第182界(階) 熱き地平
更なる力との相対を目指して火のステルラの地へと足を踏み入れた。
大地を焦がし不規則に揺らめく炎。
「へぇ、いるじゃねぇか」
心に響く衝撃、彼等と同じ質。
「何用だ?」
女みてぇな顔に不思議と心地が良い声に雅やかで流れる様に流動する古風な服装。
そして向けられる銀色に美しく輝く刀の切っ先。
確かな物理的な距離は存在していた。
けれども十分な距離といえる筈もない。
それは不自然に揺らめき佇む火のステルラこと“マルス”を観察していれば一目瞭然だった。
「だけど、その刀は空を斬る」
「試すか?人殺す者よ」
彼は目が笑っていないと表現するにふさわしい緩やかな微笑みを向けてくる。
「そんなに血の臭いがするのかい?汚くて臭い青に変色した赤い血の」
そう告げた瞬間に僕の右肘から下は勢いよく飛び、弧を描き空中へと放り投げ出された。
何をしたのかは明白だった。
彼は距離を詰めて腕を斬っただけ。
けれど一つの不審な点に気付いた様だった。
なぜ血は一滴も流れなかったのか。
斬られた腕が地に落ちた時。
人の心理に反しそれは起こった。
いや、起こした。
竜が爪を地に突き立てるかのように地面に鈍く激しい音を立てて突き刺さり地を割った。
人の腕だったもの。
大きく裂けた亀裂が僕と彼を襲い呑まんとする。
そして右腕に込めていた魔力を解き放った。
地中に紅い魔力が稲光のように瞬時に張り巡らせられ、赤い閃光がマグマの様に吹き出して地表で暴れた。
より強く凝縮された紅い魔力解き放たれ幾多にも間欠泉の様に天高く舞い上がる。
魔法は放てば終わりだがそんな程度で終わらせるつもりはない。
込めた魔力が現象を引き起こし、その与えた魔力を消費尽くすまで強化し操る事が出来る。
普通の魔法を扱う者達が出来ない事すらやってのけないと僕のこの世の存在価値は彼等8人に比べて無きに等しい。
僕は僕を証明したい。
僕も彼等8人と同じ人類の男なのだと言う事実を未熟で無能で無価値で目に映らなくても僕も生きているという現実を。
時に流れを細々と刻見込むかのように魔力を練りに練り上げた。
そして舞い上がった火の性質を原点にあらゆる物質を溶かせる願いを込め魔力の混合完成体を火の長所を殺さずに配合させた。
僕が創り扱う魔法はありとあらゆる他の要素も混ぜ合わせている。
だから一見すれば火の魔法にしか見えないが
この世に存在しない、いわば神性な物質レベルを凌駕するほどに高めている。
これは相手がどの様な防御手段を持つか不明瞭かつ強者であれば火に対する対抗手段などごまんと持っているために高め続けた結果だ。
例えば時を止めて防御手段にする相手ですら止められた世界を貫通し焼き尽くす事が出来る。
それは単純にその世界の質よりも圧倒的な質を内包しているからだ。
時を止める魔法は僕等が立っている世界の密度が大いに関係する。
止めた世界の密度よりも上位の世界に存在する物質や存在は単純に止められないのだ。
だからこそ僕にとって時を操るという事は最強の必殺技などではなく単純に強化手段でしかないのだ。
そして火の魔法を豪雨の様に振り落とした。
「俺の名は朝葉、君は本当に強い」
僕と朝葉は互いが互いの技で僕の放った火の豪雨を凌いでいた。
「流石きに隙はつくれないな」
朝葉から滲み出る強者の予感に内心打ち震えていた。
殺意のような緊張感も今では程よい高揚感でしかない。
いまは気持ち良いほどに思考が自由でこの世とあの世の全てを創り出せる確信の様な自信があったのだ。
朝葉は火の豪雨に対し自身の周囲に膜を張っていなしていた。
僕もそうしていた。
彼は火の扱いに長けている様子だった。
