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『世界』と『異世界』  作者: 黒服先輩
第一章 隊長の帰還
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雪の町の聖女様


 『異世界』イストリア地方 ウェデン渓谷付近


 視界の全てが、真っ白のカーテンに覆われる。身体を打つ吹雪は、まるで針に刺された時の痛みを思い浮かべるよう。

 見えるものといったら、無造作に生える雪が積もった木々と、一見して壁のように見える岩山。

こんな人の手など一切届かぬ辺境の地に、二つの人影がある。

 人影の背丈にはかなり差があり、お互いがフードを被っている。同じ道を歩き、背の高い影が小さい影に歩幅を合わせている。こんな辺境の地をだ。


「………ん?」


 背の高い者が、ふと何かに気づく。僅かに漏れた声から、男であることが伺える。

 すると男は、自分の背後についてきている小さき者を横目で見る。


「吹雪抜けるぞ」


 このような吹雪の中で、不思議と根拠がありそうなその言葉。そしてそのまま進むと、男の言った通りに吹雪はピタリと止み、雪のカーテンで見えなかった満天の星が二人を照らす。

 吹雪はまるで何かを阻むように壁のように吹いていて、尋常のものではない。


「大丈夫だったか?」

「はい。寒さは得意なので」


 男の声に、その声質から少女であろう者は、自分の被っていたフードを取る。フードを取ると、薄い水色をした長い髪が現れる。服から僅かに見える肌は白く、顔には少女特有のあどけなさが伺える。

 男は少女の頭に手袋を取った右手をポンっと置き、サラサラとした髪をぐちゃぐちゃにしないよう優しく撫で始めた。


「ふみゃあぁぁぁ!?」


 突然撫でられたことに、少女は驚き声にならない声を出す。男はその声を聞くと、まるでオモチャを見るような目で少女を見だした。

 その顔を少女が見ると、少女は困り果てたよう顔をしだす。


「あんまり無茶すんなよ」

「わっ分かってますよ!だからイキナリ撫でないで下さい!」

「はいはい」


 男は少女の頭から手を離し、再び道無き道を進み出す。少女はそれにピタピタと着いて行く。


「まったく……撫でるなら言ってから撫でて欲しいです……」

「まあ良いじゃない。それよりも、もうすぐ目的地だ」

「話を晒さないでほしいです……」


 小声でそう言う少女を尻目に男は歩き続ける。そして間も無く、巨大な渓谷に辿り着く。渓谷の底を見ようと覗くと、視線の先には地獄まであるのではないかと思う程深く、底を見ることは出来ない。

