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生きねば

 俺は走った。


 当てもなく、しかし逃げなければならない、と。その一心で。


「はぁ……はぁ……」


 荒野で。森の中で。町の中で。息をひそめる様にして、潜り抜ける。


「うん? おいガキ、いいもん持ってんじゃねえか」


「迷子かい? おじさん達がいいところに連れて行ってあげよう」


 下卑た身なりの貧相な男たちが俺に声を掛けてくる。


 まあ、俺も鬼じゃない。それなりに信用して、様子を見た。


 するとどうだ。人気のなくなるとすぐさま俺の身体をナイフで貫き、身ぐるみを剥いでいた。躊躇いも無く、手慣れた様子で。


「因果応報、ってやつだよな」


「な……何なんだ!? 何なんだてめえ!!」


 今まで事切れた身体を抱いていたはずの手は空。混乱した様子の男たちはナイフを振り回そう……とするが、その手には実は何もない。


 幻影魔法。その使い方は俺の中に刻まれ、こうして相手に意のままの幻影を見せる。すると滑稽に相手は踊り狂い、子供でも苦労せずに相手を殺せた。


「しけてんな……」


 相手の持ち物を奪い、その場を後にする。そうして、何とか今日も生き延びる。


 ちらり、と俺の身の回りを見る。それなりに薄汚れちゃあいるが、服の素材は上等で、指輪や首飾り、ブレスレット何かの宝飾はそれでも未だに輝いている。


 これも盗賊どもに追い掛け回される要因になってるんだろうが、まああれだ。これはいざという時の備えなのだ。これら自体がそもそもそれなりの性能を秘めた装備品であり、俺の能力をサポートしている。それだけでなく、これらを売り払えば当面は何とか暮らしていけるくらいの金になる。そういう代物なのだ。


 けど、俺はこれを売り払ったりは出来なかった。ガキの身体には多少重かろうとも。その代りに悪党だろうが人の命を奪って生きようとも。それでもだ。だって、そうしてしまったら、俺には……何も残らない。


「そういえば……マリアのやつはどうしてんのかな」


 あの騒動ではぐれてしまったみたいだ。いつからいなかったか。


「帰った、のかな」


 あいつの居場所は元々あそこじゃなかった。そしてその場所も無くなった。


 ま、一言何かあってもよかったんじゃねえかってそう思わなくもないが。そんなもんかもな。それでいい。少しでも知り合いが幸せになってくれてんならそれでいいや。


(腹が減ったな……)


 当てもなくさまよううちに随分と田舎に来たようで、金を取っても良心が比較的痛まないような悪党もいなくなってきた。


 どうするかな。まあ、今更盗みも何も、とそんな心地ではいたが、熱心に畑を耕す農夫たちを見ているとどうにも踏み切れなかった。


「あんた、こんなとこで何してんの?」


 少女の声だった。どこかで聞き覚えのあるような気がしたが、そんなわけもないだろうと無視して歩き出す。


「ねえ、そこのあんたよ」


 肩を掴まれる。俺はその手を振り払い、さて、どうするか、とまた歩き始めたところで……後ろから頭に思いっきり頭突きをされて前方に倒れ込んだ。


「ぅ……うぉ……」


 固い。何だこの石頭め。くそ、腹が減ってるせいで余計に頭がくらくらする。


「なによ? 男でしょ? だらしない。そんなガリガリだからそんなんなるの!」


 やれやれ、とこの少女は俺の首根っこを掴む。おい止めろ。砂利道をずるずる引っ張んな。


「歩けるってんだよ! 止めろ! 服が傷むだろうが!」


「あ! いいとこにきづいたわね。ちっうかつだったわ」


 これである。えぇ……何だこの女。と、その女の容姿を見る。緑がかった青い髪を胸くらいまである三つ編みにして、気の強そうな碧の瞳。頭には布を被り、腕まくりをした素朴なシャツとスカート姿。思わず目を引く、と言った類の美人ではないが、よく見るとどこか目を離せなくなるような、そんな不思議な雰囲気を持った俺と同い年くらいの少女だった。


「……名前は?」


「へ?」


「名前よ。あんたの」


「イリューシオン・ハイディア……」


 と、言いかけてしまった。しまった、最近は名乗る機会も無かったから気を抜いてしまっていた。俺は、日陰者だ。迂闊に名乗っていいわけが


「イリュ……? めんどくさい。シオンでいいでしょシオンで」


「おい! 待て決めつけんな俺は」


「どうせ家出とかしてきたんでしょ? いいわよ。うちの子になりなさい。まずはごはん食べて、寝て。元気になんなさい。じゃないとこき使えないでしょ? あんた弟ね。私は姉。ハイふくしょー。お姉さま」


「お、ねえさ、ま……?」


「はいよく出来ました!」


 しまった。あまりにも強引でついバカ正直に反射しちまった。


「ああいいわすれてたわ」


 夕焼けの田舎の風景を背中に、彼女は一枚絵の様に微笑んだ。


「私はリリエット・イディム。よろしくね」


 リリエット……その名を聞いて、俺は何故か涙を流して、あぁ、と。どこか安心して崩れ落ちてしまった。


 リリエットは、そんな俺に対して珍しく慌てた様子で、何とか宥めて。


 そして思い出す。この世界のこと。シオン。そう、俺はシオン・イディムであったのだとようやく、この時、気付き、そして根付いた。



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