歌姫と幻影と流離の王子のハーモニー
俺とリオンはアルトレイア達から少し離れ、迷宮の前に立って最終調整に入る。
歌声の聞こえる少しだけ前。取り込まれないよう細心の注意を払いながら。
「それじゃ行くよシオン……」
「あぁ」
「……緊張してる? 大丈夫だよ、僕に任せてくれれば、ね?」
「何だろうな。こういうの、お前は初めてじゃないのか?」
「まあそれなりにね。そうだね、だから偉そうにアドバイスさせてもらえるなら、こういうのはお互いに気持ちよくなるのが大事なんだよ。ちょっと僕に負担をさせては貰うだろうけど、変に我慢とかしたらダメだよ。ちゃんと言ってね?」
「分かった」
「よし、それじゃあ始めよう。僕達の、幻影組曲を」
俺はパチンパチン、と指を鳴らし、リオンの竪琴の音色も静かに立ち上がる。
「なるほどね。これが幻影魔法ってやつか……」
口元に笑みを浮かべながら、同時に困ったような感情も浮かべていた。
「大丈夫だよ。大体わかった」
リオンが言うには、幻影魔法の魔力の質と流れを把握し、そこに自らの音色を混ぜる、という原理らしい。よく分からん。俺の役割は幻影魔法を適当に散らして使っていけばいい、と。
「うーん。そうだね。風魔法を覚えてれば話は早いんだけど。風の魔力っていうのは気紛れでね。荒れ狂ったりかと思えば次の瞬間には凪いだり。流れっていうのを感覚的に覚えて使うっていうのがまあ、一番手っ取り早いんだよね。まあ一流の風魔法使いならその流れ自体を自由にコントロールすることも出来るようになるけど、僕はあんまり好きじゃないかな」
繊細というかセンスを問われるというかなるほど。リオンが風属性というのも何となくわかる。
「……流れ、流れな」
少し目を閉じて、俺の魔力を辿ってみる。すると、ある地点から複雑に編みこまれるようになっているのを感じる。これがリオンの仕事か。
「うん?」
リオンが俺の方を見る。
リオンを倣って、俺の方からもリオンの魔力に干渉するように合わせてみた。
「邪魔だったか」
「いや、そんなことはないよ。助かる……まあ本番はこれからだけれどね」
本番。問題なのはこれからだ。リオンの吟遊詩人としてのスキル、そして幻影魔法。その組み合わせ。全てはフィオレティシアの歌声に干渉するためだ。
「ここまで来て言うのも何だけれど、あんまり気は進まないんだよね」
「……気が進まない?」
妙な言い方をする。手間がかかって面倒というのではない。何か、引っかかることがあるのか。
「大したことじゃないよ。ただま、ちょっと不憫だと思ったんだよ。歌に込められた意味だとか、そういうのを聞かない振りして進んでいくっていうのはね」
仕方のないことだ。
俺達は、俺は。それでも進んでいくしかない。そうすることでしか彼女に届かない。届けられない。
けど、それはフィオレティシアの心だったはずだ。それを押し退けて、聞かないでいて、それで……なんて、悪役らしくもない感傷だ。
「……シオン?」
「大丈夫だ」
口の中に鉄の味が広がる。だがそんなものどうした。
「!」
足を踏み入れる。フィオレティシアの領域に。
(呑み込まれるな)
――あぁ愛しい人
(旋律を上書きしろ)
――私は罪の上で笑う愚かな女
(今は……)
――どうか来ないでください
(彼女の意志を跳ね除けて)
――私があなたを食べてしまう前に
「……終わったよ、シオン」
ポン、と肩を叩かれる。
「定期的に同じように複合魔法使わないといけないだろうけど、この調子で中和していけば迷宮内でも何とか進めるはずさ」
歌声は、今まで俺の頭の中に響いていたモノとも、リオンと俺が奏でていたモノとも違う音楽が鳴り響いていた。
「お前には聞こえなかったのか? フィオレティシアの歌声が」
「……何か聞こえた? 僕には、彼女の声は聞こえなかった。ただ、気を抜くと吸い込まれてしまいそうな、そんな感覚を覚えただけ」
「そうなのか」
「……呑み込まれてはいない?」
「誰にものを言ってるんだ。俺は幻影の君だぞ」
そっか、とリオンは素っ気なく言い、アルトレイアとスレイを呼びに行った。
それに着いていこうと迷宮の奥に背を向けた直後――ゾクリと言いようもない寒気を感じた。
――どうか来ないでください
知るかそんなもの。と、俺は吐き捨てて、仲間たちと合流した。




