第232階 王路
「濃ゆい日だったねぇ」
カランコエが不意に呟く。
私達はクラレット達と別れて帰路に着いていた。
「そうね」
「なんていうか四大貴族が2人も。
なんて、とてもレアだったよね」
不敵な笑みを浮かべるカランコエ。
そういう表情をする気持ち分かるかも、なんて思いつつ。
「普段お目にかからないよね。ただお話しされながら笑ったり緊張したり恥ずかしがったりしているのを見ていると、私達と変わらない同じ女の子だって感じる」
「思う!思う!」
太陽のような笑みがそこにあった。
「それで、2人して誰の噂をしているのかな」
そう、クラレットの。
「誰でしょう!?」
カランコエが悪戯な笑みを自身の手で隠す。
「可愛い可愛い女の子の噂です」
運動神経に優れているを遥かに凌駕し神域に到達しているからこそ近付かれてしまっている。
ふんわりとしたあたたかさに気を緩めていたのもたしかにあるけれど。
ただ、さすがにクラレットだと感知できるし。
「そう、ありがと」
クラレットはそう言って顔を後ろに顔を逸らしている。
耳まで真っ赤なのが見えてしまい、気恥ずかしいのかもと。
「そんなに喜ばないでよ。言ったのは私じゃないし」
悪戯な笑みで微笑むカランコエ。
クラレットを物怖じせずにからかっている。
「嬉しいですよ。素直に」
確かにその顔は赤く染まっていた。
しかし自身の正の感情を表現することに大きな自信に溢れている。
私にはそういう風に感じられる。
命の雫のような笑みを携え、何よりも彼女は堂々としており、容姿もさながらその超越した立ち振る舞いは彼女の魅力を何倍にも膨れ上がらせていた。
私もカランコエも圧倒的だけど風のない海面のように静かで穏やかな覇気を猫の毛が逆立つ様に感じている。
それをカランコエと視線を交わし合い分かち合う。
「お嬢様!ほんと見目麗しいわね、妬いちゃう!!」
カランコエは瞳を輝かせながら身を乗り出している。
「驚くでしょ、そんなに急に距離を詰められたら」
そう言いながら彼女は1歩、2歩...3歩と等間隔に下がってみせる。
歩幅、姿勢、目線。
どれをとっても綺麗に整っている。
整合性が形創られ旋律を奏でるように。
「それは、その通りとも取れるね」
「追いかけてきたのね」
顔が縦に振られる。
何か隠し事を見つけられて焦りをおぼえたような。
でも見つけられて一安心したような。
そんな表情でクラレットはむかえてくれる。
私の言葉を、一言を。
目線、振る舞い、たたずまい。
表情、吐く息、吸う息、ほんのり紅らめるほほ。
「うれしいわ」
どうして。なんて、問わなかった。
問えなかった。
問えるはずもなく。
私は一歩駆け寄った。
彼女は手を自身の口元に添える。
感情を隠そうとする仕草ね。
マテハにイムも、そうする仕草。
嬉しくて飛び上がりそうな気恥ずかしさ。
その熱を感情を少しずつ受け入れて呑み込み味わっていくような。
「ラナン、私もよ」
気品、自信、高潔さに満ち満ちた流れるような所作を持ってして、クラレットに私は迎え入れられる。
「へぇ、私も!」
私達3人は笑い合っていた。
何かがおかしいというよりも、とても嬉しいと表現できるわ。
青春の1ページを刻む、彩られた時計の針で。
そんな風にも思える。
恥ずかしくて嬉しい。そしてこそばゆい。
「そういえば、フユさんは?」
いつもクラレットから一切離れないのに。
今日は珍しく近くにいないわね。
「ご祖母様に呼ばれたらしく、契約の話かなって」
「へぇ、主従契約書かしら」
とっても何か言いたげなカランコエ。
「形だけ」
ばっさりと切り捨ててみせるクラレット。
「主に護衛の面かしら」
ほのかに驚くクラレット。
「フユは普段そういう素振りを隠しているのよね、だけど貴女達は」
「腕が優れている者ほど、隠し切るのは簡単ではないから」
「…感じ取れるのよね、私程の腕なら微細な魔力の流れから」
「……気付いてしまうのね」
クラレットは驚く顔を手のひらで隠せてはいない。
カランコエの詮索するような魔力流動は一流魔法習熟者でも、まず気付けない。
フユさんもね。
初対面の時に私にも向けられたけれど、あの微細さは神域を凌駕していて異常性を発揮していたわ。
かの西の王達でさえも気付けるかどうかは疑念を抱いてしまう。
天還路に出現した個体でさえも。
「それなりに優れているから」
自信に満ちているカランコエ。
「一目見た時から感じ取れていた。だけど見抜けるとは正直なところ思っていなかった」
空気が震え揺れる。
そんな風に感じ取れる。
「転生協会の最期の仕事、とても大義」
風が吹く。
その長髪は美しく、抑える片手から自由になびいている。
「お嬢様は名簿とか資料とか覗ける立場なんだね」
「認めるってことね、カランコエさんは」
綺麗に誘導されてしまったわね。
「今これ以上言葉を交わして、隠し通せるものとは思えない」
「賢明ね。まぁ煮たり焼いたり取って食おうなんてことはないから安心して。
最後の最後で成功事例と成れたから経過観察したいのよ」
「転生者は何か抱えるのか…?」
転生することでの不都合なおはなしは数々の御伽噺ではまず聞かない。
本人達に都合の良い夢の様な話しか語られることしかまずない。
「そんなわけないでしょう。我が国の住民は皆、やることにたいして徹底的に極める姿勢よ。
それがいかに小さなことであってもね」
「夢や理想の様な御伽噺を。形にできるだけの知恵、知識に才覚が備わっていたわね」
彼ら彼女らを思えば。
「ラナン、どこを見ていたのかしら?」
鋭い。彼女は私の視線の先を見ようとした。
探っていた。私が何を想い何を感じ取っていたのかを。
「クラレット様の今後が気になるわ」
何かを閃くように納得する表情を魅せる彼女。
「私はとーってもえらい人物に成るよ。今のうちに契りを交わす?」
彼女はそう言って微笑む。
このお誘いは一世一代の好機に感じられる。
彼女と共に歩む道を望んでいるならば。
私はまぶたを閉じる。
これからどうするの?と問いかけかた。
何よりも大事な私自身に。
刹那、一瞬、瞬く間。
思考は静寂で穏やかで透明に彩られている。
なぜなら答えはすでに決まっているのだから。
「お願いするわ」
迷いは、あるはずもなく。
この時の目的のすべてはクラレット。
彼女をかの偉大な王達に並べるために。