反乱 1-2
決行の日は訪れた。その日はいつものような日であった。だがALFのメンバーにとっては違った。午後4時。作業の二回目の休憩時間に校舎を動く影があった。
今日はいつものごとく、一人の生徒が周りの人間から打ち据えられていた。いつものようなこの異常な風景。
「う、うおおおおおおおおおおお!!」
鬨の声が上がる。一部のヒューマンスクール生が次々と現場で反抗し始めているのだ。
「うはははは。いいぞ。」
美濃だ。
「な・・・・なんだお前ら!」
宣教師も大慌てだ。初めての出来事におののいている。
「ひゃははは。」
美濃が大笑いをする。嬉しくてたまらないのだ。
眼前で次々と信じられないことが現実となってゆく。
「宣教師達を捕まえろ!!」
「おー!!!」
何十、何百もの合唱で集団は行く。ヒューマンスクール内はかつてない様相を呈していた。全ての宣教師は捕らえた。生徒達の怒りは留まるところを知らない。
理事長室の豪奢な内装は棚が倒れ紙が散乱していた。そこには田淵の姿は無かった。
そして隠れていた、田淵を追い詰めた。
「こんなところに隠れるとは・・・昔と逆の立場ですね。」
美濃が言った。美濃はかつてこうして田淵に追い詰められたことがある。
「いや、もっと悪いか。」
「・・・・・・」
田淵は表情を変えず、生徒と美濃を交互に見た。
「歩け。」
美濃は冷徹に言った。唾をその場で吐き捨てた。その行動に田淵は目を丸くした。田淵にとっても次々にありえないことが起きている。
田淵は生徒達の間を歩いた。それを囲む生徒達は憎しみの眼差しだ。田淵はおろおろしながら間を歩いた。
「これで、全員か。」
美濃は二階堂に言った。半ば自分に確かめるように。
「ああ。」
「はは。本当にあっけなかったな。あいつらは。まぁわかっていたことだが。」
「止めろ!!おっお前ら!自分たちが何をやってるのかわかっているのか!反逆罪だ!」
高ビロウの生徒達が喚く。
「そうか、仕方ない。」
二階堂率いる小隊のALFメンバーと高ビロウの生徒が衝突した。一部の高ビロウ所得者は島を離れることとなった。彼らはこの島を離れ世界で何を見るのだろう。もしくはまたこの島で起きてしまったことを繰り返すのか。それはまだ分からない。
またさらに一部の高ビロウ所得者が、校舎の屋上にいた。二階堂はその場にいた。
「こんなヒューマンスクールに我慢できない人間がこれだけいるんだ。人間の自由は絶対に奪っちゃいけないものなんだよ。」
二階堂は高ビロウ所得者を説得しようとする。
「薄々分かってた・・・・・」
どこか、解放されたように、疲れたように言った。
「先生達が負けたんだな・・・・何もかも変わるんだろ。お前が、首謀者なのか。」
だが言葉とは裏腹に口調には憎しみは一片も乗せられていなかった。
「お前が、次の宣教師なのか?」
一歩を踏み出す前にこちらを振り向いてからそう言った。足を外壁のでっぱりに掛けた。その後冗談のように。まるでマジックでも披露するかのように、躊躇いなくゆっくりと、外壁に足を踏み出し、姿が下に消えた。
だが、違う反応を見せる者もいた。低ビロウの生徒達だった。
「ああ・・・・俺達が今までやってきたことは・・・・」
「・・・・間違っていたんなら・・・・じゃあ俺・・・・俺ってなんなんだ・・・今までも、これからも真っ黒だ・・・」
その顔には疑問と絶望と苦しみが深く刻まれていた。
「この世界は、地獄だ。」
それが彼の最後の言葉だった。
そして二階堂の目の前でつぎつぎと屋上から飛び降りて行った。どちゃどちゃという音が耳にこびりつく。この音は生涯耳に残り、この出来事は生涯心にしこりを残すだろう。そこにいたのに、もう今この瞬間、五人の生徒は生きていないのだ。
「う・・・・・」
