表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/31

絡み合う戦場

彼は三鬼将の影でひっそりと息を潜めていた。

ずっと自らの目的を果たすために最適な期を狙っていたのだ。

エキドナの力によって本部内に大量の手下を送り込み、混乱を生みだすことに成功。

次に最強の障害である聖騎士ロイヤルガードの元へ三鬼将を送り込み、足止めする。

そして……



「大人しく渡さないなら…力づくと行こうか」


ゆっくりとした足取りで進む男。

腰にかけていた装飾剣を優雅に抜きつつ、ゆっくりと近づいてくる。


それだけで…カイル達、戦斧アクス隊員は動けなかった。

最初はただの騎士侯か何かだと思っていたが…眼前の男から感じる威圧感は今まで戦場で見て来たどの敵よりも強大だった。

傍観することしか出来ないカイル達を現実に引き戻したのは…



絶対重圧グランドプレッシャー!!!』


ラッセルの放った渾身の一撃だった。

先ほどとは比べ物にならないほどの威力、全身全霊の一撃。

男の周囲の岩盤が捲れ上がったと思うと、次の瞬間には砕け散る。男の足もとが徐々に下へと押し潰されていく。

だが、そんな術の範囲内に居て尚、男は涼しい顔でいた。


「行け!!!」


ラッセルは叫んだ。

その余りの迫力に三人は冷静さを取り戻していた。


「ソフィールを連れて走れ!早く!!!」


ニーナがソフィールの方を振り返ると…彼女は怯えきっていた。


「嫌…嫌…私は…こんな…こんなの…!」


瞳孔が照準を見失い、顔色は蒼白、全身は震えきっている。

とても尋常とは思えない姿だった。


「行きましょう!ソフィール様!」

「こっちへ!」


アイリスが声を上げ、ニーナが手を引っ張って走り出す。

カイルは一度ラッセルに向けて顔を上げると張り上げるような声で言った。


「必ず援軍に参ります!どうかご無事で!!」


ラッセルの反応を待たずに、一礼するとニーナ達の後を追って走り出した。

その様子を見送るとラッセルは眼前の男に声をかけた。


「何故見逃した?貴様ならこの重圧を押しのけてソフィールを捕えることなど造作も無い筈…!

 それとも俺の無力を証明させるためにわざと黙っていたというのか?」


ラッセルの問いに男は微笑を交えて応えた。


「なに、久々の再開を無下には出来ないだろう?会えて嬉しいよラッセル」


感情の読み取れない口調。ラッセルは忌々しげに声を荒げた。


「どの面でほざく…離反者アーサー。組織の裏切り者風情が!!!」


やれやれと言わんばかりに首をふるうアーサー。


「裏切った?それは違うね…私は見限ったんだよ。

 ジガードは戦乱を収める救世主足りえない。だから私が創ったんだよ。真にこの世界を導く組織をね」


それを聞いた瞬間、ラッセルの表情が一変した。

先程までの悲痛な表情が消え、荒れ狂う激情が見て取れる。


「貴様ぁあああああ!!!」


ラッセルは重圧を解くと、瞬時に自身の肉体に掛かる重力を操作し、矢のような速さで男の眼前へと跳んだ。

そのまま斧槍ハルバードを振り上げ、今度は自身の獲物に重圧を加えて叩きこんだ。

だが苛烈を極める一撃も男の剣に容易く受け止められた…しかも片手で。


「滑稽だな…実に滑稽だ。

 昔の君はもっと良い目をしていたよ…気高く、美しく、強い目だった」

「黙れ!貴様に俺の何が解かる!?」


ラッセルは大上段に構えていた斧槍ハルバードを引き抜くように上半身を捻り、反動を生かして強烈な蹴りを放った。

アーサーは自分の鎧に泥がつくのが嫌なのかゆったりとした動作でそれを回避する。そして距離を置くように離れ、逆にラッセルはそれを詰めようと突き進む。


「せめて引導を渡してやるのが…かつての仲間としてのよしみというものか」

「黙れぇえええ!!!」


矛先を水平にした刺突の体制で武器を構え、肉薄する。

その際、進行方向に向かって局所的な重力を発生させ神速の突進力を得る!


