閉じ込められた青春 1-4
2-4
ガラガラッ!!
という大音量と共に扉が開いた。大柄な男教師が立っていた。鷲鼻で目の下に隈があった。その異相の男は口を結んだまま二階堂達を上から下まで見た。ゴミでも見るよう目を向けている。二階堂以外はトラウマを植え付けられたらしくすっかり萎縮していた。
そのままぞろぞろと引率されるがままに生徒達は連れていかれた。薄暗く圧迫感のある廊下を自由もなく連れていかれたその先は壇上であった。よくある学校の壇上だが、そこは力を見せつけるが如く、光量が多い。そのように意図的に演出されていた。
一階部分に二階堂達が集められ、二階のバルコニーにはたくさんのヒューマンスクールの生徒達がひしめき見下ろしていた。誰も彼も冷たい目で今回の新入生たちを見下ろしていた。
何か言われることもなく、態度でかしこまるように強要された。一列に並んで立たされ、その真ん中に田淵が立っていた。新入生の周りを囲むように教師たちが立っていた。教師たちは誰もが偉そうにしており、生徒側が自信を持った態度を持つことを妨害しようとしていた。
「えー、実はぁ!この入学式の前のみなさんの行動を今まで見させていただきましたぁ!」
すーっとそこで田淵は息を吸い込んだ。
「常日頃より!染み付いている垢が!垢の匂いが!ぷんぷんしましたぁ!!」
「あいさつも、覇気がない!!」
新入生は間抜けな面で田淵に釘付けだった。その響く声と明瞭な話し方で、教師達、新入生は聞き入っていた。
二階堂琥珀はこの時点で嫌悪感が激しく湧き上がっていた。閉じ込められていた場所から出てきたが、ここも二階堂琥珀にとってはあの反省室と同じように息苦しい部屋だった。
「(あんな目に合わせられて元気よくあいさつなどする人間がいたらそいつはきちがいだ。)」
二階堂は今回の新入生の中で1番の反抗をし、その際立った的確な理論と軸のぶれない意思に目をつけられた。それらが脅威であることはヒューマンスクールの権力者である教師たちにも分かった。それゆえに二階堂には一番高濃度の洗脳を受けさせたが、二階堂は全くヒューマンスクールにはなびいていなかった。
だが、他の生徒は違った。
髪の横を剃ったトサカのような髪型の新入生はもう完全にこの場に飲まれていた。彼はもうこの時点でなにも思考していない。ただ圧倒的に整えられたいやらしい支配の空気に飲み込まれていた。
「お前らは!前世で怠惰に生き!そして親に貰った命を投げ捨てた屑だ!今のお前らに!ヒューマンスクールに入る資格は無ぁい!」
二階堂は笑いだしたくなった。
「(無理やり拘束しておいて、ここに入る資格は無いだと・・・)」
「(なら、今すぐこんな所出ていったやる。)」
琥珀は大衆の中でそう大声で響くように宣言したい衝動に襲われた。だが彼は冷静さと復讐心をコントロールし、それを抑えた。
二階堂にとっては笑えない冗談だったが、周りの人間にとってはそうではなかったらしい。他の生徒は真剣な表情で田淵の話を聞いている。二階堂にはそれが、それこそが最悪の気分になる大きな要員になっていた。部屋の中に漂う緊張感。
それから、日常的な常識にヒューマンスクール流を絡めたことを大声で実践の練習や、反復をさせられ、その都度周囲にいる教師達は子供達に否定の言葉を大声で投げかけた。子供達は大人の言われるがままに言われたことをやることに必死になっていた。
二階堂の部屋にいた子供達は最初の部屋で教師の行為の異常性を感じてることが出来ていたが、どんどんそれも怪しくなってきた。すなわち
「(うん・・・・いわれてみれば?あれって普通のことなのかな?)」
「(常識だって言ってたし・・・)」
「(言われたことできないし・・・・私間違ってたかも。)」
二階堂は驚異的な演技力と精神力でそぶりに微塵も出さずにいたが、内心はさまざまな思いが渦巻いていた。だがそれらは・・・・・やがて怒りへと収束される。
二階堂以外の四十人あまりの生徒はだんだんと洗脳されていった。
「(ぜんぜんできてないし、俺は駄目な人間だなぁ。)」
純粋な子供達は大人という存在や、教師というカテゴリ、学校という社会を信じていた。だがここではそれを悪用した悪魔達がいた。いつだってシステムを作りそれを最大限利用するのは権力者である。そしてその社会の歪みや矛盾が一番顕著に現れるのはその社会で一番力の弱い存在である。この場合は、このシステムについて何も知らない子供達がそうであった。
飛び交う絶叫。場は沸騰仕掛けていた。生徒達はこれからの自分の意気込みを語るアピールタイムへと入った。
「僕は!これまで!適当な勉強をして!適当な成績を残して!適当に学校通って!そこそこ!ずっとそこそこ!適当にやってました!」
「そうだそうだ!」
新入生の中から声が飛ぶ。教師たちの話し方に似ているがどこか違う。そう、彼らは必死に叫んでいた。心の中は洗われるような気持ちでいっぱいだった。目からウロコのような気持ち。狂乱。
「本当に!真剣に!なんでも根詰めて真剣にやってこなかったです!!」
