二階堂琥珀 1-2
1-2
近代的な建物には、誰1人として姿を見せることなく、大規模な駅施設が寂しさの中に佇んでいた。
電車は彼を吐き出すと、動き出して行った。
彼はプラットフォームに寝転がると大笑いした。汗をかいた上半身の服を脱ぎ、大地に寝そべって空を見た。高く澄んだ空だった。それに伴って開放的な空気がした。
それから駅施設の中を見たが誰1人いなかった。
「(ここはどこなんだ?一体どうなってるんだ?。)」
駅内の地理などの情報を探したが、手がかりは何一つ無かった。
「(誰もいない。)」
仕方が無いのでスーツケースを引いて、奥へと進む。階段があり、それを登ると、洋風の門があった。それを開け、舗装された道を琥珀は進んだ。
舗装された道とそれから外れると林の空間になっていた。かさかさと葉が揺れ合っていた。やはりこうも整備されていて近代的な香りが漂っていて、舗装道路も幅が広く、その広さに比べて人のいなさが奇妙であった。
二階堂は大きな建物に向かって歩いていた。それはドーム状の近代的な建物だった。
やがてそこにたどり着く。庭園や、芝生など、本格的に整えられた施設なのだが人の姿は無い。
だだっ広い庭園を通っていて、時計台があったので琥珀が目をやると時刻は9:08。自前のスマートフォンと比べると時刻は精確に一致していた。
「(全体的にここらの施設は生きている。が、ここがなんなのか分からない。)」
「(研究機関か何かなのか?)」
大きな建物まで行き着くと入口の自動ドアが開いた。
「ここは・・・・」
二階堂琥珀はここが初めて何らかの学校施設であることを把握した。何故なら掲示板があり、そこに部活勧誘ポスターのようなものや、時間割などが掲載されていたりと、学校関連の掲示物が多くあったからだった。
しかし、それがわかったところで人を探すという二階堂の基本方針は変わらず人を探し歩いた。彼は受付らしきところにある電話をとる。
受話器を耳に当て、知っている番号を入力する。だがいずれもツーツー。という音を耳に届けるだけで誰かに繋がることは無く、受話器を戻した。
ドアを開けると、そこは教室だった。大学風の教室で、中心からやや円になった形のものだった。十数人くらいの人間がそこで座っていた。そこの人々の視線が一気に彼に集中した。奇妙なことにみな一様にみすぼらしく、汚れた服、肌から髪、靴、持ち物にいたるまで全て、人としてぎりぎりの状態の持ち物ばかりを持っていた。
そして全員落ち着きがなく、余裕が感じられないようだった。彼らはお互いに喋っているわけでもなく、ただ座っていた。部屋に入った途端二階堂は息苦しさを味わった。
二階堂は前から2番目の席の人間に話しかける。
「ここは何処なんだ?君たちは?」
ぼさぼさの髪の長い人間がいた。濃紺のセーターに油と汚れ塗れのズボンを履いたその人間はガラガラというドアの音につられてこちらを向いていた。とてつもなく怯えた様子を見せた。
「はい。私は駄目な人間です。生きている価値も、意味もありません。この社会で駄目な私は生きていく資格がありません。私の様な命の価値はまったくありません。この社会にご迷惑をかけて生きているのが心苦しいです。」
その汚い人間は強ばった面持ちでこちらを見ないまま震えるソプラノの声で二階堂に答えた。
「え?」
「(何を言ってるんだ?)」
二階堂は驚愕し、何を言ってるのか理解できなかった。
その二階堂の様子と「は?」という反応に、さらに怯えた様子を見せた。
「私の心の中は申し訳なさでいっぱいでございます。深い心からの反省と自助努力が私には足りませんでした。本当に申し訳ありませんでした。ほんとうに申し訳ありませんでした。本当に申し訳ありませんでした。本当に申し訳ありませんでした。本当に申し訳・・・・ありませんでした。本当にもうし訳ありませんでした。ほんとうに・・・申し訳ありませんでした。本当に申し訳っありませんでした。本当に申し訳ありませんでした。ほんとうにもうしわけありませんでしたほんとうにもうしわけありませんでしたほんとうにもうしわけあり・・・・・・・・」
「(なんだ?なんなんだ?)」
ボソボソと消えそうな声で何かに操られたかのように音を吐き出し続ける。
「少し、落ち着けって。」
「俺は何もしないから。」
二階堂にしては精一杯、穏やかに言ったつもりだった。
だが、彼女様子から怯えや何かの感情は解かれないようだった。全員似たような様子だった。二階堂はそんな彼らを少し哀れに思った。全員表情という表情がなかった。
「俺は何もしないし危害も加えるつもりなんてない。ただ訪ねたいだけだ。ここは一体どこなんだ・・?」
「・・・ここはヒューマンスクールです・・・・」
「ここの地理が知りたいんだ。このヒューマンスクールは何県のどこなんだ?」
「・・ここは・・」
「何言ってるんですか?誰でも知ってることですよね・・・・?あなたも・・・・あれをしたからここに来たんじゃないですか・・・?」
「それはどういうことだ?あれって?」
「・・・・・・・」
目の前の人は黙りこくった。二階堂のことを無視しているわけではないが、何か言うべき言葉が見つからないように見えた。 その人は何か言おうとしては黙り、言おうとしては言葉が続かなかった。何かを言おうとしているが、一向に喋らない。
「あれっていう代名詞ではなく・・・・・・・・いや、他の人はいないのか?大人は?」
その人は受け答えに疲弊をしてきたように見えたので二階堂は途中で質問を変えた。
