閉じ込められた青春 1-1
2-1
先生達の喋る授業を適当に聞く。聞く振りをしていた。彼の名前は大澤。
「(だるいな・・・・・)」
彼は特に今日は集中出来ず、授業を聞く振りをしていた。空は晴れていた。一見この教室で行われているのは普通の授業風景のようだったが実際は違った。授業を聞く振りをする。それ自体がここにとっては命知らずな行為だった。
その教室では坊主頭の背の高い男が教鞭をとっていた。机に座った生徒達のほとんどが熱心に授業を聞いているように見えた。生徒達の制服は統一されていなかった。教室全体を見渡して見ると綺麗なシワ一つない制服を着ている者がいれば、ボロボロでよたよたの汚い制服を着ている者までいた。彼らは貧乏だからそんな服を着ているのではない。やんちゃにしすぎて服がそうなったわけでもない。答えはヒューマンスクール側がそれらの着用を義務づけていたからであった。
ビロウ制度。生徒間にはビロウと呼ばれる点数が存在する。このヒューマンスクールではそのビロウが特に重要な意味を持っていた。教師は生徒にビロウを足したり、引いたりすることが出来る。この教室内のビロウの多い生徒は綺麗な制服を纏うことが許されており、少ない生徒は逆に劣悪な服を自分の衣としなければならなくなるのだ。
故に、ほぼ全ての生徒達は熱心に教師の話を聞いていた。何度もうんうんと首振り人形のように頷く生徒達を見ていた大澤の目は今日にかぎってどこか冷ややかだった。
「(今日でここに来てから僕は1年目だな・・・・)」
日に日に増してきた疑念が大澤の中で大きくなっていった。それは、
「(こんなことをして本当に意味があるのか?)」
ということだった。大澤の周りの生徒達は相変わらず首振り人形だった。なぜそうなっているかと言うと、そうしなければビロウが引かれてしまう可能性があるからだ。普段は首振り人形にならなかったらそれだけでビロウが引かれてしまうことは無い。だが首振り人形にならなければ、問題を当てられる回数も増えるし、何より難癖をつけられるのだ。問題を答えられなければその答えられなかった回数が積み重なるごとに、ビロウが引かれてゆく。さらに周りの人間が皆首振り人形になっているのだ。自分だけ首振り人形にならないなんてことは生徒達には出来なかった。なぜならそんな風に教育されたからである。ざっと上げただけでこれだけの理由があったが、それ以外にも理由は絡み合い、彼らを縛り付けていた。
「(もしかしたら先生達のいうことは間違っているかもしれない。)」
大澤は違和感を感じ、最初の疑念が芽生えた。教師たちの言うことに矛盾を感じることがあった。だがここではそんなことを思うだけで反省室行きだった。反省室には誰も入りたくはなかった。
大澤はここ半年ほど息苦しさを感じるようになっていた。だがその息苦しさの正体が判別出来なかった。
授業が終わりに差し掛かった時のことだった。不意に坊主頭の教師が授業とは違う話をし始めた。
「また自殺した生徒が現れたみたいだけど、なんでそんなすぐに自殺するかなぁ。お前ら分かる?」
大澤の頭も教師から聞かれたことがすぐに答えられるように回り始めた。当然教師に気に入られるように媚をうった回答でなくてはならない。教師をいい気分にさせる回答を。そんな自分に大澤は何故か今日は嫌な気分になった。
「(なんでだろ・・・いつものことなのに。)」
「鵲分かるか?」
鵲は答えた。
「たぶん心が弱い人間だからなんじゃないですかね。弱くて駄目な人間だから何事からも逃げて、挙句に自分の人生からも逃げちゃったんじゃないかとたぶん思います。」
それを聞いた猿顔の坊主頭は満足げににっこりした。教室の中で拍手が沸き起こった。生徒のほとんどが鵲に尊敬の眼差しで見ていた。
死んだやつの悪口が教室の中で反復された。それは授業が終わってから、休み時間になっても続いた。大澤も自殺したやつは駄目なやつだと思っていたが、沸き起こる悪口に加わる気持ちが何故か今日は起きなかった。
次は教室を移動して体育館へと行った。
[ヒューマンスクール規則35条。移動の際は自分の所属する班で移動すること。]
ビロウは0から10までの組みわけがあり、数字が多ければ多いほど何もかもが相対的に良くなる。
9人ごとに班が分けられ、その9人でほとんどを行動しなければならなかった。大澤のビロウの数は1。通常1年ほどここにいる生徒はもっと多くてもいいくらいだが、この数字は最下位を表していた。疑問や息苦しさが出始めた半年前から何に関しても、教師達が教えて下さる素晴らしい人間になるための話も頭にあまり入らなくなった。そしてビロウが下がって行き、今に至る。大澤のビロウの階数はその班内でも一番下の位置だった。
ビロウの低い大澤と田中と横井は汚い制服を汚いまま着ていた。ペタンペタンと破れかけたスリッパを履いて歩いた。みんなはどこか白々しい会話をしながら廊下を歩く。大澤はその中で何か1人でいるような気分だった。
「(息っぐるしいなぁ・・・)」
体育館は生徒達でひしめいていた。二階のスペースから見下ろすような形で大澤の同学年の生徒達が集まっていた。一階には新入生達が集まっていた。これからいつもの授業が始まる。
これから始まることも、この学校の自殺者が82人もいたことも、全部普通のことだと思っていた。全部、他の学校もそんなものだと、思っていた。大澤の日常はこれから大きく変わることとなる。