 渓谷の両端には長年使われたであろう吊橋が掛かっている。男はそこを渡ろうとするが、少女が行こうとしない。


「たっ……達也さん!」

「どうした?」

「怖く……ないんですか?」


 少女が達也と呼ぶその男に、少女は恐る恐る問いかける。少女は吊橋のロープが繋がれている木の影に身体を震わせながら隠れていて、出てこようとしない。


「仕方ねぇなぁ……」


 少女が橋を渡るのを怖がっていると、達也は少女に歩み寄り、なんの前触れもなく左手で担ぎ上げる。


「へっ!?達也さん何を……!?」

「分かるだろ」


 達也はそのまま再び吊橋まで戻り、そして渡り始めた。二人同時に渡るからか、ギシギシという音が二人の耳に響く。

 達也は気にしていないようだが、少女は産まれたての子鹿のようにブルブル震えている。しかし怖がりすぎて声が出ないようで、借りてきた猫のようだ。


 時間にして二分ほどで吊橋を渡りきったが、少女にとっては何十分もかかったように思えたのだろう。達也が腕から降ろしても、未だに震えが止まらない。

 呂律も回っておらず、到底言葉とは思えない声が口から出ている。


「たくっ、ほら掴んでろ」


 達也はそう言うと空いている左手を差し出す。少女はそれをギュッと右手で握ると、再び歩き出す。

 達也に触れているからか、身体の震えが自然と止まっている。しかし声は出さず、未だに怯えているのがよく分かる。


 そんなこんなで進むと、無造作に生えていた木々の間から突如として、石煉瓦造りの建物が現れた。それも一つではなく、いくつも建ち並んでいる。

 いくつもといっても、大した数ではない。精々十数件で、町というよりも大きめの村といった方が正しいかもしれない。


「やっと着いたな」

「長かったですね」


 二人が安堵していると、たくましい髭を生やした一人の老人が現れる。


「おやおや、こんな町に人が来るとは、旅の者かね?」

「はい。今日だけ泊めて頂きたくて……」

「構いませんよ。お疲れでしょうし、空き家をご案内しますよ」


 突然の訪問者であるにも関わらず、老人は二人を快く受け入れてくれる。老人は二人を町の中に入れ、空き家の所まで案内しだした。

 町中には雪が積もっていて、雪国だということが改めて分かる。しかし、少し違和感があった。町人達と一度もすれ違わないのだ。

 達也が自分の腕に手首に付けている腕時計を見ると、時間は夜の八時を指している。寝るには早過ぎた。


「あの……町の人達は何処に?」

「ああ、今は皆聖女様の奇跡を見に行っているよ」

「聖女様?」

「よろしかったら観に行くかい?」


 老人の言葉に達也ははいと返事をすると、老人は進んでいた道を外れ、不思議と人溜まりが出来ている場所へと向かって行った。

 見るとそこは教会のような場所で、集まっている人々の視線の先には右手に杖を持ち、修道服を着た女性が立っている。


「聖女様!どうか息子の病をお直しください!」


 声の主は、聖女の前に激しい汗をかき、呼吸が荒い一人の男の子を抱き抱えてひざまづいている女性だ。恐らく親子であろう。

 その声を聞くと聖女はしゃがんで姿勢を低くし、杖を持っている右手とは別の左手で男の子の身体に触れた。すると突如として、聖女の左手が光り出す。

 時間が経っていくと、男の子の汗は減っていき、呼吸も落ち着いていく。そして光が止み聖女が手を離すと、男の子は落ち着いた様子で目を覚ました。


「流石は聖女様だ!」

「なんて素晴らしいの!」

「やはり聖女様の奇跡は本物だ!」


 男の子が治ったのと共に、周囲から上がる喝采。男の子の母親と思われる女性も、聖女へのお礼を辞めない。

 しばらくすると、聖女は教会の中へ入っていく。それを見送ると共に、町人達は散り散りになっていく。


「凄いでしょう?」


 一部始終を見ていた二人に、老人がそう言う。


「一年程前、この町にやって来ましたな、住まわせてくれるお礼として、1日に一度奇跡を見せて下さるのですよ」

「………へぇ」


 老人の言葉を耳に入れつつ、達也は教会の方を見つめる。そして少女と目を合わせると、アイコンタクトをとって確認し合う。


「……どうしましたかな?」


 その動作が気になったようで、老人が二人に問いかける。


「いえいえ、此方の話です。それよりも、空き家に行きましょう」

「ええ、そのつもりですよ」


 二人は老人に詳しく語ることなく、空き家へと案内してもらった。不思議と老人は質問の追求をしてくることがなく、何か気づいてるのではないかとも思える。

 結局追求をされる事はなく、そのまま空き家に着いてしまった。空き家と言っても、中にはベッドや机などがあり、宿のようだ。


「それでは私はこれで。町を出する時は、私への挨拶はいりませんので」

「はい。何から何まで、ありがとうございます」


 老人は案内を終えるとそう告げて去って行った。それを確認すると、達也と少女はベッドに腰掛ける。

 部屋は保温性が高いようで、外の雪景色にしては快適な温度になっている。よって疲れきった達也と少女は直ぐに寝てしまってもおかしくないのだが、逆に目が冴えていた。

 それもこれも、あの聖女が原因である。


「なあシア?」

「なんですか?」


 少女は達也の声に反応する。少女の名前はシアというようだ。シアは達也が何を言おうとしているのか分かっているような顔をしている。


「あの聖女様とやら、間違いないな」

「はい。外見とあの能力、間違いありません」

「『異端教』六司教の一人、エルシア=ロドーフ。相当な危険人物だ」


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