閉じ込められた青春 1-2
2-2
暗く、腐った視線が二階堂に注がれる。ジメジメとした暗い部屋に二階堂はいた。
「仕方ないな・・・・俺としてもやりたくはないが、ああ仕方ないな・・・」
田淵が自分に言うようにぶつぶつと言う。田淵が手元にある何かをいじっているのが二階堂から見えた。照明がいきなり赤く切り替わった。金切り声のような耳に不快な音が部屋に響く。低い何かの駆動音と振動が冷たい金網の上の裸足に伝わる。
その時、激しい痛みが二階堂を襲った。
「ぐっ・・・・・・」
足元の金網に電流が流されたのだった。殺人的な痛みが二階堂に襲いかかる。その痛みは痛覚を持っていることを心底後悔させるような痛みだった。永遠に続く焼けるような痛みに立っていられなくなり二階堂は膝を着いた。だがその苦痛も終わりが訪れた。
「お前は悪い子だ・・・・・今のはそう。し、つ、け。だ。」
呻き声を上げる二階堂に愉悦感たっぷりといった様子だった。
「さっきの講義室でのお前のやった事、いずれも目に余ることばかり・・・・そうはさせんぞ。」
その時不吉な音とともにドアが開いた。そして幾人かの男が入ってきた。二階堂の目からはどいつもこいつもまともには見えなかった.
「・・・・・」
大の大人が固まって何も喋らずこちらを凝視する姿は不気味だった。男達はホルスターから警棒を一斉に抜き、二階堂に襲いかかってきた。
二階堂は頭の中で危険信号が鳴り、迎え撃とうとするが焼けるような痛みと全身の痺れで体が動いていなかった。
二階堂の背中に強い衝撃が走った。二階堂はそれからはもう滅多うちにされた。重い鉄製の警棒で大勢の人間に囲まれて一斉に打ち据えられた。
「痛いかっ!反省しろっ!」
「痛いかっ!反省しろっ!」
警棒で殴りながら男達は口々に言った。
「反省しろっ反省しろっ反省しろっ反省しろっ!!!」
口々に言うのと反省しろっという言葉が二階堂の頭の中でこだました。来た時と同じように唐突にやめるとドアから一斉に男達は出ていった。二階堂はしばらく動けずにいた。うち据えられてる最中は彼の頭の中は実は殺意でいっぱいだった。
指一本も動かせなかった。その中で復讐を誓った。頭の中で反省しろっという言葉が何度も繰り返された.その度に殺意が塗りかさなれていった。
それからその部屋で二階堂はずっと過ごすこととなった。薄暗い黄色ランプ1つしかない8畳ほど部屋にもう、何日もいた。時計も何もこの部屋にはなく、日付が分からない。食事は無言の教師が、白米を小さな穴から入れるのみ。
二階堂は復讐するために食べた。粗末な食事とそれを食べることに感情が揺れたのは最初の一回目のみだった。後は二階堂の心の底の方で結晶となってわだかまった。
だが来ない、誰も来ない。食事の時以外は一向になんのコンタクトもない。それがずっと続いた。ひたすら待ちの時間を強いられた。あらゆる情報が排除された空間。外との執拗なまでの断絶が二階堂を攻撃した。暗闇の中時々、唐突に電気が流れた。いつ訪れるともわからない電気ショック。そしてそれは死ぬ寸前まで流されたことがあった。
「(異常者が・・・・・・・ふざけるな・・・)」
Day12
とにかく苦しい。新鮮な空気をずっと吸っていないような気分に彼はなっていた。彼は彼自身の自由と尊厳が侵されれいることに激しいストレスを感じていた。これが普通の動物と人間が違う点なのである。
Day32
二階堂は閉じ込められている間に、太陽が西から登って東に沈むのを想像した。自分がこうしている間にも地球は太陽の周りを公転している。その様子や地球が自転する様子を想像した。
Day40
「(日に三度食事が出ているとして・・・・今日で四十日・・・)」
さすがの二階堂琥珀も相当意識が朦朧としていた。壁によりかかかって地面に寝ていた。
「(うまく・・・何かを考えられない・・・)」
かさりと腕を動かす。
