第180界(階) 力を求めて
着実に力がついてきている実感を得ていた。
不確かなことだけど確かな気持ちだった。
だけど、まだまだ強くなりたいと脳も心も渇望していた。
これが、向上心だとか野心だとか呼ばれているものなんだなと。
地球にいた頃には感じることがなかった、新しい気持ちを噛み締めていた。
すでに純白の魔法だけでは限界がある事も感じていた。
それを突破するために絶対に相容れないもう一つの何かと束ねたその先に真の力がある事を確信していた。
そして、非人道的な魔法を人道的に運用する事により常識の枠組みの中においての最適解を発揮出来る事実があることを感じていた。
先の戦いで使用した魔力圧散は魔法学の教科書には掲載されていない。
ルテミスさんやリヴァンに見せてもらった本に掲載されていなかった事実をふまえてある。
その中に大まかにいえば記述されてあったのだが神話レベルのお話だった。
それは想像の世界の出来事で神の境地という意味である事を示している。
ゆえに事実との関連性は一切無い事を示していた。
空間をまるごと一つ創作し運用する魔法は相手からの干渉で非常に消去されにくい。
なぜならルールの一部を操作することに匹敵する境地だからだ。
非人道的か人道的かの境界を知る為には実験がいる、それには生きた命を用いる実験が。
けれども用いる命は選別しなければいけない。
しかし実に単純な話で、答えは人々から邪魔な命だ。
幸い、僕は以前と比べようが無い程に強い。
だから魔の住人をターゲットにしようと決めた。
早速、身寄りの無い少女に協力をしてもらおうと各地の滅びた地へと足を運んだ。
容姿は美しい程良い。
まぁ、そうでなければ目的を達成できない。
アルテン達には表向き弟子が欲しいと言っておいた。
滅んだ街や村を巡り自身の感性に従い、とても惹かれる少女を選別した。
傷一つつけるつもりも手出しをするつもりも毛頭無い。
世界を獲るための最高の協力者だからだ。
...
......
.........
そして2人の見栄えのする少女が僕の目の前に並んでいた。
「ちょっとミラ君?保護して弟子って...!」
「いや...まぁ、食事もろくに取れていなかったし、それに魔法の才能があると思ったんだ!」
「美少女フォーリン、らーーーーぶぅ!!!」
わざわざ人化し、よく分からない事を叫び出したリヴァンはイカれていたので、蹴って黙らせておいた。
「ほぉ?魔王よ、名を教えてくれ」
全天は疑う事もせず、この状況を受け入れてくれたようだ。
「“魔鬼”族のサクラハとモモハ」
黒髪ボブのサクラハと、黒髪ロングなモモハだ。
特に名を口にしなかったので2人には名を与えていた。
世話焼きなルテミスさんに整え着飾ってもらった“魔鬼”の2人のうち、モモハを全天に預けてある頼みごとをしていた。
特に活きのいい“小鬼”を1人だけ連れて来て欲しいと。
それとこうも告げた。
残りの“小鬼”は好きなだけ食って良いぜとも。
町外れの辺鄙な場所にサクラハを一人残して
遥か天空からその様子を眺めていた。
事前調査では周辺の“魔鬼”の里を数カ所、蹂躙した“小鬼”族の群れがこの地域で休息を取っているらしい。
「!!!?」
驚くサクラハに近付く1匹の魔物。
中年太りな“小鬼”が出現し、真っ直ぐ歩いていた。
とにかく醜い。
1言でいって醜い。
2言、3言つけ加えても醜い。
(「あー、気持ちが悪いなぁ!」
(「...そいつ、もう舌舐めずりしてやがるよ」
サクラハに1歩、そして2歩と近付く1匹の”小鬼”。
近付く魔物に小さくサクラハが肩を震わす。
(「今だ!!!」
ーー土蛇尖
地面を突起の様に盛り上げて、“小鬼”の両腕の肘の部分に突き刺した。
魔物の青い鮮血が飛沫の様に飛び散り、その傷の深さを証明していた。
痛みをかき消すかの様に怒りを宿した“小鬼”は憎しみの表情でサクラハを睨みつけていた。
死に近付いた魔物から発せられる異様な気に恐怖を感じたサクラハは尻餅をついて、小さな身体を震わせていた。
雲の上から急降下する過程で“小鬼”の後頭部に鉄に変化させた蹴りを数発ほど叩き込み怯ませたのと同時に“小鬼”の足と肘の傷口を魔法で凍らせた。
