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『世界』と『異世界』  作者: 黒服先輩
第二章 エルフの森
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少女の名前は


 心地よいそよ風が自分に吹き当たっていることを、達也は感じ取っていた。魔導車の中では感じ取ることの出来ないそれがなんなのかと、達也は閉じた目をゆっくりと開ける。

 達也は仰向けの体制で寝転んでおり、そのため目を開けるとそこには車の天井か、あるいわ青空が広がっている筈だった。しかし、目の前に広がる雲一つない青空は、見覚えのある少女の顔で隠されていた。

 薄桃色の髪をした幼き少女。その彼女が仰向けで寝転がる達也の頭を正座した膝に乗せ、達也の無防備な寝顔を覗き込んでいた。


「………何してるんだ?」

「………膝枕」

「まあ………そりゃそうだけど………」


 目を覚ました達也と目が合うと、二人はそんな簡単な会話を交わす。すると達也はここで、自分が寝ている場所があの花園であり、自分と少女が花園の百合と草の上に居ることに気がつく。


「………何か用でもあったか?」

「用がなきゃ読んじゃダメなの?」

「そういう訳じゃねーんだけどなぁ………」


 右手で頭をポリポリと掻き、少し悩みこむ達也。すると少女は、覗き込んでいる達也の頰を右手で摘む。少し力を入れてるようだが、いわゆる甘噛みと同じで、限界まで力を入れている訳ではない。


「イテテテテッ………」

「………」

「………もしかして、怒ってる……?」


 何かを察し少女に問いかける達也。少女は少し顔をムッとして頰を膨らませる。


「……怒ってない」

「お前が怒る時はいつもそんな顔だろ」


 余計に頰を膨らます少女。すると達也は突然と少女の怒る理由を理解し、それを口にする。


「………俺が隊に戻ったからか?」

「………うん」

「やっぱりか……」


 達也の予想通りの答えだったようで、少女は図星を突かれた表情で返事をする。すると達也は少女の膝から頭を持ち上げ起き上がり振り向くような姿勢で少女と会話を続ける。


「達也はもう、隊には戻らないって言ってた。自分が近くに居るせいで危害を加えたくないって」

「ああ、言ったな」

「達也が戻りたいなら、別に戻ってもいい。でも、行動に移すならちゃんと気持ちを整理してほしい」

「ん?……整理?」


 一瞬理解が追い付かずにいた達也。するとそんな顔をしていた達也に、少女が僅かに呆れつつ応える。


「忘れたの?ここは花園、全てが存在し、全てが存在しない場所。

 ここでは夢を語れても嘘は語れない。今の達也、凄い悩んでる。本当に戻って良かったのかって。自分の選択が間違えたんじゃないかって」

「…………」


 自分よりも年下であろう見た目の少女の言葉は、異常な程に達也の胸に突き刺さっていた。必死に顔に出さずに痛みに耐えるも、達也の顔には暗い靄がかかっていた。

 暗い表情の達也。すると少女は四つん這いになって達也により近づき、先程つねった頰に手を添え優しく撫で始めた。


「悩むことは悪いことじゃないよ。それに、今すぐどうこうなる訳じゃないもの。だから、少し時間をかけて考えればいいと思うよ」

「………まあ、そうだよな。今すぐ決めることじゃないか」


 先程よりも達也の顔が明るくなると、少女は達也の頰から手を離し、何かをねだるような顔を達也に向ける。すると達也は慣れた動きで足をあぐらの形にし、そこに少女を招き入れる。少女は内心喜びながら達也の懐に移動し、背を向ける形で達也の足の上に座る。