凶槍ガングニル!!!』


音速の領域の突進。ラッセルが持つ『動』の技の中で最強を誇る一撃。

だが…


「無駄だ…君なら分かっているだろう?」


アーサーはその一撃を紙一重で回避し、同時に剣を一閃させた。

二人はすれ違い、そして…


ズパァ…!!!


ラッセルの全身から鮮血が吹き出した。

ほんの一瞬すれ違っただけなのに両手、両足、胴体に至るまで十数回程斬られている。


「人の身では…神に届かない」

「ガッ…!!!」


ラッセルは激痛と共に…どうしようもない憤りを覚えた。


(手加減されている…!)


これだけ数多くの斬撃を当てておきながら…どの傷口も致命傷に至っていない。

力量の差を見せつけるためにわざと浅すぎず、且つ深すぎない程度に斬りつけている…!


だが、憤ったところで力の差は歴然。

最も速く、貫通力に優れた凶槍ガングニルでさえ無駄ならばいくら小技を使ったところで掠りもしないだろう。

ならば…


腰を深く落とし、魔力を集中させる。

眼前の敵に勝つためには…一つしか方法は無い。悔しいが今の自分ではまともに渡り合うことなど不可能。



ほんの一瞬だが、ラッセルは組織に入った当初のことを思い出していた。

あの頃はシリウスもソフィールも自分も…ずっと一緒だった。だが…


(シリウスはジガードに剣を捧げた…ソフィールではなく、ジガードに…)


心に深く影を差す事実。シリウスはラッセルとは違う主を決めた。


(ならばソフィールを守るのは俺の役目!例え…あいつが誰を望んでいるか解っていても…俺は!)


アーサーはラッセルが何かを仕掛けてくると勘付きながらも敢えて潰そうとはせず、様子をうかがっている。

まるで無駄だと嘲笑うかのように…!


斧槍ハルバードの鋒先に重力が集まって行く。

それはやがて周囲に歪みを生じさせ、大気を震わせる。

次第に歪みは増幅していき、成人男性の頭部ほどの大きさを持つ黒い球体へと姿を変えていった。


「その技は…」


アーサーは眉を寄せてラッセルと形成されていく黒い球体を見つめる。

そして思い出したように言った。


「二つ名と共に力も失ったかと思えば…いやはや見くびっていたようだな。

 腐っても元は聖騎士ロイヤルガード。『黒蝕』のあざなは健在だったか?」


アーサーの試すような口調に震える声で答えるラッセル。


「そんなものに未練はない…だが!貴様を消すために今一度この忌まわしい力を使わせてもらう!

 己が内に神を見出す愚か者…理想を抱いて砕け散れ!!」


斧槍ハルバードごと黒い球体を振りかぶり、男に向かって突き出す。


絶対圧砕グランドヴァニッシャー!!!』


球体は鋒先から離れ、徐々に加速しながらアーサーに飛来する。

周囲の細かな物体を吸引しつつ飛来する黒点。重圧を極限まで高め上げたことで生じた歪みは全てを飲み込み粉々に砕く。

生成できる規模も僅か、維持できるのもほんの数秒。

だが一度その範囲に入ってしまえば後は完膚なきまでに砕かれるのみ!