「(なんだこの・・・意識が混濁するような感じは。うまく何かを考えられない。ぼーっとする。)」
「(日光不足・・・・閉じ込められるストレス・・・か。)」
「(日光不足だったら・・・体内の何が分泌されないんだったか・・・)」
「(くそっ。)」
思い出せない。
今日。(おそらくだが)、ようやくモニターに田淵の顔が映し出された。
「(くそっ・・・なんだこれは。あれほどのことをされたのに心に強い拒否が示されない・・そりゃあそうだ。この苦痛から逃れるのはこいつ次第なんだから。汚ぇ・・やり方が汚ぇ。」
「こんにちわ。そういえばまだ自己紹介をしていなかったな。俺の名前は田淵しげる。君は?」
酷く優しげな口調で田淵は二階堂に言った。それはとても穏やかで、こちらに非があるのは当然な気に人の気持ちを変える有無の言わなさだった。否定を繰り返して、肯定する。常習的にヒューマンスクールで行われている洗脳の手口だった。これらを繰り返すことで、まだ発達段階にある子供達は洗脳されていった。それに例外はなかった。二階堂も田淵のその人間的な穏やかで友好的な口調に二階堂の心にスッと入ってきた。加えて長時間の監禁で人恋しさを募らさせる。この何重にも張り巡らされた屈服の糸で絡み付けばどんな子供でも逃れられることはできない。それはヒューマンスクールが長い時間をかけて研鑽し、工夫を凝らした洗脳方法だった。その歴史の分だけこの施設での犠牲者がいたと言うことなのである。人が顔も体も想像できるのはだいたい十数人くらいだろうか。顔だけなら数十人?数百人分の顔や名前を想像できる人はそうそういないだろう。しかし名前を持ち、一人一人違う顔を持ち、心を持った人がいたのである。自由と尊厳を持った者の権利が侵され続けた。確固とした自由と尊厳を奪われた人の悲しみと怨嗟と苦しみが存在したのだ。
「俺は・・・」
次の瞬間、二階堂の口から血が吹き出した。鮮血がたらりと口から垂れる。
「どうしたんだっ?」
やや意表を突かれたように田淵が言う。
二階堂の瞳に赤い血が映った。その血のあかさが二階堂に全てを物語った気がした。
「(俺は・・・・・生きている!!!!)」
「いえ・・・・なんでもありません。長いこと喋っていなかったものですから、舌を噛んでしまいました。」
「(ここから出るためだ・・・・・っ!!)」
静かに二階堂琥珀は答えた。実はこの時二階堂は舌を噛み切ろうとしていた。二階堂は思わず敬語を使ってしまいそうになった自分の舌を噛み切ろうとしたのだった。二階堂にとっては、そんな舌はいらなかった。だが、だが、ここから脱出するために目の前のこいつに復讐するために。そのために今は面従腹背を実行する。二階堂の舌から血が滴り落ちた。確かな痛みで二階堂我は我に返った。そしてそこに自分というものを認識した。そうすることが彼の人間賛歌だったのだ。
「(徹底的にやってやる・・・・!!)」
「僕の名前は二階堂琥珀です。」
モニターの田淵は満足そうに、実に満足そうにうんうんと頷いた。自分の教育の正しさを実感しているらしく、幸せそうだ。それは悪魔の愉悦だった。
「そうか。ようやくお前でも理解できたか・・・・・」
少し立つとドアが空いて、田淵達がやってきた。二階堂は久々の外の景色を見た。それからまともなベッドと家具のある、部屋に入れられた。
「今日はここで寝ろ。」
教師の1人がドアを閉め、鍵を締めた。
「抵抗してやる・・・・・!徹底的に・・・・・・っ!!絶対に・・・・・・っ!!絶対に許さん・・・!!」
窓からの月明かりに二階堂が照らし出された。この時彼に火をつけたとしても彼は気にしなかっただろう。彼の中の炎の方がもっと熱かったからである。この先、誰も彼もが諦める中二階堂だけは諦めなかった。 二階堂はなんのために闘うのかはっきりとはまだ分かっていない。だが想いだけなら存在する。その想いはやがて確かな言葉となって彼の武器になることだろう。




