第250階 白い訪問者
「お母様?」
オーニソ先輩と話してから、次の日の朝。
ガーベラお母様と話そうと思ったから、休日に早めに起きた。
この後、クラと会うことになっている。
「どうしたのかしら。ラナン。王路院で何かあったのかしら?」
「えぇ、ありました。私は『黎宙』に入団することが決まりました。
その件でお父様とお母様に通知が届きます」
私の言葉に、お母様は柔らかな微笑みを灯していた。
「えぇ、なんて伝えてあげればいいのか、上手く言葉にできないのだけれど…
いつかこんな風に、少し遠い場所に行ってしまうのではないのかと思っていたの。
いつもどこかの、ずっと遠くを見続けていた様に感じていたから」
それはきっと、アオナとしての私が息づいているからだと思う。
「心配しないで。『黎宙』の先輩も守ってくれるから」
自分で守れる。それは事実だけど、アオナが守るという意味で。
だけどラナンキュラスは王路院に入学してまもなくて。
これから羽ばたくのだから。
「誉れ高き『黎宙』に選ばれたんだもんね。
喜んであげなくてはいけないね」
「ラナン…それは必ず成さなけらばいけない事なのか?」
豆を焙煎した渋みと苦みのある黒い飲み物を、小綺麗で小さな器に注ぎながら。
ゆっくりと歩を進めてくる、レサトお父様。
「今日は疲れておりましたから、ゆっくりでいいと言いましたのに」
お母様が答える。
「分かってはおりました。けれど成さなければならないことに思えます。
才能は最も深き場所に流れていく。そう感じておりますので」
私が言葉を紡いだ直後にお父様は、
受け入れるべきことを受け入れたような、
そんな微笑みを浮かべていた。
「…血は争えぬか。ガーベラ」
「覚悟していたことではありませんか。レサト」
2人は以心伝心、阿吽の呼吸のように頷き合っていた。
「聞いて。ラナン」
お母様は真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
「はい」
この流れは、私に今ここで告げるべきこと。
「私は元『黎宙』なの」
「お母様が元『黎宙』」
そうかもとなんとなく感じていた。
プラ先輩とオーニソ先輩と出会ってから。
「私は飛人なのだよ」
飛人。
この国における、男性の超エリート戦闘集団。
「お父様もお母様も、戦いに身を置いていらしたのですね」
「あぁ、そうだな。娘を戦地に行かせることを容認できないと私が伝えたのなら。
ラナン、どう示す?」
殺気だけではない威圧感。
これは守るべき者がいる正義の気。
あぁ、この人も父と同じで私とお母様なのね。
「今回の件は国家勅令として下っていることを、
お伝えしようと思い、お母様と話しておりました」
「「国家勅令!?」」
2人はとても驚いていた。
流石に嫌でもそうなるわね。
「言葉の通りです。通達が来てから驚かすよりも、
私本人の口からあらかじめ伝えておいた方が、よろしいかと思いまして」
そう言い切った刹那。
時の奔流が、不躾に玄関に叩きつけられる感覚を、五感で感じとっていた。
「へぇ、この感覚は」
【ソレイール・アンジュ】の9998階の白い花の様な彼女。
私はそう、感じ取っていた。
「…開けて来るわ」
「私も共に行こう」
お父様の言葉に、お母様は小さく頷いた。
そしてゆっくりと扉を開ける音がする。
「フルール…様?」
お母様のか細い声が流れてくる。
生み出された静寂の中で、嫌に響いてくる。
「いえ、私はフロースです。
ラナンキュラス様の件で。
国家勅令をお渡しに馳せ参じました」
私は息を潜めていた。
何かを受け取る音と何かを開く音が聞こえてくる。
「「右の者 ラナンキュラスの『黎宙』への申請において、反を示される者は国家反逆罪とみなす」」
「急ですが…記載の通りでございます」
お父様とお母様はきっと何かを言葉として紡ごうとした。
でもきっと潰された。
「ねぇ、貴女が何者かは聞かないわ。
でも一つだけ。先代エースは今?」
「元『黎宙』のガーベラ様ですね。
御存命とだけ」
「えぇ、御健勝をお祈り申し上げますとお伝えください」
「分かりましたわ。私からもラナンキュラス様へお伝えしてほしいことがございます」
更に紡がれる、声という音に、
時が止まった様に場が凍り付いていく感覚が、
この場に叩きつけられていく。
「…フロース様、承りましょう」
遅れて発せられたお母様の声は、少し震えていた。
「再び会えるのをフロラ共々楽しみにしています、と」
「…その顔立ちにどんな意味が込められているのかしらないけど、
あんまし魔力で威嚇するのはいただけないわ」
私の足は、【集然】は動いていた。
フロースの大きな瞳を見据えられる距離まで。
「あぁぁぁ!!ラナンキュラス様」
私がこの場に来たことで、フロースの存在感が私によって削れていく。
お父様とお母様の表情から、安堵が取り戻されていくような気がした。
「…そういえばフロラがクラレット様の元へ、辿り着く頃合いです」
「ちょうどこの後、クラレット様とお会いするの約束がありまして、
お父様、お母様、行ってきます。私が帰宅したら、また話しましょう」
私は猫の様にフロースの首根っこを右手で掴みながら、
左手の人差し指を滑らせ、練って発動させた。
ーー異場所 とおす
世治。
私とフロースはクラの住む屋敷までの距離を零にした。