「憐れだね…実に憐れだ。

 君の力が強ければ強いほど…その想いが強ければ強いほどに…」


アーサーは射程圏内に入る寸前、地を蹴って高く跳んだ。

高度は二階建ての建築物ほど…この高さでは全てを砕く漆黒も吸引出来ない。だが…


「まだだ!!!」

「!?」


見るとラッセルはアーサーの頭上で斧槍ハルバードを構えていた。

アーサーが跳ぶことを推測し、自身に掛かる重力を限界まで取り除いて文字通り飛んだのだ。

彼の獲物の矛先は地上で静止し、陽炎のように揺らぐ漆黒を指している…。


「まさか貴様!?」


アーサーはラッセルの思惑に気づき、若干の戦慄を覚えた。

如何に自分と言えどもあの術に当たってしまえば逃れる術は無い…つまり


「貴様も地獄に堕ちろ!アーサー!!!」


ラッセルは斧槍ハルバードをアーサーごと球体に向けて構え、自身を目標を繋ぐ直線に一気に重力を掛けた。

この男に勝つには…自分の命を賭けるしか無かった。


凶槍ガングニル!!!』


刹那、ラッセルの体は慣性の法則を無視してアーサーの体へと勢いよく突っ込む。

アーサーはとっさに迫りくる斧槍ハルバードを剣で受け止める…だが


「はああああああああああああ!!!」


ラッセルは全ての力を注ぎこむかのように雄たけびを上げ、自身に掛ける重圧を強化した。

そう、二人の落ちる先には全てを飲み込み打ち砕く漆黒がまだ残っている。

恐らくあと数秒もしないうちに消えるだろう…だが、その前にラッセルとアーサーがその空間に飛び込む方が早い。


「玉砕覚悟か!?」

「知ったことか!!!」


ラッセルは全身を駆け巡る激痛に耐えながらも叫んだ。

強大な能力は体にかかる負担も比例して大きくなる。しかも休憩も挟まずに立て続けに自分の最強術を放ち続けたのだ。

加えて全身の裂傷。激痛により意識は遠のき、傷口からは止め処なく血が流れる。

だが!そんなことはどうだっていい。

ここでこの男さえ死ねば鮮血ブラッド騎士団マリアンは瓦解する。そうすればもう聖戦が再発することも無い!

ソフィールを縛る絶望の未来は…ここで断ち切ってみせる!


最後と言わんばかりに残る魔力を注ぎこみ、加速させる。

あと少しで…術の吸引圏内に飛びこめる!


「うぉおおおおおおお!!!!」


そして…












シリウスとダクラスの戦いに決着が着く…その刹那のことだった。

絶叫しながら奈落へと飲み込まれていくダクラスと高笑いしながら背を向けるシリウス。

その只中に飛び込む小柄な黒い影が有った。


「!」


シリウスは突如現れた存在に気づくと即座に警戒を強め、双剣を構えた。

だが影はシリウスのことなど視界にも入れずにダクラスを飲み込む終焉の闇へと飛び込んで行った。


「馬鹿が…自ら死出の旅路に赴くとは」


シリウスの罵倒も尤もだ。

死天使タナトスの作り出す終焉の闇『奈落タルタロス』は触れた者の生命力を全て奪い去り一瞬で灰にする。

例え神であろうと死そのものである奈落タルタロスに触れれば等しく死滅する。

だが…


「!?」


シリウスは自分の目を疑った。

確かに奈落タルタロスの渦へと飛び込んだ筈の影は再び地上へと飛び出してきたのだ。

しかも自身の数倍の体重を誇るだろうダクラスを片手に担ぎこんでいる。

ダクラスは闇に両足を喰われ、苦痛と恐怖に呑まれていたがまだ生きていた。

とても信じられなかった。


「貴様…何者だ!?」


それはまるで蝋人形のように美しく、生気を感じられない顔立ちの少女だった。

全身は頭の先から爪先まで、髪の色も服装も全て純白で彩られていた。だが、それはまるで白への冒涜のように感じられた。

清廉さなどとはかけ離れた…静かな『死』の色。

彼女はそれに答える事無く抱えているダクラスを見る。

ダクラスは息も絶え絶え、全身は震え、眼は正気を失っていた。


「ああ…あああ…!?」


シリウスを見つけると狂ったかのように叫びだした。


「殺す…殺す…殺す!殺してやる!!

 八つ裂きにしてやる!引き裂いてやる!肉片一片に至るまで!!!全て!!!」


それを制するように少女はダクラスに囁いた。


「落ち着きなよ。今の君では千回やったって一太刀も当てられはしないよ?

