Anber 1-4
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Day56
今日の強制労働と強化基礎教義にはうんざりしていた二階堂の仲間たち。爆発物の存在を知っていたのは、その重要性と切り札的な意味合いで存在を知っていたのはごく少数となったわけだが、その事実を知った美濃は、まさに心が浮き足だって、いくつかの横暴なら許せてしまうかもしれないなどと考えたものだったが、二、三時間もすれば一方的なおかしな教示にいらいらし始めた。
一方的で意味不明な教示。
全ての元凶である、学園長の田淵。そいつが映る映像がこのゴミの中で画面から何度も洗脳教義を垂れ流す。校舎内にはいくつも映像装置があり、1日の教義とやらがたれ流される。教義の内容とは、そのような本があって、やつはその内容を喋っているらしい。
「(教義と田淵が元凶なんだ。本当に嫌いだ。どっちも。クソくらえだ。)」
それをありがたがって拝聴しているやつらがいて、ろくに聞いていない(ように見える)美濃に正義感たっぷりという、まるで自分は心底正しいことをしているかのように三野に教示する連中がいることもうんざりすることだった。今も山田という同級生が目の前で教義をのたまっている。美濃と山田は同級生だが、そのビロウ差は7。階級がてんで違った。
「(すっかり染まりやがって・・・・気持ちわりぃな。)」
目の前でのたまう田淵たちから流れた教義にうんざりする。垂直に気を付けの姿勢で聞く。いや「拝聴」する。
「こいつは、あいつらは本当に自分たちが正しいことをしているつもりなんだろう。俺達がどうしようもないと思ってて、自分たちがこの愚かな羊たちを導いてやらねばならないと思っているらしい。そうすることが宣教者としての自己犠牲だとすら思っている。」
美濃は二階堂の言ったことを思い出していた。
「なんでそんな・・・そんなことってあるのか?」
美濃には田淵たちのその行動原理が理解出来なかった。
「ならあいつらは俺達のためになると心の底から思っててこんなことをしてるっていうのか・・・??」
「教師それぞれに度合いはあると思うが、半分くらいは本気でそう考えてるやつもいる。そう考えて、悪逆を尽くすんだ。良いことをしてると思って悪逆を尽くしてるのか。」
「・・・・物事には裏と表がある。包丁は人を殺すことができるが、おいしい料理をつくる事もできる。権力や、システムも使う人の良心によって結果が決まるんだ。」
美濃にとってヒューマンスクールの人間たちは理解出来ないイカレの集まりだった。
その物思いをしている最中に教義が割り込む。
「おまえ~っ。ちゃんと聞いてんのか!」
「はぁ・・・」
適当に返事をすると、向こうはこちらを心底愚かそうに見、肩をすくめ、ため息をついた。
「そんなことじゃいつまでたっても光の教国にいけないぞ。おまえをヒューマンスクールの偉大な宣教者たちが許してもこの俺が許さないぞ!」
「(死ね・・・!!)」
こんなやつ死んでもいいと美濃は思った。いや、死ぬべきだ。心の奥のそこの底
で声がした。
強化基礎教義で配られた紙キレはどうやら俺達の命よりも大事だと思っているらしい。うっかりその紙を踏んずけた奴がいて、そいつは運の悪いことに教師にそのことを知られ、(美濃は生徒の誰かが密告したと思っていた。ちなみに密告もここでは耳障りのいい言葉に入れ替わっており、素晴らしいことかのように偽装されている。)またしても運の悪いことに紙には教師の顔が印刷されていた。それを知った教師たちは激怒し、そいつを反省室に放り込んだ。30日間。
二階堂は40日入れられて正気を保っていたがそれは二階堂がああいう人間だったからである。哀れな高市はその中で気が触れてしまった。出て来た時は涎を垂らす頭が駄目になった人間になってしまっていた。
「(お前の方がよっぽどまともだよ。高市・・・・・イカレてんのは、おかしいのはあいつらの方だ。)」
くそったれ。何もかもクソくらえだ。