「うう・・・・・」
その顔を歪ませ紅潮させて叫んでいた男は泣き出した。
「(何故泣く・・・!)」
二階堂は思った。
「逃げません!最後まで諦めません!やります!よろしくお願いします!」
泣き叫び深々とお礼をする男。
「やっと分かったかーっ!」
そう言って田淵がその泣いている男に抱きついた。ばんばんとなんども叩く包容だった。
「やれよ!」
男は感極まって泣いていた。その声をかけられたことが嬉しくてたまらなかった。
「(頑張ろう・・・・俺・・・やろう!)」
次の順番の先ほどのトサカの髪型の男もアピールしたくてうずうずしているようだった。せわしなく動いてそわそわとしている。広角が上がっていた。
その時二階堂にあるひらめきがあった。
「(そうか____これは懺悔と受容なんだ。罪人側である生徒達が懺悔し、神側である教師たちがそれを受け入れる。これは改宗の儀式をやっている・・・・・!!)」
「(やはり洗脳じゃないか。)」
敵を知り、己を知る。琥珀は時に冷静な観察者にもなれた。
そう思考していると次の生徒がよろよろっと田淵の前の歩み出た。それはトサカの髪型の男だった。両手をにぎりしめ話し始める。
「私は!目標というものがあやふやになっていました!今までこれでいいのかずっと迷ってました!」
語尾はかすれかけ、叫び声を上げていた。
「しかぁぁぁぁし!」
「私は!諦めません!人間としての独立に向かって!一直線に!みんなにも全力でぶつかって!」
教師や生徒達の煽る声が絶え間なく上がる。トサカ頭が抱腹絶倒アピールをしているのと対象に落ち着いた様子で田淵はうんうんと頷いていた。
「(この状況に動じず俺の想いを受け止めてくれてる・・・・!ううっ・・・・!)」
トサカの髪型にとっては目の前の人間は何か絶対的なものになっていた。
一方二階堂はこう思っていた。
「(気に入らないな・・・)」
「(田淵のあの顔・・・)」
「(俺の敵は横に並んでいる彼らじゃない・・・・上座でふんぞり返ってる連中だ。)」
これから始まるライバル達を牽制し合うかのような他の生徒の挙動。作られた競争心に疑うことなくその身を委ねる新入生達。
しかし、二階堂琥珀は他の者を見ていた。敵は同級生ではない。
もはや向こう側へと行ってしまった生徒達をまだ、それでも敵にしない。
「(こんな洗脳されれば・・・・誰でもああなる・・・・)」
この新入生達がやがて二階堂の妨害をすることになっても。
「やります!アアアアアアア!!!」
トサカの最後の鳴き声が振り絞られた。
「よっしゃありがと~~~!!!!」
そういって教師はトサカに抱きついた。教師は手を振るわさせ、熱烈に抱擁した。
「やれよ・・・・!」
「はい!・・・・・・はい・・・!」
トサカの髪型の男はむせび泣いている。二階堂はそんな様子を冷めた目で見ていた。誰も気が付かない。ここに善悪の彼岸の反対側に立ち反撃を狙おうとしている男がいることを。
大澤は上級生グループとして、新入生の周りで声を上げたりする役をやっていたが、内心はやはり、どうも乗り切れない部分があった。
「(またか・・・・・・)」
「(こういうことをするから上の事を神格化したりするんだよな・・・・そう仕向けてんのか、まったく頭いいよなぁ)」
「(どいつもこいつも・・・・・気持ち悪いな・・・・これがおかしいって思ってるのは僕だけなのか・・・・?)」
大澤も三年前の入学式の時にこれと全く同じことをしている。三野の周りの人間もだ。しかし、彼らは良き後輩を見るかのような眼差しを送っていた。三野はそういうところにより一層の気持ち悪さを感じたが、どうすることも出来なく、またどうしたらいいのか、どうしたいのかもよくわからなかった。
その中で1人の生徒が落ち着き払った様子で立ち上がった。その生徒はボロをきてはいたもののその所作は力と威厳に満ちていた。
「おい・・・・あれ・・・」
「なに・・?」
「あいつじゃねーか?新入生で反省室に入らなきゃいけなかったやつ。」
ざわざわと囁き合う生徒達。大多数の間で噂になっているようで、好奇の視線を二階堂に向けている。
「そうなの?どれくらいの間入れられたんだ?」
「お前多分信じないが四十日も入ってたらしい・・・」
「えっ。・・・・ええ・・・ありえねーぜ・・・四日の間違いだろ。」
「マジ。マジもんで四十日らしい。」
「俺なら反省室は例え半日でも入りたくないな。」
ざわざわと今までとは違う視線が二階堂に送られる。
「俺はこれまでも自分に恥じるようなことをしてきた覚えはないし、これからもしない。自分の信念に従って行動していくつもりだ。以上。」
二階堂はそう言って椅子に戻った。
「・・・・それにしちゃあ元気アリアリじゃねーか。」
「何だあいつは・・・・」
新入生達は二階堂にどういう感情を向けたらいいのか分からないような顔をしていた。だが半数の生徒は怒り狂い、教師たちも外面は取り繕っていたが内心は敵意一色だった。当然そういった行動をとった以上教師達からの印象は最悪で、大多数の生徒達からの印象も同じだった。