間違えないために
ちょっと書き方を変えてみます
あの日から、フィオレティシアは人前に姿を現すことはなかった。
皆、どうすればいいのか分からないまま、それでもこれ以上、彼女が自分を責めないようにその日常を壊さないように精一杯だった。あのリリエットですら、だ。
けれど、俺は今日も彼女と薄く、そして厚い厚い扉を隔て、話をした。
「まあそういうわけでな。スレイは元気にやってるみたいだ」
それでもフィオレティシアが責任を感じている存在であるスレイが、そんなことをちっとも気にしない男だってことを伝える。
「そう、ですか。スレイさんは元気に……」
「あいつ根は結構マジメだしな。おっちゃんもサポートしてくれてるみたいだし単位だとかは問題ないらしい」
罪が消えるわけでもない。けれど、少しでも罪悪感が消えてくれまいか、てそう考えてる。スレイは、どう思うだろうか……気にしねえなアイツの場合は。
「……シオンさん、大丈夫なんですか?」
「何がだ?」
フィオレティシアが、何度か息を呑む音が聞こえる。
「…………何でも、ありません」
しかし、やがて力を失うようにただ否定した。
「……そっか」
フィオレティシアも気付いてる。何かおかしいと。何で俺が今ここにこうしているのかって。
けれど疑念は口に出さない。そうしてしまえば終わらせねばならないから。
「あ、そうだ。スレイの奴がさ。歌を歌ったんだよ」
「歌を、ですか」
「そうそう。あいつ、あれでいい声しててさ。で、リオンと組んだりして」
「……」
楽しくやってるんだ。スレイは立ち直れる。だから、フィオレティシアも……
「……今日はもう帰るな」
もはや日課となりつつあるようなそんな夜の出来事。俺は今日も一日の出来事を報告して、そしてフィオレティシアの寝室を後にする。
「ぁ……」
か細い声が響き、足を止める。しかし、その声に続く言葉はなく、俺は俺の場所へと帰って行った。
※※※
「今日も随分と遅かったな」
寮の俺の部屋に帰ってくると、常とは違い、そこにはアルトレイアがいた。
今日もって……アルトレイアの奴、今まで俺がちょくちょくフィオレティシアの部屋まで行って様子見てたことに気付いてたのか。
「隠していたのか?」
アルトレイアは溜息を吐いた。
そうだな、アルトレイアだけじゃなくて、俺の秘密を知るやつらに限らず、気付かれてるかもしれない。
「念のために言っておくが別に不貞を責める気など無いぞ。ただ、純粋に気になっただけだ。フィオレティシア様は、お元気なのか」
「どうだろうな。顔見て話してないから分からん」
アルトレイアを横切って、ベッドにうつ伏せで身体を沈める。
「スレイのことは話した。元気にやってるってさ」
「そうか」
アルトレイアは、俺の頭を撫でてきた。
アルトレイアのことを無下にするつもりはなかったし、説明だってしなきゃならないだろうってそう思ってはいた。けれど、正直に言うと色々と疲れていた。
その顔色を見せるわけにもいかないだろうから、こうして顔を隠してたのに。何だか見透かされているようで……
「前世での話なんだけどさ」
そのままぽつっぽつと話す。『幻影の君に愛の祝福を』その物語の中での、スレイとフィオレティシアの結末を。
スレイとフィオレティシアの関係はいたって単純な『被害者』と『加害者』だ。それが故意かどうかというのは関係ない。フィオレティシアはスレイのおおよそ全てを奪って、だから償わなければならなかった。
スレイは姓を持たない奴隷の身分だった。姓を与えること……つまり婚姻関係を結ぶと言うのがアイツに対して出来る、一番、分かりやすい償いだった。
そう……フィオレティシアは安易で、そしてまた罪深いと言える方法を選んでしまったのだ。自らの心を押し殺して、いつか、幸せな恋をしたいだとかそんな風に心を躍らせていた王女は、自らの罪の為にその心を殺す。
そしてリリエットはそんな彼女の罪を暴いた。
人と人が結ばれるのにそんな理屈なんていらない筈じゃないの? ただスレイはいい男だって、どうしてそれだけの話にならないの?
結局のところ、フィオレティシアはスレイを一人の人間として見ていなかったのだ。そしてスレイもまた、そんなフィオレティシアを疎んじた。そんな誰も幸せにならない選択。
「そこで、またファントムロードが現れて、フィオレティシアを攫うか、それを阻止するかの二択だ」
そういえば……あの時とは状況が違うように思う。まあ、マクシミリアン将軍だって登場することはなかったし、そこからして違うんだが。
でも、本当なら真実を知ったフィオレティシアはスレイに迫っていてもおかしくない期間に入っているはずなんだが……どういうことだろう? ま、好都合と言えば好都合なんだけどな。
「俺はさ、フィオレティシアが答えを出してほしいってそういう風に思っている、つもりだ」
けれど、俺の中の幻影の君は囁く。
彼女を抱き締めてその目を塞いで、都合のいい幻影に身を沈ませればいい。これが精神汚染ってやつかね。中々に面倒だ。
「私もそう考えると思ったか?」
ぽん、と俺の頭を叩いた。
「じゃあなんだ? 一国の王女様を手籠めにしろってのか?」
「甘えるなバカ者」
また俺の頭を叩いてきた。今度はちょっと強い。
「何で私がお前の女を口説く手管に口出ししなければならないのだ」
「それを言われるとつらいな」
まあ俺もハーレムだとかそう言うの本気で考えていたわけでは無いんだぞ。本当だぞ。
「まあ私も甘いと言えるのだろうな……たとえお前がどうしようと、きっと私はお前を嫌いになれない。たとえ……私を裏切ったとしても」
「そんなこと!」
「ただの例え話だ。が、そうやって憤ってくれるのもまた嬉しい。そういうお前だからこそ、私は」
「アルトレイア……」
「お前の気持ちは、フィオレティシア様にも届いている。だから、ゆっくりと進めていけばいいさ」




