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『世界』と『異世界』  作者: 黒服先輩
第一章 隊長の帰還
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尊敬すべき隊長


『俺にとって貴方は……まさしく偉大な存在だった』


 記憶を浮かび上げながら、信良は心の中で語り出す。その記憶は達也が隊長だった頃――およそ2年前のものである。


『初めて貴方のことを知ったのは、五年前くらいだったろう。年も3つしか変わらず、普通に考えれば先輩後輩のような関係になっていただろう。

 しかし、貴方と俺には天と地の差があった。若くして異界調査団最強の0番隊に入隊し、一年経たずして隊長となった――』


 信良の記憶に浮かび上がるは、圧倒的早さで高き山を登る達也と、その背中を見ながら置いてきぼりにされている自分の姿。

 

『貴方には才能があった。しかし、多くの人はその才能に嫉妬した。当然だと言えば当然だろう。同世代の仲間が、気づいたら置いていかれている。羨むのも仕方ない。

 それでも……それでも俺は、貴方を尊敬した。嫉妬と尊敬とは裏返しのようなものだ。だから嫉妬する者達の多くは、貴方を心の何処かで尊敬していたのでしょう。だから俺は――貴方には憧れた』


 信良の記憶には、ただ1つのゴールを追い求める自分の姿。達也という1つのゴールに辿り着くための努力。

 折れることもあっただろう。自分には辿り着けないという邪念が、心の何処かに生まれていたのだろう。しかし彼は折れなかった。遠く長い一本道を、延々と渡り続けた。そして彼は、0番隊に入隊した。


『やっと貴方の足元まで辿り着いた。その達成感と共に、俺はどこかで浮かれていたんだろう。翌日に貴方に稽古として勝負を申し込み、そして完敗した』


 叩きのめされる信良の姿。目の前には達也が立ち、自分は地べたに力無く横たわっている。信良のその姿を見ると達也は膝を曲げてしゃがみ、信良に対して一言浴びせる。


『まだまだだな。隊に入って浮かれてるように見える。本気でやってたら死んでたよ。……でもまあ……隊の奴では一番素質あるかもな』


 その言葉を浴びた信良の心にあったのは、悔しさでも嬉しさでもなく、ただこの人に勝ちたいという、熱意のこもったものだった。

 その後も信良は訓練を積んだ。隊のミッションである魔物に支配された町の奪還や、テロ組織の撃破。様々な状況で戦い、そして生きてきた。その努力は、もはや一心不乱と言っても良いものであった。


『どれだけ努力をすれば貴方に追いつく――いや、貴方を追い越せるのだろう。そう思っている内に気づいたのだ。俺と貴方の決定的な差を。

 それは――――“優しさ”だった』


 記憶は魔物を討伐した時を浮かび上げる。辺りに魔物の絨毯が敷かれる緑の丘。その上に立つ0番隊の者達。その中には信良の姿もあった。

 辺りを見回し、生き残っている魔物が居ないかを細かく捜す0番隊。その中に一人だけしゃがみこむ男が居た。達也である。


『何をしてるんですか?』


 信良は疑問を抱き質問をする。しかし、達也の口から出た答えは意外なものだった。


『いやさ――コイツらだって生き物な訳だし、せめて安らかに眠って欲しくてね』


 達也は、自分が殺した魔物達に安らかにと思いを捧げていたのだ。目の前に居る魔物をただ単に殺す自分に対して、魔物を想いながら殺す達也。一見すれば違いは無いが、その本質は大きく異なる。信良が達也との違いを実感した瞬間であった。


『そういえば……シアちゃんを連れてきた時も、優しさを実感したな……』


 記憶はある日、達也が一人の少女を連れて来た場面を映し出す。達也の半分くらいの身長しかないその少女に、隊員の誰もが視線を奪われた。


『いきなり連れて来て何かと聞いてみれば、捨て子だと答えましたね。最初はロリコンだとか言われてましたが、シアちゃんが貴方のことを親のように扱っているのを見えて安心しました。

 どんな魔物にも想いを込め、子供にはめっぽう優しく、更には隊員の命を自分よりも重要視したりする。貴方の優しさを思い知たったと同時に、俺は貴方を超えて隊長になることなど出来ないのだと理解してしまった。それでも俺は、貴方の元で戦い続けた。それは貴方を………尊敬していたからだ』





(俺は貴方を尊敬していた。強く優しいそんな貴方を。だからこそ言える。今の貴方は、貴方に似合わない……!)


