第196階 大運刃
「大きな扉ですね、ラズ」
白金に輝く魔力を帯びた木の材質で作られた経緯のある扉、記憶を糧に蘇っているのでそういった性質を持っていたということに過ぎないのだけれど。
「行こうか、キキョウ」
人々の願いや記憶で出来た扉を開けるのに鍵は必要なかった。
彼等はいつも待っている。伝えたい気持ちを添えてただ語らずにひっそりと。
「...誰もいない?」
周囲を見渡しながらキキョウが呟く。
「何も...ない...?」
もう一言。
上から白く塗り潰されたかつての記憶、そう語るには十分過ぎるほどに表現されている。
「...ここにはギルドの職員、全ての血肉が秩序正しくおいてあったわ」
「え...?」
「そんな彼等はもうあの世へ旅立っているから。まぁもっとも秩序正しくとはいっても魔力の増幅回路という意味でね」
「何を...いっているの...」
キキョウの目尻には一雫溢れている。
優しい娘。
「ギルド崩壊を引き起こした元凶、超刃のネイクリアス・ネブラ・ネクサスは七本からつらなる大運刃の一角よ」
「...」
「大魔法神聖王国エテメンアンキを蹂躙し聖王を地に落とした事から、聖王堕死の異名で語られていたわ」
「だから、何を言っているの...か...分からない」
キキョウは目を逸らす、とても大事な事から目を逸らすように。
「大魔法神聖王国エテメンアンキの主たる王都はプエルタ・デル・ソルなのはご存知でしょう?」
「だから...だから...なんで、その名がラズの口から語られるのよ!!!」
「ねぇ、私達がいつも踏みしめて過ごしていた当たり前がすでに天の上だったら。
起こるはずのない奇跡が起こり、ないはずのない未来が語られている。そんな人の願いの上に紡がれていた。ただ、それだけよ」
「...」
「夢を見続けている人の願いは世界に染み渡るまで生き続けている。私達の日常はそんな儚くも生きようと願った生命の輝きの糸で紡いであった、それが真実なのよ」
未来と夢の境界はとても薄く曖昧なのかもしれない。
「私は...私達はどこに!なんの上に立って、足を踏みしみて生きていたのよ!ラズ!」
キキョウは泣いていた。
唐突な事実の苦さをそれでも噛み締めて飲み込もうとしていたのは、私を信じているから。
「永久に口を閉ざし、それでも人の伝えたかった思いの上で私達は過ごしていた。誰かが紡いでくれるように」
大運刃の起こした全ての騒動さえも私をこの世に生かし続ける糧になっているのは紛れも無い事実なのだから。