そして二つ目はレックスの瞳の色が澄み切った蒼から血のような紅に変わったことだった。


レックスはさも当然のように上体を起こし、横に転がっていた自分の大剣に静かに手を伸ばした。




「!!!」


アーサーが未知の苦痛に震えていた時、突如背後から凄まじい殺気を感じた。

瞬時に振り返り、剣を握る左手を前面に押し出して構えた。瞬間…


自分の喉笛に牙を突き立てる化物の幻覚が見えた。


「うわああああああああ!!!?」


アーサーは無我夢中で剣を振るった。

甲高い音と共に刃が噛み合う音が響き渡る。アーサーは必死に刃の主の姿を探す。


そこに居たのはレックスだった。

自分の前に簡単に平伏した男ではないかとほっと胸を撫で下ろす。



だが不審な点が三つあった。

一つ目は自分が浴びせた太刀による傷が全く見えないこと。

傷口があっただろう箇所は軽鎧と服が破けてはいるものの肌には一切の傷が見えない。

二つ目はその膂力だ。

先程の打ち込みとは比べ物にならない程重く、殺意に満ちた剣。

そして三つ目。

何故か紅に染まっている瞳。血を連想させる紅。底知れない殺意と狂気を宿す瞳。

どこかで見た覚えがある。

だが思い出せない…一体何時、何処で見た?


「殺す…」


(ゾクッ…!)


レックスの声を聞いた瞬間、アーサーの全身に寒感が奔った。

敵対者が放つ言葉など自分には何の感慨も浮かばない…筈なのに。


「殺す…!」


またも震えが奔る。

何て不快な声だろうか?このまま聞き続けているとそれだけで気が触れそうな予感さえする。


「殺す…殺す…殺す…殺す…!!」

「止めろ…それ以上何も言うな!」


アーサーは必死に声を荒げた。

呑みこまれまいと、気押されなどなどするまいと、だが…


「殺す!殺す!殺す!殺す!」

「黙れと言ったのが聞こえないかぁあああああああ!!!」


声を荒げると共に剣を大きく振りかぶり、叩きこむ。

先程の戦闘でも見せなかった全力の撃ちこみ。凄まじい剣圧が周囲の傷跡を更に深く刻みつける。だが…


「アーサァアアアアアアアアア!!!!!」


レックスが吼え、剛剣が唸る。

アーサーの剣と真っ正面から対峙し、そして…吹き飛ばした。


「な!?」


アーサーの体はそのまま後ろに吹き飛び、城壁に直撃しそうになる。

とっさに体勢を変え、壁に立つようにして衝撃を相殺するアーサー。そして…


「アーサァァアアアアアアアアアア!!!」


雄叫びとも絶叫とも取れる声を上げながら刺突の体制で突っ込むレックス。

その姿はとても、先程まで仲間のために闘っていた戦士と同一人物だとは思えない形相だった。


「そんな単調な剣が…」


アーサーは壁を蹴って高く跳び、レックスの後ろに着地した。

あの体勢では余りの突進力に引っ張られ、一度加速したら別方向に転換させることは不可能。

特に後方は完全な死角となる!


「届くと思っているのか!!!」


剣を高々と振り掲げ、収束していく魔力の光を恍惚とした表情で眺める。

一時は気押されし、劣勢に陥ったが所詮は激情に任せた特攻!圧倒的な力の前には無力!!


「死ね!敗者!!」


自身の力の結晶たる破壊光。それを剣圧と共に叩き込み、完膚なきまでに滅ぼす。

自らの勝利をその手に収めるために、剣を振り下ろそうとした瞬間、アーサーは見た。


レックスは城壁に突っ込む寸前、自身の『風』を局所的に発生させて突き出していた大剣の切っ先を無理矢理地面に押し付けた。

そしてそれを握るレックスは当然、壁に投げ出される様に体勢を変え、先程アーサーが取った体制を上下逆様にしたような格好となって城壁に着地する。

凄まじい轟音が響き、大気が震え、刹那に強い風が吹く。

突進力を殺さず、矛先だけをアーサーに向け、反動を最大限に使って加速し、突っ込む。


「な…!?」


アーサーはその様子を目視で確認できたが、頭で納得することが出来なかった。

激情のままに突撃していた男があんな緻密な動きが可能な訳ないと…驚愕の余り立ち尽くしていた。

その隙は、レックスにとって千載一遇の好機だった。


レックスの大剣は立ち尽くしていたアーサーの左肩に喰らいつき、その先に握られていた剣ごと左腕をもぎ取った。


「ぐぁああああああああああああああああ!!?」


吹き飛ばされる腕。


溢れ、飛び散る命の紅い水。


苦痛に満ちた叫び。


レックスはその口元を荒々しく歪め、笑った。

まるで…化物のように。



レックスの全身に黒く、激しい衝動が駆け巡る。

幾ら憎んでも、幾ら壊しても、幾ら泣き叫んでも決して消えることの無い感情の奔流。

それらがレックスに囁きかける。


まだ足りない。

もっとだ。もっと傷めつけろ。

声帯が裂けるまで苦痛に叫ばせろ。

感覚が消えても尚魂に残るよう刻み付けろ。


こいつが憎いだろう?

カイルを目の前で殺した男だ!レベッカが死んだのもこいつのせいだ!!


全て!全て!!全てこいつのせいだ!!!


