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敗走

約束された鬱展開……

 それから五年くらいの月日がたち、俺も何とか拙いながらも言葉も操り、自分の足で出歩くようになった。


「イ、イリューシオン様! 待って! 待ってください!」


 そして御付のメイドと化した天使。マリア。クロードの血のにじむような特訓の成果もあり、


「お、マリアじゃないか。頑張ってるな。その調子で励めよ」


「は、はい!」


周囲からも認められる立派なメイドに。


「……はぁ……私の人生どこで間違ったんでしょうねぇ」


 そしてふと思い返して溜息を吐くまでがテンプレ。


「は! も、申し訳ありません! いいえ! 私マリア・メルギタナス! イリューシオン様の御世話を仰せつかったこの身に余る光栄に打ち震えておりますはい!」


「二人きりなんだしそんな気をつかわなくたっていいぞ?」


 バレてるし。


 こっちも長い付き合いなんだ。


 教育係のクロードの前ではまあ無理だろうけど四六時中一緒にいる俺の前では緊張解いてくれないか、と考えたりするんだよ。俺が押し付けたわけでは無いがまあそれが俺なりの責任、というやつだと思う。


「どーしてもってんなら幻影魔法使ってやってもいいからさ。まあ俺が頼りにならないってんならしゃーねえけどさ」


 父さんと母さん曰く。ファントムロードは乙女の味方だ。乙女が泣いているのならばその涙を拭い、幸せな幻影の中にその身を沈めてやるのがファントムロードの嗜み。


 乙女ならば誰もが一度は恋焦がれるような、正体の無い幻影。それがファントムロードの在るべき姿だという。


 現に父さんはむっちゃモテてた。


 俺も立派なファントムロードに。その第一歩として、だ。目の前のメイド天使位どうこうしてやれなくてどうする、という話なのだ。


「……そうだな。もしもマリアが望むなら天界に帰れるように手ぇ貸すさ」


「……イリューシオン様……いえ。そのお言葉だけで十分です。今さら帰ったところで居場所はないでしょうし」


「いやそんな諦めモードになんなくてもさ」


「いえ。本当に大丈夫ですよ。ここでイリューシオン様の御世話をするようになったのも何かの縁。ここで私に出来ることを精一杯やってみたいと思います」


 何だかんだでポジティブだなさすが天使。


「もう……子供が余計な心配しすぎです! ちょっと可愛げのないのがイリューシオン様の欠点ですね」


 そしてなでなでされる。むぅ……いや子ども扱いすんな恥ずかしいから。


 と、言おうと思ったがやめた。天使らしいとでも言ってやるべきか慈悲深いというか優しい笑みを浮かべていたのだ。


 まあ何だ。これくらいが限度だろう。小さい掌をかざしながら、よし、と立ち上がる。


「……ん?」


 この時、何かがおかしい、と感じた。くらりと体が揺れる。


「イリューシオン様……」


 マリアも何かを感じ取ったのか、緊張した様子で俺に駆け寄る。


 走る。父さんと母さんの元へ。そして、気付いた。


 血の匂い。それだけでなく、蜜の様に甘く、どろどろとした濃厚な気配が辺りに充満している。


 辺りは叫び声が木霊して、正気を失った目をした魔物が、俺に斬りかかってきた。


「ファントムロードに手をかけるというのであれば、私は容赦しません」


「イリューシオン様!」


 マリアが俺の身を守ってくれて、俺を襲う魔物を切り捨てると、クロードの切羽詰った声が聞こえた。


「クロード様……私は」


「……マリア。あなたはこちら側・・・・にいたのですね。礼を言います。イリューシオン様を守ってくれたようで」


 マリアの判断を咎められるかと思ったが、その余裕もないのか珍しく、クロードはマリアに礼すらも述べた。


 一体、何が起こってるんだ? 何で、俺の周りで戦いが……魔物たちは皆、ファントムロードの配下のはずだろう? 


「こちらへ。ファントムロードがお待ちです」


 何が起こっているのか。それを知る為に俺達は急ぐ。




「まあ何だ。いつかこんな日が来るんじゃねえかとは思っていたよ」


「うふふ……そうですか? 私としましては、こんな日は来ない方がよろしいかと。そう期待していたのですけれどね」


 その声はどこか楽しそうにファントムロードを迎え撃ち、殺し合いの最中であるというのにまるで舞踏会にでも出る様に心を弾ませていた。


 淫魔令嬢―バスティア・バートランス。幻影の君ファントムロードに反逆の牙を剥いた悪魔。


 その姿は既に魔王の風格をして軍勢を従え、今、ファントムロードに王手をかけようとしていた。


「強く、美しき幻影ファントムロード。乙女が憧れずにいられぬその幻影に、その花を散らされたいと淑女としてそのように心得、楽しみにした心地でした。……けれど待っていたのは幻影ではなく幻滅、ですもの。であれば、もう……殺してしまうしかないでしょう? だって豚に捧げるためにこの身を磨いてきたわけでは無いのですもの」


「豚、と来たか」


「あら、まるで私が残酷で非道な女に聞こえましたか? だとしたら、それはあなたと私が生き物として違う、ということでしょう。期待していたのですよ? あなたが何を考え、何を価値あるものとして捉え、生きてきたのか。その全てを」


