プロローグ:蒼眼の魔女の祝福
新章突入です
ある辺境の村に、双子の兄妹が生まれた。
双子として生まれたはずなのだが、二人の在り様は何もかもが違った。
「アイリ、一緒に遊びに行こう!」
兄、アスタ・ココレットは天真爛漫で温かく、笑顔の似合う少年だった。
「別にいいです」
妹、アイリシア・ココレットは聡明でどこか冷めていて、物静かな少女だった。
「そっか……んーたまにはみんなにアイリのこと自慢したいんだけど」
アスタ・ココレットは心底残念そうにしながら、遊びに出かける。それがいつもの日常だった。家では一緒にいても、日中の大半は別々に過ごしていた。
読み書きを習う日曜教室も、他の児童とは抜きんでた才能を発揮したアイリシアに対して教授出来る人材もおらず、特別扱いだった。
しかし、妹のことを忘れたことなど一時とてなかった。その帰りには道中の探検で見つけた木の実だとか珍しい石だとか。宝物をお土産として惜しみなく渡した。これで、自分の楽しい気持ちが少しでもアイリシアに伝わればいい、と。そう思って。
何故か?
「ボクはお兄ちゃんだからね」
それがアスタ・ココレットにとっての誇りであったからだ。背丈が小さくとも、力が弱くとも、愚かであっても。それでも、アイリシアの前で胸を張って立とうとする意欲が湧く。
もっとも――故に、と言うべきか。アイリシアが何故アスタと一緒の幼少期を過ごさなかったか、それについては考えが及ばなかった。
まあ理解が進んでいない、と言うのはアイリシアにとっても同様だ。アスタ・ココレットと言う人物は、どうにも分からない。何故たかだか数瞬生まれるのが違うだけであそこまで意地を張れるのだろうと思う。何故あんなにも……と、アイリシアはそれ以上は考えるのを止めた。
「……ふぅ」
いつも読書ばかりしている。と、村人からは思われてはいるが、別に外出自体は嫌いではない。本の匂いも嫌いではないが、風に当たるのも悪くはないと思っている。
お気に入りは、森の奥にある湖。静かでいて、水場の涼しさも心地いい。道中には魔物なども時たま現れる危険地帯……まあ、子供が立ち入ってはいけない、と言う程度だが。アイリシアにとっては何の問題もない。既に魔法を習得し、大人たちを唸らせ、そこいらの子供たちが束になっても敵わない域にいるのだから。
子供と言う時分は無茶をしたがるものだが、その辺りの心配はない。アスタがいるのだ。アスタは大人たちの言いつけを守る善良さと、時には周りを諌める勇気を持った子供だ。
(本当に……私とは大違いです)
湖に足をつけながら、アイリシアはぼおっと意識を手放していった。
『わらわの声が聞こえるか?』
そうしている内に、どこかから声がした。
「……?」
きょろきょろと周りを見回す。が、すぐに無意味だと悟った。そしてまた意識を埋没させる。
『ほう、お主に直接語りかけていることに気づき、すぐさまアンテナを広げるとは。中々に聡い童じゃのう。ま、だからこそこうしておるのじゃがな』
(あなたは誰ですか)
意識を集中して、言葉を投げかけようと感覚を広げる。すると、アイリシアの投げかけが届いたのが愉快であったのか、けらけらと笑い声が響いた。
若い少女のような甲高い声――しかし、この声の主がそんな存在であるはずがない、と。アイリシアの頭は何故そう思うのか、疑問ばかりだった。
『わらわか。ふむ。あまり詳しいことは言えぬのじゃ。知識というものは自ら得なければなかなか身に付かぬもの。お主が、わらわの正体を探り、そして辿り着く答えこそが肝要』
(子供に対する返答がそれですか)
『お主がそんな柄かえ』
声の主はまた笑った。
声の主はどうやら誤魔化そうとしているようだ、とアイリシアは踏んだ。こちらの理解を求めないどころかむしろわざと難解な言い回しをし、煙に巻こうとしている。
しかし、これ以上も無く真実を語っている。そんな風にも聞こえる。というのも、この声の主の術中なのであろうか、と。アイリシアの頭の中は極めて冷静だった。
『さて、まあこれ以上の問答は無意味と言うのがそろそろわかったであろう? であるからして、わらわの本題とさせてもらおうかの』
(本題……?)
『のう、お主――音に聞く氷魔法に興味はあるかの』
氷魔法、その単語を耳にして、アイリシアの心臓は高鳴った。
習得できる人間は数百年、数千年に一度。どのような修練を積めばその域に至れるのか未だ判明していない謎の属性。魔法使いを志す者であれば誰でも憧れる神秘。
それは、アイリシアも例外ではない。おとぎ話に出てくるお姫様になど興味もないが、歴史に幾度と現れ世界にただならぬ影響を及ぼしてきた魔女たちの逸話には胸が躍った。
『お主さえよければ教えても構わぬのだがどうであろう?』
これは異なことを言う。くれるというのであれば貰わない手など有り得ない。魔法使いであればそれは当然の判断だ。
しかし、アイリシアは声の主の期待通りに、その言葉の真意まで読んで、考える。
そう、これはきっと世界を変えてしまう禁断。強大な力を得た自分は、今まで通りではいられない。
これまでアイリシアの才能をほめたたえる村人によって都会の学校に通わせようと提案した村人たちもいた。しかし、過保護な両親と兄の反対により、アイリシアはのどかに暮らしていた。が、さすがに伝説に聞く氷魔法を発現したとあってはそうはいかないだろう。
けれど――アイリシアは決断した。その叡智を見に宿す光栄を。
『よろしい』
「ぁ……ぅ、く……」
頭を抱える。目を抑える。焼き切れるように。凍り付くように。身体が強大な魔力による干渉で、歪んでいく。アイリシア・ココレットという人間は奇跡に身を捧げ、世界に深く繋がる上位の存在へと作り変えられる。
その苦しみを、アイリシアは誰にも知られず、ひっそりと味わった。
「はぁ……はぁ……」
水面に映るその姿を見る。
「……これが、私…………?」
アスタとお揃いであった茶髪の毛と朱色の温かさは失われ、雪のように氷のように透き通る蒼く白い髪はうっすらと輝き、そして、蒼眼が、自分を見つめていた。
「ふ…………」
アイリシア・B・ココレットは顔を埋め
「アハハハハハハハ!!」
笑った。
それから後、アイリシアは氷魔法を発現した者として王国中にその名を轟かせ、王立ディハルマ学園に入学するのであった。
隠してはいませんが声の主はいわゆるあれです
設定の氷魔法の記述に関してはある種嘘っぱちな部分があります。これには理由が(言い訳)




