第239階 風の四大貴族の一人
王墓に隣接した楕円形の建物の一つ、【シャンテ】。
その最上階で私達は食事をしていた。
クラの希望で。
地上から最上階までは一瞬で移動した、転移したともいうべきかな。
目の前に赤い布時と金色の海のように装飾された壁が広がる。
天井の金色の光を放つ東洋の龍は魔法で出来た装飾品との説明を受けたわ。
カランは事前に行きたいお店の候補を見つけていたらしいけれど、この店はその候補に入ってはいなかったみたい。
さすがに四大貴族御用達とのことで。
私もフユさんもクラの護衛のため、カランだけはクラの特別来賓扱いとのこと。
クラに導かれるように席に着くと、眼前には綺麗な水でのみ生息する生物達が新鮮さそのままで並べられていく。
その光景に私は今まさに心を躍らせている。
私は先程の獣人達の異様な光景について主にクラにフユさんへと問いかけていた。
「主に腕自慢として獣人などが、王都のど真ん中で真昼間から挑戦状を叩きつけることは結構あるよ。
まぁ、今では収集がつかないから、今日の様に誰か相手して無力化して、身分とか調べて引き取ってもらうらしいけれど」
王都では先程の出来事も日常茶飯事の様子。
「だいたい王子とか喧嘩が強いとか。あとはうちの国に挑まない保守的な老人達に男を見せてやる!みたいな血気盛んな方が
多いみたいですね。まぁ総じて本物の強さを知らない若者が来るんです。まぁ私達より少し幼いぐらいの」
フユさんの頬は目の前の料理に緩み切っていた。
「それより、オーニソさん。強いわね」
そう言って、カランは瑞々しく大きな赤身を頬張る。
「それはもう。ラナンさん!あなた戦うんですよ!」
そう言い終えた瞬間にフユさんの頬は小動物のように大きくなっていた。
彼女は、小動物じゃんとカランに無邪気にいじられ笑われて赤らめていた。
「無駄のない良い配分だったわ。先輩の風」
まず、特殊無効は混ぜてるわね。
かなり微細にして。
「なにか掴めそう?ラナン」
クラは塩少々といった加減の不安を声色に乗せて私に投げてくる。
「少なくとも彼女の得意属性は風、矜持も風で間違いなさそうね」
でなければ、時をぶつけて時間停止空間を阻害し砕いてると思う。
私は緊張感などどこ吹く風といった緩めの心持ちで答えていた。
もちろん心からそう思っている。
「…風以外も超高レベルなんですけど」
小動物からフユさんに戻ったものの、
クラ以上に不安そうに眼を細めている。
「面白いわね、相手の時の魔法によって加速された拳に
逆の時の進みを与えて無効化するなんてね」
「付け焼刃の時の魔法技術ではオーニソグラム様に届きませんよ」
フユさんになんだか複雑な感情を抱かれている気がする。
「ラナン、実際のところどうなの?貴女の強さにはまるで疑う余地がない。
でも相手の『才能の魔王』は外界との戦闘経験もあって、外界人達もまるで寄せ付けない。
今を生きる天才の1人よ。それでも勝利を信じ切っている。だから試合は受理した」
クラの話し方は実に落ち着いていた。
優しく強く気持ちを包み込むように声の強弱を巧みに変化していた。
「クラ?オーニソ先輩との伝統行事と捉えていいわね」
クラはゆっくりと頷いた。
瞳からも自信が感じられる。
「補足すると伝統行事は新入生からは絶望的、理不尽だと感じられる相手が選ばれる。
ラナンの相手は、現王院最強と謳われるアマランサス御姉様と僅差で競り負けた公式試合があるほどよ。
だから王院側はこの試合は1000%勝つと見込んでいる」
私が勝ったら歴史的快挙に加えて、暫定王院最強ねぇ。
まぁそれもいいけれど、本題は。
「御言葉ですが、皇帝陛下の本心は、私に勝ってほしいのかどうなのかはどうなのでしょう?
火と風の四大貴族の威信とかこの際はどうでもよくて、命令されれば遂行するわ」
「どうでもいいって!!!ラナンさま!
お嬢様は貴族としての誇りもお持ちなのです!!」
フユさんは今すぐ得物を持って襲い掛かってきそうなぐらい怒っていた。
目がそれを物語っている。
「この際は。
私はクラのためにすべてを使う気はあっても他のことのために動くつもりはないと申したのだけれど」
私とフユさんは瞳で殺し合っていた。
どっちも譲れない。強い意志。
「私的には四大貴族としての私も大事にしている。フユと喧嘩されても困るから、
軽視発言は控えてくれると穏やかだわ。ラナン」
その決着はクラの言葉で平定される。
「控えます」
クラは笑みを浮かべる。命の雫のような笑みを。
「分かったわラナン。皇帝勅命を与えるわ。
『才能の魔王』を下すこと」
「親愛なる皇帝陛下よ。仰せのままに」
そう言い切った直後。
少し冷える。
「オーニソグラムに勝つなどよくたわけたことが申せるな!」
冷気の様な殺気が、怒気と共に私達が食事をしていた場を凍てつかせる。
「あなたは…風の四大貴族のアルタイル様!」
そう名を告げたフユさんの瞳に恐れと羨望が混じっていた。
「火の四大貴族にはうつけしかおらんのか」
「撤回していただけますか?