あの二階堂がふらついた。動揺で足が震える。ヒューマンスクールの罪深さを、やってきたことのおぞましさを強烈な痛みとともに知覚した。それは真っ黒な矢で胸を撃ち抜かれるごとき痛みだった。
「何故・・・・なんでなんだッッ!!!」
「クソッ!!クソッ!!クソッタレがぁああああああああああああ!!!」
「何で死ななくちゃならないんだぁああああ!!!」
二階堂は気づけば絶叫していた。
だが、もう一つ冷ややかで、どこにも行き場のない声が心の中に浮かんでいた。
「(彼らを殺したのは俺でもあるんだ。少なくとも俺が蜂起しなければ彼らは死なずにすんだ。いや・・・・馬鹿か俺は。そうじゃなくてもっと他に方法があったはずだ!)」
内心の動揺。立ち止まる二階堂に追随する反乱側の生徒が声をかける。
「もういいです!行きましょう!」
グラウンドには角に集められた宣教師達。宣教師たちをしっかりとしばっているようすが見えた。
「あっ・・・・・・ああ・・・!」
「(とにもかくにも絶対許さない。)」
最後にそう締めくくることで今までやってきたのだ。これからもそうなるのか・・・?これからは・・・・・・
「みんなの犠牲の上にのさばる宣教師など・・・・生かしておくかぁああああ!!」
顔に憎しみを刻ませた少年が憤る。流れ込んでくるのだ。この気持ちはどこからかどこからか生まれてくる。それは彼らの無念か。彼らの悔しさか。彼らの屈辱か。彼らの憎しみか。
ここはある作業場。ここでもまた、全身を動かしてまったく無駄なことが繰り返し行われていた。
「ふざけるな・・・・・僕らは奴隷じゃない。」
「何・・・・」
くるりとこちらを振り向く宣教師森下。
「僕らは・・・・お前の奴隷じゃない。」
再び集団の中から声がした。
「僕らは・・・・お前らの奴隷じゃあない!!!」
ワーワーとヒューマンスクール内は喧騒と罵声が行き交う様子となった。どこにこんなに人がいたのかというほどの人で溢れかえっているように見える。
生徒達は叫び、走る。顔に憎しみが迸っている。憎く、憎く、憎く、憎い。
「とにかく許せない!!」
溢れる轟流がヒューマンスクールという怪物の中で駆け巡っていた。その生き物はさらに小さい、小さな勇者によって生まれた。二階堂琥珀が全てを始めたのだ。原初の種。
全ての宣教師を鹵獲する。しかし彼らの怒りはどうやったら収まるのだろう。差別による怒りはどうやったら収まるのだろう。差別による傷はどうやったら癒されるのだろう。
最初の一撃はとてつもなく重く、それゆえに強い。次々に連鎖していった。
「森下も、中山も、田淵も全員捕らえるんだ!」
二階堂琥珀が喧騒の中で声を上げる。
「俺達が先に進むために必要なことだ!落とし前をつけよう!今までの皆の分を!」
雪崩のような。激流。巨大な怪物に対抗するには自分達もまた強大になるしかない。だから、もっと力を!
各場所で次々に宣教師達を拘束した。
弱き者に自由はない。自由になるには、力が必要だ。そうしたら優しくいられなくなるのだろうか。そんなこと、自由になってから考えよう。自由になれれば、力を手に入れれば、分かるだろう。人間がどういうものなのか。自分はどういうものなのか。自分はどうありたいのか。強く・・・
だが、今は、ただ、前に!
「勝つ!俺らが勝つ!」
放送を乗っ取り、放送をかける。このヒューマンスクールにいる人間すべてを巻き込んだ戦争が今勃発した。
荒れ狂う大勢の人間達。誰も彼もが必死の形相をしていた。爆発がいくつも起こっているようだった。ヒューマンスクール側の生徒とALF側の生徒の衝突。人間もまた動物なのだ。その動物が、大勢が集まって組織的な戦いをする様子の激しさといったら凄まじかった。紙が散乱し、田淵の肖像画が踏みつけられた。