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ファントムロードの追憶

「生まれたか?」


 男の声がする。それが、この世界で初めて聞いた声だった。


「ファントムロード様。見てください。元気な男の子ですよ」


「うーん……どれどれ~……? おお! 本物だ」


 おいなに掴んでんだあんた。


「おらぁ! 何やってんじゃごらぁ! 子孫出来なくなったどうすんだぁ!? あぁ!?」


 助産婦さんがキレた。角が生えてる。いやマジで……え? どういうこと? それに……ファントムロード?


「ぁぅ……?」


 ん? これ、俺の声か? 高い……それに、声が、でない……? 何か、くるし……


「ほら泣け。泣いたら楽になるぞ」


 そう言われて、男の腕の中で俺は泣き声を上げた。


 そして気付く。広げた手のひらは小さく、頭は重くて、足はぱたぱたと立ち上がれそうにないくらいに小さい。赤ん坊であった。


※※※


 そこには昼も夜もない暗闇。時間の感覚がおかしくなり、何度か体調を崩しかけたがまあ何とか慣れた。


 ここは幻影の迷宮。日の光が届かぬ魔の領域、その最深部だった。


 ここでは魔族、魔物たちが命を育み、育てている。周りには様々な姿があった。スライムやらゴブリンやら。


 そして、それらを統べる迷宮の主、ファントムロード―ディオクレス・ファントムロードヒストリアス・ハイディアルケンド。それが俺の父親だった。


「は~い、おっぱいの時間ですよぉ」


 そして今、俺を胸元に手繰り寄せておっぱいを曝け出している母さんは、人間だった。


 ファントムロードの妻、エステル・ハイディアルケンド。かつては有名な冒険者だったらしいが、父さん……ファントムロードに魅了され、そして今に至る。


 そして俺はそんな二人のたった一人の息子、イリューシオン・ハイディアルケンド。


(……ファントムロード……て言っても俺の名前はイリューシオンだし、父さんの名前もディオクレスって言ったっけ? どういうことだ?)


 この時、俺はまさか乙女ゲー世界に転生を果たしていたとは思わなかった。


 ファントムロード、という名称は確かに気になったが、そもそも自分の名前、イリューシオン・ハイディアルケンドなる人物に聞き覚えはなかったからだ。


「イリューシオン……見えますか? あなたのお父様はとても立派な方なのです。人と魔の境界を越え、人々に幻想ゆめを与え、導く。あなたも、お父様の様に立派なファントムロードに……」


「ファントムロード! ちぃ……! 仕事を放ってまた地上へ抜け出しましたか……!」


 と、母さんの言葉を遮るように、捻じ曲がった角が生えた執事服の男が横切る。


(クロード・ヴァンダレイム……?)


 見覚えのある男の姿。その男が、今まで見たこともないほどに怒っていて……そして、楽しそうだったことに、俺は驚いていた。


 そして、その後ろをそろりそろりと移動する影が見えた。


「あうあう」


 俺は後ろ後ろ! と声にならない声と腕を精一杯に伸ばした。


「ん? どうかしましたか? イリューシオン様……後ろ?」


 そしてばったりと目が合う父さんとクロード。


「……やあ」


「…………」


 ぴくぴくと青筋を立てて、凄絶な笑みを浮かべるクロード。


「何をやってるんですかあなたは! 幻影魔法を使って護衛たちの目をくらませるんじゃありませんっていつも言っているでしょうが! 守る方の身にもなってください!」


「悪かったってクロード。いやぁほら。玩具とかさ。人間が作ったものの方がいいもん出来ることあんじゃん。ほら見て見ろよこれ。こうしてこう……回すだろ? そうすると音出んだよ」


「…………はぁ……」


 地上……? で見つけてきた玩具を手に、子供のような純真な笑顔を見せる親父ファントムロードに、クロードは深い溜息を吐いて、折れた。


 まあ何というかファントムロードというのは不思議な人物だったのだ。いや、人と言うとそれはそれで違うんだが。


 この幻影の迷宮には、様々な種族は勿論のこと、人間すらも取り込んで勢力を形作っていた。その中心にいるのがファントムロードであり、その強大なる力が後ろ盾となるだけでなく、その人格による部分が大きい。


「う~ん……」


 父さんは俺の顔をじぃっと見つめる。そして、何らかの呪文を唱えたかと思ったら


『聞こえるか?』


 口が動いていないのに、声が聞こえてきた。こいつ脳内に直接……!


『はっはっは! まあ光魔法の応用でな。光魔法は単純な光線なんかだけでなく情報の解明、解析を司る分野でな。指揮官コマンダーなんかでは相手に悟らせないかつ素早い情報伝達手段としてこうして念話で指示を飛ばすことが基本だ』


『光魔法……? でも、ファントムロードなんだろう? 光の魔法なんて使えるもんなのか?』


『ん。まあなんつうかこれは裏技っていうかチートみてえなもんなんだけどな。お前もそのうち分かるようになるさ。だからまあその日が来るまでは焦んな……と言いたいところだがまさか念話で話が成立するとは思わなんだ』


『何かおかしいのか?』


『そらそうだろうよ。それはお前が真っ当に思考してるってことの証左だ。もしやと思って話しかけてみりゃ普通に会話が出来てるしな……ふむ』


「クロード!」


 俺と話し終わったかと思えば父さんはクロードを呼び寄せた。


「は、何でしょうか」


「こいつの教育係を頼む。一日の半分はまあ寝てることになるだろうが、起きてるときにでもな。魔法やら何やらそういう知識的なものを詰め込んでやってくれ」


「……それは構いませんが」


 まあ疑問視するのも当然だな。逆の立場なら休ませてやれ、とも思う。だが俺としては内心うきうきしていた。それをきゃっきゃと態度に現した。


「……喜んでますね」


「まあそういうわけだ。頼んだぜクロード」


 こんな具合でクロードは絵本の代わりに魔導書を読み聞かせる英才教育を受けることになった。


「坊ちゃん。立派なファントムロードになっておくれよ」


「ま、ディオクレス様ほど俺達の仕事を増やさないでほしいとこだな~」


「違いねえや!」


 周りのみんなが俺を覗きこみ、声を掛けてくれた。オークやらゴーレムやらサキュバスやら……中には、人間の男もいた。


 この時はまだ、俺は自らの運命を知らず。ただ揺り籠に揺られながら、幸せな夢を見ていた。

後半、ちょっと辛い展開に…

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