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学校を壊そう!!  作者: アルリア
1/21

二階堂琥珀 1-1

1-1

 あの電車の乗り心地というか居心地は、まったくよくなかった。と後に振り返った時、そう思うほどの不快感を二階堂は味わっていた。

 揺れる車両。絶え間無い振動のリフレインにうんざりする。そんな車両に彼は根が生えたように動くことが出来ずにいた。汚れた座椅子に沈み込むように座る。立ち上がることができるのかどうかすら疑わしい。


 気分は最悪だった。いつから最悪だったか。と二階堂は思いを巡らせる。答えは出なかった。考えることすら億劫で、そして意識がはっきりとせず。文字と文字がばらばらになり、それは二階堂に緩やかで、それでいて深い、不快感すらも麻痺するほどの絶望を与えた。

 彼は絶望を与えられたのか、果たして自らその十字架を背負っているのか。


 さて、これは彼の故郷へと向かう電車。二階堂は窓の外の景色を見るともなく見ていた。

 頭の中は自身とその周辺で起きた決定的な転換期のことを考えたくなかったので、彼の幼少期から12歳まで過ごした故郷に帰るのは何年ぶりだったかと計算する。


 が、こんな簡単な計算すら彼の頭はバラバラで、うまく解を求めることが出来なかった。


 二階堂琥珀の以前のメンタリティを考えると、そんな自分に何かを語りかけても良かったものだったが、そんな気配は微塵も感じられない。ここにいる生まれてから16年間立つ1人の人間は気配が死にかけていた。


 2


 日が沈みかけていた。

 新幹線に乗っていたはずの二階堂はいつの間にか電車に乗っていた。8人掛けの座椅子に座って琥珀は前を見ていた。いつからかゴォォォという低振動の音の小さな新幹線の音から、ガタンゴトンという一定のリズムで振動を二階堂に与える乗り物に変わっていた。


「そんな馬鹿な・・・・」


 ようやく琥珀が声を漏らす。


「(長い間乗っていたが、確かにぼうっとしていたが、いつの間にこんなことになっていたんだ・・・?)」


「(何故だ・・・?)」


 揺れる車両、外の音がよく聞こえる。ここと外は余程間近であることが琥珀には感じられた。

 夕焼けが世界を黄昏に刻んでいる。背後の窓から差し込む沈む日に照らされながら琥珀は呟く。


「はは・・・・とうとう頭おかしくなったのか・・・」


「・・・・なんてな。新幹線に乗ったと思ったら電車にでも乗っていたのか・・・乗り換えたことを俺が覚えていないだけか・・・それか他にいくらでも理由はあるだろう・・・」


 自律神経の狂った二階堂琥珀が取り戻そうと機能する正常性バイアスは果たして効果があるのか。今の彼は世界を疑うくらいなら自分のことを疑った。


「(眠いな・・・・)」


 二階堂琥珀は歌い疲れた、雑踏の中のボーカリストのように眠った。


 3


 ふと琥珀が目を覚ました。二階堂琥珀は地平線の所にある、差し込む日に目を当てられて、目が覚めた。


「(とても長い間寝ていたような気がする。)」


 二階堂が目覚めた時には先ほどより意識がはっきりとしてきたが、二階堂はその事にまだ気づいていない。このような感覚はやはり、長い時間が経たなければ、また明確な思考の透明さを比較出来る出来事が起きなければ気が付かないものである。例えば人に言われて、はて、そうだったかと言うようにこの手の、思考の明確さと煩雑さの揺らぎは主観ではその存在、状態を確認しづらいものである。


「(けっこうな時間を寝ていた気がするが乗客は誰も増えていないな。)」


 斜め前左に見える夕陽。が、しかし。それは夕陽ではなかった。太陽ではあったがそれは夕陽ではなく。


「もしかして、あれ朝日か?」


 そう。この美しい空は夕焼けではなく朝焼けであった。いつの間にか沈んだ日はまた昇り初めていたのだった。二階堂琥珀は12時間前後寝ていたことになる。


 そもそも二階堂琥珀が電車であまり寝る方ではない。


「12時間以上も寝ていたのか。ぐっすりと座ったまま?」


 二階堂はそのことに不自然さを感じた。周囲を見渡す琥珀。


「(電車が碧い地面を走っている。)」


 そう琥珀が誤認したのも当然のことだった。本来そんなものは世界に存在していなかったからだ。二階堂琥珀が載る電車は海の上を運行していた。訂正すると、この場合運航、という漢字表記になる。