 大丈夫、君はもっと強くなれる…あの御方の力で…」


ダクラスはそれを聞くと項垂れるかのように大人しくなり、彼女はそれを満足げに見届けた。

そして剣士の巨漢を抱え込むと最後にシリウスと…その奥で事態を見据えていたジガードに向かって言った。


「今日はここまでにしよう。次に会うときは…ね?」

「逃がすと思うか!?」


黙って見逃すシリウスではない。手負いの相手ならばとフランツも細剣レイピアを構えて距離を詰めようと謀っている。

精鋭二人に睨まれるダクラスと謎の少女。普通の相手ならば気迫に凄んで一歩足りとも動けない。

しかし彼女は意に介することもなく動いた。

それを見てシリウスは即座に鎖刀を飛ばした。四方八方から瞬時に襲いかかる漆黒の刃。だが…それはは掠りもしなかった。

ダクラスを抱えているにも関わらず、まるで風に揺られる葉のように紙一重で全て回避していくのだ。

とても人間の動きとは思えなかった。


「な!?」

「こいつ…?」


そして少女はそのまま開け放たれたままの扉へと消えていった。

驚愕するシリウスとフランツの中、ジガードだけは影の放った言葉を噛み締めていた。


(そうだな…次会うときこそが…)


フランツは胸を刺す不安を感じて、ジガードとシリウスに向かって言った。


「奴等がこのまま戦果も挙げずに引き下がる訳がありません!

 本部内を見回ってきます!シリウス先輩はどうか総帥の御身を!」

「ふん…言われるまでもない。行け」

「はい!」


そう言って駆け出すフランツ。

まずは…ソフィールの居る後宮へと向かって全速力で駈け出していった。







後宮…ソフィールの私室。

そこは最早原形を保っている個所など無かった。

部屋の中央に佇む二人の人影を除いて全てが切り裂かれ、焼け焦げていた。

片や血流の刃を展開させて黙する少年…『血鬼』。

対するは両手に炎を纏いし聖騎士ロイヤルガードの一角…『炎帝』のセシリア。


「………」

「………はぁ!」


セシリアが動いた。

両手を振りかぶり、特大の炎弾を投げつける。

少年はそれを確認すると自身の血液によって形成された刃を飛ばし、それを切断する。

返す刃でセシリアに飛ばされた攻撃も彼女の炎に阻まれ、届くことなく燃え尽きる。


両者ともに無傷。

双方の攻撃は互いに相手に届く前に切り払われ、或いは蒸発していた。

だがセシリアは、ふと違和感を感じていた。


敵の攻撃が消極的過ぎたのだ。

鞭のように撓り、四方八方から襲いかかる血の刃。

確かに協力無比な攻撃ではある。だが最初から自分はそれを打ち破って見せた。

にも拘らず同じ攻撃しかしてきていない…どういうことか?


ふと思い立った一つの仮説。

何故彼一人だけがこの場所を訪れたのかということの答え。

『血鬼』一人で充分だと判断した?しかし手下の一人も居ないなんて不自然すぎる。


もし…制圧する気など無かったら?

『血鬼』一人で殺せるだけの相手を殺して、警戒を集める。

当然、標的である『巫女』は逃げだす、その場にいる戦力は全員目の前の強大な敵に全ての精神を張り巡らせる。

そして…別働隊が『巫女』を捕らえれば…?


「!」


しまった…とセシリアは後悔した。

先程から攻撃が余りにも単調だったのは時間稼ぎをするため!

決着をつける気など彼には最初から無かったのだ。


「……気付くの……遅い…」


見ると少年は口元を僅かに歪めている…紛れも無い『喩悦』に!


「やってくれたわね…」


今まで気づかなかった自身の愚かさと、敵の狡猾さ。

それらによってセシリアの感情は怒りに滾った。


最早、自分が急いだところでソフィールには追いつけない。

ならば、今の自分に出来るのは二つだけ。


護衛のニーナ達を信じること。

そして…目の前の敵を全力で排除すること!


ゴォッ!


一瞬にして彼女の足元から今まで以上に強大な炎が溢れ出る。

凄まじい熱量に、少年の血流すら少し後退した。


「随分と舐めた真似をしてくれたわね。私って意外と怒りっぽいのよ?