綺麗に搦めとる様に豪雨が束ねられ一定の場所に流れていく。
生半可な魔法の技は通用しない相手、それは彼等への共通事項の1つともいえる。
言い換えれば誰かが思考し開発した人類史の表と裏に残るどんな奇跡の魔法でも通用しない事を意味する。
だからこそ僕は今の僕であった意味がある。
この“純白の魔法”は僕にしか創れない。
そして戦うのに便利だから剣の状態を基本の形としていた。
そしてその抜きかれる剣に彼は若干驚いていたけどすぐさまにその表情は笑みに変わる。
流石だなと納得する。
真新しい事にも貪欲でなんでもすぐに物にしていた。
まるで本当に8人の友の1人が側に在るようだった。
無意識の深くまで意識させられる。
彼らの息遣い。
だからこそ立ち止まるはずもない。
進み続ける事によって彼等の更なる進化に勝利し続けてられるのだから。
1秒前よりも今。
“純白の魔法”を研ぎ澄ましていく必要性を重々に感じている。
朝葉の刀と僕の“純白の魔法”がぶつかり合い、銀と銀がかじり合うような音を立て強さと強さは均衡を維持しつつぶつかっていた。
朝葉の斬撃は軽やかさを兼ね備えていた。
羽根を得た蛇の様に絡まりながら飛翔する。
明らかに武術的な能力は朝葉が上だ。
月とスッポン、天と地、達人と赤ん坊程の差がある。
けれど僕の本質は魔を扱う者だ。
そして今はなんでも創る事が可能で身体能力の差を埋められている。
ただひたすら真っ直ぐに憧れた。
彼等8人の完璧な所作により常に想像をはるかに超えの期待を凌駕する結果を叩き出し続ける、そのすべてに。
世界中が彼等8人を褒め称え歓喜の渦に湧いた。
そんな彼等の一人に朝葉は醸し出す空気感がよく似ている。
だから全力を尽くす。
速さが足りないなら時を飛び、避けきれないなら風になり、支えきれないなら大地に、僕自身の身体を様々な状況に合わせ変化させる事で全てを補い...そして朝葉を吹き飛ばした。
「!!?」
無論、彼は驚いていた。
当然だ。
恐らくかなり自信を持っていた筈だ。
自身の体術に。
「...称賛に値する」
木の葉が舞うような軽やかな歩を踏みながら朝葉は隙を殺していた。
「へぇ...」
いくら武術に才が無い僕でも朝葉の流動的な動き全てに意味があり調子が最高潮だと分かる。
気分に左右されずに絶好調な状態に自身を移行出来るようだ。
そのあまりの逸脱さに一瞬感心が支配した。
結果として僕の反応がほんの少し遅れてしまう。
思考が変えた、そのことによって朝葉は速度を上げたのだと気付いた。
朝葉が人体以外の力を使って自身の能力を本当の意味で使った意味を示していた。
緩急をつけながらふた通り以上の速さを不規則に行使し一定のリズムを崩す、その流れに斬撃を乗せて襲い掛かってくる。
距離を取るという選択肢は無かった。
朝葉はどの様に動くか熟知していたかのように予測的な動きをした。
それでも朝葉の動きについていけていたのは、かの彼等と同等の次元に座する体術に僕自身を近付けていくイメージを刻んでいたからだった。
この時点で、残された選択肢は多くはなく、
無傷で切り抜ける方法はたった一つだった。
不確かな要素を多分に含むが決断するほか無かった
奇跡を起こすためにそれをゆっくりと引き抜いた。
奇をてらうように出現させたそれは朝葉の刀を砕き彼の鼻先をかすめていった。
これ程の威力が出るとはと内心驚いていた。
手に握る左手の“深淵の魔法”は新しい創造魔法だ。
「...なんという馬鹿威力...!!」
朝葉は笑みを浮かべて呟き新しい発見に純粋に喜ぶ。
最早それが彼等の強さの一旦だ。
壁を見つけてはその先を見据え、その不屈の精神は相対する僕に突き刺さる強力な刃となっていた。
