極光1-2
7-2
「どこ行ってたんだよ。二階堂!」
グラウンドに戻ってきた二階堂は盛大に迎えられる。誰もが二階堂に尊敬の目を向けていた。グラウンドにヒューマンスクールの宣教師の額縁などを燃やして起こす火がごうごうと燃え盛っている。
歓声はなり止むことはない。二階堂を囲んで、人垣から喜びの叫び声を上げていた。嬉しいんだ。ここから解放されたと言う事実が。
「(ほら。こんなにも人々は自由を求めているじゃないか。)」
二階堂は口角を上げ、呆然とした笑顔でその歓声の中心にいた。
みんなは二階堂に感謝しかない。みんなが二階堂に触りたがった。皆の手が二階堂の頭をわしゃわしゃするし、抱きつく者が続出した。抱きついてくる者は女の子が多かった。二階堂よりも年上の女の子も、年下の女の子も。もちろん同世代の女の子も。少しその最前列から離れたところで届かない人達がぴょんぴょんと跳ねたりして近づこうとしている。
「最高だぜ!!二階堂!!」
「中山をぶっ飛ばしてくれたんだってな!もう俺は涙が溢れて止まんねぇ!すごすぎてるんだ!」
「あ、握手してください!」
十二歳くらいの女の子だろうか。顔を真っ赤にして握手を求めている。もじもじしている女の子が精一杯勇気を振り絞って言ったような様子だった。
やや離れたところから視線を感じた。
「げ・・・怒ってる。」
ふくれっ面で腕を組んでいる柚子葉。アイコンタクトを試みる。
「(・・・・・!)」
「(通じろっマイアイココンタクト!!)」
その時二階堂の頬にロングヘアを活発になびかせた女の子がキスをしたので、それを見た柚子葉はさらにそっぽを向いた。
「(あちゃあ。)」
しかし鳴り止まない歓声に柚子葉は最後に笑顔になった。喝采がとてつもなく続く。ヒューマンスクールが崩れ落ちた時と同じような喜びと解放が人々を包んでいるのだ。長年の苦しみが今日晴らされた。
「皆は今のままでいいんだ!変えられる必要も、死にたくなる気持ちになるなんて必要はなかったんだ!皆の希望は正しい。自分の中にある自分の求めるものこそが正しいんだ。自分の自由。尊厳を奪うことこそが間違っていたんだ!!」
外へ外へと皆の心に届くようにと願って喋る。
「俺達は自由だ!!その誇りを持っていていいんだ!もう目覚めたぞ!もう騙されはしねえ!!」
皆が、想いを一つにして叫ぶ。
「一人一人の心に自由を求める限り、俺達は死なない!」
「二階堂琥珀がいなかったら、この光景は有り得なかっただろう!」
「二階堂を見い出したのは俺なんだ!俺!」
美濃が声を上げ手を広げる。その事実に皆はほぉと声を上げた。ちゃっかり美濃も皆に担がれていた。
あたりは祭りのような様子だった。なんてどんちゃん騒ぎなのだろう。若い力が満ちあふれていた。
「皆が奪われに奪われてきたものが戻ったんだ。」
「いや、俺達の手で取り戻したんだ!」
様々なものを奪われてきた。これからは決して自分の財産を奪われてなるものかと一人一人が誓っていた。集団があって、社会ができるのではない。個人が集まって社会ができるのだから、どちらが主でありどちらが従であるかは明白である。
大の字で人々に支えられて持ち上げられる二階堂琥珀。ブルっと震える。その中で二階堂は輝きに包まれていた。ゲルマディック海溝よりも深い心の色。深い深いの蒼の心の色。いくつもの色が混じりあって、最終的にスパークとともに深い空よりも深い蒼い心に。
二階堂は疲れてその火を見ながら眠りに落ちた。ずっと気を張って、なおかつ急ピッチで計画を続けてきたのだ。火の前のグラウンドで眠りの中へと入って行った。誰かがつぎつぎにクッション類やらを持ってきて、二階堂の下に引いた。この英雄に誰もが尊敬の念と友愛とを向けていた。二階堂琥珀はみんなに囲まれながら寝た。半年ぶりに心地のいい眠りだった。今までで一番良い眠りだった。
目を覚ますと火はまだ轟轟と燃え盛っていて、宴は続いていた。
