第257階 嵐と才能の魔王
「オーニソ?あの新人の心折れちゃうかもよ?
だって私達が良く知る、月人達を皆殺しにした
『命の雫の見続けている夢』じゃないですかぁ」
笑う。
それは勝ち誇った笑い。
他者に対する冷笑。
「フク?貴女は何を仰っているのか。
こればかりは分かりかねますわ」
フクジュソウは不機嫌を隠す事はしなかった。
まるで当たり前を完全否定され、無碍にされた様な、
屈辱的な怒りを。
「まぁ、先代のエースであるフルール様が、
理不尽なまでに強いのは認めますわ、けれど。
何一つラナンの歩みを止められるとは思いませんわ」
「へぇ……ものすごく買っているのね。
それでどんな表情をして、帰ってくるのか見ものよ」
揶揄う様に笑うフクジュソウ。
「フク、貴女……史上最強のエースと謳われた、
先代に一矢報えるって、心のどこかで楽観視していたのかしら」
これは挑発だった。
音が鳴った。刀を鞘から引き抜く音が鈍く響く。
それには嵐が芽吹き、うねりながら急激に成長していった。
ーー神竜爪撃・白
その刀と巻き起こった嵐をねじ切る様に神竜の爪の様な大槍とぶつかる。
オーニソガラムの二本の【神竜爪撃・白】によって、
フクジュソウの刃はオーニソガラムの首に届かなかった。
「先輩。禍々しい刀にその瞳。
何を頂いたのかしら。それでもこの私に届かないなんて、
どういう領分なのでしょう」
身軽な動きで後ろに幾度か回転しながら、
オーニソガラムと距離を取るフクジュソウ。
そして彼女は、一息ついて溜息交じりに言葉を紡ぎ始める。
「ほんとに何から何まで可愛くない女。
先輩なんて呼ばないで欲しい。汚らわしい。
可愛かった後輩のオーニソガラムは、もうどこにもいないのよ」
「強いから憎いのでしょうか。この私『才能の魔王』が。
なら私は貴女に多大な感謝を述べねばなりませんわ。
貴女のその優れた後輩に対する嫉妬心、醜くて酷くて吐き気がいたしますわ」
ーー老竜咆哮・緑
オーニソの風はフクジュソウを包み込んだ。
丸く丸く丸く強大な球は、ただただ純粋に、
風の刃を鋭利な冷たさをフクジュソウに向けた。
才能の魔王の意のままに。
けれど、彼女はフクジュソウは笑う。
恐怖がないと言ったら噓になる。
何度も何度も何度もこの風と対峙した彼女。
それでも笑う。魔女五傑の一人が。
何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも。
恐怖を塗り潰す何かを心に秘め。
ーー童子斬安綱
魔女の一人は刀の名を呼んだ。
ーー老竜咆哮
刀を媒介に。
風の四大貴族に伝わる秘伝を
逆回転で放つ。
「……今なら見える……感じる……オーニソ。
憎らしいあんたの『緑』の風の流れが、息遣いが」
すべての風の軌道を目で見切り刀でいなしきった。
フクジュソウが何度も何度も何度も越えられなかった。
最強と呼べる後輩の暴風。決して口にはしない思い。
「お見事、フク」
それでもフクジュソウは片膝をつく。
服に切れた傷が入り、切り傷の様に滲む血が。
魔王の爪痕を連想させる。
「まったく憎たらしいわね。なにもかも」
そう言いながらフクジュソウは刀を構えた。
妖刀【童子斬安綱】を。
ーー翼竜咆哮・青
鞭の様にしなる風の第一波がフクジュソウのいた地面を叩き抉る。
苦い顔をしながら、抉られた地面に刹那的に目をやり小さく溜息を吐いた。
分かってはいた。『才能の魔王』の殺戮的な強さを。
彼女はその風の成長を願い、そして身近で成長に圧倒されたのだから。
過去に思考を支配されないように、小さく彼女は笑う。
これで良かったんだろうと。もう私では彼女を成長させてあげられないと。
