ギルバート・マクシミリアンは勇者ではない
「まあ正直に言ってしまうと、シオン。君がファントムロードであること。これは私にとって然して重要じゃない」
マリアが淹れたお茶をずずっとすすりながら、マクシミリアン将軍は、ともすれば気の抜けた態度で雑談に興じていた。
(三対一……とはいえ、俺もまだ本調子ではないし、マリアはともかくとしてフィオレティシアに対してマクシミリアン将軍と戦えと言うのも酷だ)
まあ必要も無いんだけどな。この思考も。
そもそも、マクシミリアン将軍がその気、であればとっくにけりはついている。こっちは数日ぶっ倒れてたんだから。
とはいえ味方かといえばどうだろう。それは確かめなければならないんだろう。お互いに。
外を見ると、オレンジ色の夕焼け空。学園で言えばもう放課後、か。来るならもうそろそろかな。
そんな時、コンコン、とノックの音が聞こえる。
「入っていいぞ」
「シオン!?」
驚いたように慌ててドアを開けて入って来たのはアルトレイアだ。そんなアルトレイアはほっと微笑んだかと思えば、マクシミリアン将軍の姿を見て、疑問の声は出さず、きりりと顔を引き締めた。
「シオン。ようやく目覚めたようで何よりだ」
端的に言うアルトレイアに対して、ベッドに腰掛けていた俺の隣に座っていたフィオレティシアはむっと眉を寄せる。
「シオンさん、アルトレイアさんはシオンさんのことをとてもとても心配していました。放課後は欠かさずここに来て、シオンさんの手を握ってけれど長くいては怪しまれるからとすぐに帰って。マリアさんからお呪いを学んで教会にお参りに行って」
「……な、何故そこまで知っておられるのですかフィオレティシア様」
「様は要りませんよ。アルトレイアさん。だって、私達は同じ殿方を慕う同志ではありませんか」
ね? と呼びかける。アルトレイアも、む……と困惑した表情を浮かべながらも、彼女にしては珍しい曖昧な態度を取る。俺の寝ている間に何かしらがあったんだろうか。
そして促されるようにアルトレイアは俺の左隣……フィオレティシアの反対側に収まった。
対面にマクシミリアン将軍。それに相対するように彼の娘と王女様を侍らせている。そして俺とマクシミリアン将軍の間に天使でメイドのマリア……改めて考えると何だこの状況は。
「……まあ先ほども言ったように、君がファントムロードであること自体は然して重要でもない」
「では何が重要だと?」
マクシミリアン将軍は答えない。
求めている答えを提示することが出来るかどうか。まずそこから試されている。
アルトレイアは眉を顰めている。アルトレイアが持つ情報だけで考えれば、そもそもこうして問答をすること自体がおかしいと考えるのが自然だろう。世界の悪役の一角であるファントムロードの正体を知っているのであれば、問答無用で倒すのが道理だ。
ではなぜそうなっていないのか。答えは
(その理由が無いから)
もっとも、果たして本当にその理由が無いのか。この問いかけはマクシミリアン将軍がそれを見極めるためにある。
少し迷ったが、話すことにした。俺のこれまでの足跡、幻影の君が不在の今の幻影の迷宮のことを。そして、バスティア・バートランスのことを。
「なるほど……そのようなことになっていたとは」
マクシミリアン将軍が考え込んでいる。納得、はしてくれただろうか。
あの時、フィオレティシアと共に見た幻影。あれのおかげでアイルーン王国とファントムロードの関係が分かった。そして、恐らくだがマクシミリアン将軍はそれを全部知っている。そういうことであれば、こちらとしては至らなかった事情を真摯に話すしかない。
この話が真実がどうかってのは、まあ信じてもらう以外ないんだが。
「シオンさんにそんな過去が……」
フィオレティシアが涙ぐんでいる。ああ、そっか。ファントムロードであることから隠してたからな。スレイとリオンにも、まあ機会があれば話をしておくか。
「そうか……なるほど。どうにも色々おかしいと思っていたがそういうことであれば合点がいった」
