達也という男 ―後編―
信良がジャックから話を聞いていると、気づけば外は夕焼けのオレンジ色に染まっていた。外には冒険者や商売人などが行き交い、港町特有の賑やかしさを醸し出している。
ベットの上に座りながらその空を窓から見ていた信良は、話し終えたジャックの方を振り向き、ノーマルなトーンの声を出す。
「…….つまり、部隊に戻るも戻らないも、達也さんに任せると?」
「そうゆーこと。どおせ俺らが隊長に戻ってくれなんて言っても無駄だろうし。……それにさ、達也さんだって辛いわけだし」
「まあ、俺も言い過ぎたところはあったな……」
信良はギルド内部での達也との会話を思い出しながら、後悔に苛まれていた。何よりも辛いであろう人物のことを考えずに発したその言葉は、決して口に出して良いものではない。
「……後で……謝らないとな……」
「そうだな。謝んなきゃな」
「………そういえば、達也さんは?」
何かを思い出すようにハッとなった信良は、ジャックに話を変えるように質問をする。
「ああ、達也さんだったら今、俺らの後輩どもに稽古つけてるよ」
「稽古……?」
一瞬言葉の意味が分からない、そんな感じだった。しかし頭の中の情報を整理するにつれて、信良はその言葉の意味を理解する。稽古を受けているのは、恐らく自分とジャック以外の0番隊であろう。
自分がかつて稽古をつけてもらっていた光景を脳裏に浮かべる信良に対して、ジャックは話を続ける。
「あの人、いつも笑ってるけど、やっぱり戻らなかった罪悪感とか凄いらしくてさ。だからか知らないけど、自分から稽古を申し出てきたんだよ」
「達也さんが……自分から……?」
「そう。自分から」
「…………」
ジャックの言葉には、何か思い詰めるところがあったのだろう。信良は思い詰めるように下を向き悩みこむ。
しばらく思い詰めた後、信良は何かを決心したように座っていたベットから立ち上がる。
「行くのか?達也さんの所に」
信良の行動のみを見て理解したジャックは、信良のしようとしていることを当て、それを質問してくる。
「達也さんに……謝らなきゃいけないことあるからな」
「――そうだな。んじゃ行くとするか」
ジャックはそう言うと両手を両膝に起き、押し上げるように椅子から立ち上がる。そして二人はその一室にあるドアから外に出て、達也の居る所へと向かって行った。
少し薄暗くなった空の下、達也と信良が戦った広場にはまだ十人程の人影がある。その内半分以上が未だ残っている野次馬達であり、残りの者は0番隊隊員五人とシア、そして達也である。
達也が鞘に収めた刀を持って五人の稽古らしきことを行なっているのを見つけると、信良とジャックは真っ直ぐと歩み寄って行く。しかし、信良の足取りは重かった。重い物を持っている訳でもないのに、ズシリと音が聞こえる。
そんな信良の姿に気がついた隊員達は、手を止めて其方を見る。それは達也も同じだった。
信良は異様な存在感を放ちながら達也に歩み寄り、そして人二人分程の距離がある場所に立つ。そして対して背の変わらぬ達也の目と、自分の目を合わせる。
一度深呼吸をしようとした信良だが、それを行動には出さずに気持ちを整理し、そして口を開く。
「先程はその……すいませんでした……」
「ん?何がだ」
「達也さんのことを考えずに……強い言葉で当たってしまって」
「ああ、そのこと」
突然頭を下げられキョトンとしていた達也だったが、信良の言葉を聞くと理解したようだ。
「別に良いよ。俺にだってわがままな部分あったし、お前ら困らせたのも事実だし、謝るのはむしろ俺のほうだよ」
「そんなこと――」
「でもまあ、相変わらず優秀な奴等が揃ってて安心したよ」
達也は自分の背後に立つ隊員五人を見渡しそう口にする。
「稽古つけてみたところ、中々実力がある。それにお前自身も大分成長しているようだし、こいつらの話によれば、ちゃんと隊長やれてるようだし……」
達也は再び信良と向き合い、笑顔を浮かべながら右手を信良の左肩にポンと置く。
「お前に隊長を継いでもらえるなら、俺も本望さ。だからお前は謝る必要なんて無いよ」
「…………それでは、俺の気が治りませんよ」
その言葉は、達也の言葉に何も言い返せなかった信良が、必死に絞り出したものだった。謝罪をすることは出来たが、その謝罪が必要無いものである筈が無いと思っていたからこそ出た言葉なのだろう。
「………まあ、その話は辞めにしよう。暗い話は性に合わないからなぁ。こちとら今日はずっと動きっぱなしで腹減ってんだわ。一緒に飯でも食わねぇ?」
「………はい」
信良はその二文字の返事をすると、達也達と0番隊一行は再開した場所である冒険者ギルドに再び入店する。
ガヤガヤとした店内では、達也達のテーブルも少し賑わっていた。理由があるとすれば、ジャックと信良を除いた0番隊の隊員達が、達也の二年間の冒険話を少年のような心で聞いて居るからだろう。
「あれはウエステラ地方の龍の谷でのことだ。数多くのドラゴンが集うその谷で俺は奴を探していた。だがそこで出会ったのは、まるでレースのコース並みに長い胴体、さらには鉄よりも硬い鱗を持ち、ワニガメのような頭部の魔物だった。
そいつは好戦的で、俺とシアを視界に捉えた瞬間真っ直ぐ突進してきた」
「それで………どうなるんですか!?」
「逃げる手もあったけど、俺は即座にカバンから刀を取り出してそいつに斬りかかって行った」
気づけば彼等の席の周りには、達也のその話に興味を持ち聞き入る冒険者の姿が点々とあった。ジャックと信良も、なんやかんやでその話に夢中だった。
その後達也の冒険話は夜まで続き、夕食はとうに食べ終えていた。
「いやぁ話疲れた……」
「でもとてもためになりました!」
「そう。ならよかった」
そう一言言うと達也は椅子から立ち上がり、それを見てシアも立ち上がる。そして椅子の横に置いてあった自分のカバンを持つ。
「それじゃあ俺達、宿とってるからそこに戻るよ。要件があるんだったらそこに来てくれ」
「………達也さん」
「ん?」
その場を立ち去ろうとした達也を、信良が呼び止める。
「……戻る気は、無いんですね?」
「ああ。探さないけない奴がいるんでね」
「0番隊に戻って探すことは、出来ないんですか?」
「………そうだなぁ、ドラゴンはともかく、アイツとはサシで会いたいからなぁ」
達也のその言葉に信良は、何かが引っ付いたような違和感を心のどこかで感じた。それは信良だけでなく、ジャックもだった。
「達也さん………アイツってのは?」
ジャックの言葉に達也は一瞬悩むような仕草を見せるもの、それを直ぐに辞め、自分の言葉を纏める。
「俺が今一番話を聞かなくちゃいけない存在……かな。悪いが詳しくは俺にも良く分からない」
「そう……ですか……」
「そういうこと。それじゃあな」
達也はそう言い残し、シアと共にその場を去って行った。店内を出るときシアが彼等にお辞儀をしていたのは、記憶に良く残る類のものだった。