弐番隊
支部の中を進む達也と時雨。一人がかつて零番隊を率いた者、片や現在の弐番隊副隊長、そんな異様な組み合わせは、辺りを歩く者達の目を引かせる。
途中達也に向けられる嫌味やヒソヒソ話が二人の耳に入るが、分かり易く不機嫌になる時雨を達也が落ち着かせることで、一悶着起きることは無く進むことが出来た。
「…………ここです」
そう言って時雨が立ち止まったのは、とあるドアの前。押したり引いたりして開くような物ではなく、横に開くタイプ。近未来的な見た目のドアの取っ手にあたる部分には、手の平を認識する装置が付けられている。
時雨は機械に手を当ててドアを開け、中へと進む。背後から付いていく達也、その目線には、広々とした空間があった。
以前戦ったゴブリンキングと暴れ回れる位余裕で出来てしまう広さの、およそ正方形の空間。壁にはモニターのようなものや、観客席などが設置されている。
「………訓練室か」
呟きながら辺りを見渡していると、空間の中心に複数の人物の姿がある。見覚えのある姿だ。
「あっ、達也さーん」
その中で一際背の低い少女が、達也を視界に捉えて嬉しそうに駆け寄ってくる。シアだ。達也の足元まで来ると、突然ピタリと足を止める。
「むっ…………」
「………どした?」
達也は何事かと聞くと、シアは鼻を尖らせ、達也の匂いを嗅ぎ始める。少し不快な顔をしている。
「達也さん………何かありました?」
「?………いや、ないけど…………俺何か臭う?」
「私ぐらいしか分からないと思いますけど、不快です」
「マジかよ…………」
鼻が良いシアのストレートな回答に、少々傷つき自分の腕や脇を嗅ぎ出す達也。当然自分では匂いに気がつくことは出来ない。
「後で風呂入っとこうかな…………」
「残念だが、そんな時間は取らせないぞ」
突如として達也の独り言に割り込む、野太い声。その声の主は誰かと視線をそちらに向かわせると、そこには一人の男が立っている。背丈は横に居る信良よりも高く、体格も良い。しかし何より、その頭に目線がいく。顔があるであろうそこには、バケツがあった。正真正銘、鉄製のバケツを被っている。
バケツ男の周囲には、零番隊員の皆、そして男と同じ様にバケツを被った者たちの姿も見られる。
「おっ、花月さんお久しぶりです」
達也に声を投げたバケツ頭に、達也がそう口にする。信良たちやランロードには向けぬ、尊敬の思いが込められた喋り方。駆け足気味で、そちらに歩む。
達也に花月と呼ばれたバケツ頭はそれを見るや否や、数歩手前に歩み、達也と距離を縮める。そして二人の間に大した距離が無い所まで行くと立ち止まる。身長差的に、達也が花月を見上げるようになっている。
「まさか、戻って来るとは思わなかったよ…………」
「こっちも驚きましたよ。まさか、時雨ちゃんが副隊長にまでなってたなんて。確かに実力はありましたけど、2年で結構成長するもんですねぇ………」
他愛のない会話を交わせる両者。それを周囲から見守る皆。ふと、達也はそちらに目線をやると、表情が少し曇りがかっている。
「………何かあったんですか?」
疑問に思い花月に投げかけると、花月は、はぁ………と溜息を吐き、バケツの間に当たる部分から見える敵意を持った瞳で、達也を見下ろす。
「………聞かなければ分からぬか?」
重みを込めた一言が、達也にぶつけられる。すると達也は脳内で現状を整理し出す。ここが訓練室であること、森に向かうであろう者たちが全て揃っていること、花月から真剣さを感じ取れることから、達也は一つの結論に辿り着いた。
「………ああ、そういうことですか。俺が調査団を離れていた間、弱くなっていないか確かめる…………って、ことですか?」
「………物分かりの良さは変わってなくて良かったよ」
達也の問いに花月はそう返すと、腰元に下げた大剣に手をかける。それはまるで、今にでも闘志を燃やして戦うかの如し。
「えちょっ、いきなりですか………?」
「不満か?」
流石に花月の行動に困惑を隠しきれない達也。対して花月は、さも自分の行為が当然かのように返す。
「いやぁ………久しぶりの再会ですし、話すこともあるでしょ?」
「そんなもの、戦いの中で語り合えば良かろう?」
(ああ………そういえばこの人こういう性格だったなぁ…………)
心の中で呆れ気味に呟く。
「………はぁ、信良ぃ、みんな連れて観客席行ってろ」
「………はっ、はい」
「シア、お前も行ってろ」
「はい。お気をつけて………」
達也は二人にそう言い聞かせ、その場から移動させる。対して花月も目配せのようなことを行い、他のバケツたちと時雨を信良たち同様に観客席へと向かわせる。
皆が移動しきったのを確認すると、二人は背後に歩き出し、距離を取る。空間の中心から大股に数歩歩いた場所で立ち止まり、再び振り向いて向かい合う。
「それでは、会話をするとしよう」
「こんな物騒な会話、聞いたことないですけどねぇ………」
緊張感をあまり感じられない会話と同時に、花月は腰から剣を引き抜き、達也はケースから刀を取り出し手に取る。そして周りが息を飲む暇も無く、戦いは突然と勃発した。




