Anber 1-5
3-5
職員室に忍びこんだ3人は盗聴器を仕掛けるのにもっとも適した分かりづらい場所に隠した。カメラは空調機の内部に。盗聴器はコンセントの内部などにだ。
「まるっきり無警戒か・・・・」
明かりをつけずに警戒し二階堂は周囲を探る。校舎内に潜入して口をついだ感想がそれだった。
「ま、おかげで仕事が捗るがね・・・」
取り付けはほぼ完了した。校長室にも入り込み、その二セットを取り付けていった。
校舎を出て、外の庭の中まで闇の中を二つの影が行く。花壇。ここなら周囲を見渡せ、万が一人が来たら生垣に紛れて逃走することも出来る。三十メートルほど離れたところにあるランプの明かりが敷き詰められたレンガに降り注いでいる。
「設置し終わったな。」
美濃が二階堂に話しかける。
「ああ。だが聞いていたとおり何の警戒もないな。」
「反乱なんかあいつらの完全に想像力の外さ。」
二階堂と美濃はお互い拳を付き合わせて別れた。俺達はこの一週間精力的に行動してきた。ヒューマンスクールのために働くことの何十倍もの能力を発揮できた。その気になればこの2人は何日も不眠不休で活動できた。二人の少年はたっぷりと辛酸を舐め、それ故に研ぎ澄まされていた。
その日二階堂はベッドの上で手を頭の後ろで組んで寝転がり、推し量ることの難しい顔つきをしていた。
「(網をしかけたようなものだ。)」
「(狡猾な獲物を捉える罠だ・・・・。)」
獲物がその罠にかかればよし。かからなければもう一度その罠を設置し、他の手段を講じるのみ。
二階堂は敵のことを決して侮ってはいなかった。
「(書類も手に入れたかったな・・・・)」
書類でこのヒューマンスクールの仕組みをより知ることが出来るだろう。それに危険を犯してまでやる価値はあるのか?と自問する。
「(何かの書類にやつらの「本音」が書かれたものがあるかもしれない。それでなくても敵の情報は欲しい。)」
月明りが外から差し込んできた。
美濃もまた部屋のテーブルに座り考え事に耽っていた。三野は喜ばしかった。ワクワクした。止まっていた何かが動き出した。そんな気がしていた。天からの贈り物。二階堂琥珀。琥珀石の透き通った橙。太古の中国で虎が化石になったという言い伝えがあり、それで琥珀には虎の文字が使われている。二階堂琥珀は天からの贈り物だと三野は思った。
「(あんなやつはそうそういない・・・・・一種の傑物だな。)」
美濃は笑顔を抑えられなかった。彼の班員は彼の変化を感じていたが、なぜ、どうかわったのかのかよく分からなかった。ただ班員と美濃の間にはより一層の溝ができていた。
だが三野にとってはもうそんなに気にならなかった。新しい友達に美濃は夢中だった。彼らは最後まで走る。最後の最後まで。
「(ああ・・・・も早く、あいつらを倒したい・・・)」
大澤は夜寝る前に必ず一日の日記をベッドの中で書く習慣があった。ヒューマンスクールに来る前からあった習慣だったがここに来てからそれは意味合いを変え、彼にとってのその行為に対する想いも強くなっていた。何せここではおちおち本音も言えないし、書けないのである。あらゆる文という文。表現物という表現物に検閲が入る。布団をすっぽりかぶってかすかな明かりで大澤はガリガリと大学ノートに今日の出来事を綴っていた。今までの怨嗟や苦しみの想いを吐き出していただけのノートではない。二階堂と三野と共に様々なことをしている日々は楽しく、そのことが書かれるようになった。そしていろいろな疑問が解消されていくことが楽しかった。未来がはっきりと開かれている気がした。シャーペンを片づけ、ノートを自分しか分からない場所に隠す。見られるのが恥ずかしいとかそういう普通の理由ではなかった。ここに書いてあることを見られたら間違いなく怖い目に合う。何をされるか検討もつかないという怖さ。そういう種類の怖さがこの場所にはあった。
大澤は自身の分身のような日記のページを、記憶をめくり始めた。
「(早く・・・・ここから出たいな。)」
それからは特に特筆するような出来事は起きなかった。しかしゆるやかに二階堂の周りの人間が変化していくのを歯がゆい想いで見ていた。誰も彼も膨大なものに飲み込まれていった。また各場所で既に最下位のビロウに落ちるものも出てきた。
二階堂とてその流れの渦中にいた。皆がその渦潮の中で必死に泳ぎ、潮流を見極め、溺れないようにしている真っ只中である。
その中で彼らは潜水艦となった。軍艦にのり個人ボートを転覆させまわる無慈悲で人間として異常なやつらを華麗に避け続け、正体を晒させなかった。彼らは転覆したボートから救えるだけ救っていった。
簡単に言うと困っている人を助けて回ったのである。ヒューマンスクールの非人道的な圧政に苦しむ人々を陰ながら助けた。
「とはいえホンモノの潜水艦が欲しいな・・・」
美濃がぽつりと漏らした。
「この部屋は潜水艦っぽいがこんなん違うよな。」
そう二階堂が返すと美濃は頷いた。薄暗い光の入らない小汚い小屋に彼らはいた。その三野の手には軍手がはめられていた。これが1番いちゃもんをつけられない形態だった。
「早く撃沈してぇなあ・・・」
「デカブツの体内は居心地が悪い・・・」
何気なく呟いた一言に、
「事実息苦しいもんな。」
二階堂がドライバーと器具を手に何か作業をしながら応えた。
「(解るんだ。二階堂には。)」
美濃はにやついた。この感覚はこの数年間で得ることは叶わなかったものだった。
「なぁ。何作ってるんだ?」
「火薬。」
二階堂は答えた。
「・・・・・何・・・・?」
「本当に吹き飛ばそうぜ。この学校を。」
黒の遮光ゴーグルをぐいっと上げた二階堂は誰もが惹き付けられてしまう笑顔をしていた。
まったくこいつは俺の想像を1歩以上飛び越えるやつだ・・・・美濃はそう思った。
それからというもの、美濃はヒューマンスクール内で教師の顔を見る度にこのゴミのようなこいつらのくそ教義の拠り所である建物が崩れて落ちたらどんな顔をするだろうかと思った。