 令嬢はその手を上に掲げ、掴むように潰した。


「ダンジョンを司る魔王たちは数あれど、その大半は自らが築きし墓場で、ゆっくりと死に絶えるのを待つつまらない生命いのち……けれどあなたは違った! 迷宮都市、冒険者たちの学園……その命を危機に晒すと知りながらも……いえ、その命の危機を悦しむために力を惜しまず使う。あぁ何とこの方は懸命に生きていらっしゃるのかと。愉悦を知っていらっしゃるのかと楽しみにしていました……ですが」


「……」


 バスティア・バートランスは激情を発する。ファントムロードはそれを無感情に受けた。


「まさか家畜に心を砕くとは思いませんでした。命を懸ける程度であればともかくそれはいけません。冒険者など、人間など家畜に過ぎません。あいきものであってもあいきものではありません。正直に言ってしまえば……気持ちが悪いのですよ、あなたは」


 それは進言だった。迷宮の主ファントムロードとして在るべきかたち。それを逸脱した王に対する貴族の進言。


 必要と在れば王を挿げ替えることも厭わぬのだという戦争ことば。もはや止めることは出来ずとも、ただ……何故、と。精一杯の嘆きでもある。


「言いたいことはそれだけか」


 しかし、何ということも無く幻影の君ファントムロードは言い放った。答えることも無く、否、両者に伝わる言葉は既になく、ただ、あぁ……そうか、と虚しさだけがせめてファントムロードに伝わる感慨であった。


「聞いていますの!?」


「あぁ聞いているともさ。なるほどな。確かに魔族としちゃあお前の方が正しいんだろうさ。俺の方が歪んでいるんだろう。だが俺は俺だ。俺のやり方でやるってだけの話だよ。幻影に幻滅? 知るか。いい年こいて夢見る乙女みてえなこと言ってんじゃねえよ……てのはまあ、言い過ぎか」


 事ここにいたり、バスティア・バートランスは、激昂する。聞いているのか、と。何故私の思い通りにならないのかと何から何まで。このファントムロードは、何なのだ、と。


「だがまあ一つ忠告だ。あんまり人間を舐めんなよ。そのうち足元を掬われるぜ」


「!」


 もういい、とバスティアが手を振り上げ、闇で出来た触手が父さんの元へ迫った。


「ファントムロード!」


「ちっ! クロード・ヴァンダレイム……!」


 しかしクロードがその手で振り払い、消滅する。俺はクロードに揺られ、父さんの元へ駆けつけた。


「……連れて来てくれたか。クロード。しばらく時間を稼いでくれ」


「承知しました」


 クロードと、父さんに付き従う仲間たちがバスティアの軍勢に立ち向かう戦場で、俺達は言葉を交わす。


「悪かったな。もう少しちゃんとした形でやりたかったんだけどな」


 だがまあ仕方ねえ、と。俺の頭を力強く撫でた。

「不甲斐ない親父ですまん」


 そして、すっと俺の胸に手を添えた。そこから、何かがどくりと流れこんでくるのを感じた。


(ヒス……とり、アス……?)


 H-ヒストリアス。そのミドルネームが俺の中に刻まれる。


「これ、は……」


「まあ詳しくはお前の中の俺の血が、教えてくれるだろう……ま、一生発現しない可能性もあるが、そん時はそのまたお前の子に引き継がれるだろうさ。心配すんな。とりあえず」


「でも……これを、今、やったら、父さんはどうなるんだ……?」


 何となくわかる。これは、ファントムロードをファンロムロード足らしめる力の源であり、継承される……だから、


「……念のためさ。心配すんな」


 そんなわけ……


「……ユリウス。いるか」


「はい、ここに」


 呼ばれたのは、この迷宮にいる人間の一人だった。何でも魔族に惚れた女がいたとか何とかで……


「最後の力振り絞って、こいつを迷宮の外に出す。お前は、無事にこいつを連れ出してやってくれ」


「……はい。必ず」


「何言ってんだ! 俺は……俺は……!」


 何が出来るってんだ……!


「父さん……とうさぁああああああああああああん!!!!」




 頭がくらりとする。地下からいきなり地上に上がって来たからか。いや、でもまだここはダンジョンの中、か


「うぅ……うぅぅうウウウうう!!!」


 正気を失ったオークが斧を振り上げている。こうして、あのバスティアは配下を増やしてるのか。趣味の悪いことだ。


「……イリューシオン様。俺には娘がいるんですよ」


 何を言い出すんだユリウス。


「まあ、あれですよ。地下暮らしさせるわけにもいきやせんし、地上の友人に預けたんですがね。元気で暮らしてたらいいなぁ……」


「だから、何を言い出すんだよユリウス」


「……まあ何つうかあれですよ。イリューシオン様。イリューシオン様と同い年くらいの筈ですから、もしも会うことがあったら、仲良くしてやってください」


「分かった。分かったから……! だから、お前がいないとその娘だって分からねえし、だから……だから……」


「……さよならです。イリューシオン様」


 ユリウスは俺の身体を放り投げ、そして、俺はダンジョンを脱出した。


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