「・・・・・これから先生方が来ます。」
「ありがとう。」
琥珀は歯がゆさにも似た苛立ちを感じていた。
「(なんでこんなに怯えているんだ・・・・?そしてこの格好は?何故が?この人達の家庭状況が悲惨だとでも言うのか・・・?)」
その貧困さと、どうしようもない家庭状況を想像して、二階堂は歯がゆさにも似たいらだちを感じた。しかし、彼らをこれ以上困らせない為に顔や仕草に微塵も出さなかった。琥珀は立ってその人物の到来を待っていた。その大人に諸々の質問をするつもりだった。彼らのこと。ここの場所のこと。
「(この人達の様子が変だ。異常と言ってもいい。)」
彼らは琥珀の方をちらちらと見ていて、依然として落ち着かない様子だった。
小汚い様子の彼らの全体感は最先端的な施設の中に浮き上がる異物のように悪い意味で目を引く。胸のところにあるスカーフはボロボロの小布のようだった。そして彼らは終始うつむき加減だった。
その時、ドアが開き、幾人かの背広を着た人間が入ってきた。何やら談笑しながらその人間達は一斉に作業をし始めた。二階堂や他の人をちらっとも一瞥すらしずに、慣れた様子で箱を地面に置いたり、教卓の上で何か資料を手に開いた。
「?」
「お尋ねしたいんだが。」
二階堂琥珀はその背広を着た集団に話しかけた。
「何かな?」
ニコニコと笑顔の男が答えた。
「まず1つ、ここはどこなんだ?ヒューマンスクールって言ったか。」
「その質問には私たちは答えられないな。ここはねぇ。君たちのような問題のある人間が更生することが出来る唯一の場所なんだ。それから君もこの学校の生徒になるんだからね。私に敬語くらい使わないとね。」
「答えられない?それにここの生徒になるってどういうことだ?」
そこで目の前の太った男が笑顔のまま言った。
「敬語を使わんかぁ!!!」
バンとその男は力いっぱい教卓に腕を振り下ろした。
その行為に後ろの生徒たちはいっせいに震える。かなり恐怖しているようだった。息が乱れ、目をつぶって怖がった。この大人達はどうやらこういうことにすっかり慣れた連中のようだった。
二階堂は怒鳴り声と威圧には動じなかった。
それより二階堂はこの生徒達の様子を見て怒りを燃やしていた。この教師達が入ってきた時から生徒達の目に恐怖の色が強くなったように見えたが、その元凶がこいつらにあるとその時確信した。元凶。何をどうされたのか、何をしたのかしらないけど人をこんなふうに追い込んだこの大人達の方が悪いに決まっている。
「嫌だね。人にものを頼むならまず自分から実践したらどうだ?」
「なっ・・・・!」
「ここの生徒達の自尊心を奪うだけ奪っておいて自分たちだけ尊敬されたいのか?」
この言いようには場の誰もが硬直した。
笑顔の教師たちは今度こそ全員表情を豹変させた。
「教育的懲罰!教育的懲罰だ!」
そんな大義名分の元ホルスターに収められた警棒を引き抜き、二階堂に殴りかかった。
「お前達みたいなのがいるから・・・・!」
二階堂は呟き、数歩下がった。机と机の間に下がり、道を狭くし、同時に彼にかかれなくする。
男が警棒を振り下ろそうとするが外す。二階堂はそのままカウンターの形で拳を叩き込もうとした。二階堂の目論見は実現するはずだった。だが机に座っていた生徒たちがいつの間にか立ち上がり、後ろから彼を捕んだ。事態を一瞬のうちに把握する彼だったが、次のコンマ数秒後に電気の流れる警棒を何本も連続して打ちいられ、彼の景色は暗転した。
「つ・・・・捕まえました!やったのは僕高田です。危ないと思いましたが、先生たちのために身をなげうってやりました!」
それから琥珀をつかんでいたもう1人の男が言った。
「偉大な先生たちの教育をこの問題児に速やかに行えるようお手伝いしました!確かに危ないと思いましたが先生たちが抱える危険を比べたら大したことありませんよね。」
背広のやつらは頷いた。
「それにこいつはまったく社会の常識を理解していないみたいでいらいらしたからです。」
「みんなようやくわかってきたみたいだなぁ。」
「こいつに早く教育プログラムを受けさせなければなりませんね。」
「高田に1ビロー与える。特に鵲は少しは教育プログラムを理解してきたみたいだから一気に2ビロー与えるぞ。」
にこやかにその男は言った。
「「ありがとうございます!」」
鵲と呼ばれた男は内心ほくそ笑んだ。逆に高田は内心鵲に対して腸を沸え繰り返していた。
「(こいつは1ビローももらいやがって・・・)」
逆に鵲の方は優越感に浸っていた.
「お前らは。」
顎と首が分からなくなるほど顔周りに脂肪の着いたその男は他の動かなかった生徒たちに向かって言った。
「まったくもってたるんでる意識の足りない奴らだな。」
白い目を向けながら、心底呆れていた。
「お前らは駄目な人間の中の駄目な人間だ。何やっても長続きしない。口を開けば言い訳ばかり、少しも努力をしようとしない。そんなお前らを俺達は見捨てないでやっているというのに、お前らはまったくもって結果を出さない。世の中の人間は俺達ほど甘くないぞ?世の中の人間はお前らなんかすぐ捨てられるからな?」
その男の言葉に誰もが真面目な面持ちで話を聞いていた。メモをとっている生徒までいる。
「おい、お前、自分のどこが駄目だったか言ってみろ?」
「はい、わたしは・・・・・」
それから1時間過ぎてもそのやり取りは続いた。今回教師たちに媚に媚びた形となった高田と鵲以外は延々と自己批判と否定を繰り返させられた。そしてそれを見て鵲と高田は優越感に浸っていた。




