異端殺し
異端殺し――異界調査団という組織を語る上で、外すことの出来ない一人の男の呼び名である。そもそも異端とは、異界調査団を含む者達が最も危険視する存在。突然と姿を現し、突然と被害を出し、突然と世に知られる。普通のゴブリンやオークといった比較的危険度の低い魔物がイキナリ強さを増すことから、油断したベテランが殺されることも少なくはない。
では、異端化した魔物に挑むのはどんな者達だろうか?
例えば、家族を、友人を、身近な人を殺され恨みを持つ者。
例えば、地位を、名声を一気に手に入れようと模索する者。
例えば、だだの好奇心で近づく者。
色々な者が居る中で、『異端殺し』と呼ばれる男は前者、恨みを持つ者である。彼は幼少期、住んでいた村を異端化した魔物に滅ぼされた。知る人の話では、彼が八歳の頃だという。
自分ではどうすることも出来ず、ただただ隠れて見て居る事しか出来なかった。怯えながら、泣きながら、黙って見て居る事しか…………だから彼は、異端を恨んだのではなく、無力で臆病な自分を恨み、憎んだのだろう。
異界調査団に入団してからの彼は、異端のみを求めた。異端が出たと聞けば、すぐさま足を走らせ、そこへ向かう。共に行動していた者はおらず、実際に彼がどういう人物かを知る者は五人居ない。そんな、異端だけを殺し続ける時間が何年も何十年も続くと、彼はいつしか、『異端殺し』と呼ばれていた。この先にも彼には様々なことが起きたらしいが、それは長くなるので、ここで話すのは辞めておこう。
…………ところで、皆こうは思わないか?何故、そんな身勝手な行動を続けていたにも関わらず、彼が異界調査団に居続けられたのか。その理由は、たった一言で説明出来る。
――――彼は、強かった。
これが、『異端殺し』の異名を持ち、現異界調査団弐番隊隊長、『花月』のお話である。
ガキィィィィィィィンンン
鉄と鉄のぶつかり合う重苦しい音が、訓練室内に響き渡る。観戦する信良達は、ただただ唖然として、その音の主を見つめて居た。
皆が見つめる先、音の主である達也と花月は互いに武器を握る手に力を入れ、距離を開けて睨み合っていた。両者の足元には、既に暴れ回った跡が大量に伺える。
「………達也や、貴様手を抜いているのか?」
「それはそっちもでしょ。ていうか、互いが全力になったら訓練室壊れちゃいますし………」
会話を交わす二人、あまり乗り気でなかった達也も、既に戦闘体勢に入っていた。それを既に理解している花月は、剥き出しの敵意を達也に振りかけていた。
「………遠慮するならば、先にこちらから本気を出させてもらおう」
花月はそう一言口にすると、片手で持っていた大剣をイキナリ振り上げ、そのまま床に突き刺す。その際に大剣を中心に広がる衝撃波が、辺りの土埃を巻き上げる。そこからはあからさまと言っても良いレベルの、『敵意』を感じ取ることは容易いものだった。
「知っているだろう?我が武器がどういうものか………」
「ええ、知ってますよ」
達也はそう言って返すのと同時に、今よりも二、三歩後ろ歩きで距離を取る。それとほぼ同時に、花月の大剣に変化が起きる。大剣のヤイバであった部分が、突如としてギザギザとし始めたのだ。それは、剣と呼ぶにはあまりにも似合わない見た目である。そして気がついた時には、ヤイバは機械音を立てて回転し出していた。つまり言うと、チェーンソーだ。
(花月さんが最も得意とする戦法。それはとにかく力押し………と思わせておいて、相手が隙を作ったところで仕掛ける、意外にも頭脳派だ。
アレは花月さんの戦い方に合わせて造られた、チェーンソーを基礎とした武器。その名を『破損』、完全攻撃特化のいわゆる脳筋武器………)
「行くぞ…………」
達也が脳内で花月の持つ武器がどういうものか思い出しているその時、花月は小さな掛け声と共に、その重苦しい一打を達也に向けて叩き込む。
その速度は、達也よりも体格が大きいにも関わらず、体感的にはまるで弾丸。観戦する皆からは何とか視界で捉えることが出来たが、達也の視界からは花月の姿が消えていた。直後、回転する刃をギリギリ察知し、達也は横に避ける。咄嗟に花月に目をやると、持ち手の所に花月の姿は無い。
(やはりか………)
達也がとった行動は、身体を少し捻り、刀の柄を花月が居るはずであろう方向に向ける。長年の感がそうさせたのか、そんなことを考える暇も無く、達也の死角である懐から花月の強靭な拳が繰り出される。拳は達也の腹部を捉えて居た。しかしそれは、達也が既にそちらに向けていた刀の柄で弾き返す。
「ぬうっ………」
攻撃が不発に終わっと察し、距離を取ろうとする花月。そこを逃がすかと言わんばかりの勢いで、達也の右足からの強力な横蹴りが捉えた。しかし花月、それを読んでいたかのように右手で達也の足を握り、雑に振り回そうとする………が、動かない。
何故か分からず花月は咄嗟に達也の足元に視線をやると、そこには、達也の刀が床に突き刺さり、達也を固定していた。
(柄で弾いたのと同時に刀を地面に刺したのか――)
次の瞬間、花月の視界はぐらつく。
達也は非常に不安定な状態から、花月の顎に蹴りを入れていた。顎に強い衝撃を受け、花月は当然のように足元をおぼつかせる。
花月が弱っている瞬間を見計らうと、達也は刀を即座に引き抜き、花月に向けて素早い斬撃を放つ。
「簡単にいくと思うなよ」
バケツの中の困った一言。同時に花月は突き刺さっていた『破損』の持ち手を握って引き抜き、こちらも不安定な体勢から一撃を放つ。
ガシィィィンという金属同士のぶつかる音。二人はその衝撃に弾かれ、再び距離を置く。
「………ふむ、弱くはなっていないようだが…………まだ、足りんな」
「はっ、言ってくれる………」
両者の戦いはまだ続く。