「あーっやっと起きたぁ!にかいどぉ。もう、ずっと眠ってるんだもの。だいじょうぶ?」
なんだかろれつの回らない様子の柚子葉がいた。
「なんだ。柚子葉。酔っ払ってんの?」
二階堂は笑う。
「そういや腹が減った。」
柚子葉の持っている食べ物を見てお腹がなった。厨房と食料庫から食料が解放されたのだ。今まで貧しい食事ばっかりだったので、食べ物が今までより本当に美味かった。そして何より皆で食べるのが一番美味しかった。ヒューマンスクールの規則も。ビロウも。宣教師も。ここにはない。
「そうか。もう何の気兼ねもする必要はないんだな。」
そうポツリと言った。それを聞いて柚子葉が吹き出す。
「?どうした?」
「何かおかしくて。」
柚子葉はそうやって鈴の音のように笑った。その柚子葉の様子を見てたら二階堂はさして理由の方は気にならなくなった。
「まぁいいか。」
生徒たちの大部分は突然得た自由に戸惑いながらもそれをこわごわと、少しずつ楽しみはじめている。
つぎつぎに覚醒した二階堂のところに生徒がやってきた。知っているALFメンバーとは成功を喜び合い、抱きしめあった。そして他の生徒も二階堂の側にやってきた。皆新しいリーダーを求めていた。
二階堂はがぶりとその小麦色の液体を飲み込んだ。苦かったがどこか染み込む不思議な味だった。皆が笑顔で笑っている。誰かが楽器を引き鳴らす。歌を歌っている連中がいる。二階堂と柚子葉は食器がなくなったのでそれを運びに行った。
「あれ?さっきまで夕方なのにまだ夕方なのか?」
二階堂は疑問を口にした。
「そうなのよ!二階堂は1日中寝てたのよ。」
柚子葉は食い気味に顔をこちらに向けて言った。
「そっか。」
「そっか。って驚かないのね。まったく。あなたらしいわ。」
宴の盛り上がりは終わることもなく、続きそうだった。それから二階堂は柚子葉と抱きしめあった。二階堂は優しく、優しく包容した。壊れやすそうでとても怖かった。
「ああ。人のぬくもりってあったかいな。」
「そうね。とっても・・・・確かだわ。」
お互いの唇が触れそうになる。 柚子葉が目を閉じる。 だがその数瞬後に集団が現れた。しかし、二階堂は構わずキスをした。柚子葉の方はその形のいい目を見開いている。
ヒュウ♪と美濃が口笛を鳴らした。心底面白そうだった。大澤と田中君などの男子生徒数名ががーんという音が聞こえてきそうな顔をしていた。女子生徒が見ても二階堂のファンはショックを受けたかもしれない。
「うーい。行こうぜ行こうぜ。」
美濃はゴキゲンよろしく、快活に大澤や、田中など男子生徒を引っ張って行った。
ぷは。とキスになれていない柚子葉は息を漏らした。体から火が出るみたいに熱い。二階堂と柚子葉はそれから見つめあった。
「柚子葉とこんな風になれたらと思ってた。」
二階堂が口を開いた。
「夢を見てるみたい。」
柚子葉の目から一筋の涙が流れた。
「うう・・・・柚子葉さん・・・」
大澤はさめざめと泣く。さっきまでヒューマンスクールに対しての愚痴を延々とこぼしていたが今度が泣いている。忙しいやつだった。怒り上戸の泣き上戸。
「あーもう。こんなめでたい日なんだ。楽しまなくっちゃ後で悔しくなるぜ。俺らもほら、女の子に話しかけてこようぜ。」
「うう・・・柚子葉さんじゃないと駄目なんだ・・。」
「そんなことないって。ほら。な。あそこの女の子とかかわいいなー。」
向こうにいた女の子達がこちらを見てニコリと微笑む。
「・・・・」
大澤と田中はぽっと顔を赤らめた。
「よっしゃ行こう行こう。」
「ええっ。ま、待ってくれ美濃君!」
「名前だけでも聞いとこう。行こう行こう。何たって明日も明後日もこれからずっと、1日の始まりから終わりまで全部自分のために使えるんだぜ。すごいことなんだぜ!!ほんとうによ!!」
若者達は火を囲んで座って歓談した。みんなは今日の出来事を一生忘れないだろう。長い長い戦いだった。その支配が今日という日に終わったのだ。この日はこの島にとってこれから祭日となるだろう。