ーー翼竜咆哮
【童子斬安綱】に。敬愛するフルールに賜った嵐の妖刀に、自らの風を纏わせる。
鞭の様にしなり、襲い掛かってくる【翼竜咆哮・青】に、嵐の刃食い込ませて。
尋常ではない威力を誇るその風を後方にいなしていく。
ーー翼竜咆哮
短い時間に【童子斬安綱】に重ね掛けを行う。
翼竜咆哮・青の威力によるものもあるが、才能の魔王は絡め手として
針の様な風に【停止】が付与されている。
その無数の針は風と刀の繋目を的確に狙ってきており、
攻撃毎の決められた数を全弾受けようものなら、
一瞬で風が失われ【翼竜咆哮】を掛け直さないといけない。
三角形、四角形、五角形などの魔術の威力を掛け合わせる配置を
触れた刀の刃の上で形成できてしまう。
フクジュソウですら攻撃毎に一本から稀に二本受けてしまう。
それに才能の魔王の【翼竜咆哮・青】は終わらない。
風の密度が段違いで、通常の【翼竜咆哮】の50倍はあり、
かなりの数をいなしたフクジュソウ。
何度目だろうか。明確な殺意をもって襲い掛かろうとしていた。
その魔力密度は分散という形で、より傷を増やすという意志を
才能の魔王によって宿らされていた。
フルールによって強化された視覚で、
かろうじて才能の魔王の風を捉えるフクジュソウ。
視覚から得た情報を元に構築するも、小さく傷が身体に刻まれていく。
まるで竜の牙に切り裂かれる様に。
それでも被害が最小限なのは魔女五傑に
数えられる境地に至った者に為せる技といえる。
「……防戦一方なのでしょうか。先輩」
あぁ、うざったい。後輩の嫌味が頭を支配する。
事実動けないフクジュソウは自身の力の無さを痛感していた。
『命の雫の見続けている夢』もしくは『真祖』なら『先輩』であれたのに、と。
殺意の念を込めた【童子斬安綱】を、後輩に向ける事を躊躇しなかった。
そうでもしないと応えれられない、先輩として。『命の雫の見続けている夢』の様になれたなら。
圧倒的な気高さと強さに美しさを兼ね備えるあの方に近づけたなら、私は再びあの頃の様に……
「本当に生意気な後輩ね」
ーー神竜爪撃
ーー神竜爪撃・白
寸分違わずに、同刻だった。
それはシンクロニシティを引き起こしていた。それは必然。
才能の魔王と称されるオーニソガラムは自身の力を常に知ろうと思考と実践を重ねていた。
もっとも【神竜爪撃・白】は、効率よくフクジュソウの【神竜爪撃】を力で正しく打ち破る魔法。
同じ動作、同じ構成、同じ属性の力と力のぶつかり合い。
歴代最強の風属性使いフクジュソウの【神竜爪撃】を正面から叩き潰すべく、
オーニソガラムが思案し、考案した美しくも効率の良い引き算でもある。
より綺麗に、より明確に、より直接的に。【神竜爪撃】の部分で【神竜爪撃】を消失させる。
残りの【神竜爪撃・白】の余白はフクジュソウに襲い掛かる。オーニソガラムとしては、
【神竜爪撃】の消滅に割く部分がより小さくなればなるほど戦う意味があるのだから。
フクジュソウは両膝をついて倒れ込む。
自身への着弾の瞬間に、更に三本の【神竜爪撃・白】で打ち消されたのだから。
それは憎らしい後輩のオーニソガラムが放った。
「ありがとうございました、先輩」
増している、あの時よりも。彼女の風の…力が。
そう震える何かの中でフクジュソウは涙を一滴流した。
嬉しいんだこれは、成長が……これから彼女がもっと活躍する姿が。
「そのまま…精進なさい、憎たらしい後輩のオーニソガラム」
本当に強くなったわね。私なんかじゃもう届きやしない。
どこまでもいきな。あんたの風、羨ましくも誇り高い。
まるで『命の雫の見続けている美しき風』ね。