私達はうつけではありません。侮辱ですよ」
凛としていた。
クラは立ち上がり、更に強い瞳でアルタイルと呼ばれた男へ訴えかけた。
「坊ちゃま、さすがにお口が過ぎます。四大貴族同士争いごとは控えますよう」
「分かっている。だが夢見がちな阿呆どもが気に入らなかっただけだ」
「ふーん、おまえオーニソ先輩に勝ててないからって、未来ある私達への嫌がらせすんの」
一瞬だった。
集まってできた風の短剣がカランに突き付けられようとしたのは。
カランの首を両断し、吹き飛ばすほどの殺傷力が感じられる。
私の周囲を常に舞っている、可愛い自動集然達は何かを完全にはじく。
【全知全能】持ち、懐かしいわね。
自己能力増加・極。人、物問わずへの次元範囲の能力低下・極。知識、特技の一時的な全取得。
寸止めして脅かそうってことね。
でも、まったく気にいらないわ。
右手小指の爪の上で練って発動。
ーー延引広 実在点
世束。
風の短剣とカランの首筋までの距離の現実を引き延ばす。
左手親指の腹の上で練って発動。
ーー神異特異
左手で握りしめてアルタイル本人に斬り付ける。
この斬撃はあらゆる感覚をすり抜け、感じずに通り過ぎる。そしてすべての能力が一時的に著しく下がる。
【全知全能】の超自己強化が雀の涙ほどと痛感するほどに低下する。
右手の平の腹の上で練って発動。
ーー七漆黒 すべて
世治。
今回は匕首型。
左足親指の上で練って発動。
ーー至常超 ちょく
世治。
世束で延ばした現実の間に【七漆黒 すべて】を握った右手を滑らせて
【七漆黒 すべて】を風の短剣に当てて、黒く毒で溶けるように宙に消し飛ばした。
【七漆黒 すべて】の構成を解いて見えなくする。
位置的にそもそもクラとカラン以外には見えていないけれど。
「まったく何をしようとしたのかしら?」
私は瞬きをする間にすべてを終わらせていた。
さすがに七大神王達よりも【全知全能】の次元が高いとはいえ、私の攻撃に反応できるはずもない。
今でも鮮明に思い出すわ、天還路で大運刃達もなすすべなく屑鉄になっていく美しいあの光景を。
「何が起こった…」
アルタイルは手の平をもう片方の手で押さえている。
すこしばかり私の黒は魔力を焼いて食らい尽くしたようね。
男性は筋肉辺りに魔力液を付着させるのかな。
「坊ちゃまはそちらの女性をチャーミングにもおどかそうとした。でも阻止された。
武器も手の動きも確認できず、驚いている。その理解でよろしいでございますでしょうか」
従者は私達とアルタイルと呼ばれた男の間に割って入った。
カランの煽りがあったものの、いきなり攻撃しようとしたことには
さすがに思うところがあるのかな。
「その通りだ。爺」
抑えていた手を放し、私に視線を移してくる。
少し恨めしそうな表情を伴っていたのが私的に気に食わなかった。
「あまりおいたが過ぎるなよ。私の相手はあのオーニソ先輩で君たち二人には眼中にないわ」
ほんとに気に食わないのよね。友人のカランに刃を向けられて。
ものすごく頭にくる。
本当は風の短剣を握っていた腕ごと黒く溶かして堕としそうだったわ。
「大変失礼いたしました。貴女様があのラナンキュラス様でございますね」
おほほほ、若さは好きですぞ」
怒りを笑顔で嚙み潰したような表情をしていた。
微細な魔力の乱れからそれは感じ取れたわ。
「見抜けなかったのでしょう。私の何かが。
それなのに食事の邪魔をし続けてなんなの一体」
それでも私は言葉のとげをひっこめることはしなかった。
今の私には楽しい雰囲気を崩された憤慨もおおいに混じっている。
「行きましょう、坊ちゃま。
今回の無礼に対して、この場の御食事は私が払うこととしましょう」
そしてその事実を証明するように命の書いた手紙を私達に手渡してくれた。
「それで。いいわ、謝罪としてありがたくもらい受けましょう」
爺は丁寧に会釈をし、彼等2人は気品ある物腰で去っていった。
「…爺と呼ばれていたベガ様は元皇帝直属の直轄部隊です」
フユさんはなんだか元気を失っていた。
「気晴らしに食べよ?ぜんぶ奢ってもらえたから」
私はこれとあれとそれをと注文を追加する。
「…それは嬉しいんです。アルタイル様があのような性格なのは知っていました。
それでクラレット様の友人を傷付けようとする結果を私は防ぐことができなかった」
さっきまでの雰囲気とはことなり少し落ち込んでいるように声色が落ち着いていた。
「…何もできなかったとでも言いたいのでしょう。それでもフユ。
私は貴女がいたからラナンとカランと出会うまで、孤独に泣くことはなかった。
それにもっと強くなればいいじゃない」
「……はい!!クラレット様!!!」
きっと護衛として、か。
「ラナンでしょ、私をやべー攻撃から助けてくれたの!感謝するわ」
カランの瞳はうるうるとしていた。
「カラン。どういたしまして」
「大丈夫そうね。安心したわラナン」
クラはくしゃっと笑顔になりながら追加の注文をしていた。
「ラナンキュラス様…何をしたのかまでは分かりかねますが。
私が何かをこれ以上言うのは野暮というものだと感じました。
その、オーニソグラム様との試合。応援してます…」
恥ずかしいような、こそばゆいような。
「えぇ、かまわないわ」
とりあえずなんでもない感じで答えておく。