その声に聴き入りながら、レックスは何度も繰り返し呟いていた。

そうだよ…と。


左肩に右手を添えながら膝まづくアーサーに、敢えてゆっくりと近づく。

一歩、一歩進むごとに死が近付いているのだと伝えるように。

震えながら顔を上げ、こちらを見るアーサーの目。


「くっ……くく…!」


恐怖に怯え、戦慄に身を焦がし、苦痛に震える哀れな目。

それを見た瞬間、レックスは大声で笑い始めた。


清々したと!様ぁ見ろと!!言わんばかりに笑い狂った。


「化物……」


レックスを見上げながらアーサーはそう呟いた。

確かにその通りだろう。

今のレックスを表すのに、それ以外に一体何と言えばいいのだろうか?


笑いながら大剣を振り上げ、アーサーの頭上に掲げる。


そして言い放った。


「怨むなら自分の無力を怨め…か?」

「!」


先程自分が敗者に向けて言った言葉をそのまま返されるなど…思いもしなかっただろう。

呆然とするアーサーにレックスの剣が吸い込まれる寸前、その姿は忽然と消えた。


「!!?」


標的を見失い辺りを見渡すレックスの耳に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。

聞くものの神経を逆撫でする様な甘い声。


「素敵…少し目を離した隙にこんなに素敵になってるなんて思いもしなかったわ」

「エキドナ…そいつをこっちに渡せ!!この手で引き裂かなければ気が済まない!!!」


聞くものの肝を凍らせんばかりの弩声に曝されながらも…エキドナは表情を崩さなかった。

寧ろ恍惚とした表情でレックスに言い返した。


「貴方の望みは出来る限り叶えてあげたいけどそれだけは駄目よ。

 私にも忠誠心は有るわ。彼の理想はもうすぐ成就する。ここで終わらせる訳にはいかないの」

「知ったことかそんなもの!!!」


レックスは自身の両足に風を纏わせ、瞬時に加速した。

高速移動術『飛脚』。その速度は最早目にも映らない。レックスはアーサーに肩を貸しているエキドナごとその首を刈り取ろうと大剣を振りかぶる。

だがそれも、直前で妨害を受けた。

今度は血の奔流による刃がレックスの全身に襲い掛かったのだ。


「!」


直前で回避行動に移ったが鞭のようにしなる刃はそう簡単には避けられない。

脇腹に刃が刺さり、更に剣を握る右手と両足の腱を深く抉られた。


「がっは…!!?」


堪らず地面に叩き付けられるレックス。苦痛に眉を潜め、次に目を開けた時にはその色が元の蒼に戻っていた。

刃の伸びてきた先を見るとそこには返り血で大半を真っ赤に染めたローブを着た少年が見える。

少年はエキドナとアーサーの近くに歩いて近づいている。どうやら外見と裏腹に相当な立場にいる人間らしい。


「これ……」


少年がアーサーに何かを手渡した。

見るとそれは切断されたアーサーの左腕と握られたままの彼の剣だった。

アーサーは苦悶の表情でそれを受け取ると、傷口に押し当てる。


「くっ……!」


苦しそうに呻きながらも、押し当て続けること数秒。

それだけで彼の左腕は元通りの位置に繋がった。動作を確認する様に軽く動かし、問題が無いことを確認するアーサー。


アーサーは状況を確認した。

こちらの戦力は自分と三鬼将の妖妃と血鬼の二人の計三人。

対するは負傷したセイバー一人。

当然有利なのはこちらの筈。火種は大きくなる前に消すのが一番だ。だが…


アーサーは先程のレックスの目を思い出していた。

荒れ狂う激情の渦巻く瞳。「あれ」は人間の目では無かった。

強い拒絶と孤独、そしてそれらを喰らい更に規模を増していく殺意。


人間の目では無い。

だが、これは神の目でも無い。


これはまるで…


―――――――『屍喰らい』


「!!!!!」


アーサーは一つの可能性に至り、そして『恐れ慄いた』。

有り得る筈が無い。

有ってはならない存在。


だが、もしそうだと言うなら…今までの不可解な現象の全てに説明が付く。






アーサーはしばらく考え込むように黙り、そして一言だけ言った。


「引くぞ…」


「心得ましたわ」

「……うん」



突然アーサー達は踵を返し、レックスに背を向ける。

レックスは動揺し、とっさに叫んだ。


「待て!!俺と戦え!!アーサァアアアアアアアア!!!」


その声にアーサーはぴたりと動きを止め、振り返った。

その目には先程までの恐怖の色は微塵も無く、自らの勝利を確信する輝きがあった。


「貴様に忠告…いや、予言をくれてやろう」


そう言って彼は指を二本立てて告げた。


「貴様に選択できる未来は二つだけだ。

 一つ目は…私に忠誠を誓い、従属する未来」

「!…嘘だ…そんなこと有って堪るものか!!!」


信じられる筈が無い。

自分がどうして憎い敵に忠誠など誓うものか!自分は断罪クロス十字ヴァニッシュの一員…


「もう一つの未来は…」


仲間を裏切ることなど絶対に…


断罪クロス十字ヴァニッシュの者の手で殺されることだ」





……………え?


今、何て言った?


呆然とするレックスを余所に、アーサーはエキドナの開いた空間の裂け目に身を投じ、消えた。

その直後にクリフに率いられた増援が駆け付け、倒れていた仲間達を即座に医務室へと運びこんでいった。


だがレックスは労いの声も無事を喜ぶ声も全て無視して、一人ジガードの元へと歩いて行った。


頭を過ぎるのは…アーサーの最後の言葉。


断罪クロス十字ヴァニッシュの者の手で殺されることだ』


そんな筈は無い。

有って堪るものか…。


レックスの心に今、一つ目の亀裂が…確かに刻み付けられた。










テスト期間が長引き、更新が遅れてしまいました。

無事単位が取れたのでこれから安心して更新できます。


今年もご愛読よろしくお願いします。

感想・ご意見いつでも歓迎してます。

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