反乱 1-1
霧の中をさまよいながらどこへ行けばいいのだろう。胸に絡む見えない鎖。それは世界の法則の重さ。飛び立ちたいと願う。あの場所へ。
見知らぬ大地に辿り着いた。そこに根を下ろすことがその彼にはできるのか?心に空く穴を埋める術があるというのなら、そこに種を飛ばし育てゆくことは出来るだろうか。
リフレインする痛み。全てが散ってゆく。確かだと思っていた全てのことは脆く崩れさる。
現象を追う、目だけが自由。
二階堂琥珀の目が覚めた。目を開ける。
「(ここはどこだ・・・・?)」
二階堂琥珀は目を覚ます。
その時誰かを思い出した。普通の学校の世話好きの委員長が寝ぼけている生徒に言うように。
「(目を開いているからといって、覚醒しているということにはならないわよ。)」
「・・・・・・・」
二階堂はまだ寝ぼけているらしい。何故なら昔のことなんかを思い出すからだ。ここ、ヒューマンスクールに来る前のあの、終わりがズタズタだった、もう一つの学校生活。胸が記憶に締め付けられる。
「こういう時、1番いいのはもう1度寝ることなんだけどな。」
自分で自分に苦笑する。そう・・・ここヒューマンスクールではもう一度寝ることなんてとんでもないこと。二度寝など。まさに論の外。発想の外。
「だからこそ俺は___」
口元に笑みを浮かべて。
布団の上に、背中からいく。
「・・・んなわけねーよな。」
閉じた目を開く。もう口元は笑っていない。
粗末な軋む、不安定なベッドから降りる。唯一ある窓。それはとても小さい。小さくて狭くて、狂おしい。窓が小さくて嫌になる。
その窓から振り込む朝日。その日の光がさやさやと琥珀にふりそそいでいる。太陽の使者という呼称があるのなら二階堂琥珀がそれに相応しい。
あぐらを組んだすらっとする体躯。類似するものの無い形。人格から醸し出される顔立ちが彼の内包する天性の抑制力を表していた。
二階堂琥珀は心臓に手を当て確認してみる。自分という存在を。規則正しく動く、カウントダウンのようなこの己の音。
「ここはどこだ?」
「ヒューマンスクール。」
「俺は誰だ?」
「二階堂琥珀。」
「二階堂琥珀は何をする?」
「ヒューマンスクールの全てを壊す。そうすることが皆を救うことになる。俺がすっきりするためにも。」
「・・・俺がすっきりするため・・?」
口から出た言葉を反芻する。
「(考えてみれば・・・・とても個人的な理由なんだな。)」
二階堂の知る男がかつて言った。その少年のことを思い出していた。あの誰も彼も救いたがった、そしてそれを実現した。二階堂の知る超人の一人。
「(誰のためかって____?自分の為だろ。)」
「そう・・・・誰のためじゃない。自分の為にやるんだ。」
「さあ、二階堂琥珀。俺は今日死ぬとしてこれからやろうとしていることをするのか?」
「やる。やるに決まっている。」
朝起きる。二階堂は目覚めた。最悪の場所で。最悪のヒューマンスクール。ここは一体どれだけの人間を苦しめれば気が済むのだろう。
粗末なベッドの上に座りスプーンを舐めていた。スプーンの表面には鉄分があり、スプーンを舐めることで鉄分を摂取することができる。
ベッドの下の職員室に忍び込んで手に入れた資料を読んでいた。二階堂はそれを注視した。朝になってそこに書いてあった意味を黙考する二階堂琥珀。そこに書いてあったことは半ば信じられないような、しかし、予感していたことだった。
「・・・・・・・」
今日のヒューマンスクールの日程表をチェックする必要もない。二階堂琥珀の頭にはそれらが修められていた。心底嫌っているものを頭に全てを入れる。しかも己の意思で。それがどういうことなのかヒューマンスクールの異常宣教師共には分からない。
部屋から出て集団で作業場まで行く。作業場で午前中はずっと訳の分からない作業を無意味に、しかも出来ると判断されたら、何度もあらゆる角度から、あらゆる面からいちゃもんをつけられる。それは明確な悪意を持った嫌がらせにもなって子供達に襲った。
「こんなところ・・・・!」
二階堂琥珀が音にならない呟きでもって悪態を吐いた。
その長い長い地獄のような時間が終わったら、今度は座って夜まで宣教師の強化授業だ。
ヒューマンスクールが如何に最低の場所か、繰り返し書いてきたが、宣教師一人一人の人間性については分からないところが多い。ヒューマンスクールの生徒達にはもう、特にALFのメンバーには宣教師達が何を考え、生徒達を苦しめるのかがよく分からないのだ。言っていることとやっていることが違う。ということもある。何を言っているのかからっきし理解出来ない時もある。ヒューマンスクールがこの場の社会なのだから、そこに適応出来ない二階堂琥珀や美濃、柚子葉を始めとしたALFのメンバーはみな社会不適合者である。
社会不適合者は隅っこで縮まって、怯え、びくびくしながら、かろんじられ、疎まれ、蔑まれながら生きるしかない。
その関係をひっくり返す。
そうした想いを持ったALFのメンバーたち。いつかはこの世界がガラッと変わるんだと信じて痛みに耐えている。
ヒューマンスクールの一日一日が二階堂琥珀にとって許せない毎日が繰り替えれている。うんざりするような宣教師。うんざりするような生徒たち。しかし、二階堂琥珀のクラスは二階堂と同じ空間で二ヶ月も過ごしているのだ。二階堂の影響力は凄まじく、クラスメイト達はどんどん感化されていった。最初に起こった変化は生徒達はビロウのことをあまり、気にしなくなっていったことだった。
彼らだって子供なのである。年頃の気を緩めた会話を彼らはするようになった。
それをそのクラスを受け持つ宣教師は、堕落と見なした。堕落の原因は一目瞭然で二階堂だった。そのことに不味さを感じた二階堂は一系を案じた。クラスメイトに宣教師の気分を良くさせる為に表面上はヒューマンスクールの言う事に従ってくれと。そして、本音を話したいならもっといい場所がある・・・と。
二階堂が反省室を出室してから二ヶ月と九日が立った。その間に風のような速度で、準備を整えた。ALFメンバー総勢47人。対する宣教師は54人。その他生徒が708人。47人対54人であるものの作戦は整った。あとは実行に移すだけである。