支部
「ここで到着です」
「いやぁ、送ってもらっちゃってすいませんねぇ」
「いえいえ、構いませんよ」
城塞都市内、城から少し離れた所にあるおよそ6階建ての建物。所々に大きな窓が見える黒を基調としたこの建物は、異界調査団の支部である。
達也はベルナールに車で送られ、支部の入り口でカバンを手に持って降り、申し訳なさそうに軽く頭を下げて礼を言っていた。
「それでは私は城へ戻ります。森のことは、お気をつけ下さい」
「ええ、そのつもりですよ」
「………ああ、それと言っておきたいのですが…………」
出発しようとハンドルを握っていると、ベルナールは突然と何かを思い出す。
「あの森には、エルフ以外にも魔物が居る筈です。たしか、インプだったと思われます」
ベルナールの口にするインプとは、イタズラを主な被害とする、悪魔の一種である。多少の魔法とすばしっこさを持ち味としている。その危険度は、単体でCに相当されている、が………
「………もし、インプが異端した場合は相当厄介だな………」
達也はそう、難題を目の前にした時のように難しく呟く。知っての通り、異端をすれば危険度が二段階上がると言われているが、インプはその中でも少し特殊な部類なのだ。
「ただですばしっこいのに、異端化すれば恐ろしい位に早い。加えてもしもアークインプがいれば、厄介この上ないですしね」
「そうですね。アークインプの異端化は少々面倒です。私も昔は、厄介で苦労しました」
「………ベルナールさんも戦闘経験があったんですか?」
ベルナールの昔を思い出すようなセリフに、達也は気になり質問をする。するとベルナールは不器用そうな笑顔を浮かべて、昔の話を語り出す。
「私もまだ若い頃は、姫を守る騎士として戦っていましたよ。しかし未熟ゆえに、魔王カタクロと互角に渡り合うことしか出来ませんでしたよ」
「…………へ?」
「では達也さん、私はもう城に戻らせてもらいます」
「はっ………はあ…………」
達也の言葉を聞く余地も無く、ベルナールは別れを告げて車を発進させる。達也は呆気に取られたまま車の影が小さくなって行くのを見つめていた。
「………魔王カタクロって、歴代の魔王で最も戦闘に長けた奴だった筈だったんだけどなぁ…………」
自分の記憶から魔王カタクロがどういう存在だったのかを引き出しながら呆気に取られ、そのまま支部の中へと入って行く。
支部の内部は白を基調とした壁や、カフェのようなスペースなど、全体的に清潔感のある空間だ。入り口から入って直ぐの空間はいわゆるエントランスになっており、正面の受け付けと思われる部分には二人の若い女性が立っている。
(さて、あいつらはどこに居るのやら………)
周囲を軽く見渡し、信良達の姿を探す。しかし周囲に数十人位の人々がいるが、彼等の姿は見当たらない。その代わり、白色のコートを身に纏った少女が駆け寄ってくる。背丈は大して高くは無く、顔からはまだ幼さが感じられる少々。
「………達也さんですよね?」
「ん?ああ、そうだが…………君は?」
「えーっ、忘れたんですかぁ!?」
元気な呼び声に誰だったかを思い出そうとするも思い出せず、名前を聞く。
名前を聞かれた少女は驚き少しガッカリ気味になるが、コートの裾と清楚な黒髪を揺らしながら達也の目の前で一回転し、笑顔を達也に向ける。
「異界調査団弐番隊副隊長、西園寺 時雨です」
少女の慣れたような挨拶。彼女の名乗りから、達也は自分の記憶の中からとある人物像を思い浮かべる。自分がまだ零番隊の隊長だった頃、面倒を見た訓練生達の中の一名。
「………ああ、時雨かぁ!」
「はぁ………やっと思い出しましたか」
思い出した達也に、呆れ気味で返す。
「いやぁ、元気してたか?」
「見ての通りです」
「そうかそうか、にしてもお前が副隊長ねぇ………」
「むっ、なんですか?」
達也は小声で心配事のように呟く。しかし耳が良いのか、時雨はその呟きに気がつき不機嫌そうに反応する。
「まっ、とりあえず案内してくれるか?花月さんに向かいで寄越されたんだろ?」
「無視しないで欲しいです。
………はあ。それじゃあ行きますか」
「おうよ」
少々不機嫌な気分を残したまま、時雨は達也の前を先行し、達也を信良達の居る場所へと案内を始める。
直ぐ近くに設立されてあるカフェの椅子に座る二人組が、二人のそのやり取りを見ていた。
「おい、あれって………」
「ん?ああ、弐番隊の副団長だろ?」
「いやそっちじゃなくて、男の方だよ」
男二人組の一人は、時雨を見下ろすようにしてやり取りをしていた達也に目線を向ける。
「あれって、寺田 達也じゃねえか?」
「はぁ?寺田 達也って、二年前位にに辞めた奴か?」
「そうそう」
達也にとっては、記憶に深い傷として残っている出来事。男達は彼らに聞こえないようにコソコソと嫌味混じりに話し続ける。
「任務中にミスしたらしくてさ、そん時の零番隊の奴ら死なせちまったらしいぜ」
「まじかよ。てか、そんな奴が何でこんな所居るんだ?」
「さあな。まあ、もしも復帰すんだとしたら、また対一つ死なせちまうかもな」
「はははっ、笑い事じゃねえなおい!」
「違いねえや。ハハハッ」
聞こえないであろうことを良いことに嫌味を語り続ける男二人。それに対し、少し距離が離れていながらも不機嫌そうな表情を浮かべる時雨。
「あの人たち、ぶん殴ってきます」
「良いんだよ。時雨、落ち着く落ち着く」
腹を立たせ、今にでも男二人に殴りかかりに行きそうな時雨を、達也は落ち着いた雰囲気で落ち着かせる。
「でも………あれは達也さんが悪い訳じゃ――――」
「良いんだって。もう慣れたし、相手の悪口に一々突っかかってたら、余計悪い印象与えちまうよ」
「ううぅ…………」
達也の言葉に、時雨は強く握り締めていた右手から力を抜いていき、拳を解く。しかし彼女の表情からは、どうもやるせない感じだった。
時雨は泣きそうな弱々しい目で達也の顔を上目に見上げる。
「………私は、達也さんが悪いとは思ってませんからね」
「ああ、知ってるよ。それを心の中で思ってくれてるだけで、俺には十分さ」
「…………はい」
時雨は達也に気を遣わせてしまったのかと感じたのか、怒りを押し殺すどころか落ち込み出してしまった。達也はそんな時雨に溜息を吐きながら、目的地へと歩を進める。




