第260階 白と私と
「キレ………様?」
既視感と畏怖を想起させているフルールの心に
大きなぬいぐるみが落ちてくるような
謎の納得感で満ちていくのが分かった。
何か腑に落ちた表情。
私はそう思った、なぜだかそう思えてしまえた。
私と目の前の彼女の息遣いが支配するこの闘いで。
私は彼女を討つ、否定。
超えていくために、討つ気持ちで心を包み込む。
構える。父のあの技を始めるために。
右目で練ってそれぞれ発動
ーー至常超 ちょく
世治。
足が地から離れた直前に左目で練り始めた。
タキオンを遥かに凌駕する状態の中で、彼女と目が合った。
そんな気がしただけかもという思いを過去に置いておく。
右目で練ってそれぞれ発動
ーー至常超 はやさ
世治。
【至常超 ちょく】の速さが上乗せされて乗っかる。
こうしないと彼女の動ける時間を消失させられないため。
ただ、単純にそれだけの事。
時間を切り抜き短縮する技との決定的な違いは、
技に必要な運動エネルギーを得られる事。
構えに始まり、物理的な速度が生み出す破壊力。
右手で練って発動
ーー神々夢 ななよ
世治。
【至常超 はやさ】を以てしても、彼女の背後はおろか、
斜め後方から【十七世 すべて】を振る事は叶わなかったわ。
ただ、彼女の振り下ろす剣のもたらす死線だけは避けられたけれど。
【至常超 はやさ】の生み出す一連、百一斬りが生み出す数多の一閃の中で
彼女の剣との剣戟を繰り広げた。
本来は神々の夢の圧倒的な身体能力から生み出される一閃。
まるで銀河のように光る数多の一閃を初めて目にした時、
私は感動で打ち震えてしまっていたわ。
完全な自然が生み出す肉体の流動が捻り出す力の乱舞。
乱数が奏でる不規則に繰り出される変化による無数の一閃。
予測不可能な死神の宿る必殺の太刀筋が相手と奏でる剣の狂気。
それでも彼女の剣は死の深淵をあらゆる方向に受け流し続けた。
【神々夢 ななよ】全太刀筋の十一連撃の九連撃目を迎えた辺りで私は、
可能な限り彼女の剣の同一個所に狙いを定めていた。
【至常超 はやさ】を行使し続ける極限の高速戦闘の中で。
そう私は彼女を狙うのをやめた。
彼女の戦闘能力は本物。それはまごうことなき事実。
二回目の【神々夢 ななよ】を使わずに終着する方法。
十連撃目、すべてを理想通りに叩き込めた。
十一連撃目の途中三十斬り目、彼女は気付いた。
でも遅いといえばもう遅い。多少のずれが引き起こされようとも。
すべての太刀筋を彼女の剣に集めるだけ。
【十七世 すべて】を私は信じている。
そして九十斬りを超える、残り十一。
「……あなた!!?」
本当に、もう遅い。
一、二、三、四、五、六、七斬り。
彼女は、私が何がしたいのか、
完全に気付き、身体をひねる。
八斬り、65%の効力。
九斬り、70%の効力。
十斬り、85%の効力。
三斬り分の100%を捨て、調整していった。
十一斬り、150%。
最後だけ、アオナの全力と同等の一撃を叩きこめた。
白が、硝子が割れる様に飛び散って光となって消える。
彼女の握っていた剣は砕け散った。
そう私が狙っていたのは、武器破壊。
「さぁ?どうかしら」
私は振り向きざまに【十七世 すべて】を突き付けた。
彼女を庇う様にフロースとフロラが割って入ってくる。
彼女の表情は見えるはずもない。
「決着です。魔女五傑と残りの漆宙を集合させて」
振り向いた彼女は、驚くフロースと緊張しているフロラに
優しい花の咲くような表情を向けていた。
それは女神の様な慈悲深い表情を、惜しみなく。
「「はい!!」
2人の小気味良い声が、不協和音の様に
殺風景で荒れ果てたこの大地に響く。
と同時に私に目をやる彼女。
「私は貴女と戦う術と理由を失ったわ。
そして貴女は国家が直接的に下した任務を乗り越えたのよ」
沈黙の風が一陣吹きすさぶ様な間を噛みしめながら
その後私は【十七世 すべて】を引っ込めた。
私の力は十分に示せた、というところかしら。
私は言葉を失っていた、喜べばいいのか
殊勝にしておけばいいのか良く分からなかったから。
それでも達成感は生きている事を実感させてくれたわ。
「そしてようこそ、ラナンキュラス。
『西の大帝国』と称えられる地の一組織『漆宙』へ」
目の前にいる彼女は言った。
西の大帝国と。
私が打ち破った皇帝率いる七賢人と消えた一つの未来。