ゴブリンキング ―登場―
既に日は水平線へと沈み、海風がよりヒンヤリとするようになった港町ロデン。空に浮かぶ月の光が建物に影を作り出すように暗いというのに、町の者達は騒ぎ立てていた。
幾つかの建物からは火が上がり、町人の数人の身体が冷たくなって地べたに敷かれ、そこを踏み歩くゴブリンの大集団。今ここに、昼間の平和な港町の面影は存在しない。
男を殺し、女子供を襲い攫う……そんな卑劣な存在のゴブリン達は、魔物という言葉が良く似合うような耳に刺さる笑い声を発している。そんな醜く卑劣な小鬼達が、一際うるさく喚く場所があった。恐らく、今最もゴブリンが集まっている場所でもあり、それと同時にゴブリン達が最も死体となっている場所である。
そこには、ゴブリン達の返り血がまだらに染み込んだコートを身に纏う男女四人が、それぞれに武器を手に持ちゴブリン達を次々と死体へと変えてゆく姿があった。
「ハァァァァァ!!」
「グギャアァァ!?」
四本の刃を扱い、バッタバッタとゴブリン達を切り刻んでゆく信良。回り込んで来ようとするゴブリン達を他の男女二人が叩き切り、逃したゴブリンをもう一人が狙撃する。言葉無くとも網出せるその連携は、彼らが実力者であることを表していた。
「これぐらいなら余裕っすね」
「当然でしょ。ゴブリン程度にやられてちゃ0番隊になんて居れないわよ」
信良と共に戦う二人がゴブリンを倒しながら会話を繰り広げる。しかし、信良はそれをどこか良く思っていなかった。
「お前ら、余裕なのは分かるが、話す暇あるならもっと手を動かせ」
「「了解」」
二人が余裕だということは、信良も余裕なのである。0番隊の名は伊達ではなく、危険度の低いゴブリン程度には傷一つすら負わない。
しかしこの余裕な状況に、信良の脳裏は違和感で覆われていた。
(これだけのゴブリンの大群……当然指揮官が居るのだろう。恐らくはゴブリンキングだ、油断さえしなければ対処は可能だが……このゴブリン達の動きはなんだ?
まるで死から逃れるような……いや、違うな。死よりも強大な何かから逃れようとしているような……)
信良の予測通り、ゴブリン達は死に対しての恐怖心など毛頭なかった。それどころか、自ら処刑台に立つかのように立ち回る。
(……まあ、何にしても倒すだけか)
刃を構え直す信良に、ゴブリン達が一斉に襲いかかる。死を恐れず襲いかかるその姿は、特攻兵に等しい。
「――やめておけ」
突如として上がったその声に、ゴブリン達は動きを止める。小柄な身体を震わせ、身動きをとろうとしない。
「犬死などする必要などなぁい。オマエ達が死ぬことなど、わしは許さんゾォ」
少し篭った低い声。けれどもその声は身体に重くのしかかり、驚異的なまでの威圧感を放つ。
ゴブリン達は両端に寄り、声のする方向へと道を開く。そしてその先からは、声の主であろう黒き肉体を持った者は、此方に一歩一歩と近寄って来ていた。
近寄って来るその姿は、信良達にとって異質そのものであり、それに信良は真っ先に気づいていた。
(コイツ………ゴブリンキングなのは間違いないだろう。しかし何だ……この威圧感は……?)
信良の予想は、半分正解で半分不正解と言ったところだった。近づくその姿は、ほぼゴブリンキングである。しかし、信良達の目線を釘付けにするその姿は、ゴブリンキングという名前だけでは表せなかった。
通常緑色であろうその肉体を黒く染め、右手に槍状の武器を持っおり、多少篭ってはいるものの人の言葉を話すその異質な姿は、0番隊の者達の記憶からある言葉を引きづり出した。
「………『異端』か」
「ほう、一目で理解するとは……流石は異界調査団の者達ダァ」
だいぶ近くまで寄って来たゴブリンキングは信良のその言葉を聞くと足取りを止め、顎に手を当てながら信良の言葉に応える。その言葉からは敵意などは一切感じることが出来ない。いや、もはや敵として見られていないのかもしれない。
ゴブリンキングはゴブリン独特のその顔でニヤリと笑みを浮かべる。
「なんじゃあ、随分と小童の集まりではないか。これでは楽しめぬのう」
「楽しむ?」
ゴブリンキングの言葉に、信良は引っかかりを覚え、それを口にする。
「お主の見立て通り、わしは異端化しておる。昔は貴様ら異界調査団に殺されそうになったこともあったが、気づけばこの姿よぉ。周りの者全てが軟弱に思えてしまい、楽しみがいが感じられん」
「だから俺達と戦って自分の欲を満たしたいと?」
「話が早くて助かるわい」
悠々と語るゴブリンキングとは対照的に、信良は敵意を剥き出しにする。
「……お前ら、コイツは俺に任せて、雑魚のゴブリン供をやれ」
「「えっ!?」」
信良の言葉に、二人は驚きを隠せずにいた。ついでに言えば、ゴブリンキングは意外そうな顔をしていた。
「ほう……意外だな。テッキリ仲間達で一斉に攻撃して来ると思ったぞ」
「ああ、実際ならそうしたいとこなんだがな……今日は気分が晴れない」
次の瞬間、ゴブリンキングの頬に切り傷が付く。それに周囲のゴブリン達は驚き、0番隊員は当然のような顔をしていた。
気づけば信良はゴブリンキングの背後、ゴブリン達が開けた道に砂埃を立てて着地していた。その周囲には、目視できる程の濃い風が舞っている。
「……風魔法か」
ゴブリンキングは振り向き、信良の方を見てそう口にする。
「達也さんとの戦いでは使わずにいたが……お前になら殺意を持って向けられる……」
信良は目に見えるその風を両手に持つ四本の刃に纏わせ、ゴブリンの顔へと剣先を向ける。
ゴブリンキングとの激闘が、今開幕する。