奇声を発し、痛みと凍傷に悶えながら“小鬼”は苦悶の表情浮かべていた。
「これでいい」
“小鬼”の持つ、1にも満たない極小の魔力が生命を維持しようと僅かばかり、成長を始めた。
“小鬼”の中で目覚めた生物としての根幹にある本来の本能が目覚めつつあった。それは何を元にしその地を2本足で踏みしめ立っているのかを物語っていた。
ーー弱肉強食
それは僕が強であり他が弱であり、僕が肉を選別する物語の始まりのほんの些細な出来事だった。
“小鬼”は身体にまとわりついた凍て付く氷柱を壊すことができずに逃げられないことへの恐怖を悟ったのか声すら上げられずに萎縮していた。
悪という絶対的強者をねじ伏せてこその力。
今までとは違う“本当の自分”にのぼせるような気分に酔い、それを体の芯に満たすかのように感じていた。
そして“小鬼”の周囲の空間を切り取り実験道具として異空間に放り込んだ。
“小鬼”が目の前からいなくなり、安心した表情で魅せるサクラハ。
あの震えようからして“小鬼”と何かしらの縁があるなと感じていた。
次の瞬間だった、硝子が割れる様に空間が歪に裂けて全天が顔を覗かせていた。
「“小鬼”は美味しかったか?」
問いかけると全天は怪しく微笑み、生臭い血の臭いを青の濃淡が強い口紅を塗ったような口元から漂わせていた。
「周囲と次元違いの動きをする“小鬼”の1匹も生かしたぞ?」
星魔法で巨大化している全天の左手に包まれるように悪の華とも謳われていそうな美形の“小鬼”が青ざめていた。
同種族からかけ離れた美しい顔立ちで通常種と容姿は月とすっぽんほど違っていた。
それでも“小鬼”種に該当しその中の“希少種(ユニークスキル持ち)”だ。
一説には転生者とも呼ばれていると予測出来る。
そして、いかにも人間の女性が好みそうな顔立ちをしているとも思っていた。
それだけの上等な獲物に興奮と高揚を抑えるのに必死だった。
「あぁ...使える。実に素晴らしい道具だ。
1度こういう悪が泣き叫ぶ姿が見て見たかった」
心が汚れている。
いや、こう思わない人間が清く美しい心の持ち主だと心底思う、地獄の底よりも深く。
希少種の彼を利用する方法を試行錯誤していた。
誰もが笑みを絶やすことはないだろう。
悪の死という幸福に。
全天は何やら時空の穴に右手を突っ込み、くたびれたぬいぐるみの様な物を乱雑に地面に置いた。
「魔王よ!もう一匹面白い“小鬼”がいたぞ」
それは1匹の雌の“小鬼”だった。
あばら骨が浮き出ていて痩せ細り薄汚れている。
身に付けているものも貧相で普通の状態であることが奇跡に近い。
普通の状態というのは衣服が毒や病気の原因にならないという意味を持っていた。
ーー能力数値
貧弱で能力値も奇跡といわんばかりに低い。
ーー能力小鬼
“小鬼”種の中でも最末端のようだ。
「へぇ、だからこそ面白いのか」
「周囲の成長した個体のどれよりも弱かった。だが、こう叫びながらこの我に向かって来た。勇者を倒して“小鬼”族の英雄になるんだ!ってな」
(「英雄か」
「全天、もう一匹の“小鬼”も地面に寝かせてくれないか」
「承知した」
頭から乱暴に落とされ、衣服をまとっているとはいえ尻を突き出し憐れな姿をさらす“小鬼”の希少種。
「転生勝ちなんてあり得ないな、現実に勝つのが人間だろうに」
だけど負け続けた、全ての勝負で大敗北だ。
けれど全部ひっくり返す。
次の奇跡の大逆転の完全勝利で。
だからこそ。
(「その言葉、想い、試してみるか?」
と自分に問いかけるように雌の“小鬼”に問いかけた。
ーー技能移植
“希少”を雌の“小鬼”に移した。
雄でも雌でもどうでもいい。
勇者を倒す英雄か。
それは魔王を超え神さえ超越する何かなのなら。
ーー精神顕現
“希少”は脳に宿り、心臓から巡る。
“小鬼”の希少種の精神体の脳の部分は切り取られ黒く歪んでいた。
それと対比するかのように雌の“小鬼”の精神体の脳の一部分に虹色の様に光り輝く部位が浮き出ていた。
神が与える恩恵「スキル」、その移植の成功だ。
この段階で希少種を擬似的に生み出す事が出来たのだ。