第256階 真なる白い花
「私も会えて光栄だわ」
彼女は不自然なまでに白く、不自然なまでに美しかった。
「…私とグロリオサの相手はおろか、フルールさまを前にしても表情を崩さないか。
相変わらずとんでもなく生意気な奴ね」
彼女は親しみを楽しんでいる。さま付けも仰々しい畏まった重さではなく、
親しみ敬愛する気持ちの現れ、そう感じる。
私への言葉は今すぐぶっ飛ばしたい衝動に駆られる。
「キキョウ。怖い顔をしない、あとは私に任せて」
柔らかな笑顔、優しい声。
それでもこの場は凍り付いていた。
彼女の滲み出る私への殺意によって。
「虚空を打ち破りなさい、尊剣する、我が剣。ヴァーズ」
【命の雫の見続けている夢】と謳われた彼女、
フルールが両手で握りしめる剣。
それは彼女と同様に美しく、白過ぎる。
右手の平の腹の上で練って発動
ーー十七世 すべて
世治。
白くも黒くもなく、灰色でもない、透明すら形容しがたく、色と呼べる色をしていない。
物理法則も魔力の流動も何も感じない、強くも硬くもない、それでも握れているのが不思議。
なんだろう。刀剣であって欲しいと想う私の本心に強く深く繊細に響いている事を肯定する。
左人差し指の爪の上で練って発動
ーー神異特異
私に向けられる、フルールの全能力が著しく下がっていく。
なんて相手なの。やりようによっては彼女の全力を相手にすることになるわね。
私を対象から外した、主として斬撃には必要以上に警戒ね。
「私の可愛い『白』達。残りの三人の相手は頼まれてね」
と同時に周囲の6人に何かしらの時の効力を施し、
私と戦うための疑似的な隔離された戦場を形成した。
この広大な月人達の元大地に。
「心配しないで、本気で殺れとは伝えてはあるけど。
殺すなとも伝えてあるわ」
「何も。だってすぐ終わらせてやるから」
彼女の手が、彼女自身の構えの為に動く。
私は真っ直ぐ彼女の利き手でない手の甲を中心に突っ込む。
光で。
「もの凄い自信ね。まるでキレ様に挑んだ時の私のよう」
一歩。
彼女は更に肩をずらす動作で、私に最善で斬りかかれる体制に戻す。
私の斬撃が綺麗に空振る。
「ふふ、神々の夢が貴女に勝てないわけないじゃない、一緒にしないでくれる?」
右目で練って発動
ーー至常超 はやさ
世治。
空振りの回転を巻き込みながら、距離を稼ぐ。
私1.5人分の距離が空いた場所に、彼女の剣が振り下ろされる。
この結果は少し厄介ね。
左小指で練って発動
ーー本質視 まほう
世治。
時魔法【早送り】を、自身の身体連動における必然個所だけへの行使を用いて、
全力で振り下ろした勢いを用いて彼女は加速回転し、私を断罪せんが如くに振り下ろしてくる。
光はおろか次元跳躍すら、はるか後方に置き去りにする彼女の剣速。
【至常超 はやさ】で避けられているのが不思議なくらい。
私は彼女の、死を絶対へと導くすべての動きをしているのを感じている。
五感が悲鳴をあげてもおかしくはない。でも私は私の魔法を信じている。
左目で練って発動
ーー至常超 ちょく
世治。
その私の魔法で、最初の距離に戻す。
想定以上に、ラナンキュラスのままでは【集然】も【世治】も乗らない。
アオナ・エカルラートが私的に至高たる所以は、その身体的な能力がハツミリアに近似して、
極端に弱い事。種族としての圧倒的な強さが、慣れを殺す事になるなんて。
両目で練って発動
ーー人期最 わたし
世治。
『わたしは終焉の未来より出でしハツミリア、すべての滅びと綻びを束ねるモノ』
次の一手を、読み違えたかのように。一歩踏み込まれる。
剣速で創られた空を、真っ直ぐに裂く美し過ぎる一閃。
死神の王が隣人となり素通りする様に、殺意が私の頬を掠めていく。
右目で練って発動
ーー至常超 はやさ
世治。
彼女の反利き手に私を滑り込ませる。
左手の甲で練って発動
ーー十知未 ななよ
世治。
【至常超 はやさ】が途切れる前に火力を叩きこむ。
彼女は構える。
そして寸分違わず、軌道を読み切った剛の剣で反撃してくる。
【十七世 すべて】と【ヴァーズ】が重なり合う、その瞬間。
右手の甲で練って発動
ーー至常超 ちょく
世治。
私と速度を【十七世 すべて】の重さに乗せる。
彼女に完全に【ヴァーズ】の刃で受け止められる。
そして彼女自身の身体の軸をほんの僅かに流された。
卓越者の目からしてもずれたか分からない程度に。
左手の甲で練って発動
ーー至常超 ちょく
世治。
ずれの本質。
受け流れを引き起こしている斜めを垂直に修正し、
更に私と速度を【十七世 すべて】の重さに乗せる。
「……こうも技術が拙いと明確にそう理解できるのに、ラナンキュラス。
貴女なぜ、いまだに私の目の前で立っていられるの?」
冷たく冷ややかな音で哭く様なその高い声が、
耳を煩わしく騒ぎ立てる。
その貴女様の憤りが魔皇の術中にはまっているとそう断言できるわ。
「なぜかしら?貴女が何をおっしゃろうとも、
私は五体満足という結果を叩きつけます。
他の誰でもない貴女様に」
彼女の動きの洗礼さが増す。
これは断言できる、彼女は強者。それも比類なき。
神々の夢を除いて。
左手の甲で練って発動
ーー至常超 ちょく
世治。
右手の平で練って発動
ーー流爆星 ななよ
世治。
まずは五芒星。
【至常超 ちょく】の影響を受けて、勢いが増した五芒星の斬撃が、
彼女の移動を加速させる時魔法【早送り】の効力範囲を抑えつける。
漏れ出る彼女の一音を聞きながら、次への準備に移行していく。
「…くっ……」
左足の甲で練って発動
ーー至常超 はやさ
世治。
【流爆星 ななよ】の五芒星の終点までに形成された、
彼女の死角という名の隙に私を捻じ込ませる。
ほんの僅かな事で、精度が照準がいつもより簡単に狂う。
そして六芒星。
いくら振り抜いても、いつもより食い込めない、体制を崩せない。
最小限の動きで、75%ほど受け流されて斬撃の勢いを軽減されていく。
まるで神々の夢の様に。
最後に七芒星。
私は確信する。【真祖】と相対した時の、あの後味の非常に良くない違和感。
彼女が創り出したものだと。彼女が教え教示し身に付けた対処方が、
【真祖】の技術と反射神経、身体に染み付かせた産物だったと。
完全に対処されているわけでは、けっしてないとは感じている。
確実に疲労をもたらし、攻め立てているのはこちら、この私。
でもあの時の戦いより遥かに手を抜けない。
「ふぅーーーーー、ふぅーーーーー、はぁあああああふぅううううう!!!
……ラナンキュラス。ここまで集中を必要とさせるなんて。
貴女は一体、いえ。この戦闘を楽しみましょう!!!」
あぁ、私も楽しんでいたわ。
あと一歩が届かない、それは彼女も同じ。
そう、私は楽しんでいた。いつも以上に。