第255階 国家勅令任務の開始
「ラナンちゃん、来てくれたんだ。お待ちしておりましたわ」
風の様に吹き抜ける言の葉。
私は王路院の正門前へと飛んでいた。
空間距離を弄っていたから、違和感は感じさせなかったみたい。
「オーニソ先輩に、プラ先輩も同行されるのですね。
それにアマランサス先輩!?」
「いやー、どうにもきな臭くて」
プラ先輩は苦笑する。
確かに、何かが違うとは思っている。
でも私は通常を知らないから、漠然としている。
「まずは入団おめでとうございます。
共に頑張りましょう」
柔らかな笑みで握手を求めてくる。
アマランサス先輩。
「えぇ、よろしくお願いいたします。
アマランサス先輩」
私は握り返した。
アマランサス先輩の指が長く感じる。
同時にこんなにも美しくなれるものなのって思う。
「あー、私も祝辞をあげないとな。
共に頑張ろー、ラナンさん。
これからよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ。プラ先輩」
プラ先輩の軽い会釈に、私も会釈で返した。
「挨拶も済んだし、行きますか?」
始まると思うと心が引き締まるわね。
「…送られてきた文字情報には目を通していると思うけど、
目的地は曰く付きですよね。国が徹底管理しているかの地を、
今回の任務だけの為に解放するってことかしら」
進みゆく皆から、一歩引いて足を止めるアマランサス先輩。
「まぁ、気を引き締める必要はある。
あまりにも特殊過ぎる。
それに『国家勅令だから』と言わざるを得ない」
どう考えても特殊なのね。
私は一体何に巻き込まれているのかしら。
不謹慎だけど、わくわくしてるかも。
「…あまり楽観的な気持ちでは望めないのは確かですわ。
気を取り直して行きましょうか」
そうオーニソ先輩が言った瞬間、扉が現れる。
それは空間と空間を結合して創られた扉。
通常の時の流れの線と、異なる時の流れの線が絡み合って構成されていく。
「オーニソは、そういうのほんと特異よね」
「アマランは何を言ってるのかしら。私は常に特別ですわ。
どうでもいいけど、早く通ってくれます?」
全員が通り抜けて、オーニソ先輩は扉を閉めた。
その先には、殺伐とした荒野が広がっていた。
誰もいない、まるで無風で何もない事を表現するように静寂だった。
「第三次 月人戦役の地?」
私は思わず言葉にしてしまった。
訓練施設で体験した仮想世界に、
足を踏み入れてしまった様な感覚を覚えていた。
「そう、まさしく第三次 月人戦役の地。
今は直轄部隊 青が守護の任を行っている地だ」
錆び付く空気。それは鉄が腐敗する事ではないわ。
死がこびり付き、この地をゆっくりと、
時間をかけて呑み込む様に浸食していると感じる事。
「…プラ、任に付いていた『青』の隊員達が命の危険を感じて、
西側奥地の最先端の最前線から引いたって聞いたけど、そういう事?」
オーニソ先輩の言葉に
プラ先輩は深く深呼吸をする。
「まぁ、聞く限りではそう捉えて間違いない。
オーニソ、それである特殊部隊が派遣されたらしい」
「エース、どの部隊かしら」
アマランサス先輩はその長髪を手ですきながら。
プラ先輩の言葉を待っていた、でも聞きたくなさそうな。
「あぁ。うん、魔女五傑」
そうプラ先輩が言い切った瞬間、空気が緊張感を生温かく攫っていった。
事前に知らされていたとはいえ、改めて聞くと一応引き締まる何かはあるわ。
彼女達2人の威圧感の高まりと共に、魔力が練り上げられていくのが分かってしまう。
「プラ…部隊が単独って話ではないですよね」
歩が場を支配する。
その歩は静かに月人達の地を踏みしめた。
力強く。それでいて優雅に。殺意を持ち合わせながら。
「あぁ、そうよ。お久しぶりですね、プラタナス」
オーニソ先輩とアマランサス先輩は警戒し距離を取った。
私とプラ先輩だけが、唐突に現れた彼女と目を合わせていた。
澄んだ瞳、それでいて手に持つ人の首から赤と黒が垂れているのが印象的だった。
「スズラン。変わったな……」
その首は非常に眉目秀麗。
血と闇が垂れていて、嫌な創造生物の類を連想してしまう。
果たして一人なのだろうか。大地から無理矢理、引きちぎった大樹の様な。
「感情が解き放たれたと称して欲しいわ、抑圧されていた……
その子は新人にして、今回の『国家勅令』の中心人物かしら」
スズラン。彼女は私に視線を流してくる。
私は彼女への恐怖を抱かなかった。
「へぇ、その首が『青』に撤退の選択を与えた元凶の一つかしら」
彼女の瞳孔が開く。
「鋭いわね、ただ私と対等に会話出来るのは、
今この場ではプラタナス、唯一人よ。格が違うのよ……」
「スズラン、悪いが可愛い新人なんでね。
抜くなら叩き落とすまで」
重くゆっくりとプラ先輩の声が響く。
「どの道、プラタナスとはこの刀で戦うわ」
彼女は、まるで愛くるしい愛玩動物をなでるかの様に
刀の柄に指を這わせていった。
それを合図にするかの様に
2人の女性が、オーニソ先輩と
アマランサス先輩の目の前に立っていた。
「フクジュソウ?」
「やぁ、オーニソ」
オーニソ先輩が驚き、
「『真祖』キキョウ様」
「ふん、後輩の指導なんて、この私に向いていないと思うんですけど。
けど頼まれちゃったし!」
アマランサス先輩が緊張に息を呑む。
そして。
「貴女が今宵の御茶会の主役。ラナンキュラス様ですわね
私とてもとても楽しみにしていましたのよ」
【命の雫の見続けている夢】は私に微笑みかけた。