 まさか…只で済むと思ってないわよね?」


眼光の中にすら荒れ狂う激情が見える。

それだけではない。

何時しか彼女の周りを取り巻く炎が何らかの造形を描き出している。


それは紅蓮の体躯を持つ厳つい顔の巨人だった。

まるで術者の激情を糧にするかのように燃え盛る…煉獄の悪魔。


「………神……」


少年はその存在を凝視していた。

まるでその中に自分の探しているものが有るかのように…。

しかし、セシリアはそんなことなど意に介することはなかった。


たぎれ……」


目の前の敵を焼き尽くすためだけに…その名を唱えた。



炎魔神イグニス・ファクタス!!!」


刹那、彼女を取り巻く炎は一気に弾け、周囲のあらゆる存在を焼き焦がし、吹き飛ばした。

少年はとっさに血の防壁を張り、直撃だけは阻止した。

後宮の半分以上が消し飛び、ぶすぶすと焦げる音のみが辺りから聞こえた。


「………これが……神の力…」


少年は顔を見上げ、その存在を確認した。

溶岩で形成された巨躯、炎のように揺らぐ頭部に光る刺し貫くかのような鋭い眼光。

そして全身を紅蓮の炎が包み込んだ…圧倒的な熱量と存在感。


炎魔神イグニス・ファクタス…五行の一角、炎を統べる神。

 生物は本能的に火を恐れる…それはその力を感じ取っているからよ。

 自分たちには抗えない圧倒的な格の違いをね!」


契約者に応えるように、紅蓮の巨人はその腕を振り上げた。

とっさに少年は横に跳んだ…初めて回避行動を取ったのだ。

そして…巨人の拳が少年が先程まで踏みしめていた大地を溶かしていた。

余りの熱量に焦げることなく一瞬で蒸発したのだ。


セシリアの『炎魔神イグニス・ファクタス』にはクリフの『貪喰龍ウロボロス』やシリウスの『死天使タナトス』のような特殊な能力は無い。

有るのはただ一つ、圧倒的な力のみ。

全てを瞬時に蒸発させるほどの絶対火力。触れることすら許さない暴君。

数多有る炎使いの頂点に君臨する…単純明快にして覆ることの無い『力』。それが『炎帝』セシリア。


「………」


血液を操る能力者である少年にとって、『炎魔神イグニス・ファクタス』は天敵だった。

セシリアもそれを理解していたため、確信を持って歩を進める。


「年端もいかない子供を殺めるのは抵抗があるけど…部下たちの仇は取らせてもらうわ。

 髪の毛一筋残さず…消してあげる!」


紅蓮の巨人が再び腕を振り上げる。

小細工など存在しない…ただ敵を消滅させるだけの絶対的な力。


「………ぅ…」



少年は何かを呟いた。

辞世の句では無い…何らかの強い感情によって吐き出された言葉だった。

何事かと眉を潜めるセシリア。そして…


「違う…」

「!?」


何を思ったか少年は震えていた。

恐怖ではない…まるで失望しているかのような雰囲気。


「こんなの……『神』じゃない…!

 力なんて…欲しくないのに…!ただ…ただ…!」


「何を…言っているの?」


セシリアには理解できなかった。

炎魔神イグニス・ファクタス』は正真正銘の『神』だ。全てを薙ぎ払う圧倒的な力。それが『神』じゃないとはどうゆうことか?

だが少年の言葉には侮蔑や見下したかのような響きは無い。

ただ…探し求めていた物と違うことを嘆いているかのような……


(迷うな!こいつは敵だ!)


セシリアは気を奮い立たせるかのように拳を握りしめる。

戦場で迷いは死に直結する。

そんなことすら忘れたのか自分は!?

敵の事情など一々気に留めてなどいられない!そんなことしていては生き残ることなど出来ない!


自分は全知全能の『神』などではな……!?


(まさか…この子が言っていたのは…)


もう一度、目の前の少年を見据える。

何かに怯えるかのように震える姿は…数多の敵を惨殺してきた戦場の死神『血鬼』とは到底似ても似つかない。


そっと…少年の肩に触れようと手を伸ばすセシリア。

すると…


『そこまでに…しておくれ…』


「!?」


頭の中に直接響くかのような声。

悲しみと挫折。あらゆる存在への諦めの混じった悲しい響き。


(一体誰が…?)


