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スレイの居場所

内容はない模様

 ぐぅ……と誰のものでもない腹の音が鳴る。


 勿論腹は減ってる。けれど、やっぱり待たなきゃなって全員が思っているのだ。


「……」


 足音が聞こえ、止まった。


 立っていたのは、短く切りそろえた黒い髪に、眉間に皺の寄った顔。薄い下着姿からはその鍛え上げられた二の腕や胸筋が垣間見える。


 その顔立ちは大人びていて、目付きは悪いものの、その表情はどうにもどこか所在なさげに、困っているようで、何だか笑えた。


「男前になったじゃねえか」


「……うるせえ」


 席に着く。じぃっと、目の前に並べられた食事を見る。


 マリアとクロードが腕によりをかけて作った珠玉の料理の数々である。


「……」


「そうだね。まずはサラダから手をつけるのが正解じゃあないかな」


 スレイの様子を見かねてリオンが声を上げた。スレイは一瞬、リオンを見つめ、そしてフォークを手に取った。


「どきどき」


 マリアが俺達の心情を代弁していた。


 言葉には出さないが、さて、どんなもんだろうか。


「あむ」


 口に含む。


「……ふむ」


 美味いのかまずいのか全く分からない感嘆だった。


「次は……そうだねやっぱりハンバーグかな、マリアさんのハンバーグとってもおいしいんだよ。なんだかお母さんが作ったみたい」


 とアスタも口を挟む。スレイはふむ、と頷く。リオンの時は微妙に面白くなさそうな顔をしていたが、アスタの言葉の場合は比較的素直に聞くようだった。


 そして、スレイがハンバーグを豪快に口に含んだところで…………事件は起きた。


 げろげろげろ



「ぅおぇ……」


「「「「吐いたぁああああああああああああああ!!!」」」」


 嘔吐である。一応、スレイも口を押えて我慢しようとしたのだが、そのまま抑えた掌から豪快に。


「……まあ今まで物理的に食べ物を口に入れて来なかったのにいきなり胃の中に入れたらそりゃ拒否反応が出ますよね」


 俺達が処理にてんやわんやになっている傍らで、ミスティがぼそりと呟いた。


 スレイの場合、ガタイがよく育つくらいには魔物から栄養自体は取ってたみたいではあるし、その辺は心配ないんだが。


 とりあえず、スレイの○○(自主規制)がかかった料理は下げて、スレイにはマリア特製のジュースを飲ませた。


 曰く、闇属性が『奪う』ことを特性として持つように、聖属性は『与える』ことを特性として持っていて、聖属性の魔力を込めることで体内に栄養を吸収させる働きを強めるらしい。これもリハビリの一種だ……ま、気休め程度のもんらしいが。


「……すまなかったな祝いの席だってのに」


 スレイは、いつもと同じような声で言う。


 いつも。そうだ。スレイは、そうやって人を避けて生きてきて、それは今に始まったことじゃなく、だから、今、当たり前のように頭を下げている。それは……


「ふぅん。随分と殊勝なことだねぇ? スレイ」


 俺が何か言わなければ、と口を開けたところで、リオンは声を上げていた。


「おぅスレイ、だったら今から購買で焼きそばパン買ってこいやーダッシュで」


「お前は何を言っている」


「最低ですね」


「いや、それはちょっとないかなぁって」


「バカじゃないの」


 リオンのわざとらしいパシリ命令にバッシングの嵐だった。


「こんなもんだよ。僕だって色々と迷惑かけて、そうしてここにいる。いちいち気にしたって仕方がないのさ」


 悪戯にウィンクをかましながら言ってのける。


「そもそも、そんな気にしなくたっていいんだ。君のことを歓迎する気持ちもまあなくはないけれど、ていのいい言い訳にしてわいわい騒ぎたいって、そういう感じだからね今日の集まりは。そんなもんだよ。だから、次の機会いいわけが出来たってことで」


「……そんなもんか」


「そんなもんだな」


 スレイは溜息を吐いた。まあそんなもんだな。


 何もかもが解決していない。そもそもスタートラインに立っただけと言える。それでも、一段落だ。


 その後は、まあ俺達も腹が減っていたので無事な料理を適当につまんで腹ごしらえしていった。その途中、リオンが場を盛り上げるために演奏なんかをやったり、マリアが無茶ぶりされて俺が助けたり、盛り上がってる横でいつの間にかミスティが俺の膝の上に座ってたりまあそんな詳しく言うまでもない日常だ。


「あ、シオン、アスタ、ちょっといい?」


 そしてスレイに内緒で少しだけ企んだ。


※※※


「……不思議な感覚だな」


 腹にモノを詰めるってのは久しぶりだった。まあ飲み物と消化のいい流動食くらいなもんだが、それでも今まで魔物どもから生気を溜めこんでいたのとはやはり違うと思う。


「たくあいつら」


 シオン……それに、リオンだったか。あいつらはまあ……バカなんだろうな。シオンはファントムロードだか何だかで色々やらかしてるし、リオンの野郎も宴会芸だの何だのやってたし、何があいつらを掻き立ててんのか分からん。


 その中でアスタはまあまともだな。


「ふわぁ……」


 何だ? 欠伸、か。眠いのか俺は。疲れてんのか。


 身体の疲労の方は、まあ何とかなると思うんだが。そうか、これは気苦労ってやつか。だるいな。歩くのも億劫になる。


「……悪くないな」


 不意に、言葉が漏れる。何だ。これは俺が言ったのか。


 妙に口の端が上がるのを自覚しながら、俺は寮にあてがわれた自室の扉を開け、そのまま


「やあスレイ。遅かったじゃないか」


 閉めた。


 おかしいな。部屋を間違えたか……ネームプレートはスレイ。間違えていない筈だな。


「そいや!」


 そして再び開けたところで、何か柔らかいものが俺の頭に投げつけられた。


「何しやがんだてめえら」


 俺の部屋にいたのは、シオン、リオン……それに、アスタお前もか。


「てかてめえら何してやがる。ここは俺の部屋だぞ」


「何言ってんだよ夜はこれからだぜ」


 シオンが妙にいい笑顔で親指を立てて宣言した。


 おかしい。会話がかみ合わねえ。


「てかいま投げたのは何だ……枕か」


「ふっふっふ。シオンが教えてくれたんだよ。枕投げ……あ、ちなみにさっき投げたのはシオンだよ」


 枕投げ? まあどうでもいい。


「アスタ、お前からも言ってやれ」


「え? いやその……もう少し話しない?」


 アスタお前もか。


「まあいい俺はね……」


 再び枕が飛んできた。てかどっから持ってきたんだそれ。


「……」


「……スレイ?」


「……寝る」


 再び枕が。そして、うるせえ。寝られねえじゃねえか。


 ああもうイライラしてきた。何だこいつら。


「……上等だてめえら! 後悔すんじゃねえぞ」


 そうして、夜は更けていった。

 

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