結局高市は厚生衛生上よくないとの理由で「保健室」のベットに縛り付けられた。一週間後保健室には血まみれの手錠が残されているのみという惨状が見つかった。何度も何度も引き抜こうとしたのか、二つあった手錠は血まみれ、あたりにものたうちまわって付着した傷や擦過跡が残っていた。
「これは・・・我々に対する裏切りだな!恩を仇でかえされたぞ!」
たまたま居合わせた美濃はその田淵の言葉を聞いて戦慄したことを覚えている。
それから大規模な山狩りが組織され、高市を狩らなければならなかった。二日強行軍を強いられ、生徒たちの怒りは高市に向かっていた。教師たちからは理不尽な暴言。頑張っているのにも関わらず見つからないことを理不尽に責められる。高市が脱走したことを責められる。めちゃくちゃな暴言と暴虐の嵐。
「脱走なんかバカなことしやがって・・・俺あいつにあったら殺しちゃうかも。」
冗談めかして誰かが言っていたが、実際あの時は誰もがそんな風にストレスを抱え、イライラしていた。おかしなことに生徒達のすべての苛立ちは高市に向いていた。
だが高市を殺す必要はなかった。道路脇の小道という普通の場所に高市は冷たくなって倒れていたからだった。もうすでに高市はヒューマンスクールの教義によって殺されていた。これで少なくとも二度殺されることは無かった。
その事件の全体像は今もなおよく分からない。それ美濃にとって嫌なことだった。まったくもって何が起きているのか分からない。何故こういうことになるのか分からない。自分が知らない仕組みで物事が進んでいる。自分が立ち入れない仕組みで物事が動いている。高市は何も悪くないというのに!ただの紙の顔を踏んづけたという理由だけで何十日も暗闇にたった一人で閉じ込められて!本物の顔を踏んだわけでもないのにこんなことになった!今なお高市の悪口が流れ続ける!馬鹿だったっ!?お前らの方がよっぽど馬鹿だよ!生徒も生徒だ。いつまでも教師に踊らされて。少しは自分の心で決めろよ!自分の頭で考えろよ!
何故なんだ?何故こんなことが起きる?何故こんなことしか起きない?この世界は全てこうなのか?この世には悪しか存在しないのか?誰か俺とこいつらが違うってことを証明してくれ!!
「~~~分かったか!?」
「(ん・・・?うるさいな・・・何を言ってるんだこいつ。)」
目の前でがなりたてる男の顔をじっと見る三野。
「トイレ掃除をやれ!分かったかこのクズ!」
それだけ言うとふいと後ろを向いてどこかへ行きだしたので一応聞いておくことにする。
「トイレってどこのトイレですか?」
「ああ!?」
うっとうしい。口をひん曲げて過剰に反応する厚ぼったい目のをした男。
「そんなことも分かんねぇのか?北舎の一階だ!完璧にやるまで帰るなよ!」
「分かりました。」
男とは対照的な平坦な口調で美濃は言って後に下がる。
男は美濃の態度に引っかかるところがあるらしく、変な顔をしている。
「(どうせどういちゃもんをつけるかとか考えてるんだろ。)」
美濃はそこを立ち去る。
強化基礎教義。講義室に座ってい美濃。
今日も事件の発端となったその紙きれが配られたところだった。田淵の肖像画のような紙だけがカラーであとは白黒だった。その紙は配布された書類ケースに決して曲げないように丁重にうやうやしく入れなければならない。こんなもの破って捨ててしまいたいと美濃は思った。その紙切れを見る度にその衝動が自分の中でせめぎ合った。
ビロウ制度には教師のさじ加減によるところが大きいが教典には一応どうしたらビロウが上がるか、下がるかが書かれている項があった。そこにはうんざりするようなことしか書かれていなかった。
「なぁなあ何のゲームが好き?俺はffかな。やっぱさ~」
耳の奥ではかつての同級生の声が蘇る。昔の山田だ。普通の子供として話したどこにでもありそうな会話。
「(昔は・・・あんなやつなどではなかった・・・)」
口元を結び、歩きながら美濃は考える。
早く二階堂に会いたかった。二階堂に会い、止まっている時間を動かさせたかった。
その鋭く、抜き身のナイフのような眼差しもまた尋常な少年のするそれとは違った。山田は恍惚なゾンビのような顔をしている。三野は目つきばかりが鋭く、きつくなっていった。この二人は別々の方向に歩いて行った。