そう思い辺りを見渡すが周囲には自分と少年以外に動くものなど…?


ふと足元を見る。

誰のものか知らない…一粒の血の滴が蠢いていた。

それだけではない。

周囲に同じような滴が蠢き、徐々に少年の足元に集まって行く。


「これは…一体?」









ニーナ達は走り続けていた。

正体不明の敵をラッセルに任せ、ひたすらジガードの私室を目指し走る。

そこまでたどり着けば組織最強の戦士であるシリウスが居る。

そうすれば後はソフィールを守ってもらえ……!?


急に立ち止まるニーナ、遅れてアイリスと彼女に手を引かれているソフィール。そして後方を警戒していたカイルも続いて止まる。


「!?……あ…ああ…!」

「ソフィール様!?一体何が……!!!」


悲鳴にもならない声を上げるソフィール。

カイルは状況を把握しようと歩を進め…戦慄と共に立ち止まった。

何故なら…有り得ない光景が広がっていたからだ。


ラッセルはセイバーのエース。その実力は折り紙付きだ。

例え百の兵を相手にしても決して負けることなど無い。


「やぁ…ようやく来たね。待ち草臥れたよ」


その彼が相手をしていた男が…何故自分達の前に立っている?

しかも速過ぎる…!自分達がラッセルと別れたのはほんの数分前だ。こんな短期間であの『土縛』のラッセルを倒して先回りしたというのか!?


「アンタ…何者だ!?」


ニーナ達の前に立ち、斧槍ハルバードを分解して二振りの手斧に構築しながら叫ぶカイル。

男は喩悦に満ちた表情でそれに応えた。


「我が名はアーサー。鮮血ブラッド騎士団マリアンを束ねし『剣帝』。

 そしてかつての聖騎士ロイヤルガードの一角を担った男さ」


「剣帝!?」

鮮血ブラッド騎士団マリアンの首領!?」

元聖騎士もとロイヤルガードだと!?」


そんな危険な男が目の前にいるのかと驚愕する三人。

敵対組織の首領自らが打って出るとは想像だにしていなかった。


まさか…ラッセルはこのことを知っていて自ら戦いを挑んだというのか?


「貴様…隊長はどうした!?」

「ラッセルのことかい?心配せずとも…ほら」


アーサーは足元に存在していた植木の影から何かを引っ張り出した。それは…


「ラッセル隊長!!!」


全身を血で真っ赤に染めた…ラッセルの痛々しい姿だった。

まさか触れるどころかあのラッセルにここまでの手傷を負わせるとは…!


「彼はよくやったのだがね…」


アーサーはあの時のことを回想していた。



「玉砕覚悟か!?」

「知ったことか!!!」


ラッセルは全身を駆け巡る激痛に耐えながらも叫んだ。

強大な能力は体にかかる負担も比例して大きくなる。しかも休憩も挟まずに立て続けに自分の最強術を放ち続けたのだ。

加えて全身の裂傷。激痛により意識は遠のき、傷口からは止め処なく血が流れる。

だが!そんなことはどうだっていい。

ここでこの男さえ死ねば鮮血ブラッド騎士団マリアンは瓦解する。そうすればもう聖戦が再発することも無い!

ソフィールを縛る絶望の未来は…ここで断ち切ってみせる!


最後と言わんばかりに残る魔力を注ぎこみ、加速させる。

あと少しで…術の吸引圏内に飛びこめる!


「うぉおおおおおおお!!!!」


そして…


ズパ…!


