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幻影の君の献身

 というわけで急遽、アイリシアを男子寮に招待することになった。まあ時間があればみんなで女性陣も集まれればよかったんだが、まあ別の機会にしよう。


 一番大事なのは、アスタと会って、少しでも話をすることだ。


「……アイリ」


「兄さん」


「「…………」」


 二人とも緊張しているようで、何を話したものかと悩んでいるようだった。


「アスタ、ありがとな。ホットケーキ」


「ん? うん。結構量あったと思ったけど全部食べてくれたんだね」


「そりゃそうだ、アイリシアも喜んで食べ……っ!?」


 思いっきり足を踏まれた。


「アイリが……」


「シオンさん、余計なことは言わないでください」


「……そっか」


 アスタは笑った。その笑顔は、どこまでも優しい。アイリシアの考えなんて吹き飛ばしてしまいそうなくらいに。


「あ、でしたら晩御飯の後、ホットケーキを焼くのはどうですか? 確か、朝に作った生地は余っているんでしたよね」


 と、夕食の配膳に来たマリアが口にする。


「ん? んーでも、シオンもアイリも食べて来たんだよね? 続けてっていうのは」


「……兄さん、私、兄さんのホットケーキが食べたいです」


 遠慮がちながらもはっきりとした声で言う。


 まあそりゃあそうだ。アスタのホットケーキが飽きるはずがない。


※※※


「……ふぅ」


 寮から外に出て、膨れた腹を少しさすりながら夜の空気に身を馴染ませる。


 アスタとアイリシアは仲睦まじく、兄妹として積もる話をゆっくりと消化していることだろう。


 闇よりも深い幻影と比べれば、まだまだ物足りないくらいではあるが、どうにも、特にアスタといると少しばかりこたえる。


 俺の名前はイリューシオン・ハイディアルケンドだ。それを捨てようと思ったことなど一時もありはしない。けれど、シオン・イディムとしての自分がいることを無視できないようになってきている。


 イリューシオンとして、最初はリリエットにも、アルトレイアにも……皆にも関わり過ぎない方がいいと考えてた。イリューシオンとしての自分を保ち、シオンとしての自分を偽りとして割り切った方がいいのだと。


 俺の両方・・を知っている人間が増えてきて、少しばかりその境界が分からなくなってきた。そしてそのまま、いつかそれを一緒にしてしまいそうだった。


 けど違う。あるんだそれは。アイリシアとアスタ、ミスティ、リリエット……あとおっちゃん。今さらではあるが、だからこそ彼らを巻きこんじまうのはどうかと思うんだ。


 まあアイリシアはアイリシアで俺とは関係なく色々あるみたいだけど、アスタはな。どうにもあの屈託のない純朴な笑顔を巻きこみたくないなって思う。


 けど、まああれだ。いいよな。アイリシアくらいは受け入れてやってくれるさ。あの『お兄ちゃん』なら。


 なんてな。きっと俺は信じたいだけなんだろう。アイリシアとアスタが住む世界が違うように、シオンイリューシオンが住む世界は違う。それでも……


「何してるんですかシオンさん」


 考え事に耽っていると、アイリシアの声が後ろから聞こえてきた。


「アイリシア、もういいのか」


「師匠をつけてください」


「……師匠」


 よろしい、と頷くとアイリシアは帽子を少し整えてこちらに歩いてくる。


「イイも何ももう遅い時間なんですから私も自室に戻ります」


「別に泊まってっても罰は当たんねえんじゃねえの?」


「な、何を言ってるんですか!」


「んー? 兄妹水入らずでってそんな変か?」


 まあアスタも年頃ではあるけどさ。


「……そっちですか」


 と思ったが、何か意外そうにアイリシア師匠は呟いた。


 どっちだ。


「シオンさん」


 アイリシア師匠はじっと俺を見つめる。先程の考えに引きずられて、まだ心は揺れている。


 そんな俺に対し、アイリシア師匠はゆっくりと近づいてくる。そうして、俺の間近で、背伸びをして、そのまま


「いひゃい」


 頬を引っ張ってきた。


「調子に乗らないでください……なまいきです」


 ふん、とそれから手を離し、夜空の元、ゆっくりと歩き始めた。


 俺はそんな彼女を、追いかけて送っていくのだった。


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