 場面は冒険者ギルドの裏手にある広間。そこでは、同じ材質で出来ているであろうが、形が異なるカバンを持った達也と信良が距離を開けて向かい合っている。

 その二人を円状に囲むように他の隊員やシア、そして冒険者などの野次馬達が立っている。


「これで貴方に勝利して、隊長としての貴方を取り戻します」

「取り戻すって………俺は別に変わったなんて思ってないけどなぁ……」


 達也が自分の言葉を言う前に、信良は達也のカバンよりも短いカバンから武器を取り出す。その武器は一見すれば、トイレットペーパーの芯を二本重ねたくらいの長さの長方形な棒で、それが4本ある。

 カバンを投げ捨てその4本を片手に2本ずつ持つ信良の姿に、達也は僅かな笑顔を漏らす。


「やっぱりそれ使い続けてんだな」

「ええ。貴方に勝つのに一番近いですからね」


 達也はその言葉を聞くと、自分のカバンを開き一本の刀を取り出す。鞘はまだ抜かない。


「ガチじゃないんだろ?」

「ガチですよ。貴方を連れ戻すのなら、殺す気でやらなければいけない事ぐらい理解していますから」

「あっそ………まあ、宜しく頼むわ」


 達也は自分の姿勢を低くし、居合の構えを取る。それに対し信良は、なんと持っていた棒の内3本を上空に投げ捨てる。そしてその棒が落ちてきたその時、突如としてその棒の先から刀の刃が作り出され、その切先が地面に突き刺さる。

 その光景に驚きを隠せない野次馬達。対し長くその光景を見ている0番隊員はとても冷静である。


「あっ……あの……」

「ん?」


 野次馬同様困惑しているシアが、ジャックの服の裾を引っ張る。


「信良さんのあれって……なんですか?」

「ああ、シアちゃん見たこと無かったか。信良のアレはいわゆる変形武器で、通称『お手玉』。刀の刃が出てくる棒を複数使う武器だ。その使い方は人によるけど、アイツの『お手玉』は一番その名前に合った使い方だ。分かったかな?」

「は……はい……?」


 ジャックの解説に対して、首を傾げて返答するシア。その姿を見たジャックは、思わず顔に笑みを浮かべる。


「まあ、実際に見ればどんなのか分かるさ」


 ジャックはシアから再び目線を移し、達也と信良の方を向く。信良は手に余っているもう一本の棒からも刃を生やすと、その切先を達也に向けている。


「行きますよ……!」


 信良はそう言うと共に走り出し、一気に達也と距離を詰める。そして半分ほど進んだ辺りで、信良はまたまた意外な行動に出た。信良は手に持っていた一本を空中に投げ捨てたのだ。

 手から刃が無くなった。誰もがそう思ったその時、信良は先程地面に突き刺さった刃を2本抜き、そのまま達也に向けて投げつける。

 達也は投げつけられた刃を刀で空中に弾き飛ばす。しかし弾き飛ばしたことで達也が刀を振り上げたその瞬間、突き刺さっていたもう一本を手に取りそのまま斬りかかる。

 達也は咄嗟に刀で叩き斬るが、そこに合ったのは刃だけで、信良の姿は無い。


「――上か!」


 達也がそう言って上を見ると、そこには信良の姿があった。が、直後信良は先程達也が弾いた刃に太陽の光を反射させ、達也の眼球に直射させる。

 一瞬達也の動きが鈍るのを見計らうと、達也は上空の2本の柄を掴み、両腕で同時に斬りかかる。しかし達也は刀を縦に団扇を広げるように刀を振り、2本の刃を弾き飛ばす。

 しかし、上空には信良が投げ飛ばした刃が未だ存在した。信良はタイミングを見計らってソレを掴み、隙の出来た達也に再び斬りかかる。


「うお!?」


 咄嗟に横向きに避ける達也。信良はソレを確認すると刃を持って素早く距離を取る。気づけば、信良の手には刃が4本全て握られている。


「たくっ……お前ちょっと腕上げたんじゃねぇか?」

「当然です。この二年間、ただ貴方を捜していただけだとでも?」


 再び距離を開けて向かい合う達也と信良。辺りの野次馬達はこの時点で目が追いついていないのがほとんどである。


「すっ……凄いですね……」

「だろぉ。まあ、アイツは一番隊長に会いたがってたからな」

「へっ……それってどういう――」

「後で話すよ。それよりも今は、集中集中!」

「…………」


 信良のピリピリとした雰囲気とは対照的なジャックに、シアは少々困惑していた。と言っても、実のところ信良は先程より明らかにピリピリとしていた。


「俺が強くなったのはどうでもいいんです。それよりも、達也さん貴方………弱くなってますよ」

「ん?まあそうかもな。色々とあったし」

「言い訳は良いです。やはり、貴方には異界調査団が一番性に合っている。俺や多くの隊員にとって憧れでたり理想であった貴方は大きく変わってしまった」

ピクッ


 信良の言葉を聞いた達也には、頭の中で何か引っかかる部分が存在していた。それが何かを理解した時、達也の顔には笑みがこぼれる。


「そうか……お前、俺のことを理想だとか思ってたのか……。だったら悪いが、俺は何も変わっちゃいないよ。元々のお前の理想が勘違いだっただけさ。

 ――まあ、そんな後輩の勘違いを正すのも、元隊長としての役割か――」


 そう呟き達也は、刀の柄を強く握り締めた。


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