「かっは!?」


あとほんの数秒で…というところで全身の傷口が大きく裂けた。

同時に大量の血液が噴出し、ラッセルの意識を奪う。

それに連動して凶槍ガングニルに費やしていた魔力が途切れる。


その様子を見て、アーサーは顔を喩悦に歪めた。

勢いをなくした斧槍ハルバードを掴み、左手に握る剣に魔力を込める。


「残念だったね…ラッセル!」


地上で揺らいでいた影に、向かって魔力の塊とも言えるほどの強大な剣圧を叩きこむ。

万物を砕く漆黒でさえ…その力の前にかき消される。

二人は地面に着地し…否、ラッセルはそのまま崩れ落ちた。







「所詮、聖騎士ロイヤルガードのなれの果て…神を失った彼なりにはよく足掻いたが悪あがきに過ぎない」


まるでゴミを見るかのような目でラッセルを見下し、そして…


グシャ…


「全く…調子に乗るのも程々にして欲しいものだ」


嘲笑いながらその頭を踏みにじった。

ラッセルは何の反応も示さない。


「貴様ああああああああああ!!!」


カイルはアーサーに向かって飛びかかった。

両手に握る手斧がアーサーの首目掛けて牙を剥く。だが…


ガキィン!


アーサーの左手にはいつの間にか優美な剣が握られ、一振りでカイルの斧を叩き斬った。

まさに神速…誰の目にも留まること無い斬撃。流石は『剣帝』を名乗るだけのことはある。


「ちぃ…!」


カイルは即座に手斧を捨てると同時に後方へ飛ぶ。そして着地すると同時に両手を地面に叩きつけた。

『硬質結晶化』…瞬時に魔力が伝達され、地中の鉱石に命令を下す。

アーサーを囲う地表から何本もの鉄槍が襲いかかる。


「いけぇえええ!!!」


四方八方からの同時攻撃。

自身の能力を使いこなした完璧な攻撃。だが…


「下らん…!」


アーサーはまるで剣舞を踊るかのような体捌きから一閃を繰り出す。

その一太刀でカイルの苛烈な攻撃でさえ、全て切断された。


「くそ…!」

「カイルさん!」

「下がって!!!」


駆け寄ろうとするアイリスを制するかのようにニーナが叫ぶ。

アイリスが振り返ると、いつの間にかニーナは皇炎フレィバードの詠唱を完了させていた。


「吼えろ!皇炎フレィバード!!!」


術者の呼びかけに応えるかのように巨大な炎の鳥が羽ばたく。

荒れ狂う紅蓮の翼がアーサーに迫る!


「ふむ…なかなか美しい…が」


数秒間、アーサーは襲い掛かる炎を観賞するかのように眺めた後、自らの剣に魔力を込める。

余りの力に刀身が眩いばかりの輝きを放つ。

そしてアーサーが剣を振り下ろすと…強大な衝撃波が放たれた。

あまりの威力にニーナの皇炎フレィバードでさえ一瞬で掻き消され、その余波でニーナとアイリスも吹き飛ばされる。


「きゃあああ!?」

「うわあああああああああ!?」


「アイリス!ニーナ!!」


助けに向かおうとするカイルに…


「遅い」


ドゴン…!!!


「が!?」


アーサーの剣の柄による打撃が突き刺さった。

そのまま地面にのめり込むように倒れるカイル。

やはり戦況は不利。ラッセルでさえ勝てなかった相手に戦斧アクス三人で勝てる筈も無かった。

いや、奴の言うとおり…アーサーがかつての聖騎士ロイヤルガードだと言うのなら組織でも太刀打ちできるのは同じ聖騎士ロイヤルガードのみ。

だが…頼みの綱の彼らは三鬼将の迎撃に当たっている。

つまりこの男の企みを阻止できる人間は…今居ないのだ。


「さて…」


アーサーは邪魔者を排除すると、震えながら蹲っていたソフィールへと歩を進める。

ソフィールは拘束されているかのようにその場から動けない。

男はそれを見ると口元を残酷に歪ませながらそっと手を伸ばした。

その手がソフィールに触れる寸前…


ビュン!