そうして、マクシミリアン将軍は一つ溜息を吐き、顔を見上げた。
「まさか、あの男が死ぬとはな。全く、あれは殺しても死なないと思っていたのだが」
「父さんのことを知っているのか」
「ああ、あの男は随分と私達を惑わしてくれたよ。そして彼を通じて色々なことを知った」
「……幻影の君と災厄の歌姫の真実も?」
うん? とアルトレイアが何のことかと不思議そうにしている。
まあ長くなりそうだし価値観が色々と危ないからまたあらためて話をしよう。
「ああそうだ。それに関連して、冒険者の起源についての話もされたな。まあ私はもう冒険者の身分を捨てた身であるから、それを他者に伝えるに留まるが」
「……よいのですか? それで」
アルトレイアが尋ねる。
世界の悪役を見逃そうとしているマクシミリアン将軍の態度について、不可解なものを感じている。冒険者として、その意義を知るのであれば取るべき選択肢は違うものではないのだろうか。
あるいは、自分がファントムロードと寄り添うことをどう思うのか。ただ純粋に聞きたいと、そう尋ねているのかもしれない。
「はっきり言ってしまうとな……どうでもいいのだ」
少し考えた後、マクシミリアン将軍は答えた。
「どうでも、いい……?」
その答えに多少面食らっているアルトレイアに対し、マクシミリアン将軍は続ける。
「使命だの運命だのとそんなことはどうでもいい。私は、私の周りのモノを守りたい。助けたい。ただそれだけだ。ファントムロードが、私の大切な者を傷付けるというのであれば、容赦はしないが。まあ、そうでないのであれば、別に」
「何とか及第点だろうか」
「そうだな。まあそんなところだ」
よかった。何とか認められた、かな?
「さて、では本題に入ろうか」
本題?
「アルトレイアとはどういう関係か?」
おかしい。さっきより数段威圧感があるんだが。
「わ、私とシオンは、その」
「アルトレイアさん、誤魔化しちゃいけません」
言葉を濁らせていたアルトレイアに対し、フィオレティシアの澄んだ声が響く。
うん、まあいいんだけどな。
「父上……私の、好きな人、です」
口ごもりながらも誇らしげに宣言し、俺の腕に身体を寄せる。
目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「そうか……よしとりあえず一発殴らせろ」
「父上!?」
いつの間にか闘志をみなぎらせたファイティングポーズを取っていた。こっちは病み上がりだってのに。
「大事な娘をファントムロードなんぞにやれるかボケぇ!」
「キャラ大丈夫かおい!?」
※※※
「娘たちを庇ったことについては評価しよう」
しこたま殴られた身体と顔をさすりながら、何故かマクシミリアン将軍と拳を合わせていた。何かが芽生えたか。
「まあまだ許さないがな」
ダメだった。
「念のために言っておくがアルトレイアを口説き落としたからと言って私のことを当てにしてもらっては困るぞ」
「そのくらい分かってるってんだよこちとら」
自分の掌握する迷宮くらい取り戻せなくて、幻影の君を名乗れるかというのだ。
何より、アルトレイアとのことは、マクシミリアン将軍がどうとかそんなこと全く関係のないことだ。そんなもの、はなから当てにしてはいない。
「その意気やよし」
皮肉めいた笑みを浮かべる。
「そうだ。最後に一つ忠告しておこうか」
何だ?
「エドヴァルド・W・サイファーには気を付けろ」
「……教官に……?」
去り際にマクシミリアンが残した言葉に、三人は不思議そうな顔をしていた。
忘れていたつもりもなかったんだが、改めて思い出す。
最後の攻略対象。エドヴァルド・W・サイファー。彼こそが、幻影の君とヒロイン達が決定的に敵対する引き金となった人物であることを。
懲りずに伏線
将軍もおっちゃんに対してはそこそこ義理とかあるんですが話したのは……ね?
次回 第二回クロード先生のファントム教室にて色々濁していた幻影の君と災厄の歌姫の関係について詳細に