 背面は海。どころではない。正面も、左右も、全てが海だった。


「ーーーーーーーっ。」


 息を飲んで勢いよく立ち上がる琥珀。一刻も早くここから抜け出さんとばかりの立ち上がり様だ。ぐるりともう一度見渡す。


 やはり海の上を電車は走っていた。


「車両室に行けばっ・・・!」


 スーツケースを引きずり、車両と車両を繋ぐドアとドアを開け車両を行く。琥珀の他にはどの車両にも人はいなかった。


 車両の中を歩いているうちに海の上を走っているという実感が現実感を帯びて琥珀の体の情報となっていった。何故なら潮風が二階堂の鼻腔を刺激する上、西日がキラキラと喝采するように二階堂の目の水晶体を収縮させたからだ。


 私鉄線特有の広告はほぼ無くなっていた。僅かに車両内に残った広告はどこかの学園の広告、白衣のアルカイックスマイルの男の広告などが掲載されていだ。他には若い学生と見られる集団の画像が載ってあるだけの、文字も何も無い、広告としての効果を成すのか不確かなものがあった。


 ガラガラとまるで大切なものを全て積み込んだかのようなスーツケースが異次元と現実の間で二階堂の意識を繋がらせる。


 五回車両を繋ぐ通路を抜けて、ようやく先頭車両の車掌室にたどり着く。だが、そこにこの電車を運航しているはずの駅員はいなかった。


「何故だ?」


 車両室のドアに手を掛けたが、ドアノブはガチャガチャと音を立てるだけでまったく開かない。ピクリともドアと錠の引っかかりすら感じられない。まるで密着されているかのようだった。

 超自然的なことの連続に苛立ちと気味の悪さを覚え、二階堂は車両室のドアを蹴りあげたくなったが、辞めた。


「(先頭車両にはいなかったが、1番後ろの車掌室に駅員がいるかもしれない)。」


 先頭車両に駅員がいる可能性よりさらに望みは下回るが、来た車両を戻り、今度は七回車両と車両の通路を通り、最後尾の車両に着いた。

 車掌室にはやはり人の影は無かった。近づいてドアノブを回したがやはり開かなかった。


「訳が分からん。」


 思わず、といった様子で彼は呟いた。


 しばし呆然としながら近くの8人掛けの椅子に座った。呆然とする、といった自体に遭遇することは二階堂琥珀にとって珍しいことではなかったが、それでもここまで超自然的な出来事に出くわすのは初めての体験だった。


 それから彼は腕を組んだ。


「訳が分からん。」


 また、ともすれば少し間の抜けた、見る者によっては余裕すらあるような様子で彼は言った。


「(訳が分からん。・・・・か。そういえばあの六年間で何回そう思ったけか。)」


「無人走行の電車が許可される法改正でもあったのか?いや、それは無い。少なくともこの国ではないはずだ。そもそも電車や飛行機などの生命を一時的にでも預かる乗り物の自動操縦は、責任のありかが曖昧になるためにオートパイロット化は絶対にないはずだ・・・・・」


「(絶対に・・・・?そう言いきれるだろうか。)」


 そこまで考えた時二階堂は外にもう一車両同じ電車が並走してきた。

 三十mほど離れたその電車は二階堂の乗る電車を追い越し進んでいった。すると次の瞬間耳をつんざく大きな音が鳴った。日常生活ではまず体験しない音量の轟音と共に前を走る電車が有り得ない挙動をした。車両はバキバキに分解され、先頭の方の車両が横倒しになったかと思えば後方の車両はそれに引きずられる形で海に沈み込んで行った。海が大きく渦巻きながらその電車を飲み込んでいった。波の余波が二階堂の乗る電車にも叩きつけられ、車両が大きく揺れる。