その姿は消えた。


「!?」


アーサーが周りを見渡すと近くの屋根の上に見慣れぬ一匹の霊獣がいた。

狼を二回りほど大きくさせたかのような風貌の聖狼ケルビムとそれに跨る騎士のような装備の少女、そしてその小柄な体に支えられているソフィールの姿があった。


「遅くなって申し訳ありません!ソフィール様!」

「エレン…?貴方なの?」

「はい…!」


エレンの顔は泣き腫らした跡が見えるが、それ以外は何時もと変わらない…否、普段以上に頼もしい顔立ちをしていた。

戦友との離別…その苦痛に一度は打ちのめされたエレンだった。

だが、遠くから聞こえる戦闘音に気付いた時悟った。


このままじっとしていたら…今生きている仲間も同じ道を辿る…と。


「もう迷いはしません!捕まっててください!ソフィール様!!!」

「え?…きゃあ!?」


瞬時に聖狼ケルビム…相方のロウエンに指示を飛ばし、その場を離れる。

刹那、その空間をアーサーの剣閃が通り過ぎる。


「小賢しい真似を…!」

「何とでも言いなさい!」


ロウエンはそのまま加速し続け、アーサーの追撃を全て掻い潜っていく。

元々霊獣は人間や獣たちを遥かに凌ぐ感覚器を持つ生物だ。

風を切る音や相手の臭いを嗅ぎ取ることで敵の攻撃を回避するなど朝飯前だ。

しかし…相手も伊達では無い。


「逃がすかぁ!!」


剣圧を飛ばし、エレン達のすぐ横の建物の一部を切り崩す。

崩落に巻き込まれないようにと回避するロウエン。だがその隙こそをアーサーは待っていた。

即座に加速し、ニーナ達に追いつく。


「く…!」

「手こずらせおって!死ね!!!」


そのまま剣を振りかぶるアーサー。



ずっとエレンは考えていた。自分の力についてだ。

自分には肉体強化の魔力付加エンチェントと剣術しか無い…戦闘能力はどうしても他の仲間たちと比べて劣ってしまう。(アイリスは除く)

だが、別にそれで構わない。

自分は英雄になりたくて組織に入ったのではない。

自分は自分の力で…自分に守れる精一杯の存在を守ればいい。

それで足りなくとも…



アーサーの背後、上空から二つの影が左右から飛来する。

突如現れた敵に反応して振り向くアーサー。そして…


「蒼爪!!!」

「はあああああああぁ!!!」


風の纏った大剣による回転切りと、雷を纏った細剣レイピアによる刺突が襲い掛かった。


ガキィン!!


「ちいい!」


とっさに剣を盾にして防ぐアーサー。

攻撃を防御されながらも体制を崩さずに着地する二人の影…レックスとフランツ。

セイバーにおいてラッセルにも引けを取らない精鋭二人の到着だった。


「遅れて済まない!エレン!ソフィール!!」

「よくぞソフィール様を守ってくれた…感謝する!」


二人の戦士の到着を見てエレンは自分の考えが正しかったと確信した。

そうだ…自分には仲間がいる。

自分一人では敵わない相手でも…仲間と一緒ならば戦える!


「遅いよ…馬鹿」


悪態を付きながらも…その表情はとても明るく、希望に満ちていた。


「レックス…!」


ソフィールも待ち焦がれていた人物が来てくれたことに涙を浮かべながらも微笑を浮かべる。

レックスもそれに応えるように力強くほほ笑んだ。


「下らん…たかがセイバー二人如きでこの剣帝が止められるかぁ!」


激高し、斬りかかるアーサー。

レックスとフランツが迎撃する寸前…荒れ狂う紅蓮の翼が上空から飛び掛かった。


「な!?これは…」


とっさにそれを回避するアーサー。そしてその両足に絡みつく鉄鎖!


鋼鎖縛スチールバインド!!!」

皇炎フレィバード!!!」


エレンが振り向くと、傷だらけになりながらも立ち上がるカイルとニーナ、そしてその肩を支えるアイリスの姿があった。

無事で居てくれたことに思わず涙が零れる。


「まさか…貴様らぁああああああ!!」


空中で動きを封じられ、動けないアーサーに直撃する皇炎フレィバード

辺り一帯に凄まじい爆音が響いた。



投稿遅れましてすみません。

大学が予想以上に忙しく、なかなか更新できずにいました。

次回からが作者の一番か二番目に書きたい話なのでそれほど時間を置かずに投稿できるように努力します。


これからもご愛読よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