半分に切り裂かれた刀は液状に溶けてしまい不自然に砕け腐る様に落ちていった。
握っている部分まで。
“深淵の魔法”が朝葉の刀に勝った視覚情報をこの瞬間に脳内に事実として示され記憶されていても、彼の底の知れない強さのおかげで冷静さを保てていた。
朝葉は現実世界において最も親しく最も焦がれ最も勝ちたい8人の親友の一人を否が応でも彷彿させた。
そして一息もつけない、本物の緊張感に酔いしれ始めていた。
力を持つ事で今まで知り得るはずのない事を知り得、強者の境地に達した。
それがなんとも言えない高揚感をこの時、生み出していた。
彼は空を握る拳を構えた。
無いはずの刀が襲ってくるはずないという常識的概念はすぐさま捨て去った。
物質と物質が衝突するそんな豪快な音が耳をなでていった。
見えない盾に当たっているかのように
“純白の魔法”に火花が迸り
ぶつかり合っていることを示していた。
朝葉は“深淵の魔法”に当たれば物質的な物は全て消失してしまう事を感じたらしいのか当たる瞬間に切断出来る程の加速力を叩きつけて即席の見えない刀を使用しているようだ。
超常的加速度を操っているからか、刹那的な遅れが少しずつ生じ始めていた。
ゆえに刀を物理的な視覚物として感じていた時よりも後手後手にまわらさらていて距離感が認識しづらい状況を作らされていた。
焦りからか空間を停止をさせるいわゆる時止めを行なってしまう。
必ず立て直す。
遅れに意識が奪われていたため時間を欲した僕はそれに準じた魔力を形成し空間停止を行使した。
けれど朝葉だけは周囲の空間とは別に先に停止が溶けて進み始めていたのだ。
斬りかかった僕が虚を突かれる形になり
“純白の魔法”に走った衝撃で朝葉の攻撃を受け止めた感覚に気付く。
そして後方に吹き飛ばされながら朝葉攻略の糸口を同時に見つけていた。
自然物に身体を変化させ人体の構造を無視して自身の姿勢を立て直した。
もう、目の前に朝葉を捉え、“純白の魔法”は易々と朝葉の見えざる刃を受け止めた。
時間停止はほぼ通用しない。
けれども摩擦に使う事は出来る。
“純白の魔法”の周囲に小さく時間停止を纏わせ続けた。
これなら負担も最小限に済むし朝葉の虚を上手くついているのを実感できた。
幾重にも並ぶ旋律のように武器と武器が交じり合う。
そして少しずつ僕の2つの”創造魔法“が朝葉を後退させていく。
これは両手が塞がっていても可能な使う事ができる創造魔法ならではだ。
更に朝葉の刀を止めるのでは無くほんの少し遅くすればいいので時止め自体に意識を持っていかれなくて済むのだ。
たしかにこの時は見果てぬ境地にいた。
それは朝葉も感じていただろう。
僕と朝葉は刃を交じえ続ける事で互いを認識し合っていた。
僕は何処か楽しいとそうも思っていたし対等でありたかった。
それを今、成し得ている。
そんな気がしてならないのだ
だけど最後の一振り“純白の魔法”が朝葉に突き刺さる。
朝葉は不自然に僕との距離を置くが僕はこの好機を逃さなかった。
人体が空間から受ける影響を念頭にいれないわけがなく最もそれを人類という狭いカテゴリーに収める気などさらさらなかった。
対有機物として忍ばせていた“深淵の魔法”はそんな要素を多分に含むイレギュラーでもあった。
その死へと死へと向かわせる“深淵の魔法”が煌めくと竜が鳴くように力が周囲に満ちる。
“純白の魔法”は座り込みそうな朝葉の首元を掠めた事を祝福するかのように。
「...いずれ、また会おう」
そう言い残して朝葉は木の葉が舞うように消えていった。
火のステルラが微笑むこの空間で、“純白の魔法”に付着した朝葉の血液を蒸発させて僕はこの場を後にした。