 沈み込む電車から強制的に離れて行く。二階堂の乗る電車が不吉な軋みを上げた。

 そんな中で二階堂は冷静になろうとした。この圧倒的不自由。圧倒的に巨大な一人間の力なんてまったく及びもしない世界で彼は生きてきたのだから。


「さて、最悪の場合この電車ごと海に沈み、俺は溺れ死ぬわけか。」


 腕を頭に支えながら琥珀はそう思った。

  彼は少し笑みを浮かべた。それは見る者を恐れさせる狂気の笑みだったかもしれない。


「沈むまであとどれぐらい時間があるか・・・・」


 携帯で助けを呼ぼうかとジーンズの尻ポケットからスマートフォンを取り出したが、電波はまったく入っていなかった。最悪の想定を発展させる。


「そのあいだに俺が出来ることと言えば・・・自分の人生を思い返し、死を受け入れるための準備をする。」


 海の青さが二階堂琥珀にはやけに美しく現実的に見えた。


「もしくは、窓を割り、脱出して生き延びる僅かな可能性を頼りに生きて見るか。」


 しかし生き延びる可能性は限りなく低いことは彼にも分かっていた。まず、窓は割れるのか。電車に使われるガラスはその性質上頑強なものが使われている。割れる可能性は低いだろう。ほぼ割れはしない。そして、海に出られたとして、助かる見込みはそこまでいけば相当薄くなる。

  座して死ぬか、抗って死ぬか。


「死に向かうか、生に向かうか。諦めるか、諦めないか。俺の心の有り様だけの問題だ。それを選ぶことが出来る。」


「俺は人間だ。そして人間は自由意志を持っている。」


 全身を動かす力。それを根幹を成す精神。これこそが二階堂琥珀が地獄をさまよい得たかけがえのない輝きを放つ宝石あった。


 二階堂琥珀はスーツケースを開いた。

 果たしてスーツケースの中には彼が期待するものは入っていなかった。そのため、スーツケースの中身を全部ぶちまけた。彼がかつての生活の中で故郷に持って帰りたいと望んだもの全てを捨てた。

 スーツケースを救命用具のスチール代わりの浮き具にする。


 ガンガンガンガンガンと彼は肘で窓を割ろうと試みる。何十回と試みたが、窓には引っかき傷のような小擦り傷のような跡が残っただけであった。


「割れろ・・・・!!」


 二階堂琥珀は全身の激しい入酸素運動で相当息が苦しくなっていた。そして迫るタイムリミット。割れる前兆すら見えない窓。


「まだだ・・・・・・・っ!」


 二階堂琥珀の孤軍奮闘は今に始まったことではない。しかし、孤独な彼の孤独な戦いがこれが最後となってしまうのか。

 だが、彼はまだ諦めていない。


 しかし、窓に打撃を続けていると景色が変わった。


 桟橋。波打ち際。砂浜。陸地。


 目の前にはいつの間にか陸地が広がっていた。彼は窓を割ろうとするのに集中していてだいぶ近づくまで気が付かなかった。

 島が見え始め、二階堂琥珀はその体を止めた。彼がよく目をこらすと、朝焼けに照らされる山と建物が見えた。

 一際大きな建物とそれに付随するたくさんの建造物があった。


 二階堂琥珀は電車の緩やかな減速を感じていた。


「・・・なんだ。」


 息を漏らし思わず彼は笑った。

 電車は減速を続け、止まった。シューッとすました機械的な様子でドアが開く。


 散らばったスーツケースの中身を集め、電車を後にする。彼は駅の停止した場所へと降り立った。

 そこは白いザラザラとした石で形成されたプラットフォームだった。波が静かなここに唯一の色彩をもたらすように控えめに打っていた。


 近代的な建物には、誰1人として姿を見せることなく、大規模な駅施設が寂しさの中に佇んでいた。

 電車は彼を吐き出すと、動き出して行った。


 彼はプラットフォームに寝転がると大笑いした。汗をかいた上半身の服を脱ぎ、大地に寝そべって空を見た。高く澄んだ空だった。それに伴って開放的な空気がした。

挿絵(By みてみん)

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