階層支配者について
本当は決戦前の談話的なあれの一環にしようと思っていたのですが長くなったのでそれは次回に
スレイの呪縛を打ち砕くための戦いを控えた夜。皆それぞれの方法で英気を養う中、俺はというと……正座させられていた。いやぁあるんだなこの世界にも正座。
「さてシオン。何か申し開きはあるだろうか」
アルトレイアが椅子に座り、腕を組んでいる。
ちなみにここは学園の多目的スペースである。模擬戦とか大掛かりな魔法術式の実験とかそういうことに使われる。
なぜこんなところにいるかというと、スレイの為だ。いつ狂戦士としての本能に目覚めると知れないスレイを寮に置いておくわけにもいかない。
だから言い出しっぺの俺がしっかり監視しておけよとつまりはそういうわけである。
「まあこれはこれで何かお泊まり会みたいでワクワクするよな」
「……」
アルトレイア。無言の笑顔はやめてくれ。
『というかスレイ。お前も何かしらのフォローをだな』
『あ? 何でだ?』
マジで不思議そうだよこいつ。
ちなみに、今、この場にいるのはアルトレイアだけではなく、恐らくというか恐ろしく、一番怒らせてはならない人物も怒っておられる。
「さあシオン様。貴方の罪を数えましょう」
言わずと知れた、クロード・ヴァンダレイムである。
「わ、わたしはシオンさんの味方です……よ?」
マリア翼震えてるぞ。ありがたいけど仕舞った方がいいかな。
「マリア・メルギタナス」
クロクロなのに何だこのイケメンボイスは。
「……教育が必要ですか?」
仕方ないですねぇ……と物憂げに呟いた。
「ごめんなさいぃいいいいいい!!」
翼を用いたジャンピング土下座である。速攻で裏切りやがったぞこの天使。
「……マリア・メルギタナス。私とて、アルトレイアさんだってシオンさんに味方したいという思いはありますよ。ただまあ、これはシオン様の為でもありますからね。ここで心を鬼にしておかないと、まだやらかしかねないというものでしょう?」
クロードは溜息を吐く。
「そういうわけでシオン様。ゆっくりとでいいです。反省すべきことを口に出していきましょう」
怒るだろうなぁ嘘でもいいから怒りませんからとか言ってほしかったかなぁ。
「えーっと……何も言わずに幻影の迷宮に一人で向かいました。スレイとタイマンでけりをつけることにしたのを相談しないで勝手に決めました」
スレイを助ける、という判断をしたことに対しては謝らない。このことに関してはあらかじめ言ってたし。ただ手順が悪かった。
「それと……スレイとの戦いの中でファントムロードの力を使った。そんで、スレイにファントムロードのことバラした」
「何をしてるんだシオン! ええ!? 何をしてるんだシオン」
胸ぐらをつかんでゆさゆさと揺らしてくるアルトレイア。
「……まあ過ぎたことは仕方ありません。洗脳は必要ですか?」
クロードはさらっと物騒なことを言うなぁ……。
『一応、断っておきたいんだがスレイ。俺達のことは……』
『あ? 何言ってんだか。お前、今の俺の状態知ってんだろ』
そういえばそうだった。
「で、だ。スレイ……正確に言うならフィオレティシアに呪いをかけた輩が幻影の迷宮に入るって話、どう思う?」
一応、アルトレイアたちはこれまでファントムロードの話題は極力避けてはいたが、まあそれも意味が無いということでスレイを交えて話をしておこう。
「まあ有り得る話ではあるでしょうね。指揮官の逸話からも分かると思いますが、何かしら人間に恨みを買うような所行の末に迷宮を頼る、というのも珍しい話ではありません。加えて言うのであれば、恐らくその存在を倒すことは我々の目的にも合致します」
「どういうことだ?」
「迷宮内でファントムロードの力を行使したのであれば分かると思いますが、一旦確保した支配率はその場を離れてしまえば時間経過で戻ってしまいます。いわば復元力が働いているわけです。何故そのような力が働いているか、というと迷宮内に設定されている階層支配者による作用なのです」
階層支配者。平たく言ってしまえば中ボスである。
ダンジョンマスター程ではなくとも、迷宮のシステムと繋がることで様々な恩恵を受け取ることが出来る。
その仕事の第一が、領地の確保。通常であれば、迷宮の支配権は、足を踏み入れることによって上書きされる。しかし階層支配者はその権限により、実際に足を踏み入れずともそれを行うことが出来る。また、相手の侵略行為に対する抵抗力を発揮することも出来る。
支配権を確保できていないとLUCをはじめとする各種ステータスの低下。幻影の迷宮で言えば、幻覚による方向感覚の喪失など。また、俺で言えば一定の支配率を確保しなければ幻影の君にはなれない点。これが致命的だ。
だから、俺達の指針としては、階層支配者たちを討ち倒し、出来ることならばこちらの味方となる新たな階層支配者を立てる。そういうことになる。
「しかし、父の言う限りでは、深い階層……ではなく、ややこしい位置、という。つまり、その者は姑息に逃げ隠れしている、ということだろう? 階層支配者というのであれば真っ直ぐに下層を目指す冒険者たちの前に立ちはだかる仕事があるのではないのか?」
「と、思うでしょうね。しかしそれこそが罠なのですよ」
どういうことだ……? とクロードの言葉について考える。
「普通ならばそう考えるでしょうね。支配者側としては、迷宮に入った侵入者を何とか追い返したい。その為に奥に進ませまいとする障害を必ず用意している、と。ある程度はその通りです。しかし、階層支配者を素通りしたままで迷宮を奥深く進んでいく方が悪手なのです」
「……あ!」
ようやく気付いた。そうか、そういうことか。意地が悪いというかなんというか。
「飛んで火にいる夏の虫、というわけか」
容易に攻められているように見せかけ、その実、迷宮という檻の中に誘い込み、包囲し、そして……押し潰す。そういう戦略の元、階層支配者は配置されているのだ。狩り……そう、狩りだ。人間という獲物を捕らえ、始末するためのフィールドこそが迷宮であり、そこにはいくらでも細工を施せるのだ。
外部から助けを求めてきた者が身体を張って階層支配者なんぞ、と内心考えてもいたが、なるほど。そう考えると一番身の安全が保障されているポジションとも言える。
あとあれだな。ゲームだと腹立つギミックだなこれ。
「まあ迷宮の主に挑むのであれば礼儀を弁え、それ相応の手順を踏むのが肝要、ということですね」
「くっ……敵地に赴くならば人員を割いてでも退路を確保しなくてはならないなど何故いざとなって思い至らないのか……!」
指揮官としていかんともしがたい屈辱を感じているらしい。
「そう悲観することはありませんとも……意気揚々と攻めてきて、調子に乗って徐々に追い詰められているのにも気付かぬまま捕縛され、そして今になって敗因を知るような間の抜けた方もいますし」
マリアが見ないで……こっち見ないで……と縮こまっていた。
「とはいえ、マクシミリアン将軍が比較の対象ではそれも詮無きこと、ですか。全く、油断ならない男ですよ本当に」
クロードは深く溜息を吐いた。
ダンジョンは隅から隅まで探索しよう