 一連の動作に慣れて居るであろう達也は、達也の懐で縮こまる少女の頭に右手を置き優しく撫で始める。

 満足気な表情をする少女。それを間近で感じていた達也は、何かに気づいたような表情をして、少女の名前を呼んで問いかける。


「なあユイさんや?今すぐ決めることじゃないとは言ったけど、後になってからでは遅いのではないかね?」


 少々ふざけたのか、いつもとは違う話し方の達也。しかしそれよりも重要なのが、達也が口にした少女の名前であろうものだ。

 『ユイ』、それが少女の名前だった。名前を呼ばれたユイは悩んだ顔をするも、即座に答えを導き出し、達也に応える。


「その時はその時」

「相変わらずいい加減だなぁ。………まあなんにせよ、アイツ(・・・)を見つけるのが最善だけどな」

「そうですね」


 達也のアイツという知らない者には分からぬ単語を、ユイは問題無く理解しているようだった。


「………ところでよぉ」

「なに?」

「アイツ、ここに来れるんだろ?来てたりしないのか?」

「来てないよ」


 達也の質問に、ユイは一言返す。そしてすぐさま、その返しについての情報を付け足す。


「そもそもあの人は、わざわざ私に会いに来るほど暇じゃないと思う………」

「まあ、それもそうか………」


 達也は簡単に納得すると、少しガッカリした表情を見せる。

 機嫌を損ねたのかと思ったのか、ユイは首を伸ばして達也の顔を振り向き見上げる。


「達也は、私にしてほしいこととかないの?」

「ん?いや………特には……」


 上目遣いで質問をしてくるユイに対し、なんと無く答える達也。するとユイはより一層達也の顔に自分の顔を近づける。


「遠慮しなくてもいいよ。達也のお願いならなんでもする」

「毎回そのセリフ言ってるけどよぉ、別に俺の為になんかしなくたっていいんだぞ?」


 グイグイと来るユイに言い聞かせる達也。しかし達也の言葉にユイは首を振る。


「私の全ては達也のもの。ずっと前に、そう言ったでしょ。あの日、私と達也が家族になった日、私が人でなくなる前のあの日に」

「………そうだったけどよお、俺はその時そんなことしなくてもいいって言っただろ?だから――」

「あっ!」


 達也の言葉を、ユイの発した声が遮る。


「達也、もう時間」

「えっ、もうか?案外到着するの早いなあ」


 ユイの言葉に少し急がされる達也。自分の足の上からユイを退かすと、どっこいしょと声を発して立ち上がる。


「それじゃあ、また来るよ」

「うん。また来て。すぐ来て」

「はいはい、分かりましたよ」


 先程よりも適当になって出た達也の返事。それをユイが聞き遂げ、瞬きをすると、ユイの目の前から達也の姿は跡形も無く消え去っていた。まるで最初から誰も居なかったかのように。


「………」

「まるでウサギだな」


 達也の姿がその場から無くなり、哀愁に浸るユイ。その背後から、一人の男の声がユイの耳に入って来た。

 ユイは男の声の方に振り返る。するとそこには、黒いロングコート、黒いブーツ、黒い帽子を身に纏った姿があった。その者の顔は底の無い深淵のように暗く染まっており、覗くことは出来ない。


「達也が居なくなった途端、寂しくてたまらないらしい」

「ウサギは一匹で生きる生き物ですよ。集団行動をする生き物ではありません」

「ほう、それは初耳だ。流石は物知り、恐れ入るよ」


 男の低いトーンの言葉に、ユイは達也が居た時よりも声を低くして話す。しかしその言葉からは、目の前を歩いて来る黒ずくめを、なにも嫌っている訳ではないと分かる。


「しかし、物知りというのはいいもんだな。なにせ、嘘をつくのも上手いときたものだ」

「…………」


 黒ずくめの男の言葉にユイは黙り込む。しかし黒ずくめの男は話し続けた。


「俺がこの花園に何度も来ていることを知れば、アイツはお前を怒るかもな。何せ俺はアイツが最も会いたい存在であり、同時に敵だ。それを教えてやらないとは、悪い子だよ」

「貴方がそうしろと言ったんでしょう?」


 黒ずくめの男に、ユイは反論する。


「達也に貴方のことを話すな。そう何度も行って来たではないですか」

「………まあ、そうだな。しかし、それに従うお前もお前だよ、ユイ」

「従うも何も、貴方の言う通りに動けば、達也は救われるのでしょ?」

「ああ………そうとも。その行為が達也を救い、同時に俺を救うことにもなる。もちろん、お前もな」


 黒ずくめの男の意味深な言葉からは、異様なまでの不気味さを感じさせていた。黒ずくめの男はそれを口にし終わると、身体の向きをクルリと逆にし、再びそちらの方へと歩を進める。永遠と広がる花園の地平線へと遠ざかっていく。


「………私は、貴方のことを信用しています。だからこそ私を………達也さんを、裏切らないで下さいね」

「ああ、もちろん。

 この異端教六司教が一人『黒服』、嘘をつくことはない」


 黒服をそう言い捨て、その姿を薄れさせていったのだった。その状況にユイは哀愁を抱くことは無く、達也との明らかな違いがあったのだった。





「……ん、んん〜……」

「あっ、起きましたか」


 達也が目を覚ますと、そこは先程より乗っていた魔導車の中だった。乗っている他の者は皆目を覚まし、目的地への到着を待っている。


「ああ、今どこぐらいまで進んだぁ?」

「もう少しですよ。窓から見えます」


 信良の解答に、達也が魔導車の窓を開けそこから顔を乗り出す。すると、数キロにも満たぬ距離に白を基調とした巨大な壁が見えた。


「あれが城塞都市ペリカです」


 その壁はとても広い範囲に建てられており、辺りの者を近寄らせぬ威圧感を放っている。

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